038 予定外の王と王妃
話は少し遡る。
海野がデアコアイルで彼曰くBクラスという低レベルの魔術師に絡まれている頃…いや既に町を発った頃、海野達を召喚したザンビアナ王国ブライアン・ジョーンズ4世の王妃であるカリーナ妃は少々お悩みであった。
王妃は元々、この国の人間ではない。近隣国の侯爵家の3女だ。
侯爵家の3女であるが、祖母は当時の王、前国王の祖父の6女であり、微かながらも王の血を引く存在であった。即ち王位継承権を持つ存在だ。但し彼女が生まれた時のその順位は20位以下で普段なら誰も気にしない。本人も以前は正確な継承順位すら知らなかった。
だが、上位の王位継承権者が病だ事故だで次々と亡くなる中で、6女ではあるが王女の息子に当たる父侯爵の王位継承権がIT企業の株価並みのスピードで上がり、遂には瞬間風速的にではあるが一桁前半に到達した。つまり現国王の2人の息子、及び現状では娘しかいない王弟殿下に次ぐ立場だ。
現王子2人、または王弟殿下の娘達、あるいは王弟殿下ご自身に男の子でも出来ればまた話は変わるが、現状では高位の王位継承権を持つ父は一介の侯爵から爵位はそのままであるものの扱いは公子となり、彼女も何故か公女と呼ばれる立場になった。
そうは言っても、彼女自身には王弟殿下の娘達同様にまかり間違えば王になる事は期待されていない。(彼女の祖国では女王はなしではないが緊急避難的な扱いだった)
彼女は王族の務めとして政略結婚の駒とての役割が求められるようになり、その結果、嫁いできたのがザンビアナ王国というわけだった。
彼女の出自は一介の侯爵家、しかも3女であり侯爵家ですら継ぐ事は想定されておらず、公女として他国へ嫁ぐ、しかも王妃などになるなど、本人も両親も周囲も全くの予定外だった。
そして偶然ながら嫁ぎ先のブライアン・ジョーンズ4世陛下も同じ様な立場だった。
彼女も王妃など夢にも考えていなかったが、ブライアンもまた国王など予想もしていなかった。
そうは言っても彼は前国王の弟殿下の第3子であったから、カリーナよりは最初から高い王位継承権を持ってはいた。なので理屈の上では王になる可能性はゼロではない、とアタマでは理解していた。が、真面目に考える程ではなかった。
前国王には3人の王子がいたが、長男は早世し、三男は冒険者になる、と言って若い頃に家出したっきり戻って来なかった。公にはなってないが、連れ戻す間もなく冒険者になった直後に魔物討伐に失敗して死んだらしい。公的な扱いは出奔の末の行方不明で、以降は第2王子が正式に王太子となった。
その第2王子とブライアンの父である王弟殿下の上の息子2人は同じ年頃で仲が良く、よく一緒に狩りに出掛けたりしていた。そのままその関係が続けば良き国王と良き臣下となっただろう。
が、ある日、仲良く一緒に狩りに出掛けた彼らは、その途中で運悪くAクラスの魔獣に襲われて3人一緒に亡くなってしまったのだ。
王太子の甥達も巻き込んだ遭難に国王陛下はショックで心臓発作を起こして寝込み、同じく甥と息子2人を奪われて怒り狂った王弟殿下は周囲が止めるのも聞かずに息子達と甥の仇であるAクラス魔獣退治に自ら騎士団を率いて臨み、あえなく返り討ちに遭った。
それで仕方なく、というか消去法的にブライアンが王太子となったのだ。
それまでのブライアンはパッとしない存在だった。
学業成績は大した事がない、というかハッキリ言えばデキない方で、武芸も運痴ではない程度で見るべき所は何もない。王位とは直接は関係ないが顔面偏差値も低くはないが激高でもない。良く言えばそこそこなイケメン程度で、不敬を覚悟で有体に言えばフツメンである。
王子ではなく王弟殿下の三男に過ぎず、しかも未だ若輩でもあったので公的な役割を与えられる事も殆どなく、宮廷内でも目立たない存在でしかなかった。
国民も名前ぐらいは知っていたが、優秀だった王太子やその学友だった兄2人に比べれば凡人という評価が囁かれていた。いや、むしろ凡人という評価さえなかった。国民全員が殆ど思い出しもしない立場だったのだ。
しかし、兄2人と共に優秀と評価の高かった第2王子が不慮の事故でお亡くなりになり、父である王弟殿下まで死んでしまった後、バタバタと王太子となった彼は、これまた父王弟殿下同様に周囲が止めるのも聞かずAクラス魔物退治に騎士団を率いて出陣し、多大な犠牲は出たし、彼自身が矢面で戦ったわけでもないが何とこれを退治して帰ってきたのだ。
王族4人を一気に失い、王も倒れて気落ちしていた国民は狂喜乱舞した。
病床にあった伯父である国王陛下も色々安心したのか程なく亡くなり、彼は王太子になって半年もしないうちに国民に歓呼の声で迎えられて即位した。
そして隣国から政略結婚の相手として2歳年上のカリーナを王妃に迎えたのだった。
そのカリーナからすれば、夫である国王ブライアン・ジョーンズ4世陛下はなかなかに複雑な方だった。
カリーナの見るところ、ブライアンは巷で言われる程にはデキは悪くはない。
在学中は学業は振るわなかったと聞くが、それははっきり言って学生時代はあまりにやる気がなく遊び過ぎたせいで、地頭はそんなに悪くない。
武芸も、まあ並と言われるが、高校の頃の部活と同じで出来れば評判は上がるが実際には国王自身が雑兵と斬り結ぶ事などないので、実務上は別にどうでもいい。
だが、王位を継承するなど全く考えられていなかったから、所謂、帝王学に類する教育は全く受けていない。
いや形式的には受けたのかも知れないが、真面目にはやってない。大学の第二外国語の授業と一緒で将来全く使う可能性のない勉学に身が入らないのは当然だ。
その反面で、一桁台の王位継承権者でありながら義務を殆ど背負わずに気楽に育った関係で細かい話に拘泥しない金持ち喧嘩せず的な鷹揚さと、のびのび育った快活さが同居していた。言うなれば完成されたいいトコのボンである。
しかしながら、元々あまり期待されてない放任気味の三男としてお育ちになり勉学に熱心に励むことなかった割には、生まれたその時から優秀な兄2人と比べられて育ったせいか「どうぜ俺はデキねえよ!」と少し僻んだどころもある。
そうは言っても王位に就いた以上、経験の有無と無関係にいきなり政治の世界に投げ込まれたわけだが、言うなればズブの素人として王位に立った彼は全くの若輩者という事もあり、国民の歓迎ムードとは裏腹に即位直後の宮廷内では軽く見られていた。言葉を全く慎まずに言えば舐められていた。
だからなのか、普段の政務で意見を出してもベテラン揃いの閣僚に「素人はヤダな!」という雰囲気で噛んでふくめる言い方で説得されると簡単に論破されて帰ってきた挙句、王宮でいつまでもブチブチ文句を言っている。
ややもすると彼の意見を事前に全く聞かれる事もないまま、結論だけを報告されて、言い方は丁寧だが事後了承だけを強く求められる事も多く、その場合も彼は碌に文句も言えずにやっぱり了承して帰ってきて、やっぱり王宮でブチブチ言ってるだけだ。
特に、伯父である前王の宰相を務めており、ブライアン即位後もその地位にあったブルックス伯爵は、彼に言わせれば彼の事を完全に舐めてる宮廷貴族の典型だ。
1)彼を素人と最初から見下した態度である。
2)碌な説明も事前報告もせず、結論だけ持って来て了承だけを求める。
3)却下は全くの想定外で、ややもすると既に一部は実行済である。
更には国王であるブライアンが何か言っても噛んで含める様な言い方で「まだご経験されておられないのでよくお分かりにならないと思いますが…」という枕詞付きで全く聞きもしないで流すだけ、と見事に3拍子、いや4拍子揃っている。
もっとも彼は好き嫌いが先に立って低い評価しか与えていなかったが、ブルックス宰相は優秀だった。
しかも優秀なだけで政治を壟断しようとか、国王から権力を簒奪しようなどという腹黒い意図など微塵もない。
向こう10年ぐらいの大まかな方針は前王と彼の間でよく話し合われており、それに基づいて着々と実務を積み上げる優秀な吏僚であるだけだ。
国への忠誠心にも疑いはなく、私腹を肥やそうとかもない。
王位はおろか一段上の侯爵位を狙うという野心すらない。
彼は職人的な職業政治家であり、自身と前王の考えた政策の実現に悦びを感じていて、権力を維持したいとも実はあまり思ってなかった。権力は、あれば他人を従えて物事が進めやすいし、無ければ自分の意見を通すどころか言えもしないから宰相という地位を保持しているに過ぎない。
入社3年目のヒラ社員がどんな優れた施策も言っても何も起きないが、朝8時半に本社屋上に全員が整列して外に向かって社歌を歌うという80代の創業会長のご意見は翌日から必ず実行されるのと一緒だ。
その彼からすればライバルは単に反対勢力なので自身の考える任務遂行に邪魔だから排除するだけだし、排除するとなれば職人的な緻密さで本人が二度と立ち上がれなくなるまで徹底してやるだけだ。
沖ノ鳥島に島流しにしただけでは足りず、窓もない家屋の一角に閉門蟄居させて、暗闇の中で発狂して自殺するまでやる、というだけだ。
そして空気の読める大半はその有様を見てブルックスに対して反対意見など一言半句も上げなくなる。
ブライアンからすれば失礼極まりない態度も、職業政治家の彼は単に現国王陛下であるとしてもブライアンに個人的な忠誠心までは持ち合わせていないだけだし、逆に彼から見れば、ブライアンなど経験的にも能力的にも然程でもない若造に過ぎないだけだ。
経験不足の若い兄ちゃんなど、必要なソフトの入ってないPCと同じで、例え潜在能力が高くとも役には立たない。なので、ソフトを入れて使える状態になったらまた来てね、というだけだ。
繰り返しになるが、ブルックス宰相は特に王家に反逆心を抱いているわけでもない。
ブライアン個人に対しても忠誠心こそないが、悪感情がある訳でもない。
アタマが空っぽな今は自分と前国王が相談して決めた路線に従って戴き、必要なご経験を積まれた後、お望みならご親政をされれば良い、と考えているだけだ
そして老練な政治家、行政官僚としての目線で今のブライアンを極めて客観的に見る限り、能力を経験でカバーして滞りなくご親政がご可能なレベルにご到達されるには10年では到底足らず、20年以上の結構なお時間が掛かるだろう、とも判断していた。
なので、その頃には自分は流石に引退しているだろうから無関係だな、と思っているだけだ。
その上、彼は有能、優秀なタイプに在りがちな、努力と研鑽は本人がするもの、他人が手助けする類の話ではないという考えの持ち主だったから、ブライアンの政治能力を高める手助けをしようなど微塵も思っていない。考え付きもしない。
とはいえ、自分より経験不足な若い国王ブライアンに冷たい一方だったわけではない。
ブルックスからすれば相手は孫の様な年代の若者なのだし、先代から受けた恩もある。国への忠誠心もある。
彼の心中の割合で言えば「現状では仕事がデキないなら口を出すな!」という思い7割、国と王家への忠誠心2割ではあったが、残り1割ぐらいでは、予定外に王位についてしまった若き国王に対して「ご親政に至るまでに国の粗方は片付けておくのでご安心下さい」といった温かい心もないではなかった。
が、パーセンテージ的には低いこともあって普段の態度には出ないし、ブライアンには全く伝わっていない。
その優秀だが典型的なエリート官僚でもあるブルックス宰相に唯一、悪い点があるとすれば、生粋の貴族として如何に如才なく臣下の礼を尽くしていても、ブライアンを見下している、とまではいかないが軽んじているのがどうしても態度に出てしまう点だ。
本人的には特に悪気はない。
毎日会議やら決裁やらで忙しく、夜は毎晩客先での接待、週末は重要なお取引先との接待ゴルフで潰れる営業担当常務が、自分が全く評価していないヒラの営業部員の相談に対してはどうしても「手短に!」と前言葉を言ってしまうようなものだ。
ブルックス宰相的には悪気はなくアタマのいいエリートに有りがちな欠点なだけではあったが、国王ブライアン・ジョーンズ4世陛下からすれば最高にムカつく、そして絶対に許せない点であった。
長くなってしまいましたので予定外で(笑)2話に分割しております。




