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酒の肴

「凄いな今日のグレイ君は。魔力保有量はバズ兄を超えているんじゃないか」

 

  今日の修行の感想を口にしたレベンディス。

  時刻は『鬼ごっこ』が終わってから数時間も経っていた。昨日と同じように酒を酌み交わすシルバーズとレベンディスの身体は程よく温まってきていた。


「超えているじゃろうな、その事が嬉しいようで悲しいようでもあるのが儂の心情じゃよ」


  胸中複雑だと話しているシルバーズの表情は、破顔する表情を隠す為の薄っぺらい嘆かわしさを模した仮面を嵌めている状態であった。仮面はとても薄っぺらく、意味をなしてはいなかった。


「バズ兄も特別少ないって訳ではないけどな。バズ兄よりも多く魔力を持っている奴なんてザラに居たし、だから珍しくないって言ったら珍しくないないんだけれど、グレイ君の場合は魔力が少し多い気がするな。もしくは魔力操作が巧みか。俺の見立てだと前者だな」


  シルバーズは1つ首肯する。


「そうか、魔力保有量は天性に近いからな。グレイ君は恵まれているな」


  魔力馬鹿と言われる程、多くの魔力を持てる魔力保有量を有しているレベンディスに恵まれていると言われても、嫌味っぽく聞こえてしまう。


「レベンディスには勝らないけどの」


  シルバーズはその言葉に嫌味が含まれていない事を知っているが、皮肉を込めて返事を返した。


「まぁ、自分で言うのもなんだけど、ここ数年魔力切れを起こした記憶は無いな」


  シルバーズの言葉には皮肉が含まれていたが、レベンディスにはそのようには感じ取っておらず、額面通りの言葉を受け取っていた。更に魔力の多い事を話すレベンディスにシルバーズは思わず。


「羨ましいのう」


 と言ってしまった。ただ単に魔力の多い事に、それと皮肉に気付く事のないその楽観的な思考にであった。


「話は戻るけど、見ていたか?」


  何度目かわからない空になった徳利を振り、中身がなくなっている事を確認したレベンディスはシルバーズに差し出しながら話し始めた。


「何をじゃ?」


  新しい熱燗に取り替えながら返事する。ついでにと銀の皿を取り出し、串焼きを数本並べる。湯気の立つ肉の香りが広がる。


「グレイ君が俺の腹に付けていた魔石を破壊した所をだよ。驚いたぜ、本当に。石を木の幹に突き刺していたんだ、音は周りの音で消していてよ」


  レベンディスの言葉は熱がこもっており、興奮したように話した。そして、話し終えると小さく『頂きます』といいと串を掴み一口で口に全ての肉を含ませた。


「見ておったぞ、お主が倒した幹を回収しながらじゃがな」


  シルバーズも1つ串をとり、再度皮肉っぽく言いながら肉を口に含む。


「それは、本当に申し訳がなかった。グレイ君にいいところを見せたくなってね、ついつい調子に乗ってしまった」


  今度は皮肉に気付いたレベンディスは申し訳なかそうに後頭部を掻いた。


「まぁ、反応が良いからのう。気持ちがわからない事もないが、やり過ぎは良くないぞ」


  シルバーズは同意しながらも窘める。


「とはいえ、いい弟子を見つけたなぁ。まだ一年ぐらいしか経っていないと聞いていたが、その割には攻煌神体などを習得し、魔力保有量が多いなんて、師匠の弟子の俺たちの時でもそんなやつ少なかったよな」


  はるか昔の記憶を懐古しながら話し始めた。


「ホッホ、そうじゃな。何人もの人間が志願し、挫折し、いつのまにか居なくなっておったからのう。残って居たとしても攻煌神体などを上手く使いこなせていたのは数人程度じゃったしのう」


  シルバーズは過去の記憶を遡りながら、慈しみの表情を浮かべて返事をする。


「それに、まず修行が辛かった。3日に1日だけの修行だったけど、ずっと走りっぱなしだったり、ずっと筋力鍛錬したりと本当に地獄だった。だから人がいなくなったんだよ」


  レベンディスは辛い過去の話をしているが表情は明るく、笑いながら話していた。


「最初の頃の休息日はずっと寝てしまうほど疲れてしまうからのう」


  シルバーズも笑みを湛え同意する。


「そうだったな、何度やめようと思った事か」


  レベンディスはお猪口に注いである酒を傾け、反射して映る自分の顔を見る。修行していた少年の時の自分では無く映っていたの年老いた自分の姿であった。


「でも、自分で選択をしたからな」


  剣神からの選択肢を選んだのは、酒に映る年老いた自分であり、昔の自分でもあった。


  ふと、レベンディスは気になった事を訪ねた。


「グレイ君はどうするつもりなんだ?」


「どうするっていうのはどう言う意味じゃ?」


  シルバーズはレベンディスの質問の意図がわからず首を傾げる。


「今後のことだよ」


  レベンディスの言葉にシルバーズは一瞬理解した表情を浮かべたが、再び疑問の表情を浮かべ直した。そして、呆れたように話し始めた。


「今後の事はこの前伝えた通りじゃよ。学院に──」


「そうじゃなくてその先だよ、学院を卒院したらどうするのかって話だよ。あんなに強くしてどうするつもりだよバズ兄は」


  レベンディスはシルバーズの言葉を遮り、シルバーズの認識に齟齬が生じている事を訂正した。

  シルバーズは視線を下に落とし腕をこまねき、ぽつりぽつりと話し始めた。


「最初は彼奴の面影をおって弟子にしたんじゃがの、次第にのうグレイには幸せに生きて欲しいと思い始めていてのう、じゃから、この先何かあって殺されてしまわぬようにと、心配で心配で、どんどん鍛えてしまうのじゃよ」


  同意を求めるように視線を上げたシルバーズにレベンディスは頷くわけでも無く、ただシルバーズの視線を見つめ返した。シルバーズはそのまま言葉を紡ぎ直す。


「グレイは感情の起伏が激しくてのう、いつも怒ったり笑ったり悔しがったりと感情に全力で、街に戻ったら問題ごとの渦中に巻き込まれてしまいそうで心配なのじゃよ」


  懸念材料の多すぎる事にシルバーズの眉が下がる。頭の中では憂慮の増殖が止まる事はなかった。


「だから、今でも鍛えているんだな」


  グレイを鍛える理由を聞いたレベンディスは、納得して仕切りに頷く。


「そうじゃ、じゃから儂がグレイの行く末を決める事はしない。……ただ危険な仕事はして欲しいのじゃよ」


「じゃあ、まだ何にも決まってないんだな。それはよかった。バズ兄が決めることもないんだよね」


  喜色満面を浮かべ、再度確認がとられた。

  不気味なほど持ち上げられている頬に違和感を感じてシルバーズは肯定の意を示したくなくなった。その躊躇いが言葉を詰まられた。


「そ、そうじゃが」


「じゃあ、王都の騎士の話をそれとなくグレイ君に話しても大丈夫そうだね」


  レベンディスがそう発言した瞬間、間髪入れずにシルバーズは止めた。


「それはいけないのじゃ」


  持ち上げていたお猪口を下ろし、鋭く細めた眼でレベンディスを睨みつける。空気が張りつめたように、静寂が刹那この場を支配した。


「騎士は国の問題事を解決しなければならんじゃろ。グレイにはこの山の麓近くでひっそりと普通に暮らしてもらうつもりなんじゃよ」


  自分の思い描く青写真を語るシルバーズにレベンディスは気圧される事なくツッコミを入れる。


「行く末は決めないってさっき話していたばかりなのに、ばっちり決めているじゃないか」


  「それはのう」と口ごもるシルバーズ。


「グレイ君が騎士になったら、給金も安定しているし、山なんかに居るよりもずっといい生活ができる筈だからさ。それに俺の口添えも出来るし、息子と娘もいるから大丈夫だよ」


「それでも騎士はダメじゃ!争いごとに巻き込まれてしまうかもしれぬじゃろ。死なぬように鍛えたからといって、死なぬ訳ではないのじゃ。わざわざ危険に身を投じる騎士になる事はないじゃろう」


「じゃあさ、もしグレイ君自身が、騎士になりたいって話したら如何する?」


「……それは勿論応援をするじゃろうな」


  渋々と言ったシルバーズにレベンディスはニヤっと笑った。すかさずシルバーズはレベンディスにクギを刺した。


「無理強いする事は、許さんぞ」


「分かってるよ」


  あっけらかんと返事をするレベンディスは、これで話は終わりだと言わんばかりに残っていた串の肉を全て口の中に含み、串の棒を引き抜いて咀嚼を始めたのだった。

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