リストレインとレヴェルの濃厚な一日
「犯罪歴はあるんですか?」
胡乱げな視線が二人に向き、再び問われた。
レヴェルが先に言ってしまうより早く言ってしまおう。
リストレインは自身の心臓が飛び出してしまい耳の傍で拍動をしているのか如く鮮明な心音を聞いた。乾いた口から微かに分泌される生唾で口腔を無理やり潤わせ、飲み込んだ。そして、やっと言葉を発しようとした時、再び先を取られた。
「ねぇよ」
グレイが一歩前に出て、そう言い放った。それはリストレインにとっては、どう反応すれば良いのかわからないものだった。レヴェルも戸惑っていた。
「それは、本当ですか?」
ライリーはグレイにではなく、リストレンとレヴェルに確認するように言った。
「そうだ」
すぐに返事をしたのはレヴェルだった。レヴェルは戸惑いの感情で胸中、埋め尽くされていることをおくびに出さずに堂々とした返事だった。
リストレインは、弟に先に言わせたことで途轍もなく情けない気持ちになった。
ライリーは二人にではなく、リストレインの方だけを最終確認するような視線を送ってきた。リストレインは黙って深く頷いた。
「それがどうしたんだ?」
グレイが訊ねると、ライリーは手元にある一枚の紙に視線を落としながら話した。
「この紙はこの国の大きな罪を犯した犯罪者やこの町で起きた事件の犯罪者などの似顔絵の中の1つです」
ライリーはグレイ達にも見えるように差し出した。そこにはただ文字だけが書かれていた。
「この紙は、顔がすぐ変わってしまう子供のため描かれていませんが、文字で茶色の髪をした二人の子供がスリ、暴行などをしているという情報が書いてありましてね。そちらの少年らに当てはまってるので、確認をと」
ライリーはそう言い終わると紙を八枚渡した。
「危なかったな」
列から離れた場所に置かれた丸テーブルを3人で囲い、文字の書けない2人のため、代筆をしながら笑って言った。
グレイは最後のライリーの一言でリストレイン達の動揺の理由を理解した様子だった。
「テメェが大丈夫だって言ってたじゃねぇか」
レヴェルは周りの人に聞こえないように小声で怒鳴った。
「結果、大丈夫だったじゃねぇか」
グレイは名前しか書くことのない個人情報を記入しながら、ぶっきらぼうに返事をした。
出身地も師匠などの情報も空白にしたが、使用武器の欄に買ったばかりの武器を書いてしまうか、しまわぬかで迷っていた。
「なっ、あと一歩で冒険者になれねぇだけじゃなくて、騎士呼ばれてお縄になってたかもしれねぇんだぞ」
「ばかっ、小声でも言うな。誰に聞かれてるかわからねぇぞ」
グレイはレヴェルに注意をした後、辺りを見渡す。すると、視線を逸らす者多々あった。
あれほど騒ぎを起こしていたグレイとここ辺りにいる少年らだと気付いている冒険者はグレイ達をこそこそと見ていた。
グレイは使用武器などの欄を埋めることを止め、名前だけ書き終わった紙を二人に渡した。
「なぁ、おめぇら。王都に行くか? ここだと、いろいろやりづらいこともあるだろ。金なら少し出してやるよ。どうせ、一年以内に王都に着けばいいんだからな」
グレイはリストレインとレヴェルがここで冒険者するには、あまりに顔が割れているということに気が付いた。ここで成長をすれば、軽んじられているこの状況から脱する機会を逃すことになるだろう。
レヴェルはずっと何かを考え俯いていたリストレインを見た。
「ありがとう、グレイ。でも俺はここに残るよ。レヴェルは俺に構わねぇで決めてくれ」
リストレインは顔を上げて、何かを決心したような決意が瞳に表れていた。
「……俺はどこでもねぇ、リストといるよ。どこでだって俺たち一緒なら、楽しいだろ。それとも、俺が一緒は嫌か?」
「そんなことないよ。ありがとな。という訳でグレイ、俺たちはここで冒険者になることに決めた。やりてぇことも考えたしな」
「そうか、なんだよ。せっかく、誘ってやったのによ」
グレイはわざとらしく怒って見せた。
「グレイ」
リストレインが真剣な表情でグレイを呼んだ。怒っている体のグレイはなんだよ。と先ほどと同じわざとらしい調子で怒って、返答した。リストレインが真剣に何かを言おうとした時、辺りがガヤガヤとし始めた。
「見つけたぞ。そこを動くなよ」
年若い声が人ごみから聞こえた。すると、人並みはその声の主を通らす道を作るように二分化した。茶髪の髪をしたリュー=コロンであった。その顔を見るや否やグレイはあからさまに顔を歪め、リストレインとレヴェルに早口で最後になるかもしれない言葉を言った。
「めんどくさい奴が来た。おめぇら、何しようとしてんのかわからねぇけど、無茶はすんなよ。死ななければ、良いことがあるぜ。俺がジジィに会ったように。おめぇらが俺に会ったようにな。金は、気にすんな。お礼も気にすんな。じゃあな」
グレイはそういい終わると、リューの元へまっすぐと歩き出した。
「おい、ローブ。お前は今朝にあったローブのやつで間違いないな」
「私があなたにあったのは、今が初めててございます。人違いをなされているのではないでしょうか」
グレイは、シルバーズの約束通り、シルバーズから習っていた敬語をいやいやながらも言った。そのせいで、どこかグレイの言葉は棒読みだった。しかし、辺りはシンと静まり返っていた。
それは、グレイの素行を知っているという事もあるが、グレイの持つ雰囲気もガラリと変わったからであった。そのため、誰もがグレイのことを貴族か、大きな商会の息子ではないかと推理したことだろう。
レヴェルとリストレンも絶句していた。
「ああ、わるかった。そのローブが探している人とよく似ていたものだったからな」
「いえ、私のローブによく似たローブを持っている人は多くいるでしょう。勘違いなさるのも無理はない。では、人違いのようなので失礼します」
身体のつま先から頭の先までサブいぼがグレイを埋め尽くす。震えるほどさぶく感じて、グレイは身震いひとつする。
「ああ、ちょっと待て」
「……なにか?」
グレイはなんだよ、と苛立ち気に出てしまいそうだった言葉を飲み込み、出来るらしくシルバーズに習った通りに言うのを心掛けた。しかし、グレイの発した言葉には、早く行きたいのですが、といっためんどくさがにじみ出ていた。
リューはそんな言葉のニュアンスに気付くことなく、話をし始めた。
「今、僕は従者を探しているんだ、どうだお前はなる気はないか」
さも、断ることなどないだろ、という自信に満ち溢れた態度で言った。グレイは突然の勧誘に魔力草を口いっぱいにねじ込まれたかのような表情を浮かべて嫌がった。幸いなことにフードの影で詳しい表情は見られなかったようだ。
「私は用事がありますから、他の人に声を掛けてください。失礼します」
どうしてグレイを誘ったのか、気になる部分はあるが、貴族に関わっていいことがあるわけはないので、グレイはやんわり断り、この場から素早く離脱しようと足を出口へと向けた。しかし、それを遮る影。
「すみません、まだリュー様のお話が終わってませんよ」
その群青の髪色をしたシスイは申し訳そうに言って、グレイを止めた。しかし、その瞳にはグレイを探るような興味の色があった。
「話は終わったはずだろ?」
苛立ち始めたことでグレイの付け焼き刃の口調は崩れ始めた。
「あれ、口調が今朝見かけたローブの少年とそっくりですね。声もとてもよく似ています」
シスイはグレイの言葉には惑わされておらず、同一人物であるということを分かっていながら、とぼけている様子であった。
「なぜ隠しているんですか、従者の仕事のお給金は悪くないですよ。一度やってみてはいかがですか? ……それとも、なにか逃げたくなるようなことでもしてるんですか?」
シスイはグレイにだけ聞こえるように訊ねた。
「そんなんじゃねぇよ。本当に用事があんだよ、おめぇ、あいつの従者か護衛がなんかだろ。早くどっか連れてけよ」
グレイもシスイにだけ聞こえる声で返事をした。
「たしか、グレイ君でしたよね」
突然自身の名前を呼ばれたことで驚き、グレイはシスイを警戒した眼差して注視した。
「警戒しないでくださいね。私はリュー様に調べろと言われたから調べただけですので。ご忠告だけしときますね。……立場を弁えた方がいいですよ。私が今聞いたことを告げ口をすれば、あなたは不敬罪で捕まります。リュー様でしたら、なんとか誤魔化せますが。ですが、むやみやたらに不敬になる言葉を発しないように気をつけた方が良いと思います。その口調は無駄な敵を作りますし、それに貴族相手だと、口調が悪くなくても気をつけなければならないことが多いんですから」
「おい、何こそこそ話をしているんだ。それは、僕の耳に入るといけない話か?」
「いえ、そのような話ではありません」
内緒話しをされたことに機嫌を悪くしたリューは、ではなんだ?と視線で問いかけた。
「従者になるメリットの話を少しばかり」
「そうだな、それでどうだ? 考えは変わったか」
「どうして、お、私なんでしょうか?」
「お前は年齢が近そうだ、それに今日の朝のやつと違って礼儀がありそうだ。だから僕は今朝のやつとお前を従者にしようと考えいるんだ。朝のやつは力はあるが、頭が悪そうだからな。礼儀のあるお前を従者にしてやろうという考えだ。だから、力仕事はないと考えていい」
グレイがチラリとシスイを見ると、笑いだすのを堪えるかのように唇を結んでいた。グレイが黙っているとリューは眉を歪め、どうしてこの少年が良い返事をすぐしないのかと訝った。
「わかった、僕が誰か知らないんだな。だから返事をすぐにしないんだ」
自己完結した思考を呟き、グレイの態度を納得したように頷く。
「シスイここの都市の名前はなんだ?」
「コロンと言います」
「じゃあ、僕の名前はなんだ?」
「リュー・コロンでございます」
「そうだ。僕はこのコロンの都市を治めるリーファン・コロンの息子である。この国の高貴な血筋の従者になれる。どうだ?」
辺りの人だかりの視線がグレイに集まる。グレイの動向を皆が見ていた。リュー自身もグレイの驚愕に変化する顔を見逃さないように見ていた。
「だから、なんですか?」
どこからか、驚きの声が上がる。皆の視線は急いでリューの方へと移動した。
呆気にとられたかのような、驚いた表情でグレイを見ていた。必殺技を受けた敵が無傷でそこに立っているかのような、驚きようであった。家名という唯一といって良い伝家の宝刀が効かないグレイを不思議な生き物のように見る。
「僕の名前はリュー・コロン」
「聞きました。では、失礼します」
面倒くさい不毛な会話にグレイのイライラが増してゆく。さらに、慣れない敬語というのもイライラの増す要因となっている。
「ちょっと待て、待て」
グレイはリューの静止を無視し、ギルドから出て行った。
グレイが去った後の冒険者ギルドは静まり返っていた。リューは自身が恥辱を受けたと感じて、それを見ていた周りの人間に睨みを利かせた。すると蜘蛛の子を散らすように人が慌ただしくリューから離れた。
「いいさ、別に本命はあいつじゃない。あいつはあとから後悔するんだ」
リストレンとレヴェルはギルドの扉を見ていた。
「行っちゃったな、俺たちグレイと今日会ったばかりなんだよな」
リストレインは濃厚な今日の出来事を振り返ると、一週間を無理やり纏めたかのような目まぐるしさであった。
「また、会えるだろ。だって、最上級の飯を返しに行かないといけないんだからな」
リストレインとレヴェルは受付に紙を持って行った。
通常通りの説明が終わった後、ライリーは二人を見て一言加えた。
「紙に顔が書かれる年齢はそろそろですからね。これからは冒険者の仕事を頑張って生活するんですよ」
リストレインとレヴェルは驚いたが、ライリーがわざと見逃してくれたことに不審に思いながらも何度も頷いた。
「代筆頼める……ですか?」
リストレインは不思議な敬語を使い出来る限りの敬意を表そうとしていた。その不思議な言葉にライリーは微笑みながら答えた。
「冒険者は敬語を使わない人ばかりだから、無理をしなくていいですよ。私だって、まだ上手く使えないしね。君の気持は良く分かったから、ゆっくりと学んでいけばいいわ。それで何を書き足したいの?」
「師匠っていう所にグレイって書いてくれ……です」