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ちょっとした小話 ss 前編

これは本編にちゃんと関わっているが、読まなくても物語は楽しめると思います。

 これは、二年も昔の話。グレイがシルバーズというジジィにつれてかれた。その後の物語である。


 王都はいつもと違わず、音にあふれていた。牛竜のいななき、それが引く竜車の石畳を削るように回る車輪の音。繁盛を喜ぶ店の親父の悲鳴に似た、客寄せの声。道を歩く者の足音に話声。喧騒にあふれていた。


 だが、そんな喧騒も王都を丸く縁取った石の壁へと近づけば、先ほどまでの喧騒が魔法によって作られた偽りの世界であったのではないかと思ってしまうほど静寂に包まれていた。陰によって支配されたここスラムは陽が極端に少ない。鼻をへしり折り、捨て去りたいと思わずにいられない臭いが心まで腐らせる。


 そんなスラムに一人のフードを目深にかぶった男と思しき者が走りまわっていた。それに追随するのは矮躯に程よく筋肉を付けた男と平均的な身長の痩躯な男であった。誰かを捜しているのか体を地面に擦りつけるように低くして駆け、頭部をせわしなく彷徨わせた。


「いねぇな。たくっ、どこ行ったんだよ野犬がよ」


 そう漏らす声にはひどく焦りが含まれて、苦虫を含んだように顔をしかめていた。後を追う男二人はフードの男を見失わずに追いかけるのが精一杯で探し物を捜す余裕はみじんもなかった。ただ、かれこれ三日間何度も走り、捜し続けていたため足は鉛のように重たく、足の裏からは尋常ではない痛みが走り。肺は悲鳴を上げて酸素をうまく取り込まない。


「……あ、兄貴。休憩をくれ」


「お、俺も」


 かすれかすれ吐き出した矮躯の男──ジャイモの休息要請に痩躯の男──ポテトも同意をする。フードの兄貴と呼ばれた長身の男はその二人の声に駆けるの辞めて、立ち止まる。


「情けなくなったな。おめぇら、昔はそうでもなかったじゃねぇか」


「そんなことを言わねぇでくださいよ。俺たちが情けなくなったんじゃなくて、兄貴、あんたがおかしくなっちまったんだよ。そうだよなポテト」


 振り返り、息切れぎれの二人にその吸い込まれそうなほど綺麗な瞳を細め溜息を吐いた男にジャイモは非難の声をあげ、同じ気持ちを抱いているポテトへと同意を求める。


「そうですよ。なんなんですか、その無尽蔵にありそうな体力は。俺たちは昔から体力は落ちてねぇ筈ですぜ。むしろ上がったんじゃねぇかと思ってたぐらいですぜ」


 こんなにいいパスはないとポテトは必要以上に頷き、フードの男の異常性を伝える。


「まぁ、強くなるように鍛えてはいたけど、そこまで力がついていたとは思わなかったぜ。ってそんなことはどうでもいい。休憩が終わったらすぐまた捜すぞ」


「ええー、何分ぐらい休憩は貰えるんですか?」


「一分」


「そんな、無理ですって」


「そうですって、もう足が動かないですよ」


 ジャイモの質問に休憩とは何ぞやと問いたくなるような言葉がフードの被った男、いや鬼から返ってきた。ジャイモとポテトは情けない声で鬼の鬼畜な所業を止めるべく鬼の足に縋りつく。だが、鬼は頬を歪め笑う。その表情に二人は恐怖で縋る手を止める。


「なんだ、そんなに元気なら休憩はいらねぇよな。ん? そういうことだよな」


 鬼はわざわざしゃがみ込み二人の顔をのぞみ込む。その、町娘が振りまく微笑みと同じ微笑みをしている筈の鬼の表情を張り付けたまま。ジャイモとポテトは息をするのさえ止めて黙りこんだ。フードの男は辺りをもう一度見渡してから、腰を落とした。


「最後に見たのは、あの黒パンのときなんだよな?」


「………?」


「しゃべっていいに決まってんだろ。休憩時間は延長するからよ」


 休憩時間を減らされまいと、黙った二人は質問に答えていいのかわからず、顔を見合わせていた。そして、許しが出たためやっと話し出した。


「そうです。そうです。気を失わせるほど殴った日の次の日には野犬はいなくなってました」


「だから、あれはやりすぎだって言ったんすよ」


 ポテトは非難に目を眇めた。


「そうだな、これから気をつけるわ」


 男は飄々と受け流し、すまん、すまんと片手で誤った。


「謝る相手は俺たちではないですし。これからって兄貴、野犬は今いないんすよ」


「そうすよ。どうするつもりですか? もしも壁から抜け出して野垂れ死にでもしていたら見つけ出すのなんて不可能に近いっすよ」


「もしもでも、死んでるなんて言ってんじゃねぇよ。もしも壁から抜け出していたとしても、どうせ、どっかで生きてるだろ。あいつは野犬だぜ」


「そ、そうすよね。そんなに簡単に死にはしませんよね」


「そうだぜ、だてにスラムで生きてねぇってんだよ。疲れてんだよ俺たちはよ。だから嫌な想像ばかりしてしまうんだぜ」


 まだ、嫌な予感が頭によぎってしまい、不安を和らげるためのナイフを眺める。よほど大事に使い込まれているのか刃こぼれは多々見られるが、鈍く光る刃には不安げなポテトの顔が映る。そんな彼を安心させるためにジャイモは豪快に片手で抱き絞める。そう絞めるのだ、「うっ!……ナ、ナイフ……持ってる……から……危ない」そう苦鳴を洩らす。「おっと、わりぃわりぃ」とポテトの様子に気付いたジャイモは軽薄に謝罪して細い体をさらに細くさせていたポテトを解放した。


「ふー、はー。殺す気か! 空気が上手く感じるぜ」


 地べたに四つん這いに倒れ込み、息を荒く吸い込み。呼吸できることの喜びを恍惚と空を仰ぎ噛みしめる。


「こんな、くせぇ空気の中よく言えるぜ」


「てめぇが言うんじゃねぇ!てか、もうこの臭いには慣れてるだろ!」


 ジャイモの言葉にポテトは掴みかかり、同じく呼吸のありがたさをわからせるために襟を締めようと試みるが、ジャイモも無抵抗なわけはなくポテトの襟元へと手を伸ばしそれは同時に絞められた。


「そろそろ休憩は終わりでいいな」


「え?」


「え?」


 首を絞め争いあっていたジャイモとポテトは声の主の方へと顔を向ける。男はもう立ち上がっていた。


「おめぇらも心配だろ? じゃあ、急ぐぞ」


 そういって駆けだした男を、再びジャイモとポテトは見失わないように追いかけるのであった。

 〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


 王都の雑踏を皮の軽装備で走る女の騎士がいた。


「なんだ、なんだ?」


 民衆は何事かと顔を一度は向けるがその走る主が誰かわかると微笑ましい笑みを浮かべるだけで咎めたり、顔をしかめたりなんてことをするものはいなかった。いるとすればそれはほかの町から来た者だけだろう。皆は走る彼女の邪魔にならないように道を避ける。


「今日も走っているのかい?」


「うん、捜している子がいるの」


 民衆の一人のおじさんが声をかけた。すると彼女は宝石でもちりばめられているかのように美しい赤く短い髪をふわりと揺らしながら答えた。彼女は少し困ったような、憂いていることがあるような、眉を下げた表情をしていた。


「そうかい、手伝おうかい?」


 その表情を心配してか、民衆の中から姿の見えない、声から推察するに男の声であったが上がる。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ」


 彼女は気丈に笑い、民衆にその溢れんばかりの微笑みを送った。ある男は「可愛いな~」と蕩ける溜息を吐き、ある女性は「格好いいー」と羨望の眼差しを送る。彼女は颯爽に駆け出し、姿はすぐ見えなくなった。


 数分もたたぬうちに元の雑踏と化した石畳の道を再び忙しなく動く人がいた。触れただけで汚してしまいそうな純白な髪が乱雑に短く切られており、小さな顔には大きな瞳がクルリと二つ動く、形の良い眉毛が眉間により、ご立腹なご様子で小さな鼻で息を荒く吐き、きめ細やかな白い肌を唇と同じような桜色へと変えている。


「またか?」とその場に店を構えている亭主や、数分経ってもその場にいた者たちは訝しげにその者をみた。するとすぐに憐憫の含まれた瞳を浮かべて、そそくさと道を譲る。


「アリーちゃんならさっきここを通って行ったよリンガルちゃん」


 先ほども話しかけていたおじさんが話しかけた。


「あ、ありがとうございます。このまままっすぐでよろしいですか?」


 リンガルと呼ばれた女性は、慌ててプクプクと怒っていた表情をアリー副騎士長と呼ばれていた赤い髪の女性の微笑みに負けず劣らずの微笑みに変えて謝辞を申した。そして、小首をこてんと傾げ、質問をする。おじさんは「ああ、このまままっすぐだよ」と言うと同情の眼を向ける。


「リンガルちゃんも大変だね」


「そうなんですよ、聞いてくださいよ!」


 ずいっと前のめりになった彼女は再び眉の間に薄い一筋の皺を作り、思い出したように言葉を吐き出す。


「今日は、昨日のように抜け出さないように仕事を回していたんです。アリー副騎士長が好きな三番隊の騎士の訓練なんですが、私がちょっと目を離したスキに逃げ出したんですよ。どう思います?! 私がいけないんですか? どうしてなんですか。いつもなら一度抜け出したら一週間はおとなしくしてくれるはずなのに今回は三度目ですよ。三回連続で抜け出したんですよ。抜け出して怒られるのはアリー副騎士長だけではなく私も一緒に怒られてしまうんですよ。なんで、私まで……」


「………………リンガルちゃん、想像以上に大変なんだね。ほら、リンゴでも食べて落ち着いて、ね」


 リンガルの愚痴は堰を切ったように愚痴が流れ出て止まらない。おじさんや周りで盗み聞きしていた民衆は同情の色をさらに濃くしてリンガルをみた。おじさんは自分のポケットから綺麗な赤色のリンゴを差し出してリンガルをなだめる。


「あ、すみません。いきなりこんな話をしてしまって。ありがとうございます。いただきます」


 自分が熱く愚痴を語り、歯止めが効かなくなってしまっていたことにやっと気付き、おじさんに謝罪をした。そして、リンゴを両手で受け取り、一口齧る。小ぶりなリンゴではあったが、食感もよく果汁が溢れだし、とても瑞々しく美味しい味であった。


「アリーちゃんならさっき捜している子がいるとかなんとかいっていたけど」


「えっ、そうなんですね」


「知らなかったのかい?」


「はい、何も言わずに勝手に行動する方なので」


 リンガルは疲れたように苦笑いを浮かべた。理由を言わずに行動を起こされることはいつものことなのだろう、心なしか目の下に蓄積された疲れの隈が見えるような気がした。


「では、あんまりここで長話をしてしまうと、また見つけられなくなってしまうかもしれないので私はここでおいとましますね。話し込んでしまい申しわけなった。では、アリーちゃんが早く見つかることを願っているよ」


「いえいえ、こちらこそ申しわけがなかったです。貴重な情報ありがとうございました。リンゴとても美味しかったです」


 リンガルはきちんと頭を下げてお礼を言いアリー副騎士長が走っていった道へと向かって行った。


最後まで読んで頂きありがとうございます。この話の立ち位置がよくわからずこのようなタイトルになりました。

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