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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
続編
39/64

【序章】家が足蹴りで壊れたとき

 アルメルダ神国に嵐がやってきたのは、季節外れの霜の降りる頃だった。

 元々、都は温かく真冬でも上着一枚で事足りるのだが、今年は違っていた。

 寒いし、雨は降るし、風は強いし……。

 明らかに、季節が狂っている。

 それもこれもすべて。

 壁のせいに、他ならなかった。

 五百年前の国王が魔力で国全体を覆った壁は、当初国外の圧力から国を守るための偉業の一つであったが、長い年月で逆に天地の理を乱す結果となり、アルメルダの大地に(ひず)みが生じてしまった。

 この嵐も、その無駄に頑丈な壁の影響に違いない。


「私のせいだわ……」


 ユナ=リンディスは溜息を吐きながら、立てつけの悪い玄関の扉を押さえていた。

 いい加減、手がしびれてきたが、とにかく気合いで乗り切るしかなかった。

 暴風が直撃すれば、こんなあばら家一溜りもない。

 元々、無人の山小屋らしき廃墟を不法に占拠していたのだが、住めば都だ。

 何としても、この大切な自分の場所を死守しなければならなかった。

 何よりユナには、妹がいた。


「ねえ、どうして、お姉ちゃんのせいなの?」


 甘ったるい声で、ユナの上着の袖を引っ張るのは妹のカナだ。

 まだ六歳のカナだが、順調に成長しているようで、最近は何にでも好奇心を抱くようになった。


「それは。その……」


(言いたくはないんだけどね……)


 自分の至らなさを、妹に話すには勇気がいる。 

 しかし、事実は事実だった。

 どうせ、ユナが話さなくてもバレるのだ。


「お姉ちゃんが、ちゃんと魔法を使えないからよ」

「どうして? あんなに勉強してたのに?」

「そうね」


 確かに、勉強はしていた。

 半強制的にだったが……。

 ユナは失われたはずの魔法を学んでいる。

 しかし、一向に力が発揮できなかった。

 最近では、ユナに魔力の才能があるなんて勘違いなんじゃないかと、信じ込んでいる人達一人一人を尋問してやりたい心境だった。

 呪文を憶えろと言われて、憶えてはみたが、未知の力が働いたことなど一度もない。

 時間の無駄のように思えて、最近ではやる気自体が失われつつあったが、しかし、こうして実際に天災の被害を受けてみると、無力な自分が情けなくなった。

 ついでに、誰かと一緒でないと部屋一つまともに片づけられない自分も痛い。


(手の打ちようがないわ……)


 一発殴ってやった方が自分という怠惰な人間には、良いのではないかと本気で思ったが、誰かが手を下すまでもなく、風雨がぼろぼろな小屋を叩きつけるように揺らした。

 唯一の光源だった蝋燭の灯がふっと消える。


「わああっ! 怖いよ」


 カナが泣きながら、体を震わせ怯えていた。

 小屋が軋んでいるのか、近くの森の木がなぎ倒されたのか分からないほどの暴風だ。

 カナは覚えていないだろうが、ユナの心に両親が亡くなったときの記憶が蘇る。

 小屋が潰れたら、どうなることか……

 しかし、ユナは姉だ。

 幼い妹と同じように、泣き叫ぶわけにはいかない。 


「大丈夫よ、カナ。お姉ちゃんが何があっても、守ってあげるから」


 実際、なす術もないわけだが、何とか妹を安心させてやりたかった。

 しかし……。

 ガタガタガタッ

 押さえていた扉が激しい音を立てて、風と共に開け放たれようとしている。

 ユナは必死で押さえるが、自然の力には逆らえそうもなかった。


「もうだめっ!」

「お姉ちゃん!」

「向こうに行ってなさい」

「嫌だ!」


 カナがユナの腰に手を回して、強く抱きしめてくる。

 このままでは、ユナが力尽きた時、解放された扉から吹き込む雨風で、カナが危ない。

 仕方なく、ユナは一人でも守ろうとしていた扉を諦めて壁際に退避した。

 ……と、ほぼ同時だった。

 ズドゥンと、凄まじい音を立てて、あるかないかの扉が見事に吹っ飛んだ。

 木端微塵だった。

 てっきり激しい風が襲ってくるだろうと予期していたユナは、異常な光景に目を丸くした。

 ユナの瞳の中に飛び込んできたのは、人の足だった。

 誰かが扉を蹴破ったのである。

 そして、こんな無茶なことを平気でやるのは、奴らしかいない。


「呼んでも出てこない。お前が悪いんだからな!」


 聞きなれた男の声。


「…………呼んだ?」


(嘘でしょ)


 風の音ではなかったのか? 

 カナが呆然としたユナの腕の中から、笑顔になって飛び出していく。


「カナ。待ちなさいっ!」


 追いつけない現実に、瞬きを繰り返していると、小屋の内部が今までにないくらい激しく、がたがたと揺れ始めた。


「やべえっ! 本当にここ崩れるぞ。来い。ユナ!」


 ――ああ。

 なんて、行儀の悪い足をしているのだろう。

 カナを抱きかかえたセルジが大声を上げて小屋の内部に侵入し、呆けたユナを誘う。

 しかし、安心したのか、呆れたのかで、ユナの体には力が入らなくなってしまった。


「ごめんなさい。なんか腰が抜けたみたいで……」

「はあっ!?」

「それは、いけない。一大事だ」

「えっ?」


 ………………そして。

 ユナの想像通り、案の定セルジの後ろから、彼が飛び出してきた。

 仄かな明かりに照らされた白のローブの姿。暗がりの中でも眩い紫銀の髪が強風に少しだけ煽られていた。


「……一体、何してるんですか? エルフィス様」

「見て分からないのかい?」


 ――唯一、分かったのは、セルジの足蹴りで、家が見事に全壊したということくらいだった。

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