ライバルはいらねぇ
「よっしゃ! 魔石をぶっ壊してやったぜ。何でかわけわからねえけど、追ってこねぇしよ」
グレイは何度も後方を振り返り、レベンディスが追ってこない事を確認した。そして魔力の供給を徐々に減らし、速度を落としていく。
「まっさか、投げる為に用意した石が役にたつとは思わなかったぜ」
少し軽くなった腰の巾着を叩くと、ゴツゴツとした様々な大きさの石の感触があった。いつもは魔石を入れている巾着ではあるが、今回はグレイとチビが拾った石しか入っていない。いつもなら無価値な石だと思えても、今回ばかりはとても価値のある物のように見えて投擲するのが惜しい気持ちになった。
「おっと、あれは」
視界の端を揺れる草むら。グレイは思わずほくそ笑む。今回の討伐者は3人、グレイを除けば2人となり、この2人がこの森に隠れていることのなる。となると現在、視界の中で動いている草むらのようなヘマを働かすことのないシルバーズを抜くとエレナただ1人となる。そうグレイの頭の中は回転した。
「だっ!!」
「キュア!?」
草むらに顔を突っ込み、いるであろうエレナを驚かす為に大きな声を張り上げた。その声に驚かさそうとしていなかった対象者のチビまでもが驚かされた。だが、チビの声に続くように聞こえた驚きの声はグレイの想像していた声音ではなかった。
日常的に聞き馴染み深い声音で、グレイの頬は知らず知らずの内に持ち上がっていた。
「ぎぎゃ!」
ゴブリンであった。醜悪な相貌を驚きで限界にまで引き伸ばして叫び声を上げていた。
「うるせぇ」
草むらから出ると同時に木剣を振り切り、ゴブリンを吹き飛ばす。ゴブリンは木の幹にぶつかりグケッ、と漏れる声を最後に身じろぎひとつしなくなった。
魔石をゴブリンから抜き出そうと思い、自分の得物を見たが、思わず溜息が出る。真剣では無かったからだ。
腰を弄り探すが、刃物らしき物を持って来た記憶も当然無く。
嫌そうな表情を浮かべながら木剣をゴブリンに突き刺そうとしたその瞬間に近くの幹が揺れた。
「まって、貸してあげるわ。ナイフ」
華麗に着地を決めたエレナが歯の方を持ったナイフを差し出した。グレイは瞬時に構えていた木剣を下ろした。
「見てたのかよ」
グレイはバツが悪そうにナイフを受け取り、ゴブリンに向き直った。
「見てたわよ。あんたがゴブリンを驚かして鳴かしていたのにうるさいと理不尽な攻撃を加える所をね。しっかりと」
エレナはグレイの元へ近づきながら見ていた光景を話す。
「でも、どうして魔法刀身を使わないのかしら。風魔法を纏わせたら魔物を簡単に切ることが出るのに」
グレイを覗き込み聞いた。
「使いづれぇから使わねぇんだよ」
「そうかしら、でもまぁ、私も苦手だから何にも言えないんだけどね」
エレナは嬉しそうに笑い、グレイは思い掛けない同意に驚き、エレナの方に関心が向いた。
「でも、ちょっと意外ね」
「そうか?」
小首を傾げるエレナをグレイは左手を、ゴブリンの内部に突っ込みながら見上げた。
「あなたの魔力は少なそうには見えなかったし」
「少なくないとは思うぜ、魔力草を嫌というほど食ってるからな」
誇らしげに話すグレイにエレナは「それは私も食べているんだけど」と小声で洩らすと「それに」と言葉を続けた。
「あなたは他の事を異常な早さで習得したんでしょ。そんなに出来る人にも苦手な事があるなんて。って思ったり、思わなかったり、したわけなんだけど」
自分がグレイの事を褒めていることに気付いたエレナの声音は尻すぼみに小さくなっていき、誤魔化すように悪口の言葉を連ねる。
「で、でも、あなたは言葉遣いは悪いし。まだまだ、私にも勝てていないし。でもまぁ、試合は悪くはなかったわ。でも怒りっぽいし、目上の人に敬意が足りてないし。全然、全然凄いなんて思っていないんだからね」
鼻息が粗くなるほど、呼吸少なく言い切ったエレナ。
グレイは少し前から顔を下げて微動だにしておらず、左手の掌の中には緑色に染まった通常の大きさよりも少し小さな魔石が収まっていた。
「えーっと」
悪口を言い切ったエレナは、動かないグレイに言い過ぎたと少し反省し、反省の言葉を紡ごうと口を開き始めた瞬間、グレイは勢いよく顔を上げた。エレナの開き始めた口は止まった。
「やっぱり、俺は凄えな」
頬を緩ませ笑うグレイはエレナの言葉の中から耳障りの良い言葉だけを抽出して解釈して飲み込んでいた。
「魔力が多くて、早く技を覚えて、出来る人。これはジジイを抜くのも時間の問題だな。筋肉の魔石も壊したしよ」
「えっ」
エレナは思わず喉を震わせた。意図しない情報に理解が追いつけず、何度も繰り返した。
「なんだよ。そんなに俺が壊したのが意外か? すげぇだろ」
「そうね。……本当に」
エレナは自身も数回しか成功していない魔石の破壊をグレイが成功している事に悔しさを覚え、下唇を噛み締めた。
「これ、ありがとな」
差し出されたナイフを受け取り、エレナは決意の大きな声を上げる。
「決めた!」
その大きな声にグレイとチビは驚きの声をあげ、ゴブリンを燃やそうと身を翻しかけた身体を止める。
「なんだよ、いきなり」
「私、決めた。私はあなたのライバルになるわ」
グレイはあっけにとられたような表情を浮かべ、徐々に口端を釣り上げ好戦的な笑みへを変えた。
「いらねぇよ、ライバルなんて。俺が欲しいのは、俺が強くなる為の台だよ、だから台にでもなっとけよ。それが嫌なら壁になれよ、俺が積み重ねた台よりも高い、超えたくなるようなよ。ジジイみたいな壁に」
「あんたはまだ、私よりも弱いわ。だから今、まだ私は壁であり、ライバルでもあるはずよ。あんたが強くなるよりも私は強くなるわ」
エレナもグレイに負けない好戦的な笑みを浮かべた。エレナはいてもたってもいられなくなったのか「じゃあね。グレイ」と言葉を残し、颯爽と森へと入っていった。
グレイはエレナに名前で呼ばれた違和感に背中がむず痒そうに悶えた。
もうもうと煙は上がり続け、異臭を辺りに漂わせる。魔法で鎮火させてから幾許かの時間が経ち、遠くから木を倒す音が響き渡った。
グレイはその音の方向に近づき、最初と同じように幹へと身体を隠した。すると、木から木へと飛び移って移動していたシルバーズがグレイを発見し、隣へと降りてきた。
「こんな所に隠れていたんじゃな」
「うっせぇ、ジジイも木の上で隠れていたんだろ。お互い様じゃねぇか」
「酷いのう、走るのは老躯に堪える事なのに、それを強要するなんて酷い弟子なんじゃろう」
「いつも、木と木の間を走り抜けているジジイが走るのがきついなんて冗談もいいとこだぜ」
泣き真似をするシルバーズからグレイは距離を開け、隠れようとした瞬間、顔を伏せて泣き真似をしていたシルバーズが笑みの湛えた顔を上げた。そして、息を思い切り吸い込み吐き出す。
「こんな所に隠れるなんて、天才じゃな!! やっぱり、うちの弟子は賢いのう!!」
こんな大きな声を乗せて。
「おい、馬鹿! クソジジイ、何言ってんだよ!」
グレイはシルバーズに駆け寄り、急いで口を抑える。遠くから木を倒す音が聞こえ、どんどんと音が近づく。近くの幹が吹き飛ばされ、幹から顔を出したグレイとレベンディスの視線が交差した。
「……みーつけた」
グレイはシルバーズを離し、駆け出した。
「やりやがった、あのジジイ」
「ほんとに困るのう、儂も困っておるんじゃよ。これ以上木を倒されてしまうと後で回収が大変になってしまうのう!」
シルバーズはグレイに軽々と並走し、グレイの小言を真似て、木を粉砕するレベンディスに大きな声で小言を洩らす。すると背後から木を倒す音が聞こえなくなり、静寂が戻った。
「いやぁ、良かった、これで回収する木が減ったのじゃ」
「……」
グレイは魔力を循環して攻煌神体をしていたが、シルバーズとレベンディスとは差は開く事はない。グレイは面倒ごとが減って喜んでいるシルバーズを横目に魔力を増やした。だが、依然として距離は開かない。もう少しと、魔力を増やそうとしたグレイにシルバーズは顔を向けた。
「グレイ、後は頑張るのじゃよ」
「は?」
シルバーズはそのまま木へと飛び移り、そのまま姿を消した。あまりにも滑らかな動作で、グレイの脳は仕事をしなかった。仕事をし始めた時にはシルバーズは居ない。
「ふっざけんな、ジジイ。 テメェが呼んだんじゃねぇかよ」
グレイの声は木霊するが、シルバーズの耳に届いたかはグレイには分からなかった。
「はっはっは、これで一対一だね。魔石を壊された恨み今晴らそうじゃないか」
そうレベンディスが言い、グレイが魔力をなくすまで走り続けるのであった。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
「これで、今日の修行はは終わりじゃ。『鬼ごっこ』は楽しかったのう。ではまた明日に備えてゆっくり休むのじゃよ」
グレイは地に身体をくっ付けて、荒くなった呼吸と魔力不足による気怠さと気持ち悪さを味わい続けていた。ポーションを飲もうにも呼吸が収まるまで飲めず、気怠さと気持ちの悪さが呼吸を難航させるという堂々巡りをして陥っていた。
レベンディスとシルバーズはエレナに目配せをすると、家に入っていった。
エレナは1つ頷き、ポーションを片手にグレイへと近づいた。
「少しでも良いから飲んでみなさいよ。ほら座って」
地面に抱きついているグレイを石の椅子を背凭れにして座らせ、ポーションを流し込んだ。
「す、少しじゃ。ねぇじゃねぇかよ」
息絶え絶えのグレイの声音は覇気こそなかったが、幾分楽になった様子ではあった。
今日の『鬼ごっこ』
勝者 「鬼」
破壊された魔石 二つ 内訳 グレイ 一つ エレナ 一つ
棄権者 シルバーズ




