負けねぇし
「お前、誰だ?」
グレイの寝惚け眼に映るのは見慣れた白髪をしたシルバーズではなく、太陽の光をたっぷりと浴びて育ったリンゴのように真っ赤な髪色をした少女であった。
少女は幼くグレイとは同じくらいの年齢である12、3才のように見えた。
「誰って、私の事をバズ様から聞いてないの?私の名前はエレナよ。 エ・レ・ナ どう? 聞き覚えないかしら? 」
自信ありげにベットへ詰め寄って来るエレナは真紅の瞳でグレイの瞳を覗き込んだ。
「知らねえよ、うるせえから出て行けよ!」
グレイはベットへ身を投げ、暑くて端に避けていた掛け布団を頭までしっかりと被った。
「なんで知らないのよ。そして、なんでまた寝ようとしているのよ!」
心底信じられないと大きな瞳をさらに大きく見開き驚いていたが、布団をしっかりと被ったグレイに気づき、ヒステリックな声をあげて布団を引き剥がそうと布団を引っ張り始めた。
「眠たいからに決まってんだろ!! 引っ張っるんじゃねえ!」
引き剥がされそうになっている布団を負けじとグレイも引っ張り、綱引きのように交互に揺れる。すると「キュアア!?」と、エレナとグレイの布団争奪戦の攻防に巻き込まれてチビワイバーンは目覚めた。真っ暗で状況を呑み込めていないチビワイバーンは困惑して鳴き声をあげる。
「何!? 今の!可愛鳴き声だったわね?」
エレナは眉根の寄せていた渋い顔を緩ませ、赤かった顔も空気が抜けたように赤みが消えた。エレナの意識は鳴き声に向かい、パッと布団を手放した。
エレナは視線を部屋中に巡らせた。拮抗していた力はいきなり消え去り、引っ張っていたグレイはベッドに打ち付けられて声が漏れ出る。ベッドは音を立てて軋み、グレイの顔には布団が勢い良く覆い被さる。
布団は捲れ上がり視界が明るくなったチビワイバーンはグレイの脚の間で視線を彷徨わせる。
「ああ!」
「キュア?」
すると、紅の瞳とチビワイバーンの瞳の視線が交差した。チビワイバーンは初めてみる顔に小首を傾げ、興味を示したように短い首を伸ばす。
「……」
「……」
「かわ……」
「キュ?」
「可愛い〜〜!」
視線をチビワイバーンの円らな瞳に固定したエレナは、その瞳に吸い込まれていうかのようにゆっくりと近付き、鳴き声をあげたチビワイバーンの仕草に堰を切ったかのようにチビワイバーンを抱き上げた。
「ギュッ!」
エレナにきつく抱きしめられてチビワイバーンは苦鳴を漏らし、助けを求めて潤んだ瞳をグレイへ向ける。
布団を乱暴に端に投げベットから起き上がったグレイはチビワイバーンの姿を見てエレナを咎めた。
「おいっ、離せよ。苦しがってんじゃねぇか」
「あっ、ごめんなさい。この子が可愛くて、つい」
グレイの言葉で気がついたエレナは腕にかけていた力を緩めて、申し訳なさそうに眉尻を下げながらチビワイバーンの顔を見下ろす。チビワイバーンは胸を締め付ける圧迫が緩んだと同時に今までの呼吸を繰り返すかの如く荒い息を繰り返す。
「てっ、そうじゃない! 私はあんたを呼びに来たのよ。話は聞いているんでしょ、早く来なさいよ。私は認めていないけどあんたはバズ様の弟子を名乗っているんでしょう。それならばバズ様の名に傷をつけないようにふさわしい行動をしないといけないないわ。私は認めていないけどね」
「は? 話ってなんだよ」
「なによ、もしかして私に負けるのが怖いの?」
「なわけねぇだろ。俺は弱くねぇからな。お前みたいな女には負けねぇよ」
「そう、負けて吠え面かく姿を想像すると楽しみだわ。じゃあ行くわよ」
「だから、負けねぇよ!」
話の趣旨をわかってはいないが、負ける事は認めずにグレイは突っかかる。
「すまんのう、まだグレイには話してないでのう。分かってないのじゃよ。儂が今から説明するからエレナは部屋で待っていてくれ」
突然聞こえた声は開いていたドアからこちらを見据えながら眉尻を下げ、頭を摩ったシルバーズの声であった。
「バズ様!…… いえ、シルバーズさん。わかりました」
エレナは弾けるような声音でバズ様と呼ぶが、シルバーズが頭を振るとしゅんとしぼんだように呼び直し、シルバーズの横を通り過ぎ部屋を出て行った。
「なんなんだよ、あの女! いきなり負けるとか言ってきて俺が負けるわけねえだろ!?」
グレイはシルバーズに近すき、同意を求めるように話す。だが、シルバーズは「どうかのう」と、思案げに視線を斜め上にあげてグレイには同意しなかった。
「なんでだよ! 俺が負けると思ってんのかよ。戦いなんだろ? それなら負ける筈ねえじゃんかよ……それとも戦いじゃねえのか?」
ベットの脇に置いてある剣を取り、腰に帯剣しながら問う。その問いにシルバーズは微笑を浮かべた。その表情を見たグレイは「まさか、本当に違うのか」とぼやき、目を細めた。
「いや、戦いであっておるのじゃがのう」
シルバーズはこちらを探るような視線を向けてくるグレイに微笑を湛えたままグレイの懸念を払拭させた。しかし、その変わらない微笑、言い換えればニマニマに近いその笑顔はグレイが勝てない未来を想像しているようであった。グレイは柄を右手で掴み、鏡のように美しい刀身を鞘から覗かせた。刀身には睨みを利かせているグレイが写っていた。
「俺が負けるって言いたいのかよ!」
「まぁ、そうじゃな」
「そうな訳ねぇだろ!俺はジジイの、あんたの弟子だぞ。あんな女になんか負ける訳ねぇだろ」
「グレイよ、もしかして忘れてるのかもしれぬがのう……今日来てる来訪者は儂の弟弟子じゃぞ」
「あっ……」
グレイは刀身を静かに鞘に納め、先程の剣幕を誤魔化すように掠れた口笛を吹き、視線をシルバーズから話した。その様子に「やっぱりのう」と白い顎鬚を撫でる。
「さっきの少女はその弟弟子の娘で弟子にあたる子じゃよ。お主から見れば……いとこ弟子みないなものになるのかのう。だからの、あの少女、エレナの方がグレイよりも長い修行期間を過ごしているのじゃよ」
「だからって、俺が負けるとも決まってねぇだろ」
視線を合わせず、零すようにグレイは言う。シルバーズはグレイに近づき硬い掌をグレイの肩に乗せる。じんわりと暖かさが肩に広がる。
「そうじゃな、1割くらいは勝つかもしれぬな」
「1割じゃなくて10割だわ!」
グレイはシルバーズが1割だけでも勝つ事を信じている様子に頬を緩め、文句を吐いた。
シルバーズは笑い、笑い終わると静かに言葉を発した。「じゃからのう」と少し落ち着きの感じる声にシルバーズはなり、もう片方の掌を反対の肩に乗せた。「女になんかとかは言わんでほしいのう。勝負は、勝ったら勝ちで負けたら負けじゃ。そこに性別や種族なんかはないと思うのじゃからの」
突然変わった声音でシルバーズは話したがグレイは気にせずに「そうだな」と話し。
「俺みたいに強くなると、種族も性別も関係なくなるからな」とニヒルに笑った。
「話は戻るのじゃが、今日弟弟子が来た理由は合同に修行を行う為での。そしれで双方の実力を見るために試合をしてもらうのじゃよ」
急に話を戻したグレイは掌をグレイの両肩から降ろし、いつもの声音に戻って話し始めた。
「わかった。それでさっきの負ける負けないって話なんだな」
「そうじゃ。して、すまんのう」
「何がだよ?」
「儂が早くお主に合同の修行の事を言っておればエレナとはいざこざを起こさずに済んだのにのう」
シルバーズは眉尻を下げながら、こめかみを掻き申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「いいんだよ、そうな事どうでもよ。知ってたってあんな態度で来られたらいざこざなんて幾らでも起こるわ」
シルバーズの横を通り過ぎ、弟弟子や先程の出て行ったエレナがいるであろう部屋へと歩き始めた。
「そうか、それもそうじゃな」
早めに言った場合を思考したシルバーズは、いざこざの起こらぬビジョンが見えず、表情を破顔させグレイの背後に付いていく。
そして、思い出したかの様にグレイが「チビ、あいつが待ってるわ」とチビワイバーンの所在を思い出したのであった。




