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無職占者と迷惑神官  作者: 森戸玲有
第5章 雇用主が犯罪者だと判明したとき
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第5章 Ⅳ

 唐草模様の腕輪が、近くで話している人間の声を拾い、花柄の腕輪を持つ人間がその声を聞くという古代の魔道具。

 しかし、花柄の腕輪の人の声を、唐草模様の腕輪の人が聞くことは出来ないという機能が悪い魔道具。

 古代の神官が戯れに造ったものだと、エルフィスは言っていたが、要するに盗聴目的のようだ。


(最低だわ……)


 一応、この二つの腕輪のことを「見識の腕輪」と呼ぶらしい。


(皮肉めいた名前だこと)


 誰かを盗聴していれば、すべてを見通す力もつくに違いない。

 魔術が盛んだった五百年前に作られたものらしいが、同じ魔術が五百年も腕輪の中で発動しているとは考えられないので、現代の何者かが魔術の上書きをしたのではないか……というのがエルフィスの見解だった。

 本当は、エルフィスがヘラという元秘書に仕掛けられたものだったようだ。

 だが、嫌味なくらい幸運なこの青年は、ヘラから貰った腕輪を精霊の魔法がかかったものだと知らずに、すぐさま慰安目的で訪問していた施設の子供にあげてしまった。

 ただ、自分の趣味ではないという、至極単純な理由で。


 ……そして。

 エルフィスは、ユナとカナの声を聞くことになった。

 このままではいけないと、腕輪の回収をするために、施設の子供たちの情報を集めて、大体カナの居所を調べたものの、大神官であるエルフィスが町の施設をいきなり訪ねるわけにはいかない。


『施設側にとっても下準備が必要で、大変なことになってしまうし、神殿の外に出ることは僕にとって危険なことなんだよ』


 いい加減な言い訳である。

 結局、セルジと話し合った結果、姉であるユナに腕輪を運んでもらおうという話になったらしい。


(でも……。私は)


 ユナは神殿から届いた手紙を、就職の採用通知と勘違いしてしまった。

 そこからが、何というか、エルフィス曰く、計画が狂って、どうでも良くなるような感じだったらしい。


『僕はね。本当は、そのまま腕輪のことなど素知らぬふりで過ごそうとも思ったんだよ。でも、精霊魔法の腕輪をそろえることは大神官としては任務でもあるし、ヘラっていう庶民でありながら、精霊魔法を使った女性に関しても調べなければならないから……。だからね』


(……何と、まあ)


 痛い人なのだろうかと、ユナは必死に捲くし立てるエルフィスを眺めながら、ぼんやりと思った。

 エルフィスは弁解しているつもりなのだろうが、そもそも何に対して懸命になっているのか見失っている状況だ。

 腕輪のことを、エルフィスに素知らぬ顔で過ごされてしまったら、永遠にユナとカナの会話は盗聴され続けたままだ。

 それは開き直っているのだろうか?

 彼の言うことに、一貫性はあるものの、本気で腕輪を回収しようと思っていたのなら、こんな結末に至らないで済んだのではないかと、ユナは首を捻りたくなるようなことばかりだ。

 何より……。


(ずっと、会話を聞かれていた)


 大岩を使って後頭部を殴られたような衝撃がユナを襲っていた。

 どうりでおかしいと思っていたことがすべてユナの中で一本に繋がったのだ。

 エルフィスは、ユナのずぼらなことを知っていた。

 ユナが妹を溺愛していることを知っていた。

 何より……。


「エロフィス」


 ……もう赤面するどころではない。

 このまま、川に飛び込んでしまいたいくらいに恥ずかしい。

 いろんなことが頭の中を巡る。

 カナが施設から腕輪をもらってきてからの長い月日。

 自分がどれだけのことをカナに話し、どれだけの独り言を繰り広げてきたのか……。


(ああ、もう嫌だ……)


 特に何の仕事をするでもなく、よろよろと規定時間まで神殿に居座り、帰宅したユナは、いつものようにカナと会話をかわすことはなかった。

 そして、夜が更けてから、覚悟を決めて、寝入っているカナの枕元にあった腕輪を手に取った。

 結局、セルジはカナから腕輪を取り上げることは出来なかったのだ。

 昨日まで着ていたスカートのポケットの中に手を這わせる。


 ―――退職願。

 昨日のこの時間は、もうしばらくこの封筒を目にすることはないだろうと考えていた。

 しかし、もう無理だ。


(盗み聞きなんて、犯罪じゃないの?)


 それを雇用主がしているのだから、許せるはずがないし、何よりすべてを水に流して、毎日今までと同じようにエルフィスと顔を合わせることなど出来ない。


(絶対に辞めてやるんだから……)


 ユナは、恥ずかしくて、泣き出しそうな自分を懸命に鼓舞した。

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