第五話『相性』
「別れた!?」
透とのデートの感想を訊こうと話を持ち掛けたら、あっさりと「別れたわ」と返された。
《P×P》の事務所は水曜日が休みだから、今日は木曜日だ。因みに、十二月二十五日。クリスマスだったりする。
おれは倖魅先輩へ、ホントですか? と視線を送った。すると先輩は、頷いて見せた。
マジか。一週間も続かなかったのか。
「別に、透君が悪いわけじゃないのよ。ただ、なぁーんか……お互いに、“違うな”って」
「じゃあ恵未ちゃん、ボクと付き合おうよ」
すかさず自分を指差す倖魅先輩に、頬杖を突いている恵未がひと言。
「倖魅も、なんか違うのよねー。張り合いが無いっていうか……」
あからさまに落ち込む倖魅先輩。この光景は、正直見飽きた。月イチくらいで目にする光景だ。
っていうか、この人って、ホントは……。
「倖魅先輩、本当は気付いてるんでしょう?」
おれが訊くと、先輩はとぼけた顔で「えー? なにー?」と首を傾げた。この人はホント、色々捻くれている。
「恵未が求めているものにはなれないって、分かっているんでしょう?」
「はぁー。尚ちゃんには敵わないなぁー。考えないようにしてたんだけど、こればっかりは仕方ないよね」
肩を落として溜め息を吐く倖魅先輩の横で、恵未が食い付くようにこっちへ身を乗り出してきた。
「ねぇ、ちょっと。何で尚巳が、私の求めているものを知ってるのよ。っていうか、それって何!?」
何だ。無意識だったのか。まさか、本人も気付いていなかったなんて。
「“家族”だろ?」
おれが指摘すると、恵未は空気が抜けたように、自分の椅子に腰を下ろした。
「あー…………、あ……あぁ! なるほど!」
凄く納得してくれて、嬉しいよ。恵未って、自分の事になると鈍いトコあるからな。特に、自分の内情とか。
おれは、首を竦めて笑って見せた。
「おれも駄目だな。家族の記憶がない。家族ってものが、よく分からない。だから、恵未の求める“家族”にはなれない」
透も物心つく頃には、この会社が管理する孤児院に居たらしいし……。
ここからは、おれの希望と推察だ。おれが考え得る可能性として、最も恵未の家族にふさわしい奴が、近くに存在する。
そいつは、幸せな家庭に生まれ、幼少期を過ごし、何不自由なく育ってきた。
オレの向かいの席では、恵未がチョコ菓子を頬張りながら「ふぁふほろへぇ」と、他人事のように頷いている。
そんな時だ。所長室の入り口が開いて、凌が入ってきた。
倖魅先輩はひらひらと、凌に向かって手を振った。
「やっほー。二条凌ちゃん。おかえりー」
その言葉に目を丸くしたのは恵未で。口から、チョコレートが覗いている。
そんな間抜け面をしている恵未に向かって、凌は一枚の紙を差し出した。
「オレからのクリスマスプレゼント。破って捨てるのも、お前の自由」
紙の左上には、はっきりと“婚姻届”の太文字が。
「結婚しないか」
恵未の口はあんぐりと開き、ついでに、倖魅先輩の口もぽっかり開いている。現在、事情を知っているおれだけが、心の中で手を叩いているに違いない。
おれは、昨日の出来事を思い返した。
◆◇◆◇◆
「何でクリスマス・イヴに野郎同士、顔を突き合わせてるんだろうな」
と言ったのは、おれだ。
「お前が、話があるつったんだろ」
と、うんざりした様子で溜め息を吐いているのは、凌だ。
昨日、恵未と透が二度目のデートに出掛けたらしい。楽しんでいれば良いな、と思う反面、少しだけ、このままじゃいけないな、と思っている自分が居る。
だから、こいつを呼び出したんだ。
何故かって、こいつが一番、恵未に“近い”からだ。
おれは、恵未が透と付き合う事になった時、「へぇー。よかったなー」くらいにしか思わなかった。あまり接点の無かったふたりが、何かしらをきっかけにして仲良くなって上手くいくなら、それはそれで良い事だと思ったからだ。
恵未と透は、性格も趣味も食べ物の好みも、真逆だ。案外、こういうふたりが良い具合に噛み合って、良いカンジになるのかな、って。
でも、月曜日の恵未を見た限り、ありゃ駄目だ。天真爛漫で破天荒な恵未が、あれだけ相手に気を使って、“手加減”してる。結果、たった一回のデートでノイローゼ状態。
相手に気を使わない事に関しては、透の方が上だったみたいだ。我が後輩ながら、末恐ろしい奴。
そしておれは、勝手に仮説を立てた。
もし、恵未と透が将来的に、遠慮なく対等に付き合う仲になったとしよう。恵未は全力でぶつかるけど、透は持ち前のマイペースさでそれを躱す。すると、恵未の怒りは、空振りする。
それじゃ、駄目なんだ。
例えば、倖魅先輩にしてもそうだ。倖魅先輩は精神的にも肉体的にも、堪えていようが最小限の主張に留めて、平気な振りをする。受け流して、恵未の怒りを無かった事にする。
そうじゃなくて、感情を真っ向から受け止めて、話を聞いてやれる人間が必要なんだ。
つまり、恵未と、ちゃんと喧嘩が出来る奴が、恵未の“生活面での相方”に必要な要素なんだと、おれは考え至った。
だから、凌が今、ここに居るわけだ。
そして、おれは単刀直入にこう言った。
「お前、恵未と付き合えよ」
「エイプリルフールにはまだ早ぇぞ。すっとこどっこい」
一拍の間も置かずに言い捨てると、凌は立ち上がって体を入り口へ向けた。
おれは「まぁ待て。話を聞けよ」と、腕を掴んで引き留める。
「お前、恵未の事になるとホント、短気だよな」
おれが言うと、凌は苦虫を噛んだように顔を顰めた。おれが無言でにこにこ笑っていると、凌の顔は徐々に解れ、ついには諦めたように項垂れた。
大きな息を長く吐いて、
「……何が言いたいんだ?」
「凌は恵未の事になると短気だな」
「それはさっき聞いた。何が言いたい? 何がしたい? 何を企んでやがる」
凌は指でテーブルをコンコンと叩きながら、早口で捲し立ててきた。だからおれは、言ってやった。
「凌は、恵未の事が好きなんだろ?」
間髪入れずに否定の言葉が飛んでくるかとも思ったけど、違った。凌は顔を真っ赤にして、口を開けたり閉じたりしている。
これは、予想外の反応だ。「何言ってんだ、馬鹿」とか「んなわけねーだろ、馬鹿」とか「殺すぞ」とか言われると思ってたのに。
「は、はぁ? 何、言ってんだ、馬鹿」
あ、言われた。想像より遥かに弱々しいけど。
「大体なぁ。恵未は、色気はないし、胸は小さいし、菓子ばっか食ってるし、私服はスポーツメーカーのTシャツしか持ってないし、それにな、下着なんて、スポブラにボクサーパンツだぞ?」
あぁ、うん。知ってる。よーく、知ってる。そして、お前は知らない。
「凌は、色気があって胸の大きい女には拒絶反応を出すだろ? 私服は、お前だって黒一色だったりするしさ。それに、グラビアの水着は見れないくせに、恵未の下着はバッチリ見れてるじゃんか」
「それは、あいつの事を女として見ていないからであってだな……」
お、反論してきた。はいはい。その返事も予想通り。
「でも、女は苦手なんだろ?」
意地が悪い事を言ってる自覚はある。何で凌と恵未をくっつけたいのか、なんて訊かれれば、それはただ、おれの好奇心が疼いてしまったからだ。
こいつらがくっついたら、面白いんじゃないのか――って。
「…………」
凌は再び頭を抱えて項垂れた。そのまま、呻く。
「……オレって、恵未の事、好きなのか?」
自覚への第一歩か。よしよし。俄然、楽しくなってきた。
「おれから見たら、な。好きかどうかを置いといても、恵未に対する態度は、特別なんじゃないかな。凌がムキになるのって、恵未を相手にしてる時くらいのものだし」
おれの言葉を聞いた凌は、あー、んー、と長い唸り声を捻り出している。おれは取り敢えず、凌の言葉を待つ。
寝ているんじゃないかと疑うくらい間を置いて、凌は赤い顔を上げた。
「正直、オレとしては、今以上の関係を望まないっていうか……」
それでいいのかよ!? よくないだろ! おれは、そんな返答望んでいない。
「気付いてるか? 今の状態は、恵未と透が付き合ってる状態だぞ」
「……あー、そっか。って、そんなもん、オレにどうしろってんだよ……」
うんうん。現状打破のアドバイスを求めて来るとは、殊勝な事だ。と、おれはおれで、彼女いない歴イコール年齢という自分を棚に上げて、ふんぞり返って人差し指を凌へ向けた。
「恵未の一番の望みと言えば、何だ?」
「一生、菓子食って過ごす事じゃねぇのか?」
いやいやいや。何言ってんだこいつ。正気か? かなりテキトーに言いやがったなこの野郎。
おれは咳払いをひとつして、凌に言ってやった。
「おれが察するに、恵未の根底にあるのは“家族”の存在だ。あいつは、多分無自覚だけど、家族を欲してる」
凌は、なるほど、と小さく頷いた。
「そして、恵未が現在、自覚している中で誰と家族になりたいかというと、潤先輩だ」
「待てよ。潤先輩は結婚しただろ」
すかさず凌は指摘したけど、こいつは肝心な事を忘れている。
「恵未は、潤先輩の妻になりたいわけじゃない。妹になりたいんだ」
「……は? えっと、うん……そうなのか」
鈍いな。気付け。お前にしか出来ない事があるんだ。
「凌は、社長から何になれ、って言われてる?」
「養子……」
うん。そうだな。養子だ。だけど、社長の目的は“凌を自分と同じ戸籍に入れる事”だ。身内にすることで、凌を社長に持ち上げやすくする為の下準備みたいなもので。
「社長は、お前を身内にする事が目的なんだ。別に、お前が養子でも義弟でも構わない筈なんだよ」
「あー、尚巳が言いた事が、なんとなく分かった気がする。要するに、オレが社長の義弟になれば必然的に潤先輩の義弟になるから、そのオレと恵未が入籍したら、恵未は潤先輩の義妹になれるってわけか」
回りくどいけど、そういう事だ。
「っつかそれって、恵未が社長に直接『義妹にしてくれ』って頼んだら良いんじゃ……」
っておぉぉおい! 上げ足を、取るな! ほんっと可愛くない奴だな! この際だから、はっきり言ってやる。逃げ道なんか作ってやるもんか!
「恵未は、社長が選んだ人間しか“二条家”に戸籍を移せない事をよく知ってる。だから、自分から『二条家に入りたい』とは、絶対に言わない」
凌はまた、なるほど、と小さく頷いた。




