第じゅう章 男の中の男
「というわけなの」
黄鞠はシグノと職員室に来ていた。人生に疲れたような顔をしている担任教師の石動先生にレスホーム卒業を報告しに来たのだ。
石動先生は固まっていた。この先生、認めたくないことがあると固まる習性があるらしい。
「え、えええ!?それは流石にまずいと思うんですけど」
「仮にも一生徒にレスホームを強要させることの方がまずいの」
若い男女が一つ屋根の屋根の下というのもまずいが、レスホームだって問題の度合いでいえば同じくらいまずい問題である。石動先生はまともなのでその問題点も十分納得している。
「もし認めなくても無視するの、それに生徒にレスホームを強要したとマスコミに暴露してやるの」
シグノが物騒な脅しをかける。
「ううう、でもこの学校マスコミ関係強いですからきっと揉み消されちゃいますよ」
そして、石動先生はもっと怖いことをさらっと言った。あんのBBA、もし俺がマスコミに暴露しても無駄なことを分かっててレスホームを強要したに違いない。これは法の制裁が期待できないやつなので、俺が自ら裁くしかないな。
「……わかりました、認めます」
「いいんですか?」
黄鞠は石動先生の立場を心配していた。
「構いません、元々テントで生活させておくほうが無茶なことだったんです。だから今日にでも
引っ越しの作業に移っても構いません」
「ありがとうございます」
黄鞠は頭を下げる。
「もし、あの学園長に反旗を翻すときは言ってください。微力ながらお手伝いします」
「そんな物騒なことしませんよう」
「あと、これ受け取ってください」
「え、何ですか、これ」
「胃薬です」
約束は果たされた、一瞬だが先生の目から光が消えたような気がした。
その日、黄鞠は堂々と女子寮に入り荷物を運んでいた。
出会った女子生徒に代わる代わる悲鳴をあげられたのが、すごく悔しかったので荷物を運ぶ3往復目くらいから○ビー君を装備した。結局、悲鳴は絶えなかったし中には気絶する女子生徒もいた。他人を見ても気絶してはいけないと親に教育されなかったのか?失礼なことこの上ない。
「これは何の騒ぎだ!!」
「遠山先輩、あれ、あれあれあれ!!」
黄鞠の知らないうちに女子寮は大パニックになっていた。女子生徒の一人が頼りになる寮長、遠山志津に助けを求めていた。女子生徒の指さす先には人を頃しそうな着ぐるみが段ボール箱を運んでいた。そして黄鞠もぬいぐるみの中から、志津と何かに怯えて志津に縋り付く女子生徒が目に入った。
黄鞠は志津に一回会釈をして、そのまま歩みを進めた。
「あれは、音無なのか?おい!! 待てっ!」
○ビー君が歩みを止める。○ビー君は志津の方へ向き直って、そのまま肉薄した。
「うわああああああ!!」
隣にいた女子生徒は何故か尻もちをついて震えだした。
「その顔でいきなりこっちに来るな!!」
実を言えば遠山 志津はホラーが激烈に苦手だった。
そんなことは知らない○ビー君が段ボールを置いて、首から上を離した。
「ぷはー。遠山先輩じゃないですか」
「やはりお前だったか、いったい何をやっているんだ」
「実は入寮が決まったんですよ」
「あ、ああそれは聞いているのだが、私が聞いているのはなぜその着ぐるみを被っているのかだ!! 女子寮はパニックだぞ」
「きゃあああああ!! 着ぐるみの中から男がああ!!」
傍らで腰を抜かしていた女子が黄鞠の姿に気付くと、悲鳴をあげて逃げ去った。
「……キャーキャー言われるのが嫌だったので」
「……そうか」
逃げていった女子の反応をみて、志津は何となく察した。
「にしても良く許可が下りたな」
「実は親切なルームメイトが見つかったんですよね。もしかすると外道学園長は認めないかもしれませんけど」
「うーむ、お前の立場を知っているからあまり強くは言いたくないのだが、同じ部屋で女子と一つ屋根の下というのはまずくないだろうか?」
「出来れば俺だって一人部屋の方がいいですけど、レスホームよりマシです。一度レスホームになってみればその苦しみが分かります。」
その苦痛たるや、金属バットなしでは精神を保てないほどだった。
「そうか、ならば何も言うまい。ただ寮生となったからには寮内のルールには準拠してもらわなければならない。そのことは忘れないでくれ」
「わかりました」
「あと、前にも言ったが、その着ぐるみはやめろ! 正直心臓に悪い」
「えー!いい着ぐるみじゃないですか」
「とにかくダメなものはダメだ!」
黄鞠は自分の顔を見られてキャーキャー言われるのは実に心外だったが、先輩に言われては諦めるしかなかった。
その後、滞りなく引っ越しは終了した。
遠山先輩は昨日の大浴場での事件は事故であり、規則を守らなかった女子に原因があると寮生の皆に言ったが『男子が確認するべきだった』とか『男子が大浴場を使ったのが悪い』とか『そもそも自分たちの入った後の大浴場に男子が入ること自体が気持ち悪い』とか『とにかく男子が悪い』といった意見が大部分みたいで俺が悪かろうが悪くなかろうが、あまり変わりないみたいです。
ひどすぎるよー!
「うわー疲れたーもー」
黄鞠は自分のベッドに倒れこんだ。周囲はもう暗くなっている。それほどまで時間を要したのだ。
だが、ふかふかのベッド、広い空間、ガス、電気、水道、生活に必要なものはすべてそろっている。ここは理想郷だ。ベッドの上で喜びのじたばたをする。これからずっと封印されていた荷物を取り出す作業が残っているが、全く苦に思わなかった。なんてったって衣食住ですよ、衣食住!
……おれはなんでこんなあたりまえのことによろこんでいるのだろう。
「キマリ―、キマリー、これを見るの」
ルームメイトに呼ばれる。シグノはでかでかとしたデスクトップPCの前でマウスのホイールを動かしていた。
画面を覗くと、一つの掲示板のページだった。
「何これ?」
「学内のSNSなの。生徒に支給されるIDがないと参加できないから、インターネットの中でもとりわけ閉鎖的な掲示板なの」
つまりこの学校の中での、全校生徒の素の意見がここに集結しているわけだ。そのレスを一つ一つ見ると、概ね予想通りのことが書かれていた。
個人を指して誹謗中傷が出来るのは匿名掲示板の特権。
「そしてここ、ほら見るの見るの」
その掲示板には一つ画像がアップされていた。それはかつて俺が使っていたテントの画像だった。レスもいくつかついている。
名前:可愛い名無し 投稿日:2XXX/O/X(月) 18:10:19 ID:b3o1kvuhd
男子が使ってるテントを撮影してあげてみました☆彡
バカみたいチョー受ける(。・w・。 ) ププッ
名前:可愛い名無し 投稿日:2XXX/O/X(月) 18:12:21 ID:hr364ifg7
当然の対応
名前:可愛い名無し 投稿日:2XXX/O/X(月) 18:15:55 ID:19iiyki45
ワロタ
名前:可愛い名無し 投稿日:2XXX/O/X(月) 18:18:24 ID:7mkgnkhng
存在がホームレスみたいなもんだし
………
これが匿名掲示板の力なのか。ネットユーザー怖すぎ。
「ちょっとレスしてやるの」
名前:男の中の男 投稿日:2XXX/O/X(木) 19:31:01 ID:93iyjsn81
この度ようやくインターネットが利用できる環境となりました。
しかし、学内の掲示板でこのようなモラルの低い書き込みがあったことはとても悲しくて辛いです。
私の利用していたテントを撮影してアップロードした方は気付かれずに撮影できたと思っていらっしゃるようですが、その様子の一部始終は見させていただきました。
学年、クラス共に特定しています。後日お礼参りに伺いますので覚悟しておいてください。
シグノは掲示板に書き込んだ。
「さーて、反応が楽しみなの」
「なんてことを、でもこれすぐにハッタリだとかなりすましだってばれるだろ?」
「続きがあるの。このテントの写真をササヤイッタ―の画像検索にかけたら引っかかったの。しかも、ご丁寧にフェーズブックへのリンクもあったの」
「え……それはつまり」
「特定完了なの」
「なんてことを」
「キマリ、笑みが隠しきれていないの」
名前:可愛い名無し 投稿日:2XXX/O/X(木) 20:16:44 ID:b3o1kvuhd
なにこれ怖い
名前:可愛い名無し 投稿日:2XXX/O/X(木) 20:44:24 ID:hn69tiks7
性質の悪いなりすまし、こんな事する奴がいるなんて信じられない
名前:可愛い名無し 投稿日:2XXX/O/X(木) 21:43:51 ID:uptu9h6mk
でも今日引っ越ししてたの見た
名前:可愛い名無し 投稿日:2XXX/O/X(木) 21:47:20 ID:7mkgnkhng
本物?
時間がたつにつれてレスが増えて、掲示板はちょっとしたお祭り騒ぎになった。燃料の投下はたのしいなあ。隣にいるシグノは今まで見たことがないほど感情豊かに笑っていた。その様子を見ていると、こちらも自然と笑みがこぼれてしまう。
ゲースゲスゲス!いやあ、たのしいなあ。掲示板のお祭り騒ぎの熱狂が冷めやらぬうちに、シグノはあることをしようとしていた。
「じゃあ、とどめを刺してやるの」
名前:男の中の男 投稿日:2XXX/O/X(木) 22:01:23 ID:93iyjsn81
K T お前を見ているぞ。
シグノは情報を送信した。
おそらくこの『K T』と言うのはイニシャルなんだろう。実際に画像をアップロードした人物に対しての攻撃、ワンクリック詐欺とかそういう類の恐怖を与える魔法の一言だった。
K Tは今、背中を駆け巡る冷たさに慌てふためいているに違いない。
そして数刻後……
「キマリ、ササヤイッタ―の垢とフェーズブックのページが消えたの!」
「なんてことを」
「人生楽しいの」
シグノは歓喜に沸きかえっていた。シグノは決して感情の起伏がないわけじゃない。楽しければ笑うし、きっと悲しければ悲しむのだ。その笑みは、黄鞠が見てきた表情の中で最も生き生きしていた。
そして俺も今までの鬱憤が晴れたような感覚だった。
生放送の企画で何連勝するまで帰れない的なような企画を最後の最後で潰して愉悦に浸るようなとてつもない爽快感だった。
人生楽しいなあ。




