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第4話 公開処刑

 30万人以上が固唾を飲んで見つめていた画面が、耳障りな電子ノイズと共に、一瞬にしてブラックアウトした。


『え?』

『画面真っ暗なんだけど』

『放送事故?』

『ジャック、逃げた?w』


 激流のように流れていたコメント欄が、一瞬の戸惑いで速度を緩める。それは嵐の前の静けさのように、不気味なほどの空白の数秒間だった。


 東京都内の高級タワーマンションの一室。

 配信の主役であるジャック自身も、目の前のモニターが突然真っ暗になったことに目を丸くし、ポカンと口を開けていた。自分の身に何が起きているのか、その浅はかな脳ではすぐには処理しきれなかったのだ。


「おい、なんだこれ? OBS(配信ソフト)が落ちたのか? 回線トラブルかよ!」


 ジャックは慌ててマウスをカチカチと狂ったようにクリックし、キーボードを乱打する。

 しかし、ハイスペックなはずのPCは一切の操作を受け付けない。まるで強大な力を持つ第三者に完全にコントロールを奪われたかのように、カーソル一つ動かせなくなっていた。


「ちょっと、マネージャー! ルーター確認しろよ! せっかくの同接30万人が離れちまうだろうが! これだけで今日いくら稼げると思ってんだ!」


 怒鳴り散らすジャックを尻目に、マネージャーが配線を確認しようと立ち上がった、まさにその時だった。


 ――真っ暗だった配信画面に、突如として真っ赤な極太のテロップが浮かび上がった。


『【世直しのダークヒーロー】ジャック・ザ・バズの隠された真実』


「……は? なんだよこれ。俺、こんなテロップ作ってねえぞ!?」


 ジャックの顔から、先程までの余裕に満ちた傲慢な笑みが完全に消え去った。

 嫌な汗が背筋を伝い、心臓が警鐘のように早鐘を打ち始める。


 画面が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、鍵がかけられた非公開のSNSアカウント――いわゆる『裏垢』のタイムラインだった。

 アカウント名は、ジャックが過去のゲーム用掲示板から使い回しているダサいハンドルネーム。アイコンは、彼自身が信者からの投げ銭で買った数百万円の高級時計を自慢げに見せびらかしている写真の一部だ。


 そして、そのアカウントが直近数ヶ月間に投稿した、おぞましい本音の数々が、自動スクロールで次々と画面に大写しにされていく。


 そこには、つい先程まで「俺についてこい!」と熱く語りかけていた視聴者たちを、完全に『知能の低い金ヅル』や『欲求処理の道具』として嘲笑っている決定的な言葉が並んでいた。

 さらに、あけぼの食堂の店主が心労で倒れたというニュースに対して、心配するどころか「自分の動画の再生数が伸びる最高のスパイスだ」とゲーム感覚で喜ぶ、人間の血が通っているとは思えない冷酷な書き込みの数々。


 ご丁寧に、裏垢と本垢のログインIPアドレスが完全に一致していることを証明するデータ解析画面までが、画面の端に添えられている。誰がどう見ても、言い逃れのできない本人による投稿だった。


 コメント欄が、数秒の完全な沈黙の後――爆発した。


『は?』

『え、これマジ?』

『俺らのこと財布としか思ってないってことかよ!』

『ふざけんな! 昨日スパチャした金返せ!』

『オフ会で女漁りとか最低だな、キモすぎ』

『おいジャック、どういうことだよこれ! 説明しろ!』

『裏垢特定されてて草』

『ジジイ倒れたの笑ってたのかよ、悪魔かお前』

『信者息してる〜?w』


 信者たちの熱狂は、一瞬にして『裏切られた怒り』と『困惑』へと反転した。

 数十万円単位で飛び交っていた赤色のスーパーチャットはピタリと止まり、代わりに即時の返金を求める声と、激しい罵倒のコメントが滝のように流れ始める。

 それは、彼が築き上げてきた砂上の楼閣が、根本から音を立てて崩れ去っていく瞬間だった。


「ち、ちがっ……! なんだよこれ、コラ画像だろ! 俺じゃない、俺はハッキングされてるんだ! マネージャー、早く配信止めろ!! PCの電源ぶっこ抜け!!」


 パニックに陥ったジャックは高級なゲーミングチェアから転げ落ちるように立ち上がり、自らPCや照明のプラグが刺さった大元の電源タップごと、壁のコンセントから乱暴に引き抜いた。


 ブツッ、という鈍い音と共に、ジャックの目の前のモニターが完全に沈黙する。

 部屋を煌々と照らしていたリングライトの電源も落ち、ジャックの部屋は薄暗い静寂に包まれた。


「……はぁ、はぁ……あぶねえ……」


 荒い息を吐きながら、ジャックは顔面蒼白で床にへたり込んだ。額からは脂汗が滝のように流れ落ちている。

 しかし、部屋の隅で自身のスマートフォンを開いていたマネージャーが、幽鬼のような震える声で呟いた。


「ジャック……と、止まってないぞ……。スマホで見てるけど、お前の配信、まだ続いてる……!」


「……は?」


 ジャックが這いずるようにしてマネージャーに近づき、そのスマホをひったくるように奪い取ると、そこには信じられない光景が映っていた。

 自分のPCの電源は切ったはずなのに、YouTubeの配信枠は依然として『LIVE』の文字を赤く点滅させたまま継続していたのだ。


★★★★★★★★★★★


 一方、地下ラボでは。

 薄暗い室内で、襟華が新しく開けたエナジードリンクを一口すすり、冷酷に鼻で笑う。


「物理で電源抜いて止まるわけないじゃん。馬鹿だねー。奴の配信キーはもうこっちのサーバーでハイジャック済み。今、全世界に流れてる映像は、私のPCから直接YouTubeのサーバーに叩き込んでるの。奴が部屋のブレーカーごと落とそうが、絶対に止まらないよ。地獄の底までこの放送は続くんだから」


 襟華の背後、同じラボ内の少し離れたデスクでは、渡辺千尋が冷めたブラックコーヒーを傍らに置き、手元のタブレット端末を流麗な指使いで操作していた。


「こちらも準備完了よ。奴の裏垢の暴露で、世間の風向きは完全に変わった。スポンサー企業も、もはや奴を擁護する理由は一切ないわ。むしろ、一秒でも早く彼との関わりを断ち切りたいはずよ」


 千尋の冷たい声がラボに響く。

 彼女は、生配信の開始と全く同じタイミングから、ジャックの所属事務所、関連する全てのスポンサー企業、そして動画プラットフォームの運営会社に対して、法的措置の準備を進めていた。


「では、法的措置の事前通知と電子メールの一斉送信を実行するわ。あけぼの食堂の代理人として、数千万円規模の損害賠償請求を求める内容証明郵便を本日付で発送した旨の通知と、警察への刑事告発状の提出予告。……そしてスポンサー企業への最後通牒よ」


 千尋の指が、送信ボタンをタップする。

 それは、ジャックの社会的な息の根を完全に止める「法という名の鎖」が放たれた瞬間だった。


「……完璧だ。ならば、引導を渡してやれ」


 中央のモニターを見つめる佐藤の静かな命令と共に、襟華が次の、そして決定的な動画ファイルをジャックの配信画面に投下した。


★★★★★★★★★★★


 マネージャーのスマホの画面を見つめていたジャックの目が見開き、完全な絶望に染まる。

 配信画面に映し出されたのは、あけぼの食堂の裏路地で、彼自身がカメラマンと打ち合わせをしている『未編集のロウデータ』だった。


 そこには、ゴム製のゴキブリのオモチャを手にして下劣に笑い、それを厨房の近くに仕込むようカメラマンに指示を出す、ジャック自身の姿がはっきりと映っていた。

 画質も音声も極めてクリアであり、AIによるディープフェイクや合成の余地など微塵もない、完璧な自白映像。


 それは、彼が先程まで数万人の前で叫んでいた『捏造なんてしていない』『真実しか映していない』という正義の言葉を、根底から木端微塵に粉砕する決定打だった。


『うわあああああああああああ!!!!』

『自作自演じゃねえか!!!!!』

『犯罪者! 警察行け!』

『爺さん倒れさせておいてこれは悪魔だろ』

『金返せ詐欺師!』

『お前絶対許さねえからな』

『特定班急げ! こいつのマンション割り出せ!』


 コメント欄は、もはや制御不能の暴徒と化した。

 アンチだけでなく、つい数分前まで彼を「世直しのヒーロー」と崇め、高額な金を貢いでいた信者たちの怒りは凄まじかった。

 裏切られた反動による憎悪のエネルギーは、どんな炎上よりも熱く、そして残酷にジャックを焼き尽くしていく。


「あ、あ、ああ……終わった……俺のチャンネルが……俺の信者が……」


 ジャックはスマホを取り落とし、頭を抱えて床にうずくまった。震えが止まらず、歯の根が合わずにガチガチと音を立てる。

 しかし、彼に対する「処刑」は、デジタル空間の炎上だけでは終わらない。


 ジャックの傍らに立っていたマネージャーのポケットの中で、別のスマートフォンが狂ったように鳴り始めた。仕事用の端末だ。

 着信音が鳴り止む間もなく、次から次へと入る着信。画面には、事務所の社長、スポンサー企業の担当者、そしてYouTubeジャパンの担当部署からの文字が絶え間なく並んでいる。


「も、もしもし社長!? いや、あれはハッキングで……え? 損害賠償の事前通知!?」


 千尋が放った法的措置が、一斉に着弾したのだ。


 『現在、貴社がスポンサードしている人物が、犯罪行為を行っている決定的な証拠動画が全世界に公開されている。直ちに契約を解除しなければ、貴社も犯罪の加担者として社会的責任を問われる』という千尋の冷酷な最後通牒を受け、コンプライアンスを重視する企業たちは、クモの子を散らすように一斉にジャックから手を引いた。


「……はい、はい……分かりました。すぐに対処します」


 電話を切ったマネージャーは、青ざめた顔でゆっくりとジャックを見下ろした。

 その目には、先程までのビジネスパートナーとしての親しさは微塵もなく、まるで汚物を見るような徹底的な冷たさが宿っていた。


「……おい、マネージャー。どうなった? 社長、なんて言ってた? この炎上、どうやって消すんだよ……佐藤コンサルにすぐ連絡して……!」


 すがりつくジャックの言葉を遮り、マネージャーは冷酷に告げた。


「……お前、クビだ。今この瞬間をもって、ネクスト・クリエイトはお前との専属契約を解除する」


「は……?」


「たった今、あけぼの食堂の代理人弁護士から、内容証明郵便を本日付で発送した旨の電子メールと、刑事告発の通知が事務所に一斉送信されてきた。スポンサーは全社一斉に契約解除、違約金はお前個人の口座に請求が行く。事務所は『一切の事情を知らず、山田健太個人の暴走である』という声明を出して、お前を完全に切り捨てる。じゃあな、犯罪者」


 マネージャーはそれだけ言い捨てると、床に落ちていた自分のスマホを拾い上げ、ジャックを一人残して、逃げるように玄関のドアを開けて出て行ってしまった。


 誰もいなくなった、薄暗い部屋。

 静寂の中、ジャックのズボンのポケットに入っていた彼自身のスマートフォンが、不意に着信を知らせて震え始めた。


 ビクッと肩を震わせたジャックが、すがるような思いで画面を見る。


『非通知設定』


 一縷の望みをかけ、恐る恐る通話ボタンを押し、耳に当てる。


『――いかがでしたか。最高のエンターテインメントは』


 スピーカーから聞こえてきたのは、低く、穏やかで、氷のように冷酷な男の声だった。


「……さ、佐藤……? お前、お前が仕組んだのか……!? コンサルじゃなかったのかよ!!」


 ジャックが狂ったようにスマホに向かって叫ぶ。


『私は炎上対策コンサルタントですが、同時に、あなたのような法で裁けない怪物をネットの海に沈める『処刑人』でもあります』


 佐藤の声には、一切の感情がこもっていなかった。

 ただ淡々と、ゴミ処理を終えた清掃員のような、無機質な響きだけがそこにあった。


『他人の人生を狂わせ、それを娯楽として消費し、金に換える。その肥大化しきったあなたの承認欲求……。同接30万人という最高の舞台を用意し、あなたが最も輝く絶頂の瞬間に、すべてを奪い取る。……私が最後まで、完璧に満たしてあげましたよ』


「ふざけんな!! 俺を誰だと思ってる!! 俺はダークヒーローだぞ!! お前なんか、俺の信者が絶対に特定してやるからな!!」


『……信者? あなたのスマホで、自分のチャンネルを見てごらんなさい』


 佐藤の言葉に促され、ジャックが震える指で通話をスピーカーに切り替え、YouTubeのアプリを開く。

 そこに表示されていたのは、赤色に点滅する『このアカウントは規約違反により停止されました』という無機質な文字だった。

 千尋の法的手続きと、襟華が仕掛けた大量の通報ボットにより、運営側が即座にジャックのチャンネルを永久BAN(削除)したのだ。


『あなたが頼りにしていた信者など、もうどこにもいませんよ。さようなら、ジャック・ザ・バズ。これからは現実の牢獄で、自分が犯した罪の重さと、無力な一般人として一生かけて償う莫大な賠償金に絶望しながら生きなさい』


 プツン、と通信が切れる音が響く。

 ジャックは声にならない叫びを上げながら、力任せにスマートフォンを壁に叩きつけ、粉々に破壊した。


 誰も見ていない部屋の中で、かつて数十万人の信者を熱狂させていた王は、惨めに床に這いつくばり、ただ一人で泣き喚くことしかできなかった。


★★★★★★★★★★★


「……作戦終了。対象の社会的抹殺、完了したよ」


 一方、アンチフレアの地下ラボ。

 大型モニターに映し出されていたアカウント停止の画面を見つめながら、襟華が両腕を突き上げて大きく伸びをした。


「お疲れ様。完璧なタイミングだったわよ、襟華」


 同じラボ内のデスクから立ち上がった千尋が、満足げな笑みを浮かべながら襟華の隣へと歩み寄る。


「当然でしょ。あんな底辺のザコ、私の敵じゃないし。それにしても、ボスのあの最後のセリフ、相変わらず悪役っぽくて最高に痺れるよねー」


 襟華がキャスター付きの椅子を回転させて佐藤の方を向く。

 佐藤はモニターの電源を落とし、静かに振り返った。

 モニターの光に照らされていた冷たい瞳から、処刑人としての底知れぬ圧がふっと消え去り、いつもの冷静沈着なコンサルタントの顔に戻っていた。


「悪を討つために、正義の味方である必要はない。彼らが最も恐れる『より凶悪な怪物』になればいいだけだ」


 佐藤は薄く笑い、二人の優秀なパートナーに向けて静かに告げた。


「さて、あけぼの食堂の店主への見舞いと、営業再開に向けたクリーンアップのプランを練るとしよう。……私たちの本当の仕事は、これからだからな」

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