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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
不本意な同居
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続編 2

「やはり、薔薇の風呂を用意しよう。花のエキスは肌に良い。きっと艶々になるよ」


 エルフィスは鼻歌混じりに、寝台に色とりどりの衣装を並べて選んでいた。


「おい」


 セルジが呼んでいるが、しばらく放置していたら、首根っこを掴まれた。


「痛いなあ」

「呼んでも振り返らないんだから、仕方ないだろう?」

「前から思ってたけど、セルジ。お前は礼儀や節度というものが壊滅的に不足しているんじゃないか。もう一度、神官のジジイ共に教育されて来るかい?」

「ふん。お前のような節操なしに言われたくねえよ。……で、いつから女物の服をうっとり眺める趣味を持ったんだ。さすがにそこまで変態が極まるとは思ってもなかったぞ」

「馬鹿だね、セルジ。僕のじゃないよ。ユナのための服を選んでいるんだ」

「もうドレスなら手配して、ユナは別室で着込んでるはずだぞ。神殿に不相応な派手な奴を用意したからな」

「今日じゃない。明日の分、明後日の分さ。カナちゃんの服は他の者に用意させるとして、ユナの分は僕が選ぶんだよ」

「一体、いつまであの珍獣を居座らせるつもりなんだ。そして、お前のその浮き足立った行動はいつになったら改善されるんだ?」

「彼女をここに置くのは、当然彼女の家の復旧の目途が立つまでに決まっているじゃないか。いっそ、永遠に家が復旧しない方が都合は良いけどね。大体、元々はお前のせいなんだよ。あんな派手に蹴りつけたから、ユナの家が壊れちゃったんだ。……で、二つ目の質問だけど、残念ながら、僕は冷静だ。今まで、浮き足立ったことなど一度だってない」


 エルフィスは、さっさとセルジから目を逸らすと、再び衣装に視線を戻した。


 ――ユナは、どんな服が似合うだろうか? 


 大体、いつも同じ服だった。

 白いブラウスに黒いスカート。しかも、いつ洗濯しているのか、常によれよれだった。


(地味で泣けてくる……)


 ユナとて年頃の女の子なのだ。

 もっと、飾り立てれば素材は良いのだ。絶対に綺麗になるはずだし、そうすれば、色恋にも積極的になってくれるかもしれない。

 そうだ。

 彼女に必要なのは、自分に対する自信なのだ。


「お前さ……」

「何? 僕は今、目が回るくらい忙しいんだけど?」

「………………ユナが好きなのか?」

「………………」


 ごくりと、息を呑んだ。 

 エルフィスは、聞こえなかったふりをするか、それとも強制的に話題を変えるか二択の選択の中で揺れていた。

 隠しているわけではない。

 ……ていうか、バレバレだろう。

 それでも、口にしてしまったら、引き戻せなくなるような気もするし、どこまで自分が本気なのか分からないところも辛い。


(……困った)


 しかし、セルジはエルフィスの迷いに迷った回答を待つことなく、すらすらと話し始めてしまう。


「今まで、お前の愉快で複雑な女性関係については、色々と見届けてきたが、今回のは、今までとは違うだろ。まず相手の容姿、性格、環境、すべてがな。言っておくが、冗談で済まされる相手ではないぞ。今までに類を見なかった珍しいものだから、ただ側に置きたいってだけならやめておけよな。珍しいものは遠くから眺めて鑑賞しているから、いいんだ? 違うか?」

「……お前、本気でユナを珍獣扱いしていないか?」

「ついこないだまで、お前の方がアレを人間扱いしてなかったぞ。もう忘れたのか?」


 ――そういえば、そうかもしれない。


 一体、いつからエルフィスはユナのことを気に掛けるようになっていたのだろう。

 最初から気になる存在ではあったが、手を握りたいとか抱きしめたいとか、そんなことを望むような相手でもなかった。


「大神官は誰とも結婚できない。規則は規則だ。分かっているだろう。エルフィス」

「もちろん。分かってるさ」

「お前の火遊びに付き合うほど、あいつは、お人よしじゃないんだからな」


 それも、分かっている。

 だからこそ、悩んでいるのだ。

 この感情を「恋」と認められない自分がいる。

 セルジの言う通り、相手が相手である。いまだに、どこが良いのかさっぱり分からないのだから、堂々と宣言できるはずもない。

 むしろ、アレで良いのか? 

 自分で自分が心配になってしまったりする。


 ――神官と一般人。

 その壁を「壁」と認識する以前の問題だった。

 エルフィスもユナも、まだ何も始まってもいない。


 ……だけど、気になる。


 逃げようとする彼女を見ると、追いかけたくなる。

 自分の手の中から放したくなくなる。

 それはお気に入りのおもちゃを取られまいとする子供のような感情なのだろうか?

 それが解明できたのなら、セルジなんかに言い包められたりしないのだが……。


「……それでだ」

「…………まだ、何かあるの?」 


 どっと疲れた顔で、セルジと向き合うと、そこでエルフィスは、ようやく異常に気が付いた。


「何、あれ?」

「さっきから、何度も話してただろう?」

「聞いてなかったな」

「――だろうと思ったよ。まったく。お前が宮殿の魔道具の在庫整理をさぼったせいで、あんなもんが送られてきちまったんだからな。ちゃんと残務くらいはこなせよな」

「はあ? なんだかよく分からないんだけど」


 セルジの脇を通り抜け、エルフィスは自分の部屋に悲しいくらいそぐわない、古い木箱に近づいた。

 今まで、まったく気づいていなかったのがむしろ不思議なくらい存在感のある異物が大理石の床にぽつんと置かれている。


 …………まるで、(いにしえ)の棺のようでもあった。

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