おまけのクリスマス会
『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』を読んだ方向けのおまけです。
クリスマス感が息をしていませんが……宜しければ、お付き合い下さいませ。
※ほんのりBL要素が含まれます。苦手な方はご注意下さい。
時刻は十八時。空は暗い。辺りは、電灯に照らされ、鮮やかな光が賑やかだ。
《P×P》事務所。会議室。数台の長机が並べられた上には、オードブルや、クッキー等の菓子類が並んでいる。それらはクリスマスカラーの装飾が施され、賑やかしい。
事務所に所属する社員の全てが、そんな室内へ集まっている。皆の手元には、飲み物の入ったグラスやマグカップ。
複数人が雑談を交わす中、所長が、はいはーい、と手を二回叩いた。
「今日もお疲れ様―。この前忘年会したばっかじゃけど、今日はクリスマス会な! 好きなだけ飲んで食うてってー。料理が足りんようになったら、じゃんけんで負けた奴が買い出しな! 金はワシが出すから、そこんトコは安心してー」
と、挨拶なのかどうなのかよく分からない報告を音頭とし、乾杯した。
そんな中、倖魅と尚巳が凌の背中をバンバン叩き、所長の前へ放り出した。
「泰ちゃん。凌ちゃんが、お知らせがあるんだってー」
倖魅は一層、凌の背中を強く押した。
所長――泰騎は、少し目尻の上がった大きな目を一度瞬きし、小首を傾げた。灰色の瞳が、尻込みをしている後輩へ向く。
「どしたん?」
短い質問に対し、凌は控えめに右手を上げた。
「ご報告が――」
と言ったところで、恵未が凌を押し退けて割って入った。
「あぁーもう! はっきりしなさいよ! 何から話すの!? アンタが社長の義弟になった事!? それとも、私とアンタが結婚した事!?」
凌が言う前に、恵未が報告内容を暴露した。
どちらの内容に驚いたのか、両方に驚いたのか、室内が半疑問の叫び声で溢れた。凌の「お前が言うなよ」という抗議は、隣に居る恵未にしか聞こえていない。
「嘘! 恵未さんって、透君と付き合ってたんじゃないの!?」
伊織が叫ぶと、透はから揚げが入った口のまま「別れたよ」と告げた。一頻りから揚げを噛み、飲み込むと、何やら口喧嘩をしているらしい凌と恵未を見据え、微笑んだ。
「うん。なんか、しっくりきた。やっぱり恵未さんは、元気な姿が一番だね」
「へぇ。嫉妬とかないのか?」
恭平が問うと、透はふたりを眺めながら、んー……、と考える素振りを見せた。
「嫉妬……よりは、嬉しい方が大きいかな。部長の事も好きだし。……うん。結構、嬉しい。僕、ケンカップルも好きだしね」
「けんかっぷる……? まぁ、お前が嬉しいんなら、良いか」
恭平は自分のから揚げにマヨネーズを付けながら、英志と祐稀へ目をやった。
「オレ的に驚きなのは、あいつらだ。オレが倖魅先輩と行動してる間に、何があったのやら……」
視線の先では、グラビアモデル体系の猫顔美少女が、長身のソース顔系イケメンに、ケチャプ付きのフライドポテトを食べさせている。
傍から見れば、“誰もが羨む超絶仲の良いカップル”というやつだ。
「冬なのに、周りは春だねぇ」
しみじみ呟くと、恭平はマヨネーズに埋もれたから揚げを口へ放り込んだ。
「おめでとう」
蚊の羽音の様な声で祝福してきたのは、一誠だった。いつも青白い顔は、いつも以上に血色が悪い。
凌はいつも以上に生気の抜けている一誠に寄り添うと、何となく、一誠の背中を摩った。
「ありがとう……けど……えっと……、お前、大丈夫か?」
「うん……。大丈夫。僕はいつも通りだよ……」
一誠の返事は相変わらず弱々しい。
「いや、いつもの十倍くらいは死に近い顔をしてるぞ。お前」
「いっせーさん、祐稀さんが英志さんとくっついちゃって、ショック受けてるんですよねー」
デリカシーの欠片もない事を、しれっと言ってきたのは歩だ。
「忘年会の時には、透さんと恵未さんがくっついたからって安心してたんですけどね」
追い討ちを掛けたのは、大地だった。
そして、思い出したかのように顔を見合せ、ふたりは声を揃えた。
「凌さん、ご結婚おめでとうございます!」
最年少コンビの明るい声に祝福され、凌ははにかんだ。そして一誠へ顔を向けると「元気出せよ」と言ったのだが、新婚にそんな事を言われても元気にはなれないだろうけどな、と心の片隅で申し訳ない気持ちにもなった。
(っつーか、新婚……か。全く実感ねーわ)
凌は、自分からプロポーズしたのにな、と自嘲した。
(嫁さんっつったって、相変わらず潤先輩の隣に陣取って……)
その“潤先輩”の姿を確認しようと顔を上げると、恵未が居た。皿を持って。厳密には、何かがこんもりと載った、皿を持って。
凌はその皿の上の物体を二秒ほど見詰め、恵未の顔を見た。
「何だ、これ」
「ナポリタンスパゲティと、から揚げと、エビチリと、シュウマイと、ローストビーフと、エビフライと、何か丸い揚げ物よ」
恵未はそれらの載った皿を、凌へ差し出した。装って来たのだ。いや、『装う』というか、『積んだ』という方が正しいのかもしれない。
残飯の様だ。
凌は思ったが、喉奥で留める事に辛うじて成功した。もし声に出していたら、皿の上の料理は自分の顔面に飛んでくる事を、凌は知っている。料理が勿体無い。だから、堪えた。
「あ、ありがと……」
受け取ると、恵未のもう片方の手元を見やった。クッキー、プチシュークリーム、プチエクレア、ラングドシャが積み重なっている。
「……うん。いつも通りの恵未だ……。酷いもんだなッッぐふ!」
言い終わる前に、口いっぱいにクッキーを押し込まれた。
「私が何を食べようが、関係ないでしょ!」
「いーや。関係あるある」
恵未の背後に現れたのは、ハイボールの入ったグラスを持った、泰騎だ。もう一方の手を上げ、にっかり笑った。
「改めまして、義弟夫婦。おめでとー。凌が義弟になったんは社長から聞いとったんじゃけど、まさかふたりが結婚して、義妹まで出来るとはなぁー。めでたい、めでたい。なぁ?」
泰騎が振り向いた先には、和やかな顔の潤が居る。
「そうだな」
短い言葉だったが、凌と恵未は歓喜した。その声に、たじろいだ様に紅い瞳が瞬く。
「潤先輩に受け入れて頂けて、嬉しいです!」
凌と恵未の声が、気持ちが良いくらいピッタリ重なった。
堪らず、潤が吹き出す。
「ははっ。お前たちはいつも仲が良いな」
それと同時に鳴る、シャッター音。うんざりと泰騎を見る、潤。
「泰騎。写真は止めろと、いつも言ってるだろ」
「いやぁー。ワシの相方は今日も可愛いなぁー」
「聞け。そして止めろ」
「聞かん。そして止めん」
「ふたりとも、相変わらず仲が良いねー」
ひょろりと長い体の紫頭が、ひょっこり現れ、泰騎と潤の間へ割って入った。
「いやぁー。妬けますねぇー」
開いたスペースに、尚巳がすっぽり収まった。うんうんと頷きながら、春巻きを食べている。
「そういえば、泰騎先輩と潤先輩は新婚旅行先、決まったんですか?」
尚巳が訊くと、泰騎と潤は揃って首を横へ振った。
「じゃあ、凌や恵未とダブル新婚旅行とか、どうですか?」
という尚巳の提案に、泰騎は難色を示した。笑っているのか困っているのかという、微妙な顔で。
「尚ちゃん、折角の提案なんじゃけど――」
「尚ちゃん、尚ちゃん。それじゃあ、集合写真を撮った時に潤ちゃんがハーレム状態になってるよー。だよね、泰ちゃん?」
倖魅は、したり顔で泰騎を見た。
「そうなんよー。いや、潤がモテるのは嬉しいんよ。けどな、潤のモテ度が高すぎて、ワシはちょいと寂しいんよ」
それに反論したのは、凌と恵未に挟まれている潤だ。
「お前、よくそんな事が言えるな。異性同性関係なく言い寄られている割合は、泰騎の方が圧倒的に多い。というか、俺の場合は眼の色と傷を怖がられて、あまり近付かれない」
「一般人対象じゃのうてな……」
泰騎の言葉を聞いて、凌はこっそり、二歩下がった。後ろから恵未の服を小さく引き、目配せした。
恵未も珍しく空気を読み、同じように二歩下がる。シュークリームを咥えたまま。
「はいはい。お互いのモテ度とか、どーでも良いから。惚気にしか聞こえないから」
倖魅が制したことでその場は一旦収束した。
そして、泰騎が話題を戻す。
「そうそう。恵未ちゃんは、お菓子控えて、野菜を食べんと」
恵未は、えー、とか、何でですかー、などと口を尖らせている。
「今すぐじゃなくても、将来的には子どもの事も考えているんだろ?」
そんな事は全く考えていなかった恵未は、疑問符を浮かべて首を捻った。
そんな事を考えていなくもなかった凌は、茹蛸のように顔を赤くした。
ふたりの反応を見た潤が、無言でふたりから目を逸らせた、その時――。
扉が開いて、
「やっほー。みんな、今日もお疲れ様―」
と、明るい声がした。
声と、黒尽くめの服装で誰だかは分かるが、顔はカラフルなマカロンタワーに隠れている。
そのマカロンタワーを見て目の色を変えたのは、恵未だ。
そのマカロンタワーを見て血相を変えたのは、凌だ。
恵未が歓喜と感謝の声を上げるのと同時に、「ちょ、社長!」と叫んだ。恵未はマカロンタワーの土台をがっしりと受け取り、空いている長机の上へと置いた。
凌は聳えるマカロンタワーを指差しつつ、首と肩を回す社長に向かって、訴える。
「何考えてるんですか! 恵未はもう、致死量くらい菓子食ってんですよ!?」
「僕、お菓子を食べてる時の恵未の顔、好きなんだよねー」
のん気に……いや、満足そうに、雅弥は笑った。困った事に、周りに居る大半の人間が、大きく頷いている。
恵未はというと、タワーのてっぺんにある、黄色いマカロンを手に取り、幸せそうに口を開けていた。
「そういえば、結婚式って、おっきいケーキを食べるのよね?」
恵未の言葉に、その場に居る全員が目を見開いて固まった。
凌自身、形だけでも挙げるべきだろうとは思っていた事だ。が、そういった事に、全く興味や関心を示した事のない人物の口から『結婚式』という単語が出てくるとは思わなかった。
「恵未ちゃん、結婚式、挙げるん?」
泰騎の問いに、恵未は首を大きく縦に振った。右拳も、大きく振り上げた。
「大きなケーキを切って食べるのは、夢のひとつです」
「恵未ちゃん、あの昭和時代に流行った大きなケーキは、大半が土台だよ」
そんな倖魅の情報を聞いて、表情を絶望の色に染めた恵未だったが、すかさず雅弥が挙手をした。
「大丈夫だよ。二メートルくらいのケーキ、用意してあげるから!」
「んじゃ、ワシも。兄貴三人からの連名って事でー」
「異論はない」
とまぁ、兄貴三人組はこんな調子で、巨大ケーキの発注を勝手に決めた。
「いや、そんな人数を呼ぶ気もありませんし、誰が食べるんですか」
凌の疑問は、恵未に向かって一斉に人差し指が集中した事で、一旦結論が出た。
「わぁーい! 結婚式! 結婚式―! 楽しみだわー」
こんな具合に、新婦もウキウキだ。
二メートル級のケーキなんか食ったら、確実に致死量オーバーだよな。凌はそう思ったが、本気で巨大ケーキを阻止しようとは思い至らない。
結局のところ、凌自身も好きなのだ。菓子を頬張る恵未が。
凌は何かを諦めたように嘆息し、スーツのジャケットから四角いものを取り出した。
「甘ぇモンばっか食ってねーで、野菜も摂っとけ」
溜め息混じりにそう言うと、紙パックの青汁を、恵未の左手へ乗せた。
◆◇◆◇◆
「で? どこまでがアンタの思惑通りなわけ?」
壮年後期の美女が、ウェーブ掛かった黒髪を掻き上げた。
壮年後期の男性は、とぼけた表情で肩を竦めて見せた。
「何の事かなぁ?」
「あたしたちの教え子が全員、アンタの戸籍に入るなんて、話が出来すぎじゃない?」
「嫌だなぁ。何にもありませんよ」
カウンター席には、このふたりしか居ない。そもそもこの空間には、このふたりしか居ない。
黒尽くめの男――二条雅弥は、グラスに入っているミックスベリーのワインを、一度回した。
「でも、貴女方の教え子が特別に優秀だというのは、事実ですよ。麗華先輩」
「その『先輩』っていうの、まだ止められないわけ?」
「ふふふ。癖の様なものでね。許してよ、麗華さん」
雅弥は残り僅かとなっていた赤紫色のワインを飲み干すと、グラスを手から離した。




