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前編

いろいろな事情により、長い間小説から離れていましたが帰ってきました。

この話は、前編後編と二部で構成されています。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです_(._.)_


 俺、斉藤さいとう 遊貴ゆうきは今、胸いっぱいの不安と緊張、そしてほんの少しの期待感で下駄箱の前に立っている。


 なに、焦ることはない。今日のために俺は涙ぐましい努力をしてきたんだ。

 学校の女の子達にはいつもより五割増しで優しく接したし、頼み事は何でも引き受けた。

 不潔感を与えないよういつも以上に身だしなみには気をつけた。

 イメチェンも狙ってダテ眼鏡をかけて、新たな一面を見せたりした。何やら最近流行ってるみたいだし。それに何気に俺、眼鏡が似合ってるみたいだし。

 俺の出来る限りのことはしたんだ。

 安心しろ、勇気を持て。

 不安は捨てろ、勢いを味方に付けて。


 俺は自分の下駄箱に手を掛け、すっと静かに目を閉じた。周りのざわめきが耳に入らなくなる。

 無音。

 それこそが精神統一の世界。俺は今、無音の世界に立っているのだ。

「……よし」

 ふぅ……と目を閉じたまま、静かに息を吐いた。

 ついにこの瞬間がやってきたのだ。俺は掛けていた手に力を込めてぐいっと下駄箱の扉を開けた。

「神様っ!」

 扉を開けて数秒間は目が開けられなかった。目を開けたらそこに変えようのない現実が待っているのだ。

 しかし……妙に静かだ。

 聞こえる音と言えば、周りの朝の挨拶やバタバタと走る足音、校庭で走っている野球部員の掛け声だ。俺が求めている音が聞こえない。ドサドサッと何かが落ちる音が聞こえない。いくら待っても聞こえない。

 俺はおそるおそる目を開けてみた。このまま突っ立っていても仕方がない。すると目に飛び込んできたものとは、いつもと変わらない自分の上履きだけだった。

「……はぁ。そりゃそうだよなぁ」

 がっくりと肩を落とすと、肩に掛けていた鞄の取っ手がずり落ちてしまった。それにつられて鞄も落ちた。

 ちょっと頑張ったからって簡単には変えられないもんだな。

 俺は自分の無力さを感じて、鞄を拾い、下履きから上履きに履き変えようとした時だった。

「おーっす、遊貴!」

 不意に背中を叩かれ、俺はその勢いで額を下駄箱にぶつけてしまった。

「か、加古ぉ。てめぇ……」

「あれ、当たっちゃった? ごめんごめん」

 そいつはペロッと舌を出してにこりと笑った。

「何、朝からしみったれた顔してんのよ。嫌だねぇ、暗い暗い」

「お前はテンション高すぎなんだよ。女なんだからさぁ、もう少し考えろよ」

 ヒリヒリと痛む額を抑えて、俺は下履きを閉まった。

 彼女は内田うちだ 加古かこ。俺の幼なじみかつ、同じクラスメイトかつ、俺の天敵だ。

 何かにつけて加古は俺に突っかかってくる。それは小さい頃から続き、今も変わらない。……俺、何か恨まれるようなことしたっけ?




「で、さっきは何であんな暗い顔してたの?」

 教室に着くなり、加古が俺の隣の席に座わり、話しかけてきた。

「どうだっていいだろ」

「良くないね。全然良くない。教えてくれなきゃ、小さい頃の鼻垂れ写真をばらまくから」

 そう言った加古の手には一枚の古びた写真があった。それを見た途端、俺の血の気が一気に引いた。

「バカお前、何でそんなもん持ってんだよ」

 よっと、俺は手を伸ばして写真を取り返そうとしたが、ひらりと簡単に避けられてしまった。

 冗談じゃない。今そんな写真をばらされたら、今までコツコツと築いてきたイメージが崩されてしまうじゃないか。

「遊貴のお母様から頂いたの。遊貴は最近、外見にこだわってるみたいだし? こんなイイ写真、ほっとけないじゃん」

 ふふふ、と加古は嫌な笑みを浮かべた。小さい頃から俺の母さんは加古が大好きで、実の息子より加古を気に入っている。そのためか加古には随分甘い。

「さ、話しなさい」

 俺の親を味方に付け、負け知らずの加古は、あの恥ずかしい写真を大切にブレザーの内ポケットに閉まった。……ちっ、内ポケットに閉まいやがった。幼なじみと言っても、そこに手を入れることなんて出来ない。加古は一応、女なんだから。

「……今日は何の日か知ってるだろ?」

 完全に負けた俺は今朝の出来事を説明した。

「今日?……あ、バレンタインだ」

「そうだよ。もう分かるだろ?」

「あ、あぁ、うん、なるほどね。なるほど……」

 始めは平然とした表情だった加古の顔がみるみると、くしゃくしゃに歪み、仕舞には笑いを抑えることが出来ずに腹を抱えて笑い出した。

「そっ、そんなに笑うことかよ」

「だって、遊貴が下駄箱の前でずっと立ってたのって、チョコが入ってるかどうか見てたってことでしょ?」

「お前、始めっから見てたのか!」

「あはははっ。うん、全部見てた。真剣な顔した後、下駄箱の中を見てがっかりしてたよね」

 机をバンバンと叩きながら笑い転げる加古。こいつ、理由なんか始めから知ってて俺に言わせたんだな。なんて、なんて女なんだ……。

「チョコが無くて残念でちたねぇ?」

 加古がにやにやと笑いながら、赤ちゃんをあやすように俺の頭を撫でた。

「今日はチョコが貰えるんでちゅかねぇ。心配でちゅねぇ?」

「うるせぇなぁ! まだ今日は終わってないんだよ」

 俺は顔を真っ赤にして加古の手を振り払った。

 そうだぞ、遊貴。二月十四日はまだ始まったばかりなんだ。今からが本番、今からがスタートなんだよ。

「ま、せいぜい頑張ることね。ね、もし、一つも貰えなかったらあたしの言うこと聞いてくれる?」

 加古の元々大きな瞳がさらに大きくなり、らんらんと輝いた。この眼差しは、何かよからぬことを考えている証拠だ。

「ど、どうして俺が……」

「クラスの皆さーん。斉藤遊貴は昔はこんな姿だったんですよー」

 加古がすかさずあの写真を取り出した。俺は慌てて加古の腕を引っ張り自分のほうへ引き寄せた。俺の素早い動きのおかげで、あの写真は誰にも見られずにすんだ。

「セ、セーフ。ったく加古、お前なぁ……加古?」

「……え?」

 加古は少し遠くを見ているような目で俺を見上げた。なんだ、加古の奴。熱でもあんのか?

「熱でもあんのかよ」

 俺はそっと加古の額に手を置いた。

「……ん、熱はないみたいだな」

「は、放してよ、エッチ!」

「はぁ?」

 加古は顔を真っ赤にして背中を俺に向けた。何言ってんだ、あいつ。訳が分からん。

「と、とにかく」

 加古は振り向きもせずに震えた声で俺に言い放つ。

「今日、一つもチョコが貰えなかったら言うこと聞いてもらうんだから! いつもの公園で待ってなさいよっ。ま、絶対貰えないと思うけどっ」

 そう言い残して加古は教室を勢い良く飛び出してしまった。余りに勢いが良すぎたせいで、教室に入ってきたクラスメイトとぶつかりそうになった。が、加古がきゅっと足を止めたおかげで顔面衝突は免れた。

「加古……変だな。毎日変だけど、今日は特別に変だ」

 しばらく加古のことを考えていたが、ぶんぶんと頭を横に振った。

 加古の奴……何でもかんでも、自分の思い通りになると思ったら大間違いだ。いつもは何かと加古に負けてたけど、今日こそは、俺が強いってとこを分からせてやるっ。



 こうして、俺と加古の長年の戦いに終止符を打つときがやってきたのだ。

いかがでしたでしょうか。

前編というよりも、前振りが長いだけ…だったかもしれません。まだまだ未熟者です。


次の後編で遊貴と加古の決着が決まります。お楽しみに!

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