苦いし、眠いし、誰?
「うげっ! またかよジジイ、これでもう3日連続だぞ!」
グレイがワイバーンのタマゴを取ってきてから3日経った朝。
何時ものようにシルバーズの軽快なモーニングコールを待ち構え、これまた何時ものようにいなされたグレイは、まだ眼を半分しか開いていないチビワイバーンを頭に乗せて隣の部屋へと向かう。
グレイは机の上に並べてある食事を見て開口一番、大きな声で嘆く。
その声に微睡みの中に意識を置いていたチビワイバーンは意識を一気に現実に引っ張られた。
驚き、鳴き声をあげたチビワイバーンに腕に力が入り、身体をグレイへとより一層くっ付けた。
「どうじゃ、美味しそうじゃろ。新鮮な魔力草たっぷりのサラダとお肉と魔力草をふんだんに入れたスープ。それとただの白パンじゃ! 流石に白パンに苦い魔力草を入れると白パンが不味くなってしまうからのう」
先行して歩いていたシルバーズは振り返り、自慢げに笑う。
「白パンじゃなくても魔力草を入れたらなんでも不味くなんだろ。サラダなんて魔力草を入れなくたって旨くねえのに」
グレイはぼやきながら定位置である四人がけの長椅子の真ん中に座る。
頭にへばり付いているチビワイバーンを隣に座らせると同時に対面の長椅子に腰を下したシルバーズは話を続ける。
「じゃが、スープの方はまだ美味しい方じゃろ」
「まだ美味しいな」
言葉頭を少し誇張して含みを持たせるように話すと。手を合わせて「頂きます」とお辞儀をする。シルバーズも同じようにお辞儀をすると、二人とも個別に分けられた料理を食べ始めた。
チビワイバーンの前には一枚の大皿が置いてあり、その上に載せられた小さな肉塊や白パン、魔力草を美味しそうに頬張っていた。
「それ不味くねえか?」
魔力草を食べているチビワイバーンが目に入り、グレイは問う。
「キュゥ?」
質問の意図が解っていないのか、小首を傾げるチビワイバーンの口からははみ出した魔力草が揺れた。
「そうか、美味しいか。俺の分も食うか?」
チビワイバーンの返事など聞かずに魔力草たっぷり入った皿を差し出す。
「これ、グレイよ。お主は儂のようにはなりたくなかったんじゃなかったのかのう? 魔力保有量の少ない儂のようには」
諭すように話すシルバーズの減っていないサラダをみると何故だか、妙な納得感があった。
「そうだな、ジジイのようになるのはいやだから食うわ」
チビワイバーンが嬉々として食べようとしていたサラダを取り上げ、口に無理やり詰め込んだ。
チビワイバーンはサラダのなくなった皿を悲しそうな目で眺めると、シルバーズは立ち上がりチビワイバーンへ自分のサラダを分け与えた。
「ほいっ!ううう!」
シルバーズの行為に文句を言おうとするが噛めば噛むほど苦味が強くなる魔力草の味でそれどころではなく、食卓の上に置いてある少なくなった苦味の薄いスープで無理やり流し込んだ。
「おお゛ぉ゛えぇ。苦っ。まじい! 今日の分は食ったぞジジイそれと自分の分の魔力草をチビにあげてんじゃねえ!」
グレイは顔を渋くしながら大袈裟に嘔吐く。
「儂みたいな老躯に魔力草は酷じゃろ? 」
「脂ののった肉もジジイの身体には酷だと思うけどな」
「お肉はいいんじゃよ、お肉は。あのお肉の脂が儂の健康的なを身体を作ってくれるのじゃよ」
皮肉めいたグレイの言葉を謎理論で返すシルバーズは串焼きを巾着から取り出した。3日前に作られた筈の串焼きは肉の甘い匂いを湯気と共に放つ。
グレイは口の中で分泌された唾液を飲み込み、うらめしそうに「ご馳走様でした」と手を合わせて空になった銀食器を持ち席を立ち上がる。
「要らぬのか? 串焼き」
また更に串焼きを取り出し、こちらに見せてくる。
「解ってんだろ、ジジイ。今串焼きを食べても旨くねえってことを」
「そういえば、そうじゃったのう」
然も今思い出したかのような口ぶりで返答しながら取り出した串焼きをしまった。
「ぜってえ、覚えてただろ」
「覚えてた……ような気もしないでもないのう」
悩んでいるかのように視線を上に向けて眉根を寄せるが、微かに緩む口角がわざとらしさを助長させる。
「くそっ、いつか美味いもん見つけてもぜってえジジイにはあげねえからな」
そう言い残して、井戸へと向かった。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
陽はまだ頂点へと登り切っていない昼前。 窓から入る日光は柔らかく、ふかふかのベッドに身を沈めているグレイの意識は沈み始めた。
あれだけ開かなかった窓は上に持ち上げて収納するだけで簡単に開き、森からの清涼な空気が入ってくる。
仰向けに寝転ぶグレイの前髪がそよぎ、お腹の上で寝ているチビワイバーンも気持ちよさそうに眼を細め風を受ける。
「グレイ!! グレイ! ちょっと来てくれんかのう!!」
部屋の外から聞こえるシルバーズの声に、夢の世界へと誘われかけていたグレイの意識は夢の世界と現実の狭間で漂う。
「おーー」
意識の覚醒していないグレイの返事は気抜けたものであった。
それは自発的に起きている時はしっかりと覚醒する意識が、それ以外の場合は夢の世界に留まろうとして覚醒までに時間が有するからである。
「グレイ!! この前話しておった客人が来ておるぞ!!」
「あ゛あーー!」
何度も聞こえてくる声に煩わしさを感じ大きな声で返事をする。するとシルバーズの声が聞こえなくなり、静かになったことでグレイの意識は夢の世界へと再び誘われようとした刹那。
ドンドンと、足音を鳴らしながら近づいてくる音がグレイの部屋の前で止まった。
何時ものシルバーズからは聞いたことのない足音にグレイの現実に残っている意識は訝しげに感じた。
ドアノブは勢いよく回り、弾けるように扉が開かれた。
足音には違和感をお覚えたグレイだが、いつもと同じように開かれる扉に違和感は消え去りいつものように文句を言いながら身体を起こした。
「だから、勝手に入るんじゃ––––」
ねぇ!、と発しようとしていた口が開いて動かなくなった。入ってきたのがシルバーズではなく、初めて見る少女であったからだ。
少女は部屋を見渡しグレイを発見すると、
「あんたがバス様の弟子を名乗っているグレイね!! なんであんたはお客様のお出迎えも出来ないのよ!? あんたのせいでバス様に悪いイメージがついてしまったらどうするつもりなの!!」
綺麗な唐紅色の髪色と同じように顔を真っ赤にさせながら捲くし立てた。
「誰だ、お前? 」
何度、目を擦ってみても居なくならない少女に夢ではない事を認識して、グレイは聞いたのだった。