第5章 Ⅱ
「あやつが自分で選ばなければ、意味がない」
老人は静かに告げた。
ヘラは、老人に毛布をかけ直しながら、頷く。
「私もそう思いますが……、しかし、出来れば選ばせたくないという気持ちもあります」
「だが、気持ちだけではどうにもならないこともある」
「そうですね」
(この人は……)
二十年以上も辛抱強く待って、駄目だったのだ。
(私が……、魔術をちゃんと使えないせいで)
ほとんど目もよく見えないだろうに、気配に敏感な老人は穏やかに眦を下げた。
「ヘラ、別にお前が悪いのではない。今、恨むべきは神王ルーガスだろう」
「国王を恨むことなんて出来ませんよ」
「私は恨んでおる。心底な……。あやつが生まれたときから、私はあやつを神に捧げたものだと思って、存在しないものだと考えようとした。だが、あやつはな。生きている。今もな」
「会いたくないのですね」
「会えば、私は職務を優先させるだろう」
それは、つまり……、彼をあの世に送るということだ。
そんな結末、見たくはなかった。
しかし、このままでは、絶対的に訪れるだろう未来でもある。
「そう深刻にならんでも良い。ヘラ」
老人は荒い息の中で、穏やかに笑った。
「それよりも、人事院から神殿に送るように、お前が頼んだ娘はフェルナンディと関係があるようじゃな」
「はい。知っていたので、神殿に彼女を送ったのです。混乱させるというよりも、フェルナンディ様に、エルフィス様のことを少し知っておいてもらいたかったので……」
「先日聞いた話によると、その娘が手がけるはずだった、アルメルダ古語の訳を、エルフィスは凍結すると宣言したらしいな」
「あの方は、彼女もガイナ教の人間だと、気付いたのでしょうね」
「その娘、フェルナンディのために、入信したということなのかな?」
「それは分かりません。……ですが、彼女は意外に熱心な信者のようですよ」
「そうか……」
頷いてから老人は激しく咳き込んで、苦痛から逃れるために体を起こした。
ヘラは、そんな老人の小さくなってしまった背中を何度も擦った。
「大丈夫だ。ヘラ」
ようやく、呼吸が楽になると、老人は少しだけ顔を綻ばせた。
「その娘、注意した方が良いかなしれぬな。もしも、フェルナンディのことを思っているのならば、ガイナ教に入信しても、満足な結果が得られず、神殿も解雇されるのではないかと、思いつめていることだろう」
ヘラは、すぐさま老人の意見を受け入れた。




