続編 1
――結果的に、妹と二人、ユナは住む処さえ、失ってしまったのだった。
崩れた家の前で、ぽつんと佇んでいるわけにもいかず、また、行くあてがあるわけでもなく、渋々、エルフィスの指示に従うしかなかった。
茂みの中、隠すように止めてある馬車に案内された。
この暴風雨の中、どうやって来たのか?
御者がいないので、セルジが飛ばしてきたに違いない。
ある意味可哀想な男である。同情くらいはしていた。
だから、八つ当たりのような勢いで、扉を足蹴りしてしまったのだろう。
ユナは濡れた衣服もそのままに、エルフィスとセルジと差し向かいに座るよう促された。毎回毎度、頭に浮かぶ言葉はこれだった。
……どうして、こんなことになってしまうのか?
そして、その答えはユナ自身がまったく導き出せないのに、この青年はいとも簡単に答えてしまうのだ。
「――まっ。仕方ないよね。ユナ。元々あの小屋は壊れていたんだ。それがちょっときっかけがあって、崩れただけのことでしょう。嵐が去ってから、どうするか考えることにしよう」
あっさりきっぱり、適当な口調にユナは怒りを通り越して、脱力しながら返した。
「…………分かっています。もう仕方ないってことは……」
「うん。そうそう。済んでしまったことは仕方ないってね」
(何よ。それ……)
――何かが違う。
ユナにとって、絶望的な状況に追いやられているはずなのに、エルフィスが喜んでいるように感じてしまうのは、ユナの性格が捻くれているせいだからなのか……?
心なしか彼の笑顔が励ましからくるものではなく、単純に嬉しそうに見えるのだが……。
「あー、本当、とにかく、君とカナちゃんが無事で良かったよ。嵐の中、飛ばしてきた甲斐があったよ。とても、心配だったんだ」
「それは、どうも有難うございます」
――何もかも、あんたのせいよ。
――セルジが強引に足で破らなければ、何とか耐えられたかもしれないのに……。
言いたいことを、ぐっとこらえて、ユナは必要最低限の愛想笑いを浮かべる。
……家を失うのは、これで二度目だった。
昨年の震災の時。
そして、今回の暴風。
ユナは、よりどころをなくしてしまったのだ。
みんな無くなってしまった。
大切な教本も、きっとびしょ濡れになってしまっていることだろう。
ものすごく、恨めしかった。
しかし、声を荒げてこの青年を責めることは、さすがに庶民のユナにはできなかった。
今、目前で無駄な色気を放ちながら、自分の長髪を拭いている青年。
――この青年こそ、その麗しい容貌、奇跡のように優雅で美しい立居振舞い。優しい中性的な声で、神の教義を聞けば、天国にいけると、国中の老若男女に敬愛されている大神官。
エルフィス=ディ=ルヴィエール本人であり、国王の次男。つまり第二王子で、この国で三番目に偉い人間なのである。
そして、何の因果なのか分からないが、ユナはこの青年に興味を持たれている……らしい。
よほど、会ったことのない系統の珍獣なのだろう。
手違いで、エルフィスを頂点としている国家神殿に雇われたはずだったのに、魔法の才能があると一方的に決めつけられて、今ではほとんど彼の専属雑用係と化してしまった。
もっとも、雑用といってもユナが出来ることなど、ほとんどない。
今は、エルフィスの仕事部屋の掃除修行中といったところであった。
「……あの。エルフィス様は、宮殿に呼ばれて、数日戻らないという話だったんじゃ?」
「宮殿の在庫整理に付き合わされただけだよ。わざわざ泊まってまでやらなきゃならなかった理由が分からないね。とんだ手間だ」
「お前も、いい加減、分かれよな」
エルフィスの従兄であり、護衛でもある子守りのセルジが、すかさずつっこんだ。
「なぜ? 僕にはまったく意味が分からないんだけど」
多分、それは本心だろう。
まったく、心当たりがないというくらい目を見開いて、エルフィスはセルジを睨んでいる。
「嘘つけ。分かってるくせに。ここまでしておいて、まったく自覚がないとしたら、病気だぞ。いいか? お前が不必要にユナに付きまとうから、引き離されたんだろうが」
「はははっ。面白い冗談を言うようになったね。セルジ。僕は、ユナのためを思って近くにいたんだ。彼女こそが我が国の最後の切り札なんだよ。魔法を習得して壁を破ってもらうために、必要なことを教えていくのが、魔法の使えない神官の務めで義務じゃないか?」
「よく舌が回るな。エルフィス。口元が緩んでるぞ?」
「微笑んでいるんだ。お前の怖い顔を見て、ユナが不安になったらいけないからね」
「何だと?」
……ああ。
鬱陶しい。
なんだか、勝手に喧嘩を始めてしまった。
しかし、セルジの言い分の方が正しかった。
エルフィスは、必要以上にユナに構っている。
ユナは、毎日困却しているのだ。
たとえば。
わざわざ図書室の上の本を指定して、ユナに取らせに向かわせた挙句、手が届かないことを見越して、登場。抱きかかえて本を取ってやるという……。
そう……、まるで。
(子供かっ)
一度、正座させて激しく突っ込んでやりたかった。
弱り切っているユナを後目に、セルジとエルフィスの口論は熱くなっていくばかりだった。
「――ったく、せっかく、ヘラが心配してユナからお前を引き離したのに。結局嵐という緊急事態を上手く利用して戻って来るという……。お前の執念には敬服するよ。エロフィス」
「あのねえ。いい加減、その呼び方やめてくれる。僕だって心を入れ替たんだ。たった一人の女性とじっくり向き合うといことは、素敵なことだと発見したところなのさ」
その視線の端が、なぜかこちらを捉えている。
思わず、ユナは自分の後ろを向いてしまったが、後ろは馬車のクッションだ。
つまり、エルフィスはユナを見ているのだろう。
(……何で?)
ぞっと背中が寒くなって、ユナは貸してもらった布でおもいっきり頭を拭いた。
耳を覆いたくなるほど、激しく煩い空間の中で、眠ってしまったカナが羨ましい。
ユナが間に入って来ないことを、さすがに察したのか、エルフィスはセルジの額を一発殴ることで、言い争いを強制終了させた。
「さあて、ユナ。そろそろ小雨になってきたし、行くとしようか?」
「行くって、どこにですか?」
「神殿に決まってるでしょう。僕は野宿なんて嫌だからね。濡れた格好でいたら、風邪ひいちゃうよ」
「……で、でも」
さも当然に断言されて、ユナは咄嗟に腰を浮かせてしまった。
「…………神殿は、エルフィス様のお住まいではないですか?」
「確かに、僕の住まいでもあるけど、セルジの住まいでもあるよ。セルジの足蹴りで君の家が崩壊してしまったんだ。責任は取らなければならないだろう?」
「私とカナは、何処か宿を紹介してくだされば、いいんですけど?」
「こんな雨の日に宿なんかやってないさ。そんな手間かけるより、神殿に帰った方がはるかに早いよ。神殿の奥の内殿に僕は住んでいる。君だって知っているはずだよ?」
「内殿は、神官以外は立ち入り禁止ではないのですか?」
「意外に堅いことを言うね。ユナ。僕を誰だと思っているんだい?」
そうでした。
……貴方には敵いません。
渋々、ユナは両手を挙げた。
セルジも無念なのだろう。
顔を覆って溜息をこぼしている。
(……まあ、天下の大神殿だから)
だから、部屋数は山のようにあるのだろうと、高をくくっていたのがユナの大きな誤算だったのだ。




