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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
二人の朝(攻防戦)
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続編 25

「……それで? ユナをわざわざここから退出させた意図は何?」


 ユナが慌てて去って行った寝室で、エルフィスは寝台の上で、ゆったりと胡坐をかいた。

 セルジはいつもの姿勢で腕を組んだまま、白い壁に寄りかかる。


「俺はあんな女に同情はしないと思っていたが、さすがに、少し可哀想になってきてな。余りにも哀れで、事実を直接伝えられなかった……」

「可哀想?」


 エルフィスは、セルジの言わんとしたいことを理解しながら、わざととぼけた。


「何のことだか、さっぱり分からないけど?」

「嘘つけ」


 やっぱりだった。

 間髪入れずに、セルジに一喝された。

 まるで、その物言いが幼い頃に死んだ母のようで、エルフィスは全身が痒くなってくる。


(怖くはないんだけど)


 多分、気まずいのだ。

 ユナのことになると、エルフィスは自分でも怖いほど理性を見失うらしい。

 それを見抜かれていることが、恥ずかしいというか、弱みを握られているようで、気持ち悪いというか……。つまり嫌なのだ。


「俺を騙せると思ったのか? 寝込みを襲うなんて、神官のすることじゃないぞ。まして神官の頂点でもある大神官が?」

「…………ああ」


(仕方ないなあ……)


 セルジが口に出してしまったのなら、逃げ切ることは不可能だ。

 この男が見過ごせないのなら、この先ずっと根に持たれることだろう。

 エルフィスは、渋々答えた。


「襲うだなんて、聞こえの悪いことを言わないでよ。僕は襲ってなんていないよ。さすがに襲っていたら、……まあ。今頃痕跡だらけで大変なことになってるよ。僕はただちょっと確かめたいことがあっただけさ」

「ほう?」

「お前がユナの胸が小さいなんて、連呼するから、彼女はあんなに気にするんだ。全然小さくなんてないと、僕は最初から思っていたけどね」

「襲ったのではなく、つまり見てみたかっただけだと?」

「いい感じの手触りだった」


 セルジは床にのめりこむのかと、心配になりそうなほど、体を低く屈めて頭を押さえた。


「…………末期を通り越して、もはや重犯罪者だな。陛下だけでなく、国民皆が嘆くぞ」

「僕は何もしていない。ユナも覚えていないみたいだし、彼女には事後報告だけど、ちゃんと伝えたんだから、全然大丈夫でしょ」

「覚えていないのなら、何もなかったことに等しい……とは、素晴らしい大神官様だな」

「僕だって我慢しようと思ったんだ。実際、昨晩はよく我慢したと思うけどな。自分の部屋の寝台で、しかも自分の隣で常に押し倒したいと思っている女の子が無防備に眠っているんだよ。あんな拷問は他にない」

「神の試練だと思って耐えられなかったのか?」

「だから、僕は十分よく耐えたでしょうに。誓ってお前の想像以上のことはしていない」

「そうか。じゃあ、更なる神の試練がきたようだ。……エロフィス」

「………………へっ?」


 多分、相当エルフィスは気の抜けた声を発していたのだろう。

 証拠に、瞬時にうつむいた視線の先。

 磨き上げられた石床に映った自分の顔も、腑抜けそのものだった。


「どう……して」


 ユナがいた。 

 怖いもの見たさに、再び顔を上げたら、しかし、見てはいけないものだったことに気が付いた。

 怪奇現象、再び。

 セルジの肩越しの扉から、ユナの顔が半分だけはみ出している。

 彼女のうすら寒い三白眼と血の気のない青白い顔に、体感温度が一気に下がっていく。


(まさか、聞かれた?)


 ……て、聞かれていなければ、あんなふうな珍妙な姿で、こちらをうかがっていないだろう。


「……占……い」


 その余りにか細いユナの声音に、エルフィスは立ち上がって、姿勢を正した。


「ええっと。そうだったね。占いをして欲しいって」


 セルジに表情はないが、きっと内心笑っているに違いない。


(やってくれたな)


 ――最低だ。

 あとで、セルジには絶対に仕返しをしてやろう。

 しかし、今はまずユナだ。

 曖昧な微笑を顔に張り付けたまま、一見気丈に前進してくるものの、前を見ていないと思ったら、案の定何もないところで、ドレスの裾を踏んですっ転んだ。

 タローカードの入った巾着も、派手に飛んでしまっている。


(バカだなあ……)


 でも、そういうところも含めて、エルフィスは好ましいと思っているのだから、それはそれで以前の自分からは考えられないことだった。


「……ほら。ユナ」


 すかさずエルフィスが手を差し出すが、しかしユナは手を取ろうとせずに、上目遣いでエルフィスを睨む。


(まあ……)


 仕方ない。

 彼女には、まだ刺激が強かったのだ。

 それは分かっていたし、ユナには露見しても怒られないよう、可能な限り、伏線をはっていたはずだ。

 けど、どうせなら、触る前にユナを起こせば良かった。


(でも、起きても良いと思って、むしろ起こすつもりで触れたのに、君が目覚めなかったんじゃないか……)


 そんなふうに、心の中で言い訳を並べてみてはいるが、今それを言ったら、永遠に彼女に嫌われそうだから言葉にはできない。


「今のお二人の会話は、一体何だったんでしょうか?」

「僕、何か言ってたかな?」

「……セルジ様の想像って、どの程度なんでしょうか。顔に落書きしちゃったとかなら、いいんですけど?」

「いやあ、それもどうかと思うよ」


 エルフィスは、床に膝をついたままの彼女の手を取り、強引に立たせた。

 驚きと不安でいっぱいのユナの気持ちが手に取るように分かる。

 だからこそ、エルフィスは口を動かさずにはいられないのだ。


「……つまりだよ。僕達は、恋人同士だから良いよねって、ここで言ったところで、君は安心なんてしないんだよね。遊ばれているって誤解し続けるだろうし」

「遊ぶとか……、恋人以前の問題のような気がします。エロフィス様だから、慣れていらっしゃるのでしょうが、私は、本当にそういったこととは無縁で、……一生無縁だと思っていたんです」

「そっか。じゃあ、良かったよね。新しい体験に恵まれて。まあ、記憶にないのが嫌だというのなら、さっき言った通り、すぐにでも再現できるけど?」

「けっ、結構ですって!」


 ああ、やはり最高潮に怒っている。冷静を装いながらも、声が震えている。

 なのに、どうしてだろう。

 それでも、ユナがエルフィスの一挙一動に対して、いちいち反応してくれることは、単純に嬉しいのだ。

 これで、彼女が自分に気がないのなら、エルフィスはセルジの指摘通り、大犯罪者だろうけど、ユナはやっぱりエルフィスが好きらしい。

 それは、伝わってくるし、彼女も、否定はしないだろう。


(まっ、セルジが怒って当然だとは思うけどさ。最低な神官だよ。僕は……) 


 自省しつつも、止められない。


「分かったよ。ユナ」


 エルフィスは、今度は自分がユナの前に跪いて、彼女の柔らかな手に額を押しつけた。


「一体、何を?」

「それじゃあ、結婚するなら良い?」

「……はっ?」

「結婚だよ。君は僕と結婚するんだ。これから、君にはこの国の聖女となってもらって、大神官である僕と聖姻してもらうんだ。国民の大歓迎は必至だろうね」

「結婚?」

「そう。目下、真剣に前向きに考えているんだ。フェルも兄上もどうとでもなるし、父上もまあ、何とかするよ」

「…………それで、さっき」


 エルフィスはわざわざ「聖女」という単語を出してみせたのだ。

 満足げに、エルフィスが頷いてみせれば、たっぷり間を設けて、ユナの瞳が大きく見開かれた。


「……嘘……ですよね?」

「さっきも言ってた通り、まだ時期尚早かとは思っていたけど、こんな人生最大の切り札を嘘で口にするほど、僕は愚かじゃないつもりだけど?」

「誰にでも言っている口説き文句とか?」

「まさか。「結婚」なんて、そら恐ろしい言葉をほのめかさなくても、僕は十分にモテていたよ」

「寝込みを襲ったことに対して責任を取って、結婚ってことですか?」

「あのねえ。責任を取ると明言するくらいなら、僕はやることをすべてやり尽くしているよ。誓って、襲い尽くしてはいない」

「……尽くしてはいないって……」

「むしろ一晩耐え抜いた僕を褒めてもらいたいくらいなんだけどね。後日、君に子供の認知について、問いただされても良いかなって思うくらい、切羽詰ってたんだ」

「だからこそ、まだ一生を決めてしまうのは、早いのではないかと……」

「早い時期から、いつ死んでも良いように、遊びほうけていたからね。死なないで済むのなら、そろそろ君一人に落ち着きたいかなって、思っているんだ。結婚相手に欲情するのは、きわめて正常な反応だと思うけど?」

「残念ながら、私じゃ、落ち着くどころの騒ぎじゃありません」

「……だろうね。まあ、そういう人生も面白いじゃない。君が何人もいたら困るけどさ」

「……で、嘘ですよね?」

「そう。ここで、振り出しに戻るわけか」


 エルフィスは苦笑した。

 ユナの唖然と愕然と喜色が入り混じった百面相を見ているのは愉快極まりなかった。


「分かった。あくまで、信じられないって言うのなら、この件に関しては、証人にセルジもいる。僕はいたって冷静で本気なわけさ」

「………………そうだな。本気で、言っちまいやがったもんな」


 セルジが泣きの姿勢に入っていたが、そんなことは、知ったことではなかった。

 元はといえば、ユナに会話を聞かせたセルジのせいではないか。


 ――さて。

 問題は次の一言だ。

 

(どうしたものか……)


 続く言葉を間違えたら、当分ユナは口を聞いてくれないだろう。

 多分逃げる。

 いや、もうすでに、逃げる準備をしているかもしれない。


(たった今、恋愛方面に足を踏み入れた子に、結婚話をするとはね……)


 可哀想だと、同情はしている。

 こんな男に引っかかってしまった初心な彼女のことを……。

 でも、こういう成り行きに辿りついてしまったのだから、仕様がないだろう。

 それに、同情したところで、逃す気なんて、さらさらないのだ。

 エロフィスだから、慣れている……なんて。


(冗談じゃない)


「ユナ」だから、困っているのではないか。

 隣に眠っているのが他の女性だったら、むしろ、色気で迫ってくるような女性だったのなら、一晩やり過ごすことなんて、余裕だったはずだ。


(かくなるうえは、とっとと壁を取り払ってもらって、正々堂々、国民の前で彼女を娶るまでだ)


 大丈夫。

 彼女は、きっとエルフィスを許してくれる。


(性格の悪さなら、ユナとて負けていないのだから……)


 そろそろと引っ込められてしまいそうな手を、強く握り返した。

 ユナの言質を取るための方法を必死で模索しているはずなのに、ふとすると、エルフィスは至福の笑みを浮かべてしまうのだった。


【了】

お付き合い頂き、有難うございました!!


ようやく、終わりです。

長かったですね。

私も、何やっているのかなってくらい、長い道のりでした。


番外⇒結局「続編」となりました。

最後の部分がもう既に、番外ではないだろうと……。


この話は、数年前「小説家になろう」にお世話になっていた時に、リクエストで書いた話を結構修正したものです(ラブシーン部分と、ラストはほぼ全部)。


もしも、以前、一読していた方がいらっしゃったら「あれ、こんなんだっけ?」と思われたことでしょう。


最初の方、アップが早かった理由は、当時の話をポメラから直接引っ張っていたためだったのですが、いかんせん、ポメラ収納の話だったので(喫茶店とかで殴り書きしたままのような)、文章を読み返してみたら、もはや日本語ではないくらいの乱れようで、話の方向性も見えてこないし、どうしたものかなって感じでした。

以前、アップしていたこの話は、その辺り「小説家になろう」上でじかに修正していたのかもしれませんね。


もっとも、大々的に話の筋道を変えたわけでもなく、だらだらと続いている感が半端ないのですが、まあ、せっかくアップしたんだし、良いかって心境で開き直っております。


気持ちはエルフィス様です。

今回、書き直していて、彼ほど能天気で、恋愛以外のことはどーでも良いというキャラは(仕事は適当にやっているのに、なぜか出来るタイプなんでしょうけど)私の話の中には、滅多にいないので、彼のように生きられたら、それはそれで楽なんだろうなって思ってみたりしました。


この話を書いていた背景。

当時の私は少女向けを目指しているけれど、甘々が書けず、ラブシーンも書けず、それでも良いのだけど、でも、それも書けないとな……と勝手に思い詰めていた時期でした。


「書かないと書けないは違うのよ」って、まあ今となってはどうでも良いことなんですが。……本当、どーでもいいことです。

そういう羞恥心のようなものがあったのか、今回、アップの過程で元の文を読んでみたら、ラブシーンなのに、何をしているのか分からない。そんな描写が多数あって、笑ってしまいました。

自分では甘々頑張ったつもりでいたのでしょうね。


大体、相手がエロフィス様じゃないですか。

エロフィス様が何もしないで終わるはずないじゃないですかね?


読んで下さった一人一人に感謝状を手渡ししたいくらいの出来ですが、もし、「こういうの嫌いじゃない」って思って下さる方がいらしたら、私は幸せだと思います。

いつか、一作だけ、苦労の人「セルジ」の番外編を書けたら良いなって思っております。

彼の相手役は密かに話の中に含ませているのですが、さて誰でしょうね?

そんなところも含めて……。いつか(遠い目)


今現在、私的なことで大変慌ただしく(毎日、病院通いの日々でございます)結構追いつめられている状況です。


残す2作品の更新を、自分のためにも、年内には、何とかしたいと思っておりますが、なにぶん余力のない状況なので、お返事等は出来ないかもしれません。


こんな私ですが、よろしくしてやってくださると嬉しいです。

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