後編
後編です。後編なのに、新キャラが出てきます。
それでは、どうぞっ。
今日、二月十四日、朝九時四十六分から始まった俺と加古の最終決戦。今のところ有利なのは……。
「あれぇ? まだ一つもないみたいだねぇ?」
昼休憩真っ只中。加古がスキップしながら近寄ってきた。
悔しいが何も言い返せない。今、戦況が有利なのは加古のほうだ。俺はまだ何も手に入れていない。
「ばーか。まだまだ時間はあるんだよ。笑ってられるのも今のうちだからな」
「負け犬の遠吠えね。何とでも言ってれば」
くすくすと笑う加古は、何とも言えない顔をしている。悪い、とにかく悪い顔だ。ったく、今朝の耳まで真っ赤にしてたのは何だったんだ。あれは幻だったのか。
まるで、もう戦いに勝った気であるように高らかに笑った加古は、クラスの奴らに呼ばれて俺の側から離れた。
くそぉ……。何としてでもチョコを貰わなくては。このままじゃ危うい。また加古に負けてしまう。
「遊貴? どこ行くんだよ」
俺の前の席で優雅に漫画を読んでいる三好 一馬が、目線を漫画から俺に移した。
一馬は中学からの親友で、加古のことも知っている。一馬は常に学年トップの成績を維持している、最も眼鏡が似合う男だ。俺と違って当然、度が入っているレンズだ。そして一馬も、加古の味方の一人だ。
「とりあえず、俺は今日だけ単独行動で生活するから」
「単独行動?」
一馬が興味もなさげに、実に事務的に聞いてきた。
「俺が誰かと連んでいたら、内気な女の子はチョコを渡せないだろ? 俺のちょっとした優しさだよ」
「はぁ。でもそんなことしても、貰えないものは貰えないよ」
ぺらっとページをめくる音がやけに響いた。……一馬、少しはフォローするとかさ、ないのかな? 俺ちょっぴり寂しいよ。
「そんなこと言っちゃってさ。一馬だって、まだ一つも貰ってねぇじゃん」
ふふんと鼻で笑う俺をよそに、一馬はガサッと一つの紙袋を机の上に出して見せた。俺の口元がひくひくと軽い痙攣を起こした。
「えーっと……どういうことかな?」
「どうもこうも、そういうことだろ」
一馬の奴、毎年毎年嫌になる。俺は一個も貰えないっていうのに。
「……いくら、さ」
ぱたん、と一馬は、読んでいた漫画を閉じた。
「いくらこんなに貰っても、俺には関係ないんだよ」
「何だよ、それ。どういうことだよ」
「さぁ?」と、一馬は首を少し引っ込めた。簡単には答を教えない……それが勉強でも何でも、一馬のやり方だ。
「よく分かんないけど、俺は一人で行動するからなっ」
「……はいはい」
「本当に鈍感な奴だな……」と、一馬はため息混じりに言葉を口にしたが、もう一日の半分が過ぎている、という焦りがある俺には何も聞こえなかった。
遠くの山から鐘の音が聞こえた。ごーん……と低い音が空に響いた。
その空には輝く太陽はとっくに姿を消し、代わりにきらきらと光る星が顔を出していた。
時刻は午後六時を回っている。校舎に生徒は残っていないが、校庭に部活の片付けをしている生徒がちらほらと見えた。教室はしんとしていて、俺一人が椅子に座っていた。
「タイムリミット……か」
結局、俺は一つも戦利品を得ることが出来なかった。俺の完敗だ。
「……加古の笑い声が聞こえる」
背中に少しの寒気を感じて、俺は一人寂しく教室を後にした。
気持ちが落ち込んでいるためか、手足がだるい。あぁ、俺頑張ったんだけどなぁ。一つくらい欲しかったなぁ。
重い足をずるずると引きずっていると、あの公園が見えてきた。加古が指定した公園だ。俺がくるりと体の方向を逆に変えたとき、
「遊貴っ、遅いっ」
加古に見つかってしまった。声色からして相当お怒りのご様子だ。俺がゆっくりと振り返ると、すでに加古は俺の真後ろにいた。
「遅かったね」
「うるせぇなぁ。俺の勝手だろ」
俺は加古の横を通り過ぎようとした。しかし、ぎゅっと加古が俺の制服を掴んだ。
「チョコは?」
「……」
「貰ってないね?」
「……だから何だってんだよ」
貰えなかったことを改めて他人に確認させられて、俺は少し頭に来たのか、加古の手を勢い良く振り解いた。「きゃっ」と加古が小さく叫んだ。
「……約束、守ってよね」
「約束?」
「貰えなかったら言うこと聞くってやつ」
加古の声のトーンが少し落ちた。そんなことに気付かない俺はけたけたと笑った。
「そんな約束したっけ?」
「したじゃない! 今更逃げ出すつもり? 卑怯よっ」
加古の小さな肩が上がり、眉がつり上がった。何だってこうも俺に突っかかるかなぁ。本当、昔から可愛くない。
「あーもぅハイハイ」
加古と話しているとどっと疲れが出る。俺は公園の中に入り、赤色のペンキで塗られたベンチに座った。加古も俺に続いた。
「で? 何を聞いたらいいんですか?」
もはや何もする気が起こらない。ここは聞いてるフリして早いとこ終わらせよ。俺は足元にあった小石を蹴った。それはこつんと、あちこちに植えられている木の幹に当たった。
「……遊貴、聞く気ないでしょ?」
右側から冷たい視線がちくちく当たる。さすが加古サマ、よく分かってらっしゃいますわね。
「何だよ、もういいから言えよ、周り暗いんだしさ。何だったら今日じゃなくても」
「今日じゃなきゃダメなの」
加古のやけにはっきりした声が俺の言葉を遮った。
辺りはすっかり暗くなり、公園の電灯に明かりが点いた。……この雰囲気、何だか重い。ちらっと加古のほうを見た。加古は黙りを決め込んでいてなかなか話そうとしない。
「加古?」
「……あのね、遊貴」
やっと口を開いた加古は俯いたままだ。しかし、耳が真っ赤になっている。それを見て今朝の加古を思い出した。あんなに呆けた加古を見たのは初めてかもな。
「……これ」
静かにそう言った加古は鞄から、綺麗にラッピングされた箱を取り出した。俺は一瞬でそれに釘付けにされてしまった。
「お前、それ……」
「こ、これね、実ははねっ」
「何だぁ? 誰かにやるつもりだったのか?」
俺は箱を指さした。それは真っ赤な包装紙に包まれていた。もちろん中身は、俺が欲しくて欲しくてたまらないものだろう。
「加古も女なんだなぁ。相手は誰だ? あ、一馬か? 一馬は今年もいっぱいチョコ貰ってたぜ」
「一馬? え、えっとね、遊貴。これはね、あの、その……」
……こいつ、何かヤバイもんでも食べたんじゃないか?
こんなにおどおどした加古は初めて見る。いつもは元気がありすぎて、うるさい奴なのに。
もしかして俺のカンが当たった?
本当の気持ちが俺にバレちゃったから焦ってんのか?
「一馬なんだろ? 一馬は加古のこと嫌いじゃないし、脈はあると思うんだよな」
「か、一馬……」
加古の少し気の抜けた声が聞こえた。
「なんなら俺が代わりに渡してやってもいいけど。一馬ん家は近くだし」
「か、一馬……ね」
加古が「あはは……」と、乾いた笑い声を出した。
「なに? 俺じゃ不満なわけ? チョコは安心しろよ、途中で食ったりしないって」
俺はそこまで悪じゃねぇ。さぁ善は急げだ。もう一馬は家に帰ってるだろう。あぁ、なんて俺ってイイ人なんだろう!
「じゃあな! 必ず届っけっから!」
「あ、ちょっ、ちょっと!」
俺は加古に大きく手を振って、一馬の家を目指した。一人ぽつんと残された加古は、
「な、何にも分かってない……」
と呟き、俺の後ろ姿が見えなくなっても公園に突っ立っていたのだった。
一馬の奴、驚くぞ! 何せ、あの加古がチョコだからなぁ。
すっかり恋のキューピットになった俺は一馬の家の前に仁王立ちになっていた。加古、必ず渡してやるからな。まかせとけっ!
俺はぽちっとインターフォンのボタンを押した。呼び鈴が部屋全体に響き、しばらくしてドアが開いた。
「……はい?」
「やぁ、一馬君」
俺はぴっと手を挙げた。一馬が怪しそうに俺を見た。
「何か用? ニヤニヤしちゃって」
「え、俺ニヤけてた?」
いかんいかん。気を引き締めなくては。何せこっちは大事なものを預かってるんだから。俺は軽く頭を振った。そして加古のチョコを一馬の前に差し出した。
「これは? あ、とうとう貰ったのか?」
一馬の目がきらりと光った。俺は「違う違う」と手を振って否定した。
「これは加古から一馬にだ」
「……は?」
一馬が俺の期待通りのリアクションをしてくれた。期待通りと言うより、期待以上だな。
「加古が俺にって言ってたか?」
一馬が顔を強ばらせて俺に聞いた。俺は、「そんなこと聞かなくても分かってるよ」と一馬の肩に手を置いた。
「加古はちょっとおてんばだけどさ、いい奴なのは確かだから、な? じゃぁ、俺帰るわ」
俺はぴんっと右手の親指を立てた。
「お幸せになっ」
「ちょ、ちょっと」
一馬が慌てて俺を止めようとした。けれど俺はそれをひらりと避けて一馬の家を後にした。照れなくていいんだぞーっと、言葉を残して……。
こうして俺のバレンタインデーは終わった。俺と加古の勝負は加古の圧勝だった。
勝負には負けたけど清々しい気分だ。
きっと加古と一馬のことだろう。人の役に立つっていうのも、なかなかいいもんだ。
でも他人にばかり構っていられない。今度は俺の番だ。
よし、家に着いたら反省会をしよう。来年のために今から出きることを考えておかないとな……。
その後、一馬の部屋にて。
「もしもし? 加古?」
〔あ、一馬。あの、ごめんね……〕
「何してんだよ、このチョコは遊貴にあげるもんなんだろ?」
〔うっ……そうなんだけど、遊貴が勝手に納得して勝手に持って行っちゃったんだもん〕
「あぁ。なんかすごい勢いだったよ。去り際に親指立てて笑ってた」
〔……どうしよ、一馬。あいつ、誤解したまんまだよ〕
「もう一度言えばいいんじゃないか」
〔今日ですら言えなかったんだよ? 特別な日でもないのに言えないよ〕
「意地張るなよ。こうなったのは加古がハッキリ言わなかったせいだろ?」
〔ううっ。……一馬、何だか冷たい〕
「冷たい? あのな、俺はお前らのせいで迷惑してんだぞ」
〔だったら一馬が言えば良かったのに。これは俺のじゃないって!〕
「ばか。それじゃ意味ないだろ」
〔そう、だけど……。もう一度言うことになっても、また勘違いされちゃいそう。遊貴は鈍感男だから〕
「とんでもない奴、好きになったもんだな……」
〔……そだね。あ、ごめん。そろそろ切らなきゃ〕
「おぉ。あ、このチョコどうする?」
〔それ手作りだから日持ちしないんだ。仕方ないから一馬にあげる。じゃあね〕
ピッ ツーツーツー……
「仕方ないってなぁ……」
俺もかなりの鈍感女を好きになったもんだな。
終わり。
いかがでしたか?
ラストのところを悩みましたが、このようになりました。
初めは、ちゃんとくっつけさせようと思いましたが、何だか違和感を感じてしまって…。こういう結末になりました。
最後に。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!




