9話 死神は時間逆行に、戦慄する。
「お前、本当にいい加減にしろよ!」
廃墟と化した演習場の中、フォードはこの惨状を作り出した諸悪の根源に向かって怒鳴り散らした。
決闘が終わった後の状況は、まさに目も当てられない惨状と化していた。
気絶したサターンや一部の生徒が次々と医務室に運ばれていったり、残った生徒もあまりの恐怖と驚愕でフリーズ。
もはや授業が成り立たないと判断した実技教師に至っては「もうだめだ……私の人生は今日で終わりだ……」と呟きながら、いつの間にか手に持っていた辞表を提出しに行こうとしたりとするなど、とにかく皆がパニックに陥っていた。
この大惨事の原因がルノーの責任である以上、教師が辞表を出して騒ぎがこれ以上大きくなれば、ルノーの留学生生活はおろか、身辺調査など大規模な検査にまで至ってしまうかもしれない。
そう危惧したフォードは、今にも倒れてしまいそうなおぼつかない足取りの実技教師を必死に呼び止め「先生、落ち着いてください! 俺が魔法で演習場を直しますから! 破損の責任は俺とルノーで取りますから、その辞表は一旦仕舞ってください!」と全力で引き留める羽目になってしまった。
当然、その凄まじい気苦労と胃痛の代償として、フォードはルノーをその場に残らせ、二人だけで演習場の修復をすることになってしまったのだ。
「すみません……わざとじゃないんです……」
「わざとじゃないと分かってるから、俺も困ってるんだよ!」
クレーターの中で正座をして、しゅんと項垂れているルノー。
サターンの性格を考慮して無駄に制限を掛けてしまったことや、そもそも模擬戦なんていう私闘を受けさせなければよかったなど、フォードもまた、後悔ばかりが頭に浮かんではかき消していく。
「はぁ……過ぎたことを責めたり考えていても、壊れたものは戻らないからな。とっとと直してしまうか」
「はい……。あの、フォードさん。この石壁は私が直します。私が破壊しちゃったので……」
「そうか……ところでお前、修復魔法は使えるのか?」
「いえ。使ったことはないですね。でも、使っているところは何度か見ましたし、人間が使えるのなら死神である私にも出来るはずです!」
「そんな都合よくいくわけ……」
根拠のない自信に満ちた彼女を不安視するフォードの心配をよそに、ルノーは即座に修復魔法を展開する。
「『修復』!」
演習場の各所に散らばっていた石壁の残骸が浮き上がると、大穴の前にゆっくりと移動し積み重ねられていく。
しかし、ただ雑に瓦礫を積み上げるているだけのそれは、復元とは程遠い、歪な石の山を作り上げているだけでしかなかった。
「……いくら何でもその置き方は適当すぎるだろ」
「わ、分かっています! 今からちゃんとやりますから! ……あっ」
ルノーが魔力をより一層強く流し込んだ瞬間、瓦礫の山はピシッと嫌な音を立てて、粉々に砕け散ってしまった。
「あ、ああ……どうしましょうフォードさん……。大切な残骸が粉々になってしまいました……」
「そりゃお前、『修復』でそんなに強い魔力使ったら壊れるに決まっているだろ……」
「そんなぁ……」
ガクッと膝をついて絶望に打ちひしがれる表情を浮かべるルノー。
絶対にこうなるだろうと予想していたフォードは、大きくため息を吐いてルノーの前に立つ。
「俺がやる。危ないからお前は少し離れて見てろ。『|事象復元・局所時間逆行』」
フォードは大きく息を吐くと、脳内で構築した複合術式を無詠唱で引き出し、大破した演習場全体へと一気に展開する。
次の瞬間、地鳴りのような音が響き始め、抉れていた地面がみるみる隆起して元通りに塞がっていく。
粉々に砕けた瓦礫も、まるで逆再生する映像のように砕ける前の大きな塊に戻ると、パズルのピースが組み合わさるように完璧に元の形状へと戻っていく。
焦げ付いたり、めくれあがったりしていた芝生すらも、まるで真新しい絨毯を敷き直したかのように、再び綺麗な緑色に覆われていた。
ものの数分。
そこは、サターンと戦う前と寸分違わぬ、綺麗に整備された第一演習場の姿が完全に復元されていた。
「なんですかこれ……! 修復魔法ってここまで素早く綺麗に戻せるんですか⁉︎」
「そんなわけないだろ。今のは修復魔法じゃなくて空間の局所的な『時間逆行』の魔法だ」
「じ、時間逆行⁉︎」
その言葉を聞いた途端、ルノーの紫水晶の瞳が限界まで丸くなる。
フォードの魔法は世界のルールを無視していると表現してきたが、今回行った「時間」を操作する魔法は、もはや魔法の域を超えて、世界の理そのものに干渉しているといっても過言ではない。
「なんでそんなぶっ壊れ性能の魔法を軽々しく使ってるんですか!」
「元を辿れば、お前がこの魔法を使わせてるんだからな! たしかに人前で使いたいとは思わないが、使えるものは使った方が便利だろ」
「フォードさん……あなた、本当に人間ですか? 時間操作なんて死神の中でも早々使える人はいないですよ……」
「そうなのか、死神も案外大したことないんだな。ってそれよりも、お前のせいで三限目の授業が——」
——キーンコーンカーンコーン。
フォードが校舎に目を向けた瞬間、無慈悲にも三限目の授業の終わりを告げるチャイムが学園全体に鳴り響いた。
「あっ、三時間目の授業が終わってしまいました。サボっちゃいましたね!」
「サボったんじゃない、お前の尻拭いのせいで出席できなかったんだよ! ……まあいい、どうせこの件は嫌でも学園長に伝わるんだ。復元するために欠席したのなら、サボり扱いにはならないだろう……」
——ぐぅぅぅぅぅぅぅ。
その時、静まり返った演習場に、ルノーの腹から盛大で情けない音が鳴り響いた。
「フォードさん。お腹がすきました。お昼ご飯の時間ですよね!」
「お前、本当にたくましいやつだな……わかった、食堂に行くぞ。」
呆れながらも、フォードはポンコツな相棒を連れて、すでに賑わっているだろう昼休みの食堂へと歩き出すのだった。




