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水彩とキューピッド

 初めて人を想って泣いた。

 どんなに願っても、どんなに頑張っても、どんなに想っても、あの流れ星には追いつけなかった。

 残ったのは過去に見た流れ星に囚われるわたしとあなたの柔軟剤の香りだった。

最初から分かり切っていたことだった。

 それでも、あなたは流れ星なんだから、叶えてなんてわがまま言わないから、少しくらい願わせてよ。

 追い風が吹いて、わたしは思わず立ち止まった。

 渋谷の歩道でいきなり立ち止まったわたしを、周りの人たちが迷惑そうに、少し肩をぶつけながら追い越していく。

 後ろから懐かしい大好きな匂いがした気がして振り返った。あなたを探してUターンして急いで歩き出す。

 ローファーを鳴らしながら、わたしは、中学三年生のときのことを思い出していた。

 

 

 中学三年生の始業式、あなたは一番廊下側の一番後ろの席に座っていて、なんだかつまらなそうにまっすぐ前を見ていた。わたしは一目見て、気だるそうなあなたが気になった。きれいな鼻も、かわいい口も、少し細い目も、全部が素敵に見えた。わたしは全く知らないあなたのことが無性に知りたくなった。中学校に入学してから三年目で、やっとあなたの存在を認識した瞬間だった。あの感覚は雷に撃たれたような一目惚れなんかじゃなくて、もっとじんわりと、ぼーっと夕日を見ていたらいつの間にか沈んでいたときのような感覚に近かったと思っている。

 新しいクラスはなんとなくまとまりがなくて、教室の中は既にいくつかのグループにわかれていた。わたしはみんなからつーちゃんと呼ばれている女の子のいるグループに属していた。

 あなたはクラスで特別目立つわけではなかったけど、わたしの目の中頭の中にはいつもあなたがいて、きらきらと光っていたよ。

 つーちゃんに、

「わたし、あの人が気になるんだけど。」

と言うと、 

「あいちゃん、あんなののどこがいいの。」

と笑って言われた。どこがいいかなんて答えられないし、答える気も、それこそーミリもなかった。でももしもキセキが起きて、どこがいいかを言語化できたところで、つーちゃんがあの人のことを好きになってしまったら元も子もない。あの人とつーちゃんは仲がよかったから、絶対に横取りされてしまう、と自分のものでもないのにばかみたいなことを考えていた。つーちゃんとわたしがあなたについて話してるとき、あなたはつーちゃんに、

「篠田ー、さっきの数学の大問三、何かわかった?」

と聞いてきた。

 わたしはあなたを初めて近くで見て緊張して、今にも走って逃げ出しそうになったけど、逃げ出してはおかしな奴だと思われるだろう、と思って頑張って我慢した。でも緊張で足が地面に縫われたように動けなかったから、我慢しようが我慢しまいがどっちにしろ変わらなかった。

 「葉山、こんなのもわかんないの?」

つーちゃんとあなたは楽しそうに笑って話していた。あの人はあんなに楽しそうにかわいく笑うんだ、と知って驚いた。わたしはもしかしたらつーちゃんが話を振ってくれるかも、と水彩みたいに淡い期待を腕いっぱいに抱いていたけれど、このときだけじゃなくて、結局一年間、つーちゃんがわたしの恋のキューピッドになってくれることは一度もなかった。もしわたしが水彩えのぐで描かれた絵だったとしたら、淡くて儚くて酸素のように画用紙に溶け込んで、すうっと消えてしまっていただろう。

 わたしが、つーちゃんはもうすでに他の子のキューピッドの仕事をしていたのだということに気が付くのも、あなたが一度でもわたしのことを話題に出していたことを知るのも、翌年の桜が散った後だった。

 

 夏がきて、プールの授業が始まった頃、プールサイドで友達と体を拭いていたわたしはあなたを無意識に追っていた。いつもならどんなに見ても全然合わない目が、その日はバチっと火花が散るみたいに合ったのを覚えている。真夏のプールサイドみたいに、わたしの心は喜びで大火傷だった。あなたがこっちを見たのはわたしが水着だったからかもしれないし、眩しくて太陽を避けてたらたまたま向いただけだったかもしれない。それでもわたしのことが見えてるんだって思ったらすごく嬉しかった。今思えば、自分で自分のことを幽霊だとでも思っていたのか、という感じだけれど、どんな理由でもいいから、ただあなたにこっちを見てほしかった。

 目が合った日は一日中気分がよくて、普段なら寝る授業も目がぱっちりで、いろんな友達に

「わたしが死ぬときはきっと嬉しすぎるときだと思う。」

と言って回った。「類は友を呼ぶ」というように、わたしの周りにはわたしに似たような人ばかりだったので、みんな一緒に喜んでわいわいしてくれた。


 

 わたしは歩いても歩いてもその匂いのもとを見つけることはできずに、気が付いたら元の場所に戻っていた。見つけられなかったことに少し残念な気持ちになって、自分を慰めるために適当にカフェにはいった。

 カランカラン、と音を鳴らして入店すると、細身のお兄さんに案内されて窓側の席に座った。

 わたしはメニューを開いて目についた蜂蜜カフェオレとミルフィーユを頼んでふーっとため息をついた。



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