腹一杯のお肉を
「魔眼や加護などがそう呼ばれておるのう」
いつのまにかに肉を飲み込んだシルバーズは再び肉を口に入れる。
塩と胡椒で味付けされた肉塊は噛み締めると肉汁が口の中で溢れ出る。胡椒の風味が鼻を抜け、脂の甘みと塩の塩味が合わさり口の中から肉が溶ける。
「魔眼や加護が人間の変異種だとして、魔眼と加護の何が違うんだ?先天性、後天性みたいなもんか?」
肉の付いていない串焼きの棒を何本も指に挟みながら質問を投げかける。その膝にはお腹をこれでもかと膨らませて警戒心などはなから存在していないかのように丸々としたお腹をチビワイバーンは仰向けにして寝ていた。
寝息も寝言も、微かに鳴く。
「これはそんなに難しい話ではないんじゃよ、加護と魔眼の違いは簡単の簡単じゃ。その違いは目に力を宿しておるか、宿して居らぬかじゃよ」
シルバーズは自分の右目を指で強引に開く。ギョロリと目玉が動く。
「そんなのどうやってわかるんだよ」
すると、左目も指で引っ張り、目を見開く。
「よく見るんじゃよこんな風にのう、魔眼持ちは目線で発動する能力が多いでのう。もし魔眼持ちが戦う相手にいれば眼を潰すんじゃ」
「うわっ」
こんな風にのっ、そう話したシルバーズはグレイの腕を強引に引っ張り、グレイの持っている串を眼前の前で寸止めする。
グレイは驚き、情けない声が出でしまう。
力の抜けたシルバーズの腕を振り払い、串も投げ捨てる。
「何すんだよ、危ねぇだろジジイ!!」
情けない声が出てしまった事の照れ隠しの為に声を張り上げる。
「ホッホッホ、実践じゃ、実践」
シルバーズはいつものように笑い声をあげるが、視線はグレイの投げ捨てた串の方に向いていた。串の先が炎に当たり、徐々に延焼していく。
炎の周りを囲んでいた大量の串焼きは見る影もなく消える。
「まさか、もう串焼きが無くなっちゃたから怒っていんじゃねえのか」
「そんなことはないんじゃよ」
シルバーズは炎に当たらなかった串を拾い、名残惜しそうに炎へ投げ入れる。
「やっぱり、串焼きのことを気にしてんじゃねえかよ」
「いや、気にしてはおらぬよ。ただ、明日の朝食は魔力草たっぷりの朝食を作りたくなったなぁと思ってのう」
「意外と根に持ってんじゃねえよ、ジジイ」
朝食に魔力草尽くしの朝食が出てくることを想像して言葉に覇気のないグレイが呟く。
そんな様子を見たシルバーズは沈痛な面持ちを壊して、笑みを浮かべた。
「まぁ、からかうのはこれくらいにしてのう。こんな風に魔眼持ちはバレたらすぐ目を潰されてしまうからのう、自ら魔眼持ちだとも言わぬし、バレぬように過ごしているのう。そして、加護の方は魔眼のような対処方が無いでのう、厄介なのが特徴じゃわい。じゃから魔眼の上位互換が加護といったところかの」
シルバーズの腰に付けられた布地の小さな巾着からまだ焼かれていない串焼きを取り出した。肉は先程狩ったばかりかと思われる程みずみずしく、その身は色鮮やかであった。
その小さな袋には見合わぬ程の串が大量に取り出され、炎の周りを覆った。
「だからって、実践する必要はなかっただろ」
グレイは悪態をつくが、話しながら何本も何本も出されるシルバーズの手元で視線が固定している。薄汚れた茶色の巾着の口が中から取り出した物に触れぬように伸縮自在に動く。
「魔物や人間の変異種についてはまだまだわかっていない事の方が多……って聞いておらぬ様子じゃな。まぁ、今日はもうこの話は終わりにしようかの」
食い入るように巾着と串焼きを交互に見ているグレイの視線に気づいたシルバーズは長くなった話を辞め、白身全体に火の通ったナイフでタマゴを切り分ける。
切り分けた断面からはトロリと卵黄が溢れ出す。まだ熱を持っている石に当たり耳触りの良い音を鳴らす。
「タマゴも良い感じに焼けたからのう、美味しそうじゃ」
シルバーズは巾着から二膳の箸を取り出すと一膳をグレイに渡し、もう一膳を自分が持った。
シルバーズの箸がタマゴに触れようとした時。箸が止まった。
「おいっ、なに大きい方を取ろうとしてんだよ」
グレイはシルバーズの腕を止め、タマゴから離す。
「ホッホッホ、そんなに大きさは変わらないと思うがのう」
シルバーズの腕に更に力が入り箸はタマゴへと距離を近づける。
「そんな訳ねえだろ! 全然大きさが違うじゃねえかよ! 」
タマゴは4;6の割合で切られており、もちろんシルバーズは6割の方に箸を向かわせていた。
「儂には同じ大きさに見るがのう。もしや儂のお腹が空き過ぎて視界がぼやけているからかのう」
左手でお腹をさすり、チラチラとまだ焼ききれていない串焼きへと視線を送る。
「まさか、まだ肉のことを引きずっているのかよ」
グレイは慄き、腕の力が抜けた。そんな隙をシルバーズが見逃すはずがなく。貰ったのじゃ! っと声を上げタマゴを箸で掴み、大きく開けた口に入れて頬張った。
「焼きたてのタマゴはふわふわしておって美味しいのう。グレイは食べないのかの? それなら儂が食べてしまおうかのう」
顔を蕩けさせるほど崩して、返答を聞く前にグレイの分のタマゴへと箸を伸ばした。
「いらない訳ねえだろジジイ!!」
シルバーズに取られまいと箸を器用に使い、グレイは素早くタマゴを持ち上げて口に放り込む。
ハフハフと熱気を逃し飲み込むみ奪われずに食べられたことを誇ったような顔を浮かべた。
「勿体無いのう。ちゃんと味わって食べて欲しかったのにの」
「あっ……くそ〜、ちゃんと食いたかったのによ。ジジイのせいだぞ!」
「儂は何も関係ないのじゃよ、ただお主がタマゴを食べないのかと思ったから食べてあげようと善意で動いただけなのじゃよ」
シルバーズは拗ねたように口を尖らせて、焚き火に薪をくべる。
「だから、要らねえ訳がねえだろ!なんか食ったことのある様な味がした気がしたけど……そんなの関係ねえ! 残りの串焼きを全部食ってやる!」
既視感のあるタマゴの味が猿の住処で食べたタマゴであるという事のわからないグレイは怒りに任せて串焼きを口いっぱいに入れ込んだ。
「また、儂の分まで食べるつもりじゃな。……明日の朝食は魔力草尽くしに決まりじゃな」
ポツリと零すシルバーズの言葉は幸か不幸かグレイの耳には入らなかった。
「はんは、ひっはは?ひひい」
口一杯にお肉を入れてなにを話しているのかわからないグレイに対してシルバーズは無邪気な笑みを浮かべて答えた。
答えになっていない不気味な笑みに訝しみ、小首傾げた。