第5章 Ⅵ
都の喧騒から離れた森の中。
ぽつんと一軒佇んでいる木造の小屋がユナの住まいである。
不法で占拠している状態だが、静かな住まいに流れこむ風は清らかで、起きたくない朝でも静かに起こしてくれる。
「明けちゃったよ」
虚しい一言を吐いて、ユナは反射的にその辺に落ちている服に着替えた。
あまり眠れなかった。
明け方に少しまどろんだ程度だろうか。
妹のカナは、積み重なっている本の山に隠れてしまって、顔は見えないものの、まだ夢の中のようだ。
髪を適当に一つに縛って、夕飯の残りの固いパンを頬張る。
嫌だ、嫌だと、逃げ出したい日であっても、時間というのは、残酷だ。
そろそろ始業一時間前の鐘が時計台から鳴らされるだろう。
そしたら、ユナは家を出なければならない。
時計という高価なものを所有していないユナにとって、都が知らせる鐘の音が唯一の頼りだった。
支度を急がなくてはいけないが、急ぎたくない。
「休んじゃおうか……」
それも悪くはない。
むしろ、良い作戦だろう。
エルフィスに、どれだけユナが腹を立てているのかを知らしめる良い機会なのかもしれない。
(どうせ、庶民で馬鹿な小娘ならば、どうにでも出来るとでも、あの王子は思っているんでしょうから)
―――しかし。
ユナのささやかな復讐は、果たされることはなかった。
静謐な森には似合わない、蹄の音が過激に響く。
「……えっ?」
(何?)
馬の嘶きと共に、聞きなれた声がユナの耳に届いた。
「本当にここなんだろうね?」
「ここだ」
(――はっ?)
ユナは、自分の五感の何もかもを疑った。
(ちょっと、待ってよ)
エルフィスとセルジだ。
曇っている窓を手で少し擦って、しっかりとユナは確認してしまった。
無駄に美しい紫銀の髪が、さらさらと朝の風に舞っている。
エルフィスとセルジは別々の馬車で、ここまでやって来たようだった。
……それにしても、馬車は大きく、町で見かける小さな黒塗りの辻馬車ではない。
純白の外壁と、銀色の細工が鮮やかな庶民が一生乗るようなことが出来ない代物だった。
(いっそ、夢だったら……)
だが、残念なことに夢ではない。
今、この国の王子が自分の掃き溜めのような家を訪問しようとしているのだ。
「勘弁してよー」
とりあえず、鍵もまともに作動しない扉を開けさせてはいけない。
部屋のあちらこちらに落ちている本を拾って、扉の前に積もうと、ユナが慌しく走りだした時だった。
「うわっ!!」
どたっと、本の一群に躓いて、見事にユナはすっ転んだ。
「…………お姉ちゃん?」
派手な音に、さすがにカナも目覚めたようだ。
前のめりに、豪快に倒れてしまったユナの前に白い掌が差し出された。
繊細だが、妹のものではない。男性の大きな手だ。
「―――何やっているの? ユナ」
(…………ああ)
悪びれるという単語を知らない、ユナの雇用主がそこにはいた。




