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吟遊詩人の可笑しな唄

  石畳の上を車輪がガタガタと積んでいる荷物の重たさを主張していた。土埃が舞い踊り、竜車の通り過ぎるのを待つ為に路傍に身を寄せた少年が左隣にいる自分よりも小さな妹に目を瞑っててと話すと、妹は頷き目をぎゅっと一生懸命瞑った。 すると、リュートの奏でるメロディーが雑踏の奏でる喧騒のなかに溶けて混ざり、兄妹の耳に入った。妹はバッと兄の方に身体を向け「にいちゃん、はやくしないとはじまっちゃう」と地団駄を踏みながら催促をする。だが、律儀な事に瞳はギュッと閉じられたままで開かれてはいなかった。

  兄である少年はそんな妹の頭を乱暴に撫でて落ち着かせながら、「このりゅうしゃの列がおわったらな」と言い聞かせた。


「ねー、あとどのくらいー?」


「あと、もうすこしだよ。もうすこし」


  目の前を通り過ぎる竜車の列の最後尾を何度も確認して、袖を引っ張る妹に何度も伝える。少年自身も楽しみにしているのか、リュートの奏でるメロディーが途切れる事がないか、楽器の音色の出所である広場を何度も見えないながらチラチラと視線を送って確認をしていた。


  南の門から王都へと向かう大通りは、行商人の率いる牛竜(ぎゅうりゅう)が幌の張った大きな荷台を街中とあってゆっくりと走って行く。


「よしっ、いくよ」


「めっ、あけていい?」


「あけていいから、はやくいくぞ。おそいとおいてくからな」


「まってよ、にいちゃん」


  最後列の荷台を見送り、少年は広場へと胸を高鳴らせて向かった。今日は吟遊詩人が来る日なのだから。


  広場の中央に据え置かれた噴水の縁に座り、リュートの音色を奏でる吟遊詩人の周りには小さな子供から大きな子供までもが居た。少年とその妹はその間を縫うように抜けて円の中心へと潜って行った。


  吟遊詩人はつばの広い燻んだ深緑色の帽子を目深に被り、体型のわからないゆとりのある帽子と同色の物を着ていた。顔は見えず、ただ吸い口の長いパイプ、チャーチワーデンのその火皿から出る紫煙がのらりくらりと帽子のつばに当たる事なく、その存在を徐々に薄めていく煙の情報だけが入った。次第にリュートの音色が緩慢になり、ピタリと音がなくなった。

  リュートを膝に乗せ、深く息を吸い込み火皿の中のタバコをぼんやりと赤く灯す。気の抜けるため息と共に煙を吐き出し、パイプを口から外す。縁にパイプは置かれ、吟遊詩人は立ち上がった。


「それでは、始めたいと思います」


  足下に置かれた背嚢を漁り、巾着袋を取り出した。そして


「可愛い少年少女達。今日のお話は、白き伝説『無殺隊』のお話だよ。話が聞きたかったらその持ってる銅貨をここに入れてからな」


 と横暴な台詞を吐き、縁に気怠げに座る。輪の中心にいた多くの小さな子供達は律儀に銅貨を巾着袋に入れていた。時々後ろから、「嬢ちゃん、俺のも入れていてくれ」っと大きな子供が銅貨や大銅貨を小さな子供へと渡していた。


 その姿を黙って見ていた吟遊詩人はリュートで緩慢な音楽を奏でて場を支配した。煙で燻られた喉とは思えない清涼な声で意味のない単語を文章に変え、文章を物語へと進化させた。英雄譚が始まった。


 〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


  これはむかし、とてもむかしの話ではないけれどむかしの話。大陸は混沌と化し、安心、平穏なんて言葉は昔の言葉、或いは伝説の言葉のようになっていた時代。大陸の至る所で争いが起き、国は疲弊し、国境は毎日その曖昧な線を複雑にして、昨日まで味方の村が次の日には敵の村に変わる事は日常茶飯事であった。


  そんな激化した戦地に白い閃光が走った。白いローブを纏った男が戦場を駆け、その余りの素早さに周りの者は魔法使いの光魔法が駆け抜けたのかと誤認してしまうほどであったようだ。それが後の剣神と呼ばれる者が始めて戦地に現れた戦争、これまたこれを後に『剣神降臨戦争』と呼ぶようになるのである。

  そして剣神は言った


  『そんなに戦争がしたいのなら、儂を殺してからにろ』


  と。

  剣神は奇妙な業を使い、紙切れから魔法を無限に出して周りの者を拘束していき、さらには後の代名詞とされる程に剣が巧みであった。一振りすると人は砂のように舞い踊り、遠くへ吹き飛ばされた。けれど受けた者の身体は負傷する事はあれど死ぬ事はなかった。


 剣神の身体は硬く、魔法や剣の威力がその身を破壊する事を諦めた。


 剣神の身体は素早く、風の魔法や振り下ろされる剣と同じ時間を共有した。


  剣神の剣は鋭く、魔法を刀身に纏わせ敵の攻撃を斬り伏せた。


  剣神の強さが戦争を止めた。国はざわめいた。そんな強者を放っておく程、国は疲れ切ってはいなかった。

  ある国は権威を振りかざし、ある国は権威を差し出すと申した。ある国は世界1の美女を差し出すと申し、ある国は一生使っても使い切れない程の金銀をくれると申した。だが剣神はその全てを断った。誰もが望む垂涎の褒賞や権威や美女などのあらゆる欲望を刺激する言葉を剣神は断った。

  ただ、世界の真ん中にこの国が有るからと、たった1つのそんな理由でこの国に居を構える事にした。


  剣神は弟子を育てた。町村の力自慢や貴族の子、王族の子、他国からの者も身分を隠して何人もの人が剣神の下に弟子入りをした。剣神は来る者拒まずに修行を行った。10人弟子入りに行ったその日に入れ替わりに15人もの人が疲弊しながら帰って行ったという逸話も存在する。次第に弟子が固定し始めるが、少なからず猫の目のように入れ替わるのも事実であった。

  そんな折に剣神は弟子の中で、3つの流派の中の1つの代名詞となるような高弟を1人ずつ選ばれた。


  魔法刀身が一番上手な者


  攻煌神体が一番上手な者


  硬護身が一番上手な者


  剣神はその者達の名前を世に広め、戦争は次第にその数を減らしていった。

  剣神はそれにともなって、浮世にその身を見せることが少なくなっていった。剣神はいつしか伝説となり、この世を救う為に天から降臨された神だとも言われ始めた。


  ……今では国が戦争で疲れ切って死んだように眠っているが、その拍動は未だ鳴り止む事を知らない。誰も見えない深淵の闇で動き始めた力は今か、今かと力を蓄え、時を吟味している。世界は闇を嫌い、汚い物には蓋をする。耳を塞ぎ、目を閉じて、鼻をつまんで口を塞ぎ、触れる事を拒んで、五感の全てを闇から背いて、綺麗な物をばかりを堪能する。世界は知っていながら未だ気づいていないふりをしているのだろう。何も知らぬ庶民はこの真実に恐れおののく事も出来ず。気付いた時にはもう遅い。そうならない為に、強くなって欲しい。世界が闇の侵略を認めた時までに。剣神のような世界を変えるほどの力は要らない、ただ自分を、家族を、知人を守れる力を手に入れて欲しい。気付いた時には遅いのだから。後悔してからでは遅いのだから。

  再び、平穏な2文字が過去の言葉にならないように。

 〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆


  吟遊詩人が話した物語が終わった。あれだけ居た聴衆は少なくなり、近くの子供からは、「けんしんのかつやくは?」とか「レベンディスは、出てこないの?」などの落胆の声が飛び交う。いつも聞く子供用の話とは違い、堅苦しい物語であった。最後の言葉など、この物語を話す吟遊詩人の誰からも聞いたことない話になっていた。


「これは、そんな話じゃないんだよ」


「えーー、つまんない」


「いつもとちがうー」


  吟遊詩人がぶっきらぼうに答えると子供達から抗議の声が上がった。と同時に大きい子供が怪訝そうな面持ちを吟遊詩人に見せる。


(あん)ちゃん、さっきの話はどういう?」


「────」


  吟遊詩人はパイプを加えると同時に微かにつばから覗く口元に人差し指を当て、話すつもりは無いと意思表示をした。そして、口内で転がした紫煙を吐き出すとポツリと零した。


「幸せは良いことだよ。とても、ね。だけどその幸せは絶対的な物では無いという事も覚えておいて欲しい。世界が変わらないという事はないのだから。少しずつ、少しずつだけかもしれないが変わっているのだから。明日にも起こってしまうかも知れない、それは1年後、2年後に起こったって不思議ではない。僕はそうならないで欲しいと願っているが、僕には止められないだろう。だから、備えて欲しい。手伝って欲しい。……その日が来たら」


「────」


「1番望ましいのは、あいつの話デタラメじゃねぇかって20年後くらいに僕を思い出して笑ってくれるのが良いよ」


  吟遊詩人の重い雰囲気に伝播して、大きな子供は口を閉口したまま動かす事が出来ない。そんな様子を感じ取りおどけた風に取り繕った。


「最後まで話を聞いてくれてありがとう。可愛い少年少女達、それじゃあ僕はまだここで弾いているから暇な時にまた聞きに来てくれよな」


「えーー」


「こんどはちゃんとはなししてね」


  子供達の声を宥めるように春の柔らかな陽気が連想される、緩やかな曲調を吟遊詩人が奏で始めた。


「気が向いたらな。でもまぁ……今回は特別に残った人に銅貨一枚ずつ返すよ」


「やったー!」


「いいのかよ、兄ちゃん」


「今回だけだからな」


 ここは王都サントスの商業区の広場、円形に広がる広場の端に簡易的なベンチが縁取るように置かれている。中央には噴水が絶え間なく噴き出し、水気の含んだ涼しげな空気が広場の温度を数度下げたように感じられた。

  縁取られたベンチの近くには他の大道芸人達が自分の芸をおもいおもいに披露している。パントマイムやジャグリング、魔法の披露やウォーキングアウトなどをして大いに盛り上がっていた。

  その愉しげに笑う声に紛れるように吟遊詩人の曲は溶けて、消えていくのであった。

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