第5章 Ⅴ
「何で、こんなことになるんだろうね?」
エルフィスは真剣に怒っていた。
何に対して怒ればよいのか分からないから、更に腹が立っていた。
セルジの平生な様子を見て、怒りは確実に激怒に進行している。
「よりにもよって、どうして。今日、ユナにバレるんだ。今までうまくいってたのに……。ああ、お前がもう少し利口だったらな」
「俺のせいじゃないだろ?」
「でも、お前は、昔からいつも間が悪いだろ?」
「お前だって、女の口説き方についてあれこれ言うわりには、ユナに気の利いた言い訳の一つも出来なかったじゃないか?」
「仕方ないでしょ。急だったんだ。大体、お前が護衛の数を倍になんて増やすから、かえって僕は、近衛神官のジジイ達にアルメルダ古語の編纂をどうしてやめるのかって、……詰め寄られて仕事部屋にいられなくなったんだよ。全部、お前のせいじゃないか?」
「何だと?」
「おかげで、大声で腕輪のことを話してしまったよ。立ち聞きされたら、お前のせいだからな」
「ふん。大体、仕事部屋に腕輪を置きっぱなしにしていること自体が不用心なんだよ」
「あのねえ。僕は腕輪のことは片時も忘れたことがないよ。いつも、身近に持っているからこそ、仕事部屋に置いていたんだ。仕事が終わった後はちゃんと私室に持ち帰っているよ」
「おい。ちょっと、待て。お前、自分が盗聴魔だって自白しているって分かってるのか?」
段々、何に口論しているのか分からなくなってきた。
エルフィスは水差しの水をコップに注いで、一気に飲み干した。
私室は、夜の静謐さに溶け込んで、しんと静まり返る。
仕事部屋と同じ神殿色の白をふんだんに使っている部屋は、あまりにも色がないので、かえって冷たい印象を受けた。いっそ、派手に壁紙を張りかえたいくらいなのだが、あえてエルフィスは我慢をしている。
それは、清貧に努めている他の神官たちに対しての配慮だった。
ただでさえ、国王の二番目の息子というだけで、贅沢な部屋と権威が与えられている。それでいて、部屋まで飾りつけてしまえば、不景気だと喘いでいる昨今にあって、暴利をむさぼり、遊び惚けているただの金持ち道楽息子と変わらない。そんな奴らと一緒くたにされたくないというのが、エルフィスの矜持であり、殺風景な部屋に甘んじている理由だった。
でも……。
蒼白い大理石の床には、エルフィスの吊りあがった目がくっきりと映っている。
いけないと、口元に笑みを浮かべるとかえって皮肉っぽく見えて、己に嫌気が差してきた。
(いっそのこと、この無駄に高級感溢れる床に、安手の絨毯でも敷いてしまおうか)
落ち着かないエルフィスは部屋の中を行ったり来たりした挙句、奥にある天蓋付きの寝台に腰を下ろして、腕を組んだ。
「……で。何で、そんなに怒ってるんだよ?」
至極真っ当な問いを、セルジは放ってくる。
エルフィスは顔を背けた。
そんなこと……。
絶対に……、口が裂けてもセルジには話したくはない。
それに、苛々の種はユナのことだけでもなく、それはセルジに口外できるものでもないのだ。
「俺が腕輪の回収を出来なかったことを怒ってるのか? 別に良いじゃないか? 明日ユナが腕輪を持って来る。それで終わりだ。あとは適当に就職先でも支援してやれば良い」
ぎろっとセルジを睨みつけてから、エルフィスは長い長い溜息を漏らした。
「僕はね、セルジ。そりゃあ、ユナを女の子として見てはいなかったかもしれない。でもね。彼女は一応、女の子なんだ。そんな年頃の女の子の会話を、僕は仕方なかったとはいえ聞いてしまったんだ。だからね。とりあえず、僕も本人も納得した上で、次の就職先に送り出してあげたかったんだよ」
「ふーん?」
「何?」
エルフィスは、セルジの疑わしげな瞳をかわして、絹の掛け布の端を掴んだ。
「と、とにかくっ! 明日ユナは退職する決意をして僕の所に来るだろうね」
「そうだろうな。普通の人間ならば」
「その皮肉は、ちょっと酷いんじゃないの?」
冷めた表情のセルジの顔に、エルフィスは丁度手の届く位置にあった枕をぶつける。
―――その時だった。
「セルジ様、そちらにいらっしゃるでしょうか?」
激しく扉を叩く音と、緊張した声が重なっていた。
エルフィスはセルジと顔を合わせてから、ゆっくりと立ち上がった。




