知ってた。
髪色を赤から蒼に変更しました。
目の色も変更しました。2020/04/11
「驚いて声も出ませんか? 」
「––––––––」
「まぁ、言葉が出なくなってしまうのも無理ありませんよ。ですがよく考えてみてください、この人里から切り離され隔絶されたような山小屋に予め子供の着れるような服が置いてあるわけないでしょう」
振り返った紫髮の男は強張るグレイの顔を滑稽そうに笑い、話を続けた。
「それにあなたの使っているベッドも、部屋も、食器も、全てあなたのためのものでは無いのですよ。知っていましたか?」
綺麗に整った紫色の片眉をあげてグレイに問うが、解かれぬ威圧で喋れないグレイを小馬鹿にするように口角を上げて、知らないですよね。と言葉を続ける。
「少し昔話をしましょうか? ある山小屋に住んでいたお爺さんは王都へと行く道すがら路傍に捨てられている赤子を見つけました。冷めるような蒼い髪色に深い湖の奥深くにある水のような藍色の円らな瞳をしたその赤子を爺さんはそろそろ弟子が欲しかったからと、その赤子を家に連れて帰る事にしました」
ゆっくりとグレイへとの距離を近づかせながら子供に童話でも聞かせるかのように朗々と話し始めた紫色髮の男。
静寂の中、紫髮の男の声がいやに響きグレイの鼓膜に叩きつける。
「そして十数年後、可愛がられながら大きく成長した赤子は少年になりました。順風満帆かのように思えた暮らしは突然終わりの時を迎えてしまいました。それは少年が突然姿をくらましてしまったからなのです。失意のどん底に落とされたお爺さんは生きる気力を失い山の中で死んだように生きていました」
グレイの正面へと到着した紫髮の男はグレイの上で死んだように気絶しているチビワイバーンに視線を送り、今度はグレイの周りをゆっくりと歩き始めた。
「数年経った頃。気持ちが落ち着き始めたお爺さんは王都へと買い物へ行く事にしました。するとどうでしょう? いなくなってしまった少年と同じくらいの年齢の子がいるではありませんか」
グレイの正面で歩みを止め、しゃがみこみこちらの瞳を覗き込む。
「それが……あなたなのです。あなたは少年の代替品に過ぎないのです。それが真実なんですよ」
「––––––––」
言い終えると紫髮の男は立ち上がり、何も反応を示さないグレイをつまらなそうに視線を外した。
そういう人なんですよシルバーズは……。
小さく漏らした言葉は誰にも聞こえないまま、月影と星だけが輝く夜空へと溶けていった。
「もし、あなたがジジイさんのもとを離れたくなったらいつでも私のもとへ来てくださっても良いですよ。食事、衣服、部屋、全てあなたの為に用意します。もちろん誰にも負けない程強くなる事も保証します。返事は……再び会えたらにしましょうか」
紫髮の男は、顔を俯かせ返答しないグレイに視線を送らないまま静かにワイバーンのいた森へ歩き始めた。
「では、また会える時までに良い返事を期待してますよ少年……いや、グレイ君」
歩みを止めて1つ言葉を残すと再び足を動かし、ゆっくりと姿を消して言った。
顔を上げたグレイはその背中をただ見つめることしかせず、何も言葉を発することはしなかった。
「なんにも言えなかったなぁ」
自嘲げに呟き、苛立ちを発散するかのように頭を強引に掻く。
紫髮の男の威圧は昔話をし始めた時から解かれていたのになんにも反論できなかった。
「なんとなく気づいてたんだよなぁ」
––––揃いすぎている子供用服への違和感
––––俺じゃない誰かを幻視しているジジイの視線
「聞けるわけねぇだろ、俺は誰かの代わりなのか?なんて」
グレイの中の不確定な疑問が紫髮の男の話で確定に変わった。
「……帰るか」
腹の上に乗っているチビワイバーンを起こし頭へと乗っけて、卵を拾いに行った。
身体に痛みはもう無く、着ている衣服がボロボロになってしまっているだけだった。
「キュア?」
チビワイバーンの鳴き声にグレイは反応を示さないままゆっくりと歩き、歩き、走り出した。
地に響くような叫び声をあげて。
〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆〆
「こんな時間までどうしてたんじゃ!」
森を抜けてログハウスの扉を開けようとドアノブに手をかけようとした瞬間、扉が開きシルバーズが怒鳴る。
その顔は鬼気迫るものがあり、グレイは少し顔を驚かせた表情を浮かべて直ぐ反論をする。
「タマゴを取りに行ってたんだよ!!」
「そんなにタマゴを取るのに時間はかからないじゃろ! 服もボロボロじゃし、無茶なことをして怪我してるんじゃないのか!? 今作り立てのポーションを持ってくるから待っておるんじゃよ! 」
「大丈夫だ、そんなに心配すんじゃねぇよジジイ」
ポーションを取りに部屋に入っていくシルバーズを止めて、服を捲り傷がないことを見せる。
「大丈夫なわけないじゃろ……あれ? 本当に傷は見当たらぬな、無理はしてないじゃろな? グレイ」
グレイの身体をシルバーズが触診して問う。
「無理はしてねぇよ、痛くもねぇし大丈夫だ。それにタマゴをしっかり3つも取ってきたからな、1つだけ食っていいか?」
「1つだけじゃぞ、儂も食べたかったから丁度良かったのじゃよ。して、その頭の上のワイバーンはなんじゃ?」
シルバーズはグレイから残りの2つのタマゴを受け取り、グレイの頭の上でしがみ付いているワイバーンへと視線を向けて聞く。
「食料」
「そうか、美味しそうじゃな」
「キュア!? キュア!!」
グレイの放った冗談にシルバーズが乗り、チビワイバーンは驚いた様にグレイの頭をペチペチと叩く。
「いてぇ、チビやめろ!」
「よく、懐いておるのうホッホッホ。もうこんな時間になってしまったが、早く家に入って遅めの晩御飯にしようかのう。新しい子のお祝いも兼ねての」
チビワイバーンを頭から引き剥がし掲げる姿のグレイをシルバーズは微笑ましそうに家へグレイを招き入れる。
「なぁ……ジジイ」
「どうしたんじゃ、早く扉を閉めないと寒い風が入ってきてしまうぞ、それともやっぱり痛むところがあったかの?」
先程までの明るい声とは打って変わって落ち着いた声音で問うグレイにシルバーズは怪訝そうな顔をして耳を傾ける。
「ちげぇ」
「それならどうしたんじゃ?」
「俺は……あんたの……ジジイの弟子でいても良いのか?」
聞きたくは無かった、聞いてしまったら変わってしまうような気がしたから。
俺なんかが弟子として選ばれる訳がねぇって気づいてしまったから。
「なにを言っとるのじゃ、良いに決まってるじゃろ。お主を無理矢理弟子にしたのは儂じゃぞ」
さも当然のように言い放ったシルバーズにグレイはあっけに取られ
「そういえば、そうだったな」
と笑った。
考えていることが馬鹿馬鹿しく感じだ。誰かの代替品なのだとしても今弟子としているのは自分だと、そう再認識したのだ。
「ホッホッホ、そうじゃろ。さぁ、疲れとるじゃろ。部屋に入って休憩でもしとくんじゃ。儂は料理をするからのう」
タマゴを掲げ見せ、目尻に皺をつくり優しく笑った。
グレイの脇を通り過ぎて外へと料理しに向かうシルバーズをグレイが止める。
「なぁ、もう一つ聞きたいことっていうか、頼みたいことがある」
「なんじゃ?」
振り返り、手のかかる子の世話をする好々爺のような困り顔を浮かべる。
「服を、新しい服をくれないか?」
「服をかの? 服なら沢山まだあるが……また今度買いに行くとするかの」
グレイからの珍しい要望に驚き、否定しそうになるがシルバーズは言い改めてグレイの為に服を買うことを約束した。
「じゃあ今度こそ料理してくるからの、ゆっくり休んどるんじゃぞ」
「ああ、…………ありがとうジジイ」
今度こそと出て行くシルバーズの後ろ姿にグレイは小さく礼を呟いた。
「おっ、何か言ったかの?」
小さく呟いた謝辞にシルバーズが耳聡く反応しグレイは慌てて、
「うるせぇ、なんも言ってねぇよジジイ」
と、暴言を吐く。
「そうかの、そんなピリピリするなグレイよ。こちらこそじゃぞ」
ニマニマして答えるシルバーズにグレイは顔を紅潮させた。
「聞いてやがったのかよジジイ! その記憶ごとジジイを消してやるよ!!」
グレイは右手を振り上げグレイの頭を殴るがが容易く避けられ、たたらを踏む。
「儂はなんも聞いてないぞ、ありがとう、なんて言葉はのう」
「やっぱり聞いてんじゃねぇか!!」
グレイの怒りの咆哮は部屋いっぱいに広がるほどであった。