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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
二人の朝(攻防戦)
59/64

続編 20

ヘラの容赦ない「しごき」は、夜まで続いた。


(この人、私が嫌いなの?)


途中、何度もそう思ったが、しかし、間もなくして、ただ鬱憤を発散させているだけだと分かった。

ユナは気が強いくせに、隙だらけだ。

付け入られる隙だらけのくせに、生意気な面構えを見たら、上司が辛く当たるのは至極当然のことなのだ。


(もっと仕事ができたら、良いのに……)


 更に、求められている仕事以上のことをこなすことのできる機転と、頭の良さがあれば……。

 顔では笑顔を作り、内心で毒を吐くことなんてないのだ。


(こんな私が良いだなんて?)


 あの神官(エルフィス)は本気なのか……。

 いや、まず正気なのか……?


(だけど、どうも本音っぽいのよね……)


 それは、色々と沢山………自覚してしまった。


「はあ」


 ユナは、ようやく静かになった室内を見回して、深く長い溜息を吐いた。

 もうすでに、青春時代は昔。

 気分は中年のおっさんのようだ。

 生まれて初めて、愛の告白とやらをされた。

 しかも相手は、この国の第二王子で国民の尊崇を集める大神官であり、格好良くて、女性より綺麗で、頭も良く賢くて、常に良い香りのする別次元の男性なのだ。


(こんなことって……)


 きっと、最初で最後に違いない。

 これを逃したら、生涯こんな自分が良いと言ってくれる気まぐれな人なんて現れないだろう。

 この際、舞い上がって喜ぶべきものなのだ。

 多分……。嬉しいものなのだ。

 究極の「玉の輿」である。

 昨年、飛び出してきた故郷の皆に自慢して回って、ついでに神殿内のお高くとまっている事務員のネエちゃんたちを上から目線で見下ろしてやったら、気分も良いだろう。

 だけど……。


(うん。そうじゃなくてね)


 そうじゃない。

 自慢してどうする?

 気持ちは一進一退を繰り返す。

 …………三日前、魔法を使った時は、未来なんて考えなかった。

 エルフィスの側にいることが出来たら、それで良かった。

 自分の気持ちが大切なのだと、そう強く思った。

 けれど、今は、やっぱり気まぐれだったと、鮮やかにフラれる自分が想像ついてしまうから、怖くなってしまっている。

 だって、相手はあのエロフィスなのだから……。

 モテない、男を知らない、珍獣ユナをからかって遊んでいたのだと告白されたところで、納得できてしまうほど、彼は遊び人なのだ。

 それをユナは、耳が痛いほど噂に聞いて知っているのだから……。


「私って……」


 だからこそ、最初の物思いに戻るのだ。


(もっと、仕事の出来る自分になりたい)


 将来、エルフィスにフラれても、毅然と胸を張って立っていられるような格好良い女になりたかった。

 いや、それだけではない。

 たとえ恋愛感情が枯渇しても、エルフィスに頼りにしてもらえるような……そんな自分でいられたら良いと願ってしまった。


(だけど、無理。徹底的に無理)


 古書を現代語訳にしたとかで、異様に分厚い教書を閉じてユナは立ち上がった。

 自分の勉強の出来なさは、尋常ではない。

 ヘラは煮詰まった時こそ「風呂」に入り、頭を切り替えて勉強すると良いと偉そうに、言い残して退出したが、彼女の言う通りに風呂に入ってから宿題をしていたら、何だか温まった体が気持ちよくて、眠くなってきてしまった。


(もういっそカナに勉強教えてもらおうかな……)


 最近、妹の方が自分より優秀なのではないかと感じることが、ちょくちょくある。


(カナの好奇心といったら、もうびっくりするくらい……)


 ……と、心の中で、姉バカを発揮しようとした矢先、はっとユナは気づいた。


「そうだ。カナ……?」


 カナは、神官侍従が別室で面倒を見ているということだった。

 いい加減、時間も遅い。

 迎えに行かなければ……。

 立ち上がった矢先、絶妙な加減でノックがあった。


「はい?」


 丁度扉の近くにいたユナは即座に反応した。


「あのー。ユナ=リンディス殿。その誠に申しあげにくいことなのですが……」


 心底、申し訳なさそうな男の声には、ユナにも聞き覚えがあった。 


「ああ、貴方は?」


 この男、神官侍従に違いない。

 カナに何かあったのか?

 扉を開けると、壮年の男がすでに頭を下げていた。


「…………妹のカナ殿なのですが」

「カナがどうかしましたか? あの子が何か困るようなことをしましたか? それとも、またいなくなったとか!?」


 逞しい後ろ向きな想像力で顔面蒼白になっていると、侍従は首を横に振った。


「いえ。そのようなことではないのですが……」

「はあ?」


 何が言いたいのか?

 待ちきれない思いを隠して、慎重に次の言葉を待っていると、侍従はそら恐ろしいことを、ユナに話し始めたのだった。

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