嫉妬ってヤツですよ
扉を潜れば、カイザーを見た女性店員が倒れた。その音に他の店員が慌てて出てきた。
「オルフェノス様。ようこそ、いらっしゃいました」
「こっちは後でいい」
愛想のないカイザーの言葉。けれど、店員はその意味を正しく受け取り礼を述べると、倒れた女性店員を他の店員たちに裏へと運ばせた。
「申し訳ありません」
「いや、急に来た俺が悪い」
奥の部屋へと案内をしてもらい、その間アディルはそわそわしっぱなしだ。
(ここが噂のVIPルームってやつ? うひゃー。うちの応接間より豪華なんだけど。さ、流石は宝飾店……)
キョロキョロと室内を見回したい気持ちを抑え、カイザーの隣にピッタリと座る。またもや膝の上に乗せられそうになるのを回避した結果、この距離なのだ。
(店員さん、驚いた顔してたよね?)
ちらりと店員を見れば微笑まれ、恥ずかしさのあまりアディルは顔を赤くした。
(ひ、人前でベタベタするのって、良くないと思う。今度、カイザー様と話し合わないと……)
(笑いかけられて、赤面しただと。こういうのが好みなのか?)
カイザーは鋭い眼光で男性店員を見た。そこにはわずかだが、殺意が込められている。
「本日は当店へお越し頂き、ありがとうございます。店主のロイターと申します」
カイザーの視線に気が付きながらも、にこりと人好きのする笑みをロイターは浮かべた。だが、心の中では冷や汗をかいていた。なんなら、背中は汗でびしょ濡れである。それを表に出さないのは、彼が根っからの商売人だからだ。
「ずいぶんとお若い店主さんですね」
そんなことなど気付かずに、こそこそと小さな声でアディルはカイザーへと話しかける。こういう大きなお店は初老の店主だという思い込みがあり、単に驚いただけなのだが、カイザーの受け取り方は違った。
(やはり、こういう優男がいいのか)
アディルがロイターに興味を持ったと思い込み、明らかな殺意を無意識にロイターへと向けた。流石のロイターも顔色を悪くさせ、顔を引きつらせたが、咳払いを一つすると自分の気持ちを切り替え、ゆったりと口を開く。
「今日はお嬢様への贈り物でしょうか?」
(この二人、一体どんな関係なんだよ。オルフェノス公爵家のご令嬢はリルハート様だけだろ? 遠縁の子か? まさか、隠し子なんてことはないよな!?)
客を詮索することはできないものの、第三騎士団長という国内トップの実力者に殺意を向けられたのだ。商品を売るだけでは割に合わないとロイターは思う。
(こっから先、商売に役立つような新しい情報くらい置いてってくれよ)
普通の相手なら既に気を失っている状況。貪欲さと商売魂が、彼を支えていた。
「婚約するから、アームレットを作りたい」
「畏まりました。婚約用のアームレットでございますね。デザインのイメージはございますか?」
「あの、鷹をモチーフにしたくて……」
「鷹ですか……。もちろん作らせて頂きますよ」
(婚約のアームレットか……。いいね。でかい案件だ。んで、誰と誰が婚約するんだ? まさかこのお嬢さんとオルフェノス様か? 犯罪だろ……)
そこまで考えて、ロイターは一つの噂を思い出した。
(まさか、このお嬢さんが?)
じっと見ては失礼なため、さり気なく観察をしようとしたら、カイザーによってアディルは隠された。
「アディル、別の店にする」
「えっ!? どうしてですか?」
「商売柄だか知らんが、黙って人のことを探ろうとしてくる奴にロクな奴はいない」
殺意はなくなったものの、軽蔑を含んだ視線を向けられ、ロイターはカチンと来た。そもそも殺気を投げつけてきたのは、相手からだ。それなのに、ロクな奴はいないと言われては堪らない。
ロイターは、謝罪をすることと抗議することを瞬時に天秤にかけた。どんなに腹が立っていても、徹底した利益重視。それがロイターという男だった。
「お言葉ですが、先にオルフェノス様から殺意を向けられましたよね? 私は何もしていないにも関わらず。そんなことをされては、理由を探ろうとするのは普通なのではありませんか?」
普通の相手なら謝罪一択。だが、謝罪をしたところで何の利益にもならない。二度と店にも来なくなるだろう。だから、ロイターは賭けに出た。怒らせれば、店が潰れるどころか、命すら危ういかもしれない。貴族の中には、簡単に平民の命を侮辱罪という名で奪おうとするからだ。
カイザーはジッとロイターの目を見た後、口元にのみ笑みを浮かべながら口を開いた。
「お前、長生きしないぞ」
言葉だけを捉えれば、脅しのようにも聞こえる。だが、先程のような殺意はない。
「殺意を向けたのは無意識だ。悪かったな」
「いえ、私の方こそ生意気なことを申しました。申し訳ございません」
あまりにもあっさりと謝罪され、ロイターは狼狽えながらも慌てて頭を下げた。
(貴族なのに謝罪すんのかよ。普通に良い人じゃん)
そう思った次の瞬間──。
「殺意を向けるつもりはないが、あまりアディルと親しくするなよ? うっかり殺しちまうかもしれないからな」
カイザーはアスラムが死人が続出すると言った笑みを浮かべながら言った。ロイターは無言で頷くことしかできず、アディルと呼ばれた令嬢とカイザーの関係性を理解した。
(このお嬢さん、大丈夫か? めちゃくちゃ執着されてんぞ。いや、本人は全く気付いてないな。どうやったら、こんなに怖い顔にトキメクんだよ……)
ロイターは余計なことを考えるのをやめた。アディルと呼ばれたお嬢さんのことを考えれば考えるほど、殺意を向けられる可能性が上がると判断したからだ。
「アディル、あんまりよそ見するなよ?」
「えっ? あ、はい?」
カイザーからの甘い囁きが全く届いていない。そのことにツッコみたい気持ちを抑え、ロイターは仕事の話を始めた。
「では、お話した内容でまずはアームレットのデザイン画を作成させて頂きますね」
「あぁ、よろしく頼む」
色々と話し合った結果、鷹をそのままデザインとして使用するのではなく、鷹の羽をモチーフとすることに決まった。普段遣いしたいというアディルの希望と、ドレスにも合わせやすいものにしたいというカイザーの希望を受けてロイターが提案したものだ。
次に会うのはデザイン画が完成して時だろう。
「あの……」
「どうした?」
「アームレットの内側にカイザー様のお名前を彫ってもらうことってできますか?」
おずおずと恥ずかしそうにアディルは言う。
「例え離れていても、その方がもっと近くに感じられる気がするんです」
「アディル……」
完璧に二人の世界へと突入した姿を、ロイターは静かに見守った。いや、頭の中では全力で算盤を弾いている。
「ご提案なのですが、内側に互いの瞳の色をした宝石を埋め込むのもいかがでしょうか? より近く感じられるのではないかと思ったのですが……」
「わっ!! 素敵ですね!!」
花がほころぶようにアディルは笑い、その姿をカイザーは優しい眼差しで見守る。不思議なことにだんだんとお似合いに見えてきた二人に、ロイターは笑みを浮かべた。
(完璧な相思相愛だな。見た目は少女と犯罪者だが、ここまでイチャイチャしてりゃあ、周りもお嬢さんが脅されてないって気づくだろ)
「それでは、デザイン画が完成しましたら、職人と共にお伺いさせて頂きます」
これから流行が変わるかもしれないという予感を胸に、ロイターはデザインへの希望書に記入漏れがないか目を通す。
婚約のアームレットと言えば、今まではとにかく派手に豪華にが主流であった。高位貴族であればあるほど、華美さを重視する傾向にあり、普段遣いするものではなく、パーティーやお茶会で見せびらかすものというイメージだ。
(これは、流行が変わるかもじゃない。変わる。変えてみせる!!)
ロイターは、今回注文を受けたような、何にでも似合うシンプルながらも洗練されたデザインを流行らせ、ゆくゆくは市民へも広げようと考える。そして、職人の早急な確保をしなければ……と算段を頭の中で巡らせた。
(今までのように宝石で価値を測るのではなく、職人の熟練した技術に対価を払うようになる未来が来るぞ)
彼の目は野心で燃えていた。
「物が良ければ、婚約披露パーティーとウエディングドレスに合わせた装飾、結婚指輪も頼もうと考えている」
「ありがとうございます。最高のお品を職人と共に提供させて頂きます」
オルフェノス公爵家の次男であり、第三騎士団長の婚約。話題性は高い。そして、そのお相手であるアディルも注目を集めるだろう。
ロイターは二人を店の外で見送ると、中へと戻る。
(あの二人が仲睦まじければ、仲睦まじい程に流行るな。デカい仕事だから俺がメインでやるが、お嬢さんの方には基本的に女性店員の対応だな。……うちに、オルフェノス様の前に出て倒れないような女性店員いたか?)
頭の中で従業員たちを思い浮かべ、ロイターは誰にもバレないように小さく溜め息をついた。
「毎回、俺一人で対応かよ……」
思わず溢れた言葉。だが、その気持ちも瞬きのうちに切り替える。
(お嬢さんに気を付ければいいだけだ。地雷は少ない。金払いも良ければ、無茶も言わない。良客じゃないか)
ロイターは、店を副店主に任せると職人のところへ向かう。婚約のアームレットについてすぐにでも職人と話に行くつもりだ。
(さーて、どこから引き抜くかな)
手当も待遇も改善し、かなりの好条件で引き抜いても、腕のある職人ならば利益になる。
「楽しくなるぞ」
ロイターの足取りは軽かった。




