続編 21
――カナはエルフィスのもとにいる。
つまり、そういうことらしい。
怖いおっさん(侍従)の顔に見飽きたカナは、ユナの所に帰りたいと駄々をこねたらしい。
しかし、生憎ユナは勉強中で、ヘラからは何人たりとも立ち入るな!……という触れが出ている。
困った侍従はエルフィスに相談し……。
――そして。
あの神官は、あっさりカナを自分の所で引き受けたらしい。
勉強が終わったら、ユナに迎えに来るよう侍従に言い渡したそうだ。
何というか……。
妹を人質に取られた気分だ。
(今日は、もういいよ)
日を改めて、覚悟を決めてちゃんと会うことはできないのだろうか?
ユナは、自分が恋する乙女体質を持っていないことをすでに知っている。
一緒にいられるドキドキなんかより、一緒にいた挙句、粗相をして嫌われる可能性を考えてしまうのだ。
嫌われるくらいなら、一緒にいない方がいい。
遠くから見ていれば、それだけで幸せじゃないか。
それでも……。
カナだけは返してもらわなければならない。
それに……。
もしも、狭い室内にあんな可愛い幼女と一緒にいて、変な趣味に目覚められたら困る。
エルフィスが用意したらしい、清楚なナイトドレスにガウンを羽織ってユナは隣のエルフィスの部屋に向かった。
彼の部屋は、二回目だ。
今回は、目的が定まっているせいか、緊張しているが動揺はない。
軽くノックをする。
反応がない。
(おかしいな……)
ここにいると侍従が言っているのだから、ここにいないとおかしい。
少し待ってから、きつく扉を叩いてみた。
駄目だ。
しんとしている。
廊下の真ん中で、ほぼ寝間着姿で突っ立っているのが段々恥ずかしくなってきた。
隣室だからと横着してしまったが、ちゃんとドレスに着替えるべきだったのか。
(とてつもなく面倒だけど……)
くしゃみを小さくして、ユナは危機感を抱いた。
このままでは、凍えてしまいそうだ。
とにかく部屋に入れてもらいたい。
「あのー。エルフィス様」
おそるおそる扉に手をかけてみると、なぜかあっさり開いてしまった。
(こんなことでいいのか? この国の警備は……)
セルジの姿は見えない。
室内は薄暗かった。
ほんの少しの罪悪感を抱きながら、しかしここまで来てしまっては、後戻りできないと、歩を進める。
「エルフィス様? ユナですけど? こちらにいらっしゃるんですか?」
……暗い。
当然のことであったが、先日、香茶を飲んだ居間に姿はなかった。
まさか、例の物置きにはいないだろう。
じゃあ、エルフィスの部屋で、ユナが知らない場所といったら……?
「あのー。いらっしゃるのでしたら、反応して頂けませんか?」
頼りない声を発しながら、物置と逆の廊下を進む。
壁の溝に設置された燭台の灯を頼りに、真っ直ぐ進んでいくと、ユナはようやく目的を遂げることに成功した。
「カナ……。エルフィス様」
息を呑んだ。
そこは寝室だった。
真ん中に天蓋つきの大きな寝台がどんと置かれている。
優に四人くらいは横になれそうだった。
ユナの寝台とは比較にならない規模ではあったが、王子としてはこぢんまりとしているのかもしれない。
居間と同様、余分な装飾は一切ない。
寝台と、隣に簡素な机がある程度だ。
窓から差し込む月明かりが寄り添って眠っているエルフィスとカナの下に、芸術的に差し込んでいた。
うつ伏せに眠っている二人の真ん中には、カナが大切にしている絵本が置いてあった。
どうやら、エルフィスは、カナに絵本の読み聞かせをしている途中で眠ってしまったようだ。
実際、エルフィスは大神官の業務の一環として、養護施設の訪問の際は必ず絵本の読み聞かせをする。
「神さまのお姉ちゃん」と勘違いするほど、中性的で魅力的なエルフィスの声はカナのお気に入りだった。
絵になりそうなほど、美しい光景だった。
しばらく声を失っていたユナだったが、ようやく一歩足を踏み出した。
「…………カナ」
極力音を立てないように配慮しながら、カナの傍らに回る。
「お部屋に帰ろう。起きて……。ね?」
柔らかい髪を撫でて、耳元で囁く。
しかし、目覚めない。
(困ったわ……)
カナは寝起きが悪いのだ。
しかも、事もあろうかカナはエルフィスの裾をぎゅっと掴んでいて放そうとしない。
エルフィスを起こすのも辞さない覚悟があれば、いつものように「起きろ!」と叫ぶことも出来るのだが……。
でも、ユナはエルフィスが疲れていることをよく知っている。
「渇望の箱」と関わってから、彼はずっと多忙だったのだ。
ここで起こしてしまえるほど、非情にはなれない。
「カナー。起きてよぉ」
しゃがみこんで、気合を入れて揺さぶってみるが、よほど深い眠りの中にいるのだろう。
カナはびくともしない。
「私だって、勉強ばっかりして、疲れてるんだからね……」
ユナだって、とっとと寝てしまいたい。それは三日間眠っていたとしても、変わらない。寝溜めなんて、出来ないのだ。
しゃがんでいたら足が痺れてきて、その場に尻餅をついた。
石床は意外に温かった。
「カナ……」
あどけない横顔をそっと撫でながら、ユナは苦笑する。
この子のために生きていこうと思っていた。
自分には、それしかないと。そのために生きているのだと……。
次第に大きくなっていくカナの姿を目の当たりにして、最近ではユナなんて必要とされていないのではないかと思う機会もあったけれど……。
でも、今はカナだけではない。
いろんなものがユナを引き留め、足止めさせる。
(もう、訳が分かんないな。本当……)
エルフィスの麗しい寝姿を横目で見守りながら、ユナはずるずると、柔らかな寝台に顔を沈めていった。




