ちょっとした小話 ss 後編
「どこにもいないですね兄貴、やっぱり外なんですよ」
「そうですよ。兄貴がやりすぎだから野犬が逃げ出したんですよ」
入り組んだ路地を何度もぐるぐると周り、捜したがグレイの姿は一向に見つかる気配がしない。
「ああ、ちょっとやりすぎたかも反省」
フードの男は頭をさすり、落ち込んだように顔を伏せる。
「それ、どういうことかな」
突然の声にジャイモとポテトは振り向き、ギョッと顔を顰めた。ジャイモは拳を構え、ポテトはナイフを構える。戦闘態勢に瞬時に入った。
「げっ、騎士がなんでこんな場所に居やがるんだ?」
「やっちゃいますか? 兄貴」
ポテトはフードの男に戦闘許可を取るが、フードの男の顔にジャイモとポテトは竦む。鬼神のごとく怒り顔でにらみを利かせていたからだった。
「おい、よく見ろや。私のお嬢様だろ! すみません、お嬢様」
深く頭を下げて、赤髪のきれいな女性、アリー副騎士長に謝罪をした。先ほどまでの口調は嘘のように消え、どこかの貴族の従者のような口調に変わった。
「ねぇ、クロム、やりすぎたってどういうことなの?」
クロムと呼ばれたフードの男は可愛く小首をかしげているお嬢様が、内心でメラメラと燃える怒りの炎を抱いていることに瞬時に気付き、先ほどまで自分よりも年がいっている男二人を従わしていたのがウソのように訥々と話し出した。
「それはですね。修行と言いますか、野犬がこのスラムで生き残れるようにと攻撃してましたと言いますか」
ふわりとアリー副騎士長はクロムの頭の上に掌を乗せて微笑を湛える。それはまさに女神が罪を償いに来た青年に赦しを与えるような幻想的な雰囲気であった。が、
「お嬢様、すごく痛いです。その、これは昔からやっていることでして、弱いやつから死んでいくスラムで少しでも野犬が生きながらえるようにとやっていることで」
きつく締めあげられた頭の痛みは、幻想なんてものではなくリアルな痛みであった。
「そうなの? でも、やりすぎはよくないわよ」
「すみません」
パッと掌を離し、小さな子供に注意をするように窘める。クロムは再び深く頭を下げる。
「じゃあ、行くわよ!」
くるりと振り向き、堅牢に積み上げられた石の壁に向かって、高らかに宣言をする。
「え! どこにでしょうか?」
下げた頭を跳ね上げて宣言の意図を確認する。
「決まってるでしょ。王都に居ないようなら外よ。野犬君を捜しに外に行くのよ。野犬君が外でひもじい思いをしていると考えるだけで心配でたまらないもの」
首だけ振り返り、早く外に捜しに行きたいとばかりに足踏みを開始する。
「お嬢様は副騎士長でございますから、勝手に王都から離れられますと問題が生じます。私が外へ捜しに行きますからお考え直しください」
そんな副騎士長の考えを止めるべくクロムは考え直しを要求した。
「クロム、私はあなたの姉のようなものなのよ。あなたにとって大切な人は私にとっても大切な人なの。だから、私にも行かせて」
身まで翻し、真剣なまなざしを向けて手を重ねてお願いをする。そんな姿にクロムのお嬢様の願いはすべて叶えて差し上げたいという執事の心と騎士の世界での常識の心が拮抗する。しかし、クロムは心を鬼にして、自身の心を押し込んだ。
「それでも」
渋るクロムにアリー副騎士長は子供のように駄々をこねる。
「私は行く、決めたもん」
「ですが」
「野犬君を私が見つけるもん」
耳を両手で塞ぎ、プイッとクロムの言葉はもう聞かないと顔を背ける。
「そんなこと子供っぽくおっしゃられても、可愛いですが……いけません」
「じゃあ、私だけ勝手に抜け出していくからいいわよ。クロムは王都中をずっと探していればいいわ」
ゆっくりと一歩踏み出し、北の門へと向かって行く。
「それは……………………わかりました。ちょっと待っててください」
くるりと振り返り、ニコッと子供のような無邪気な笑みを浮かべる。クロムが先に折れることは織り込み済みだったんだろう。
「おいっ、ジャイモ、ポテト。おめぇらちょっと王都騎士団のところに行って第一、第三の騎士長のところに言伝を頼むわ」
「ええ?! 俺たちもついていきたいですよ」
「そうっす。なんで俺たちだけ置いていくんですか」
ジャイモとポテトはアリー副騎士長のように駄々をこねて見せるが、クロムの心はお嬢様の時のように葛藤などすることもなくきっぱりと吐き捨てる。
「それはだな、足手纏いになるからに決まってんだろ。王都の外には魔物が蔓延ってんだ。いちいち倒すのに時間がかかっていたら面倒だし、それにおめぇら走るの遅いし体力ねぇだろ」
「そんなズバズバと本当のこと言わなくてもいいじゃないですか」
「そうですよ。もっと優しい言葉があるはずじゃないですか。おめぇらにはここ周辺のスラムをいつものように仕切っていてくれとか、言ってくれてもいいじゃないですか」
よっぽどクロムの言葉が心の芯に当たったのか、グフッと心臓を魔法の炎に焼き焦げにされたかのように胸を押さえ、苦しさに身悶えるように両膝を地面につき半身を伏せる。
「うるせぇ、泣き言いってねぇでさっさと行ってこい」
「クロムそんな言い方はよくないよ」
「すみません、お嬢様の前でお聴き苦しい言葉を使ってしまい」
さっと言葉遣いを切り替えて、恭しく慇懃に頭を下げるクロム。彼のように瞬時に人が変わる人はなかなかいないだろう。
「えーっと、ジャイモさんとポテトさんでしたっけ、私たちは野犬君を捜しに王都を出ますのでその間スラムの人々が悪い騎士におかしなことをされないように守っていてくれたらうれしいな。あと、伝言の方もお願いできるかな?」
しゃがみ込み目線を合わせて、お願いをする天使に
「はいっ、できます! 精一杯やらせていただきます」
「もちろんです。俺たちに出来ることならなんだってやりますよ」
ジャイモとポテトは色めき立ち、クロムは冷たい視線を送る。
「これを持っていれば中央に入れると思うから、第一と第三の騎士長にアリー副騎士長とクロム騎士は外にある人を救助に向かったため、しばらく帰れないって言ってくれる?」
自分のサインの書かれた紙を渡してそして、伝言の言葉を伝える。
「はい、これをもってですね。アリー副騎士長と騎士クロムは外に、って……」
「そう、騎士クロムは、って」
「えぇえーーーーーーーー!?」
ジャイモは伝言を忘れないために復唱をするが、あるところで言葉が止まり、ポテトが引き続き復唱をしようとして再び同じところで止まってしまった。そして肺の空気をすべて捨てる勢いで二人が驚嘆の声を上げた。
「兄貴、騎士になんてなってたんですか?」
「兄貴、執事をしているって言ってたじゃないですか? なんで騎士になんて」
「昔の成り行きだ。そんなことはどうでもいい。もう行ってくるわ」
そんなことじゃないですよ、とジャイモとポテトは門へと向かうクロムの足に追いすがる。
「見つけましたよ。アリー副騎士長!」
走ってずっと探していたのか、息も絶え絶えで探していた脱走犯を呼び止めるリンガルは肩で息をして、辛そうに指をさす。
「どうしてこんなところにいるんですか? さっ、帰りますよ」
よろよろとアリー副騎士長のもとへと近づきガシッと腕をつかむと、自分で歩こうとしないアリー副騎士長を引きづるように運んだ。
「ほらっ、クロムが決断を早くしないからリンちゃんが来ちゃったんだよ」
引きずられながら、何故か尊大な態度をとるアリー副騎士長はなかなか許可を出さなかったクロムに文句を垂れる。
「私ですか!? どっちかと言いますとこいつらのせいだと思うんですが」
文句を言われたクロムは、未だ足にしがみつく成人済みな不気味な男どもを指でさす。
「えっ、クロム君? なんでこんなところに? あっ、でもアリー副騎士長の執事だからここにいてもおかしくないんだ」
パッと引きずったアリー副騎士長から顔を外し、クロムの方へと顔を向ける。そしてぶつぶつと一人で疑問を浮かべて一人で解決し終わったリンガルは熱の含んだ視線をクロムに向ける。
「リンガルさん、お久しぶりです。相も変わらずお綺麗ですね」
足に纏わりついていたものを強引に引きはがし、リンガルに近づきアリー副騎士長と同じように恭しく優雅にお辞儀をする。社交辞令なのか、妙に言い慣れた口調でその美貌を褒める。
「えっ?! そう、ですか? そう思ってくれているなら嬉しいんですけど」
それを社交辞令と思わず、嬉しそうに白い肌を紅潮させる。耳までも赤くなり、熱そうに、恥ずかしそうに両手で肌を隠すように押さえる。
「そうだ、リンちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」
リンガルから突然解放されたアリー副騎士長は地面に後頭部を打ち付けられて、痛みでもがいたあと。地面に打ち付けられたときに見た明滅のようにピカッとアリー副騎士長はひらめき、外出許可を出してきてくれと頼み込んだ。
「無理ですよ。外に救助ってそんな要請来てませんし、副騎士長自ら行かなければならないものではないと一蹴されてしまって終わりですよ。立場ってものを考えてから発言してください」
「そこをどうにか頼むよぅ。リンちゃんだけが頼りなんだ。ねっ? お願い」
いつぞやと同じようにリンガルの腰元にしがみつき、ウルウルとお菓子をねだる幼気な子供のような眼を向ける。クロムに、もし同じ眼を向けられていたら断ることの方が難しいだろう。だが、そんな攻撃は見慣れているのか、戦歴の勇者のようにリンガルの心は揺らがない。
「そんなこと言ったって無理は無理ですよ。私に決める権限はありませんし」
きっぱりと言い切り、それでも揺らがないように見えた心が揺らぎ始めたのか視線を逸らす。
「リンガルさん、私からも無理を承知でお願いいたします。もちろんことが全て終わったら責任は私たちがきちんと受けますのでリンガルさんは心配しなくて大丈夫です。何かあったらきちんとリンガルさんを私が守ります。それにいつになるかわかりませんが私に出来ることでしたら何でも致しますので、ご助力いただけませんか?」
ずいずいと近づくクロムに、顔の血管がフル稼働をして顔は真っ赤になる。
「ま、守る。なんでもしてくれる!? そ、そんなこと言われましても。そ、その。が、頑張ってみます」
クロムの言葉に顔が爆発してしまうような感覚にまで襲われたリンガルは、容易く折れ善処することを宣言した。もちろんリンガルはクロムの話した報酬に惹かれて承認したわけではない。「その、なんでもって、本当に何でもですか? いや、違います。その、そういう意味では……」誰も聞き取ることの出来ないもごもごと発せられた小さな声は空気に容易く溶けた。だが、報酬に惹かれたわけではないのだ。
「リンちゃん、私の時と態度がちがーう。不公平だ」
「そんなことはありませんよ。誠意の問題です」
ぶーぶーと抗議をするアリー副騎士長にまだあとの引く桜色の頬をしながら、首を振り否定する。
「ありがとう、リンガルさん」
ニコッと頬を持ち上げ、少し砕けたお礼の言葉を言う。
「いや、その、ああっと、どういたしまして、です」
やっと戻ってきたと思われた白い肌が再び灼熱地獄に見舞われる。
「これが、兄貴の外面」
「恐ろしいっすね。俺、今まであんなにさわやかな兄貴見たことないっすよ」
今まで空気のように存在を消していたジャイモとポテトは、クロムのいつもとは違う好青年のような純粋な笑顔に恐怖を覚えるのであった。
「じゃあ、リンちゃん。後は任せた! 行ってきます」
手を大きく振り、門へと向かった。
「行ってきますリンガルさん。お嬢様がご不在の際、色々ご不便なことがあるかもしれませんがよろしくお願いします。それで、何か人手が足りなかったらこいつらでもお使いください。学は私のようにありませんが、やる気だけはありますので、ボロ雑巾のように扱ってやってください。いいよな、おめぇら」
「騎士様に使われるのは嫌だけど、兄貴のためになるなら俺たちは手伝うぜ」
「ああ、ねぇちゃん。何時でも呼んでくれ、手伝えることならなんでもやるぜ」
ジャイモはその力こぶを強調し、ポテトはナイフを強調した。
「ありがとうございます。何かありましたらお願いしに来ますね」
何かありましたら、のニュアンスには行けたら行くのような体の良い断り文句のようであったため、よっぽど頼る気はないのであることが分かった。
「それでは、お嬢様が待っておられますので私はこれで失礼します」
頭を下げてすぐ、走りだし。すぐに姿が見えなくなった。
「あの、捜し人とは」
リンガルの言葉はクロムの耳には入らず、近くにいたジャイモとポテトが代わりに答える。
「ねぇちゃん、聞いてないのか?」
「野犬だよ、野犬。俺たちの弟みたいなもんだぜ」
「野犬って、あのですか?」
驚きと納得半分の表情をして、自分の想像と相違ないかの確認のため聞き直した。
「そうだな、多分その想像は合ってるぜ」
「うんうん。あの小さい子供のことだ。野犬と言えば今は奴しかいないからね」
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
「それで、どこに向かいましょうか」
「そうだね。あの壁の穴が北西に空いてたから、北西にまっすぐ向かおうか」
見渡す限り遮る壁のない王都の外で、もちろん後ろは壁だが、竜車が通る、草の少ない禿げた道は北へとまっすぐと伸びており、そこの道を通っても北西へと向かえるが、野犬がもし道半ばで空腹で倒れているならば、道ならざる。と言っても草の丈は低い草原を壁の穴からまっすぐ北西へと向かった方が会える確立が上がるだろうと、すぐに整備された禿げ道からわきにそれる。
「わかりました。確かそっち方面ですとエルフの森が存在するんですよね。そこまではまだ行っていないと思うんですが」
「大丈夫だよ。野犬君はすぐに見つかるよ。ていうか私が見つけるよ」
男気の溢れるアリー副騎士長の言葉にクロムは頭を下げて。再び反省をする。
「ありがとうございます。私がやりすぎたばっかりに」
「後悔していてもしょうがないんじゃない。それに、そろそろ野犬君に姿を見せちゃえばいいのに」
クロムはフードに触れる。
「それは、出来ません。私が居たときには泣き虫だった野犬が自分で戦って生き延びようとしているのに、私が現れたことによって昔のように戦うのを辞めてしまうかもしれまないことはできません。それは、スラムでは死ぬのと同義ですから」
少し昔を回顧するように眼を細める。
「クロムが現れたくらいで、戦わなくなっちゃうのかな?」
「わかりません。ですが、その可能性がゼロではない場合、私は野犬の前には出ません」
首をゆっくりと振り、キュッと拳を握りしめ、決意の固さを示す。
「そっか、でもそんなに野犬君は弱い子には見えなかったけどね」
「当たり前です。私とジャイモとポテトの弟なんですから、……まぁ、弟だから心配なんですけどね」
胸を心なしか張り鼻高々と話すが、ふっと息を吐き心境を吐露する。
「行きましょうか! お嬢様」
しんみりとしてしまった自分の心に活を入れるために、元気よく声を出す。
「うん。野犬君を見つけに!!」
それに無邪気に乗っかるアリー副騎士長は腕を空へと突き上げそう宣言したのであった。一陣の風が吹きクロムのフードがはらりとめくれ、その黒い髪はさらりと靡くのであった。
ただ、この旅が想像以上長くなることをその時の二人は知らない。それは二年もの間、野犬、改めグレイはシルバーズのもと山の奥にひっそりと暮らしていたせいあった。




