自己紹介
「なぁ、ジジイ。こいつが例の弟弟子か?」
「そうじゃよ。どうかしたのかの?」
「魔力を沢山持っている魔力バカだって言ってた奴だよな」
「そうじゃな。魔力を一杯持っている弟弟子じゃ」
「じゃあ……じゃあなんで、こんなにデカいんだよ!」
グレイは指差した先には、金髪のオールバックで無精髭を顎に付けている30後半に見える男であった。身長はグレイよりも頭2つから3つくらい高いだけであり、別段驚く事の程ではない。勿論グレイの驚く理由の一つではあったが、驚い理由はその肉体にあった。
はち切れんばかりの筋肉が一つ一つが主張しているような肉体は、魔力主体の戦いをしていると考えていたグレイの予想を大きく逸れた肉体をしており、肉弾戦が主体となるであろう身体に驚愕して、グレイはシルバーズに先程の質問を繰り返した次第だった。
「魔力が膨大にあって攻煌神体が得意なら筋肉なんて必要ないだろ」
空気を口から無理矢理吐き出したかのような音が鳴った。丁度グレイが背後に居るシルバーズに振り返るタイミングだった。その大きな音に肩が少しだけ跳ね上がった。
「ぶはっ、バズ兄が……バズ兄が、ジジイだってよ。ジジイって呼ばれてるのかよ。ははっはっ、ひー苦しい」
視線をシルバーズの弟弟子に戻すと、机の何度も手を打ち付けて、笑いすぎで涙目になりながらもエレナに同意を求めるように話しかけていた。
エレナは父親を無視してチビワイバーンを抱きかかえた腕を深く組み、苦しがるチビワイバーンをよそに眦を釣り上げてこちらを睨んでいる。
「なんなんだよ、こいつら」
混沌と化した現状に眉を寄せて面倒くさがるグレイは、シルバーズに説明を求めた。
「そんな顔をするではない、グレイよ。そしていつまで笑ってるつもりじゃ、レベンディス」
「だってよ。バズ兄がジジイって呼ばれてるんだぜ。あのバズ兄がだよ。……ぶっ、ははっ。やっぱり無理だわ。なぁエレナ。お前も無理だよな」
「お父さんは黙って、あんた自分の師にむかってその呼び方は可笑しいと思わないの?ましては【銀狼のシルバーズ】様にむかってなんて」
「銀狼のシルバーズ? なんだそれ、初めて聞いたわ」
「知らないの?!なんでよ! 剣神様が選ばれた3人のお方の一人の二つ名よ! あんたって馬鹿なの? 今時、町外れの子供でも名前くらいは知っているわよ」
驚愕で顔を歪ませたエレナはグレイ食ってかかる。
「そんなのしらねぇよ。飯食わせてくれて、強くしてくれんならどんな師だって関係ねぇ」
「あんた、シルバーズさんに修行をつけて欲しい人がどれほどいるのかわかっているの? なのにどんな師匠でもいいとか、シルバーズさんをジジイなんて呼んでどれだけあんたが非常識でどれだけ恵まれているのかわかっているの?!」
エレナは顔を怒りで彩り、近づいた。
「わかってるに決まってるだろ、でもそれを言うならお前はもっと恵まれてるはずだろ。剣神に選ばれた一人の娘で食べ物にも困らずただ修行するだけ、よっぽど恵まれていると思うんだが」
「ッ……」
言葉に詰まり下唇を噛み締める。もちろん、っと言葉を発し続けて弱々しく記憶の糸を手繰り寄せゆっくりと解くように言葉を紡いだ。
「もちろん、私は貴方より恵まれてると思うわ。……でも私だって、本当は–––」
手を叩きあわせた音がエレナの言葉を止めた。レベンディスの鳴らした掌の音で視線がレベンディスの方へと向かう。
「みんな早く自己紹介して飯を食おう。俺もう限界」
視線の先には腹をさすりながら、軽薄そうに空腹を訴えているレベンティスが椅子に座って待っていた。
「そうじゃな、エレナにグレイ、もちろんレベンディス、飯の時間にするから井戸の方でしっかりと手を洗ってくるのじゃよ。自己紹介はご飯を食べながらでもすれば良いからの」
「よしっ、飯だ飯!! 卵に肉……全て俺が先に食い尽くす」
先程の皮肉を少し込めたトゲトゲしい口調はもうなく、食という欲望に支配された快活な口調で井戸へと走って行った。
「グレイ、家の中を走るのは良くないことじゃといつもいっとるじゃろ。それにお主は朝に沢山食べたのだから客人に少しでも気を使うのが、礼儀ってもんじゃぞ。じゃあ、エレナにレベンディスも早く手を洗いに行こうとするかの」
走り去ったグレイの後ろ姿に声を掛ける。
「ははっは、今回の奴は凄くいきが良いな」
レベンディスは豪快に笑いながらシルバーズに近づき肩を叩く。
「私、アイツ嫌い。なんであんな奴がシルバーズさんの弟子なのかわからない」
「ホッホ、グレイは可愛げのある良い子じゃぞ、エレナよ無理はしなくて良いが気が向いたらグレイとも仲良くなってくれると儂は嬉しいのぅ」
「わっ、分かりました。気が向いたら仲良くしますが、出来なくても良いんですよね」
「もちろんじゃ、もちろん。合う合わないはあるからのう」
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
「改めて、はじめましてグレイ君。俺の名前はレベンディス。二つ名は【紅のガーディアン】だ。これから数日よろしくな!」
何時ものシルバーズの対面の席にはグレイではなく、エレナとレベンディスが座っており、白い歯を見せて笑っているレベンディスが大きな手を差し出した。
「俺の名前はグレイ。この世界で一番強くなることを目指してる。だから、いつかジジイやオメェをも越す」
グレイは好戦的な視線をレベンディスに送り、差し出された手に触れる事なくマイ箸を持った。行き場の失ったレベンディスの手はゆっくりと上げられ首裏を掻いた。
「あんたみたいな態度をしている人がお父さんやシルバーズさんを越せるわけなんてないのよ」
エレナはそっぽを向いて、独り言の様に呟いた。
「なら、お前なら。越せるっていうのかよ」
その言葉に苛立ちを覚えたグレイはエレナと同じ様にそっぽを向いて呟いた。
「今は、まだ越せていないけど必ず越せて見せるわ」
「じゃあ、俺と同じじゃねぇか」
「違うわ! 一緒にしないでくれる!」
エレナはグレイの方へと身体を乗り出した。
「じゃ何が違うんだってんだ」
グレイも身を乗り出してエレナに反抗する。
「態度よ! あんたには師に対する態度がいけないのよ。そんなんでは一生強くなれないわ」
「そんなの関係ねぇよ。現に俺は強くなっているんだよ」
「それは自惚れよ。あんたは自分が思っているほど強くないわ」
「何を根拠に言ってんだよ。お前よりは俺の方が強いに決まってるんだよ」
「それこそ、何を根拠に言っているのよ。あんたなんかに私は負けないわ」
「あ゛ぁ゛?」
「なによ」
「そろそろご飯にしようかの。いいね?」
「「……は……い」」
悪寒が背筋に走り、声のした方へと顔を向けると瞬き一つしない固定されている笑顔を浮かべたシルバーズの顔があった。恐怖とは無関係そうな笑顔だが、何か感じ取れるものがあり、エレナとグレイは椅子に腰を掛けた。
「では、最後にエレナが自己紹介してご飯を頂くとするかの」
「わかりました。私の名前はエレナ、年は14才、師はレベンディスです。以後お見知りおきを」
眦を吊り上げ、語気を強めてグレイの方へ放った。そんな言葉には耳を傾けもせず、爛々と盛り付けられたお肉や卵を見つめていた。その様子にシルバーズは咳払いをし、皆の注目を集める。
「卵はレベンディス達に用意したもんじゃから、食べ過ぎるでないぞグレイ」と一言グレイに声を掛けた。
納得のいかない表情を見せたグレイにレベンディスが笑いながら話す。
「グレイ君も食べるといいよ。君が大変な思いをして取ってきたんだと思うからな。ただ、俺に卵を食べ切られてしまわぬ様に気をつけるんだな」
「大丈夫だ。心配要らねぇ、こっちだって何度ジジイと飯を取り合ったのかわからねぇ程、戦ってるからな」
グレイは箸を顔の横に持ち何度も開閉する。
「食事中に争うのは嫌なんじゃけど、皆がそう言うんなら吝かでもないのう」
好戦的な笑みを噛み殺し、呆れ顔の表情で静かに箸を持ち上げる。
「まって、私は静かに食べたいのだけど、って言っても誰も聞いてはくれなそうね」
視線の合わない皆の様子に諦め、箸を持つ。
「では、『『『いた–––」』』』
「 キュア!!」
主張する鳴き声が聞こえ、皆言葉を止める。バシバシと、グレイとシルバーズの間で羽を椅子に叩きつけているチビがいた。
「そっか、お主の自己紹介がまだだったのう。グレイよ代わりに言ってやってくれんかの」
「ああ、こいつはチビ。俺の非常食だ」
グレイが持ち上げ、掲げると鼻息を洩らし、誇らしげに胸を張って鳴き声を発する。
「非常食?はっは、美味しそうだな。しかも珍しい姿だ。どんな味か楽しみだな」
「そんな可愛いチビちゃんを食べるなんて信じられない。食べたら私、承知しないから。お父さんも食べようとしないでよ! なんであんなに可愛い生き物を食べよう–––」
長々と話すエレナの小言を無視する形で、シルバーズが話し始める。
「では、自己紹介が終わった所でご飯とするかの。手と手を合わせて」
「ちょっ」
急に始まる食事の挨拶に話を切り上げ、挨拶に入ろうとする。
「「「いただき『ます』」」」
『ます』にしか間に合わなかったエレナはスタートでも出遅れ、箸を持ち上げるが、卵争奪戦には入る隙間もなく、その間にお肉を掴み、静かに食事を始めたのであった。