第12章 パート2 — 進路面談
進路面談 — カイト
カイトは、部屋がまだ明るくなりきる前に目を覚ました。
数秒のあいだ、動かなかった。体の下の布団は昨夜の寝袋よりも柔らかく、頭上の天井はテントではなく旅館の部屋のものだった。カーテンの向こうに淡い光がたまり、低いテーブルと、壁際に畳まれた浴衣と、昨夜のまま置かれたお茶の盆が見えていた。
ドアの向こうのどこかで、また配管を水が流れる音がした。廊下をワゴンがかすかに転がっていく。車輪の音は絨毯に吸われて柔らかかった。隣の部屋からは、まだ両親の音はしなかった。
カイトは頭を動かした。
ユキは隣の布団でまだ眠っていて、少し彼に背を向けるように横になっていた。髪が枕の上にほどけ、毛布は顎のすぐ下まで引き上げられていた。寝るときに着ていた浴衣の片袖が毛布の下から抜け出して、畳の上に開いたまま落ちていた。
昨夜よりも、眠っているユキのほうが穏やかに見えた。
それはよかった。
カイトはもう少しだけそのままいて、部屋の音を聞いていた。空気には、畳とお茶と、下の風呂場の石けんの匂いがかすかに混じっていた。昨夜使った湯飲みはすすがれていたが、片づけられてはいなかった。動かした低いテーブルの近くには、カードケースが閉じたまま置いてある。その横に、二人で読んでいた本があり、終わりに近いあたりから紙のしおりがのぞいていた。
最初に思い出したのは、その本だった。
それから、残りが続いて戻ってきた。
袖をつかんだユキの手。うまく答え方が分からなかった、少し乱れた声。ユキが頼んできて、そのあと言い直そうとしたこと。仕事のことや、大学のことや、卒業後のすべてを考えるのをやめてほしいと言ったわけではなかった。ただ、そこへ急ぎすぎて、まだ残っている時間を忘れないでほしいと言っただけだった。
カイトはまた窓のほうを見た。
カーテンは中央で指一本分だけ開いていた。外では、旅館の庭が朝の光に洗われたように見え、細い道が木々の向こうの道路へ続いていた。
体は、いつもの時間に目を覚ましていた。
家なら、もう走りに行く準備をしている頃だった。ここでは、その予定はなかった。ランニング用の服は家のタンスにある。鞄のそばに畳んであるのは、帰りの車用に母から持ってくるよう言われた普段着と、昨日のアウトドア用の服だった。
アウトドア用の服は、一晩で乾いていた。
朝食に着ていけるほどきれいではなかったが、軽く走るくらいなら問題なかった。旅館から続く道は長くない。昨日の夕方、着いたときに見ていた。静かな坂道で、片側には木々、反対側には低い石垣があり、その先で町に近い広い道のほうへ曲がっている。
カイトはそっと起き上がった。
布団が下で少し動いた。ユキは毛布の中で身じろぎしたが、まだ目を覚まさなかった。
カイトは部屋の隅に畳んでおいた服へ手を伸ばし、それから、そばにあったビニール袋の一つが大きくかさりと鳴ったところで止まった。待ちながら、振り返る。
ユキが半分だけ目を開けた。
一瞬、ここがどこなのか分かっていないように、ただ彼を見ていた。
それから目の焦点が彼に合い、眠気が顔からゆっくりほどけた。
「どこ行くの?」
声はまだ寝起きで少しかすれていた。
「走りに行く」とカイトは言った。「寝てていい」
「このへんで?」
「旅館の近くの道だけ」
「今?」
「朝だし」
「答えになってない」
「十分だろ」
ユキはもう少し彼を見ていた。目はまだ重たそうだったが、もう閉じようとはしなかった。毛布を少し下げて、片腕を出す。
「私も行っていい?」
カイトはシャツを持ったまま止まった。
「走りたいのか?」
「そういう言い方しないで」
「確認してる」
「走れるよ」
「知ってる」
「疑ってるみたいだった」
「十秒前まで寝てただろ」
ユキはいつもよりゆっくり起き上がり、髪が片方の肩に落ちた。「それは関係ない」
「関係ありそうだけど」
彼女は窓のほうを見て、それから彼に戻した。「ゆっくり行く」
カイトはシャツを置いた。「じゃあ俺もゆっくり行く」
「兄さんはそうしなくていい」
「旅館の横でインターバル走なんかしない」
「それ、どういう意味?」
「景色を楽しみながら行くって意味」
ユキは何か言い返したそうな顔をしたが、そこまで使える朝の時間はないと判断したらしかった。毛布をよけ、自分の畳んだ服へ手を伸ばした。
カイトは着替えるために背を向けた。
部屋の中は、小さく慎重な音で少し忙しくなった。布の音。引き出し。畳を踏む足の柔らかい音。ユキは鞄から出したゴムで髪をゆるく結び、顔のそばに髪が残りすぎたせいでもう一度結び直した。カイトは昨日のアウトドア用のズボンと、まだキャンプ場の乾いた草の匂いが少し残るシャツを着て、スマホで時間を確認した。
まだ早かった。
両親も、朝食までに二人がいるとは思わないだろう。
彼は家族のグループチャットに短くメッセージを書いた。
旅館の近くを少し走ってくる。ユキも来る。朝食前には戻る。
それを見てから、さらに付け加えた。
近くにいる。
ユキは上着を留めながら、彼のほうをちらっと見た。「お母さんに言った?」
「うん」
「何て?」
「近くにいるって」
「起きる前に出るんだよ」
「外に出るだけだ」
「それでもお母さんなら聞くでしょ」
ユキはそれを少し考えてから、自分のスマホを取り、メッセージを確認した。
「私が起きて、ついて外に出ることにしたって書いてない」
「来たいって言っただろ」
「半分寝てた」
「今は起きてる」
「聞かなかったことにするには遅い?」
「もう髪結んだ」
ユキは、それが本当の決まりであるはずがないという目で彼を見た。
「それ、何の意味もない」
「来るって意味だ」
彼女は彼を見返したが、それは長く続かなかった。
二人は静かに部屋を出た。
廊下はまだ薄暗く、絨毯に沿って壁の灯りが低く光っていた。奥のほうで、従業員がリネン用のワゴンを押しながら頭を下げ、そのまま従業員用のドアへ向かった。部屋の中の畳の空間より、廊下の空気は冷たかった。
玄関で、カイトは棚から自分の靴とユキの靴を取り、ユキの靴を彼女のそばの床に置いた。
「それ、やりすぎ」とユキが言った。
「何が?」
「私が今から使うものを先に置くやつ」
「どうせ取るなら両方取るだろ」
「言い訳になってない」
「少しはなってる」
彼女は靴を履いて、紐を結んだ。「兄さんだけね」
外の朝の空気は、旅館の廊下より暖かかった。夜の湿り気がまだ玄関前の砂利に残り、庭の向こうの木々の間には薄い霧が低くかかっていたが、寒さはもう少しずつほどけ始めていた。遠くでは、道路が秋草と、先のほうが黄色くなり始めた木の列の間を曲がっている。
「兄さん、毎朝こんなに暖かい中走ってるの?」
「朝はたいていもう少し涼しい」
「でも今日は違う」
「走り終わる頃には、もっと暖かく感じる」
「全然励みにならない」
「ここは少し湿気も多い」
「それは知りたくなかった」
二人は軽いペースで走り始めた。
ユキが遅れる前に、カイトは歩幅を短くした。最初の道は旅館から下り坂になっていた。急ではないが、左側のほうが地面が平らだったので、彼はそちらを選んだ。ユキは最初の数十歩のあと、自分の呼吸を探しながら、しばらく何も言わず隣を走った。
下の町はまだ完全には起きていなかった。小さな配送トラックが低い道のあたりをゆっくり通り、濡れた舗道の上でタイヤがしゅっと音を立てた。木々の向こうのどこかで、細い用水路を水が流れていた。見えない枝から鳥の声がした。
ユキは、カイトが思っていたより長く何も言わずにいてから口を開いた。
「いつもより遅い」
「うん」
「そうしなくていいのに」
「分かってる」
ユキは前方の道を見て、それから半秒だけ彼を見た。「それだけ?」
「それだけ」
彼女は鼻で息をした。苛立ちというより、冷たい空気のせいだった。「いつもはもっと説明するのに」
「いつもはユキが一緒に来ない」
それで、彼女は静かになった。
カイトは排水溝のそばに砂利が少し集まっている道の端を見ていた。「こっち、少し傾いてる」
「見えてる」
「少し内側に寄って」
ユキは今度は何も言わずにそうした。三歩ほど、彼女の肩が彼の近くに来た。そのあと、道はまた広くなった。
小さな橋のそばで、道は平らになった。下には細い流れが石の上を通っていて、底の淡い形まで見えるほど澄んでいた。カイトは歩く速さまで落とした。ユキも一緒にゆっくりになり、片手を低い欄干に預けた。
霧は薄くなり始めていた。陽の光はまず高い葉に触れ、縁を暖かい色に変えていたが、日陰の道はまだ青灰色のままだった。橋の向こうでは少し畑が開け、低い作物の列が朝露に濡れていた。
ユキは流れを見下ろした。「朝のほうがいいね、ここ」
「文明が少ない」
「そういう言い方はしないかな」
「景色が変わるのはいい」
彼女は彼をちらっと見た。
カイトは橋の先、畑の間で道が細くなっているほうを見た。「気をつけるものが少ない」
「車?」
「車。人。横断歩道」
ユキは道から、橋の下の流れへ視線を移した。
「学校までの道とは違うね」
「うん」
「あの道は、私たちが行く前からもう始まってる感じがする。仕事に行く人とか、横断する学生とか、横道から来る自転車とか」
曲がり角の向こう、木に隠れたあたりを小さな配送トラックが通り、音はすぐに遠ざかった。
「ここは、まだ朝って感じがする」
カイトも彼女の視線を追って、流れを見た。
「分かる」と彼は言った。
ユキはしばらく黙っていた。欄干に置いた手からは力が抜けていた。
「いい気分転換だね」
カイトは時間を確認した。
旅館は遠くなかったが、帰りは上り坂だから下りより時間がかかる。ユキは十分ついてきていたが、呼吸はまだ完全には落ち着いていなかった。
「戻ろう」と彼は言った。
「もう?」
「朝食、八時」
ユキは橋の先に続く道を見た。どこか遠くで配送トラックが動いていたが、木に隠れていて、エンジンの音だけが消えていった。
「あの曲がった先、見たかった」
「じゃあ、そこまで行ったら戻る」
二人はまた動き始めた。さっきほど速くはなかった。カイトはユキが無理に呼吸を合わせなくても走れるくらいまで、ペースを低く保った。道は畑の間を曲がり、しばらくのあいだ旅館は木々の向こうに隠れた。
曲がり角の先で、視界はほんの少しだけ開けた。さらに続く細い道と、青いシートを屋根にかけて重しで押さえた小さな小屋と、湿った草の列に広がる淡い朝の光。
先に足を緩めたのはユキだった。
「うん」と彼女は言った。
カイトも隣で速度を落とした。「十分?」
彼女は前を見たままうなずいた。「十分」
二人は引き返し、旅館へ向かって走り始めた。ユキは彼の隣についてきた。いつもより少し息は上がっていたが、文句を言うほどではなかった。
彼女は背筋を伸ばし、顔にかかった髪を払った。結び目からもういくつかの髪がほどけ、汗と朝の空気でこめかみのあたりが湿っていた。
帰り道は上り坂だった。カイトはゆっくりしたペースを保ち、ユキの歩幅が短くなっても何も言わなかった。橋の近くでユキが靴に入った小石を出すために止まり、彼はそばで待った。ビニールをかぶせた籠のついた自転車が一台通り過ぎた。
「本当に毎日やってるんだね」とユキが言った。
「だいたい」
「朝食の前に」
「うん」
「だから朝、眠そうに見えないんだ」
カイトは旅館へ戻る道を見た。「眠い日もある」
「気づかれるほどじゃない」
ユキは玄関の手前で立ち止まり、満足と疲れが半分ずつ混ざったような息をついた。
「朝ごはん、いつもよりおいしく感じそう」
カイトは建物の台所側を見た。「走るとだいたいそうなる」
彼女は結び目の近くのほどけた髪をなでつけ、それから今上ってきた道を見た。
「また今度、ついて行くかも」
カイトは彼女を見た。「走るのに?」
「たまに。毎朝じゃなくて」
「分かった」
「そんなに驚いた声出さなくていい」
「出してない」
ユキは軽く彼を見たが、まだ息を整えている途中だったので、それ以上は流した。
中に入ると、ロビーの暖かさがすぐに届いた。二人の靴は磨かれた床に柔らかい音を立てながら、階段のほうへ向かった。
二階に着く前に、カイトのスマホが震えた。
母から返信が来ていた。
気をつけて。朝食は八時。ユキに無理させないでね。
続いて父からもメッセージが来た。
食欲なしで帰ってくるなよ。
カイトは画面をユキに見せた。
彼女はそれを読んで、眉をひそめた。「なんで私が無理するほうなの?」
「急に走るって言ったから」
「始めたのは兄さんでしょ」
部屋に戻ると、両親は起きていた。
母は低いテーブルのそばに座り、湯飲みの横にスマホを置いていた。もう着替えてはいたが、完全に支度が終わっているわけではなかった。父は、必要以上に集中した様子で浴衣を畳んでいた。
「二人とも生きて帰ってきたか」と父が言った。
「ぎりぎり」とユキが答えた。
カイトは彼女を見た。「二十分だぞ」
「普段より二十分多い」
母は、ユキの赤くなった顔とほどけた髪を、穏やかな表情で見ていた。「カイトと走りに行ったの?」
「少しだけ」
「ちゃんと走れてた」とカイトが言った。
「報告は頼んでない」
「聞きそうな顔だった」
「見てただけ」
母は二人の服を見た。「朝食の前にさっぱりしてきなさい。二人とも」
ユキはタオルを取った。「そのつもりだった」
カイトも隅から自分のタオルを取り、あとに続いた。
その時間の浴場は、まだほとんど人がいなかった。カイトは洗い場で少し冷たい湯を使い、走った熱が肌の下に落ち着くまで体を洗ってから、湯に入った。高い窓に湯気が集まり、外の景色を淡い緑と白にぼかしていた。壁の向こうのどこかで、別の客が木の腰掛けをすすぐ、中の空いたような水音がした。
ユキかもしれなかった。
彼は縁に背を預けた。
今朝のランニングは、トレーニングと呼べるほどの距離ではなかった。部屋を出る前からそれは分かっていた。短い道を選び、ペースを落とし、それでもユキが見たいと言ったから曲がり角の先まで行った。
そのどれも、難しいことには感じなかった。
昨夜、カイトはユキに、急ぎすぎてまだ一緒にいられる時間を見落とさないと約束した。
言葉にできたよりは分かっていたから、うなずいた。同じ心配は、すでに自分の中にもあった。ただ、もっと曖昧で、予定や応募や、測れるものの下に埋もれていただけだった。ユキのほうが先に気づいたのかもしれない。あるいは、彼女のほうがそれを簡単には無視できなかっただけかもしれない。
カイトは湯の中で足を動かし、膝のまわりで水面が崩れるのを見た。
今朝も、彼は走りに行った。
ただ、ペースが変わった。道が変わった。普段ならしなかったくらい橋を長く見て、ユキが何があるのか知りたがったというだけの理由で、曲がり角の先まで行った。
アルバイトを始めれば、物事はそれとは反対のほうへ変わるだろう。遅い夕食。違う帰り道。知っている人たちと過ごす時間が減ること。
昨夜よりも、そのことが分かるようになっていた。
求人アプリはまだスマホに入っている。あとで開いて、新しい募集を確認して、近くで合いそうなものがあるか見てもいい。
でも今は、先に生活のほかのことを整える。
背後のどこかで扉が開き、冷たい空気が入ってきた。カイトは別の客が通れるように少し身をずらし、それから立ち上がって出た。
部屋に戻る頃には、朝食が運ばれ、テーブルに並べられていた。四人は長い旅行のあとらしい食欲で食べた。ご飯、味噌汁、焼き魚、だし巻き卵、漬物、それからきれいに整えられたいくつかの小鉢。ユキはどれから手をつけるか迷って、一瞬手を止めた。
「考えすぎだぞ」と父が言った。
「最初に何食べたいか決めてるの」
「考えすぎに聞こえる」
カイトは箸を取った。「味噌汁から」
ユキは彼を見た。「聞いてない」
「味噌汁は最初にいい」
「配置を眺めたかっただけ」
「味噌汁のあとでも眺められる」
母はお茶に顔を向けたまま微笑んだ。「そこは正しいかも。今、熱いし」
ユキは小さく声を出し、椀を取った。
テーブルは窓際に置かれていた。外では、朝が庭を進んでいた。苔と石の上を陽の光が移り、旅館の従業員が畳んだリネンを抱えて小道を横切った。
朝食のあとのチェックアウトは、いつものように少しばらばらに進んだ。荷物を集め、部屋の隅を確認し、鍵を返し、全部を車まで運ぶ。
外の空気は少し暖かくなっていたが、木の下の影はまだ冷たかった。カイトは重い荷物をトランクに積み、父は土産の箱を入れる場所が残るように小さな荷物を並べた。母はロビーの椅子の下を二度確認してから、ようやく助手席に乗った。
ユキは後部座席のドアのそばで、二人で読んでいた本を胸に抱えて立っていた。
カイトは、しおりが先に目に入った。まだ終わりまで四分の一も残っていないところに挟まっている。父がトランクで小さな荷物を整えているあいだ、ユキは本を両手で持ち、もう自分たちの場所を確認したあとのように、親指をページの端に添えていた。
カイトは先に車に乗り、ユキの隣の席に座った。
ユキは少し遅れて乗り、本を胸に抱えたままシートベルトを締め終えた。
最初は、いつものように少し落ち着かなかった。足元の荷物、ナビに従って車を出す父。車が朝走った細い道を下っていくと、旅館は後ろに消えていった。
ユキが本を開いた。
カイトが横目で見ると、聞かなくても二人の場所は分かった。しおりはすでに彼女の二本の指の間に挟まれていて、車が旅館の道から曲がり出ると、ユキは本を二人の間へ寄せた。
助手席の母が後ろを振り返った。「気持ち悪くなりそうなら、あまり長く読まないのよ」
「大丈夫」とユキは言った。
顔は上げなかった。
最初のカーブでページが傾いたとき、カイトは本の下の角を持った。ユキは高く持ってとも、もっと近づけてとも言わなかった。ただ上の端の近くで手を少し直し、二人は前に見つけたのと同じペースに落ち着いた。本は二人の膝の上に乗っていた。
外では、木々が光と影の不ぞろいな帯になって過ぎていった。山道を走る車に合わせて、活字は明るくなり、暗くなり、また明るくなった。
ユキが読みながら少し近づいた。
最初は、車の曲がり方でそうなったように見えた。彼女の肩がカイトの上腕に触れ、道がまっすぐになってからもそのままだった。数行あと、彼女の重みがもう少し彼に寄った。意図的と言うほどではなく、目がページを追っているあいだに本人が気づくほどでもなかった。
カイトは気づいた。
同じ一文を二度読んだ。
頼んだわけでもないのに、昨夜のことが断片で戻ってきた。肩の近くにあったユキの額。袖の布をつかんだ指。何が怖いのか説明しようとしていた、揺れた声。これは同じではなかった。二人は車の後部座席にいて、前では両親が静かに話しながら、本を読んでいるだけだった。
それでも、自分の腕がひどく意識に引っかかった。
ユキがページをめくった。
カイトは、自分がまだ下まで読めていなかったことに気づいた。
「速かった?」と彼女がようやく彼を見て聞いた。
「いや」
彼女はまたページを見た。「まだその段落だった」
「車が動いた」
「車、ずっと動いてるけど」
カイトは本を支え直した。「追いついた」
ユキはもう一秒だけ彼を見てから、文字へ戻った。
今度は、きちんと集中した。
二人は車が山道を走るあいだに、最後の章を読み進めた。結末は静かに来たが、ユキが隣で少し近づき、そのまま道がまっすぐになっても離れなかったとき、カイトは数行を読み返さなければならなかった。
カイトは読み続けた。
しばらくすると、その接触はどうにかしなければならないものではなくなった。ただ、そこにあった。道が曲がり、ページが動き、ユキの肩が彼の肩に寄り、物語は続いていった。
山道が広がり始めた頃、二人は読み終えた。
ユキが最後のページをめくった。
その先に文字はなかった。
彼女は、終わりのあとにもう一枚隠れているかもしれないというように、指を一本文の中に入れたまま、ゆっくり本を閉じた。
「終わり方、きれいにまとまりすぎ」
「読み終わるまで待ってから判断したのか?」
「公平に見てたの」
「俺は悪くないと思った」
「兄さんは収まるものが好きだから」
「たいていの人はそうだろ」
「解釈の余地がない」
カイトは表紙を見た。「最後のバスに乗れた」
「そこなの」
「それが題名だった」
ユキは顔を彼に向けた。「それ、文学の分析じゃない」
「証拠ではある」
彼女の口が、答えかけたように動いて、止まった。
カイトは下を見て、彼女がまだ自分に寄りかかっていることに気づいた。
ユキも同じタイミングで気づいたらしかった。
一瞬、どちらも動かなかった。ユキの肩が少し上がり、姿勢を正そうとしたように見えた。すると車が道の継ぎ目を越えた。ほかの誰も反応しないくらい小さな揺れだったが、そのせいで彼女の重みは離れる代わりに、また彼に戻った。
「道が揺れた」と彼女が小さく言った。
カイトは前方の道路を見た。「うん」
彼女は本を閉じたまま、両手の下で膝の上に置いていた。肩は、彼の腕に触れたままだった。
数秒のあいだ、彼女はきちんと座り直すかもしれないように見えた。背中がシートに対して少し動き、彼の横腹のあたりにあった重みがほとんど消えた。
それから、彼女はまた寄りかかった。
今度は肩だけではなかった。二人の間の隙間を直す必要はないと決めたみたいに、彼女はもう少し均等に彼へ体を預けた。重みはまだ軽かったが、上腕から、座席の近くで袖が触れるところまで続いていた。
カイトは、その接触をまた最初から意識した。
前の座席の向こうを見た。
少ししてから、自分の肩も彼女の肩へそっと戻した。
どちらも何も言わなかった。
車は山を下り続け、道は少しずつ広くなっていった。ユキは閉じた本を膝に置いたまま横の窓の外を見て、カイトは腕をそのままにしていた。二人の間の温かさは変わらず続き、数分もすると、彼はそれを測るのをやめた。
助手席で、母がサイドミラー越しに後ろの道を確認するように少し体を向けた。その視線が後部座席を通って、止まった。
カイトは気づいたが、動かなかった。
母の表情はほんの少しだけ変わった。驚きより柔らかく、問いかけより静かなものだった。窓のほうへ傾いたユキの頭を見て、それから隣でじっと座っているカイトを見た。
「二人とも、車に酔ってない?」と母が聞いた。
ユキは瞬きをして、ガラスから顔を戻した。「酔ってない」
「本、読み終わった」とカイトが言った。
「そう」
母はまた前を向き、もう一度だけ後ろを見てから、完全に向き直った。
車は次のカーブを抜けた。
ユキは離れなかった。
カイトも離れなかった。
家には昼前に戻った。
旅館やキャンプ場のあとでは、家は小さく感じられた。窮屈というほどではなく、ただ近かった。玄関には、二日間閉じこめられていた木と洗剤と家の空気の匂いがあった。母はリビングの窓を開け、父は荷物を運び込みながら、洗濯機が大変なことになるなと話していた。
カイトはキャンプ用のバッグを洗面所へ持っていき、すぐに洗う必要のある服と、干して風を通せばいいものを分けた。ユキは自分の鞄から出したタオルと、きつく結びすぎた服の入ったビニールポーチを持って、彼の隣に現れた。
「この結び目、ひどい」
「自分で結んだだろ」
「知ってる」
「じゃあなんで俺に言う」
「兄さんがここにいるから」
カイトは彼女からポーチを受け取り、二本の指で結び目をほどいた。
ユキは受け取った。「ありがとう」
午後は、休むというより荷ほどきの中で過ぎていった。父はキャンプ道具を収納へ戻した。母は土産の箱を確認し、どれを近所に持っていくか決めた。ユキは二人で読んだ本を二階へ持っていき、あとで表紙についた薄い跡を拭いてから、リビングの棚へ戻した。カイトは靴底の土を落とし、一回目の洗濯が終わったあと、アウトドア用の服を洗濯機のそばに置いた。
リビングでタオルを畳んでいると、スマホの画面が光った。
彼より先にユキが気づいた。彼女は開いた旅行鞄のそばに膝をつき、ヘアゴム、レシート、旅館で買ったお茶の空き袋などを小さな山に分けていた。
「スマホ」と彼女が言った。
カイトはテーブルからスマホを取った。
通知はクラスのグループチャットからだった。
サトシが、傾いた段ボールの看板の写真を送っていた。文面には、こうあった。これがうちの文化祭の入口になるなら、俺は転校する。
その下に、別の生徒が書き込んでいた。貼ったのお前だろ。
カイトは入力した。自分で直せ。
一秒後、サトシが返した。責任から逃れて山に行ったやつに訂正されるのは拒否する。
カイトはスマホを置いた。
旅行鞄のそばから、ユキが見た。「文化祭?」
「サトシが看板を曲げて貼った」
「また?」
「今回は証拠つき」
「やりそう」
カイトのスマホは、しばらくテーブルの上で表を向いていた。
画面が暗くなった。
彼はほかのものを開かなかった。
開く理由がなかった。書店は別の人を選んだ。模試は近づいていて、先生たちは授業中の口調を変え始めていた。文化祭の準備は放課後の時間を取る。もし今ほかへ応募するなら、探して、連絡して、面接を調整して、通勤時間を確認して、夕食や勉強の時間に合わせて調整しなければならない。
それは待てる。
彼はタオルを取り、二階へ運んだ。
翌朝、朝食のあと、二人は一緒に学校へ向かった。
空気は少し鋭くなっていた。毎朝通る店の前で落ち葉を掃いている女性に手を振った。角の近くの町内掲示板には文化祭のポスターが結びつけられていて、片端が木の板にぱたぱた当たっていた。
学校へ向かう途中、二人は前日に読み終えた本について話した。
「兄さん、あの終わり方、本当に気に入ってたんだね」とユキが言った。
「悪くなかった」
「兄さんの『悪くない』は、よかったって意味でしょ」
「十分よかった」
「それはもっと悪い」
横断歩道のところで、二人が着く前に信号が青に変わったが、縁石のところに人が多く、走らないと渡りきれそうになかった。カイトは急がなかった。ユキも急がなかった。
二人はほかの人たちと一緒に縁石で止まった。
青いシートをかけた箱を積んだトラックが通った。空気には、排気ガスと、角の近くで開店準備をしているカフェからの焙煎したコーヒーの匂いがかすかに混じっていた。
ユキは鞄の肩紐を上げ直した。「あの本、嫌いじゃないよ」
「そうだと思ってた」
「嫌いだと思ってる顔してた」
「ユキが読んだものにあれこれ言うのは、もう知ってる」
ユキは少しむっとして彼を見た。「わざとやってるみたいに聞こえる」
「違うのか?」
「読んだあとに考えてるの。違うでしょ」
「作家になればいいかもな」
ユキは前を見た。「大変そう」
「カウンセリングより?」
「別の大変さ」
話しているうちに学校に着いた。何人かのクラスメイトが旅行について聞いてきた。ほとんどは、二人が着く前にサトシがグループチャットでその話をしていたからだった。
サトシは二人が入ると、すでにカイトの席の近くにいた。椅子の背に片手を置いていて、そこで待っていたせいで、そこが自分の場所みたいだった。アイコはその少し後ろでノートを開いていた。ユキは鞄を置いてから、こちらへ来た。
「で」とサトシが言った。「自然を生き延びたわけだ」
「だいたい」とカイトが言った。
「だいたいって、けが人が出た感じするな」
「肩が痛い」
「カヤック?」
「うん」
サトシは必要以上に真剣な顔でうなずいた。「水に負けたか」
「ボートには乗ってた」
「思ったより上出来」
アイコが顔を上げた。「本当に二日ともキャンプだったの?」
「キャンプは一泊で、そのあと両親が温泉旅館に連れていってくれた」とユキが言った。
「それはいいね」とアイコが言った。「先に苦労して、あとで回復」
カイトは座って教科書を出した。「キャンプも悪くなかった」
ユキが顔を上げた。「兄さん、冷たい服に文句言ってた」
「あれは正当な文句だ」
サトシが身を乗り出した。「冷たい服?」
「カヤックの途中で落ちそうになって、濡れたの」
サトシがにやりとし、カイトはユキに視線を送った。
「落ちそうになった?」
「カヤックには残った」
「そういうの、よく聞こえるように言うやつだろ」
「落ちなかった人が言うことでもある」
アイコが笑った。「濡れたなら、それでも数に入るよ」
「危なかったのも兄さんだけだったし」とユキが言った。
カイトはまた彼女を見た。
彼女は何も変わったことは言っていないように、カイトの机のそばに立っていた。表情があまりに落ち着いていたせいで、サトシの笑みはさらに深くなった。
サトシがそれ以上聞く前にチャイムが鳴った。彼は明らかに未練を残しながら自分の席へ戻り、サクライ先生が、教壇に着く前から何人かの生徒がうめくほど厚いフォルダーを持って入ってきた。
午前中は、連絡事項、授業、一時間目の前に黒板に書かれた面談予定表の中を進んでいった。
カゲツ カイト — 15:40
カゲツ ユキ — 16:10
両方の横には、母の名前が小さめの字で書かれていた。
カイトは時間をノートに写した。
昼までには模試の冊子が横の机に置かれ、文化祭実行委員が新しい作業リストを教室の後ろに貼っていた。休み時間になると、生徒たちは面談の時間や文化祭の仕事を比べ合い、色紙や段ボールやテープが、放課後に待っている作業に先回りするように、少しずつ教室中に広がっていった。
終鈴のあと、教室はほとんどすぐに変わった。机が壁際へ引きずられた。椅子は雑に積まれ、アイコが二人にやり直させた。誰かが新聞紙を敷く前に絵の具を開けてしまい、その匂いが広がった。窓際に立てかけられた段ボール板は、午後の光を端で受けていた。
カイトは袖をまくり、机を二つ前へ運ぶのを手伝った。
ユキはアイコと一緒に真ん中あたりに座り、色紙から飾りを切っていた。彼女の横にはフォルダーが開いていた。ノートの後ろから折りたたまれたプリントがはみ出していて、上の行は隠れていたが、角の近くに心理学と大学という言葉が見えていた。
段ボールを彼女の席の前を通って運ぶとき、カイトはそれに気づいた。だが、手の中で板が曲がり始めていたので、そのまま動き続けた。
サトシは黒板の近くに立ち、片手に筆を持ったまま、最後の文字に向かって下がっていく「Welcome」の看板を見ていた。
「カゲツ」と彼は言った。
「何」
「狙っただろ」
「何を」
「面談の時間。重い板がちょうど届いた」
「時間を決めたのは学校だ」
「俺に言わせれば、ちょっと都合がよすぎる」
「危険を察知したんだ」
サトシは筆を彼に向けた。「やっぱりな。狙ったんだ」
アイコは切り抜きから顔を上げなかった。「時間になったら行かせてあげなよ。人手はまだ足りてるし」
「重い仕事を任されてからもう一回言ってくれ」とサトシが言った。
カイトは黒板の上へ手を伸ばし、段ボールの看板の上端を押さえて位置を合わせた。二回目でテープがつき、親指の側面でなでて押さえた。
サトシは下で、まだ筆を持ったまま立っていた。
「その身長ほしいわ」と彼が言った。
カイトは角が剥がれなくなるまで看板に手を置いたままだった。「たまに面倒だぞ」
サトシは彼を見上げた。「信じない」
「家のシャワーヘッド、胸のあたりに来る」
「自慢に聞こえる」
「髪洗うのにかがむ」
サトシは考えた。「それでもほしい」
「じゃあ上の端持って」
「身長がほしいって言ったんだ。責任じゃない」
文句を言いながらも、サトシは手伝いに来た。
ユキの肘の近くには細い切れ端がいくつも集まっていて、小さな紙片が一つ、本人が気づかないままこめかみの近くの髪についていた。
段ボールの継ぎ目に沿ってテープを押さえているとき、カイトはそれを見つけた。
看板を直し終えてから、彼はそちらへ行き、彼女の髪から紙片をつまんで取り、ほかの切れ端のところに置いた。
ユキが彼を見上げた。
「紙」と彼は言った。
彼女は髪の横に触れ、それから手を下ろした。「ありがと」
教室が周りで動き続けるくらいには、そのやり取りは静かだった。
サトシは看板を見るのをやめていた。
アイコが飾りをもっときれいな山にまとめた。「ちょっとこっち側持ってくれる?」
ユキは立って机の向こうへ回った。アイコが少し離れて文字を確認できるように、カイトは段ボール板を持ち上げた。板は真ん中で少し曲がり、ユキは彼の隣に入って下の端を支えた。
「そっち、もう少し上」とアイコが言った。
カイトは上げた。
「そこまでじゃない」
彼は下げた。
ユキは角の近くで持ち方を直し、その肩が彼の腕に触れた。アイコが文字の並びを見ながら首を傾けているあいだ、彼女はそのままそこにいた。
「少し左」とアイコが言った。
カイトは板を動かした。
ユキも言われる前に一緒に動いた。段ボールが揺れなくなるまで、二人の袖は触れ合っていた。
「いいと思う」とアイコが言った。
二人は板を机二つの上に置いた。
カイトの脇のあたりのシャツに、テープの細い切れ端が貼りついていた。ユキが手を伸ばすまで、彼は気づかなかった。
「待って」と彼女が言った。
彼女は近づき、二本の指でテープをつかんで、折れてくっつく前に剥がした。テープは少し伸び、それからぴんと外れた。
カイトは見下ろした。「いつついたんだ」
「たぶん、兄さんがテープ台と戦ってたとき」
「戦ってない」
「静かに負けてた」
彼女は笑いながらテープを一度折り、それから彼のシャツの前も軽くならした。
その手が、必要より半秒だけ長く、そこに止まった。
カイトは動かなかった。
直し終えたあとになって、ユキは自分がどれだけ近くに立っていたかに気づいたようだった。手を下ろし、机のほうへ向き直った。
「はい」と彼女は言った。
サトシは筆を絵の具に浸したが、視線だけがユキからカイトへ動いて、それから看板に戻った。
アイコが飾りを一つにまとめた。「誰か、これ吊るす前に文字直してくれない?」
「曲がってるって、俺はもう言った」とカイトが言った。
サトシは筆を上げた。「味がある」
「傾きがある」とアイコが言った。
教室は周りで騒がしいままだったが、面談の時間が近づくにつれて、会話は少しずつ薄くなっていった。誰かがメニュー板をどこに置くかで言い合っていた。窓際の二人が誤ってカーテンに紙テープを貼りつけ、笑いすぎて役に立たない状態でほどこうとしていた。午後の陽が低くなり、空気の中の埃や紙くずが見えるようになった。
カイトは時計を確認した。
面談まで十五分。
彼は段ボール看板の裏に補強を貼り終え、動かしても剥がれないように継ぎ目に沿って押さえた。いつの間にか指についていたテープの細い切れ端が、気づかないうちに袖へ移っていた。
ユキは自分の席に戻り、プリントをフォルダーにしまっていた。
「もう行くの?」と彼女が聞いた。
「先に門まで行く」
「お母さんを迎えに?」
「歩いてくるって言ってた」
ユキも時計を見た。「たぶん早めに来るよ」
「たぶん」
カイトは彼女の手の中のフォルダーを見た。「面談でそれ使う?」
「たぶん」
「それ、はいって聞こえる」
「たぶんって聞こえる」
彼は何を印刷したのか聞きかけて、やめた。彼女の指はもうフォルダーを閉じるように持っていた。
「教室に忘れるなよ」と彼は言った。
「忘れない」
サトシが段ボール板を二枚抱えて、彼の後ろに現れた。「カゲツ、俺たちを見捨てる前に、どっちがまだ悲しくないか教えてくれ」
「どっちも疲れて見える」
「役に立たない」
「左のほうがまっすぐ」
「十分だ」
アイコは、サトシが机にぶつける前に右の板を取った。「行って。あとはこっちで直すから」
サトシが彼女を見た。「俺たちに直せる歴史があるみたいに言うな」
「失敗をうまく隠してきた歴史ならあるよ」
カイトはもう一度時計を確認し、フォルダーを取った。
昇降口に着く頃には、何人かの生徒が途中までできた飾りを抱えて帰り始めていた。別のクラスの誰かがペンキで塗られた看板を重ねて靴箱のほうへ運び、出入口の近くの先生が、はさみを持ったまま走らないよう二人の男子に注意していた。
カイトは靴を履き替え、外へ出た。
正門は夕方の光の中にあり、金属の柵が舗道に細い影を落としていた。その向こうでは、学校の低い塀に沿って近所の道が続き、生徒たちが二人組になって家へ向かい、面談に来た保護者が数人到着していた。商店街のほうから来る人もいれば、細い住宅街の道から来る人もいて、スマホを確認しながら正しい入口を探していた。
数分後、母が家のほうへ続く道から現れた。薄手のカーディガンを着て、トートバッグを片方の肩にかけている。走ってはいなかったが、思ったより速く歩いてしまった人の、少し急いだような様子があった。
カイトは門柱から離れた。
「間に合ったね」と彼は言った。
「必要より早く出たの」母は彼を見て、それから少し止まった。「何かの途中だったみたいね」
「文化祭準備」
「それでか」
カイトは自分のシャツを見下ろし、それから手を見た。指の横に、段ボールのものらしい薄い灰色の汚れがついていた。
「入口の看板が曲がるんだ」と彼は言った。
「直った?」
「今のところ」
「じゃあ、今日はそれで十分かもしれないね」
二人は一緒に中へ戻った。昇降口には、埃と絵の具と、人の服について入ってきた外の熱がかすかに混じっていた。カイトがもう一度靴を履き替えるあいだ、母は面談室への案内表示を見た。以前の学校行事で道はもう知っているはずだった。
面談のある場所まで行くと、廊下は教室に比べて静かだった。ドアの横には予定表が貼ってあり、別のクラスの生徒が父親と一緒にベンチに座っていた。二人とも、同じパンフレットを黙って見下ろしている。
カイトはフォルダーを片腕に挟み、壁のそばに立った。母は予定表を確認してから、廊下の先へ目を向けた。
「ユキ、自分の時間覚えてる?」
「うん」
「あなたのあとに来るのね」
「うん」
数分後、面談室の扉が開いた。別のクラスの生徒が父親と出てきた。二人とも、妥当で面倒なことを言われたあとのような顔をしていた。サクライ先生がその後ろに現れ、予定表を見た。
「カゲツ カイト」
カイトは背筋を伸ばした。
母は肩のトートバッグを直し、彼のあとについて中に入った。
面談室は教室より狭く、窓から入る午後の陽で暖かかった。中央には長方形の机があり、椅子が三つ置かれている。片側の棚には、地域別の大学案内や入試のパンフレットが並び、色のついた背表紙は外の教室の掲示物よりもきれいに整えられていた。
サクライ先生は座るよう手で示した。
「手短に進めよう」と先生は言った。「カゲツ、予備調査では工学系を主な志望分野にしていたね。そこは変わっていない?」
「はい」
「よし」サクライ先生はフォルダーを開き、いくつかのパンフレットを取り出した。「では今日は、候補をどのくらい広げて見るかを考えよう。今日決める必要はない。ただ、どういう選択肢を比べることになるのかは分かっておいたほうがいい」
先生は三冊のパンフレットを机の上に並べた。
一つ目は、自宅から通える距離にある大学だった。工学部は幅広く、いくつかのコースに後から分かれる形だった。二つ目はもっと遠かったが、電車の時間がうまく合えば家から通うことも可能だった。三つ目は県外だった。表紙にはすっきりしたキャンパスの写真があり、木々の並ぶ広い道と、新しそうな工学系の建物が写っていた。そのせいで、近いほうのパンフレットが少し地味に見えた。
サクライ先生は一つ目を軽く叩いた。「これは毎日の生活がいちばん想像しやすい。自宅から通える。費用も抑えやすい。工学全般を学べる。専門性が最も強いわけではないが、基礎はしっかり作れる」
それから二つ目へ移った。
「こちらは機械システム系が強い。通学時間は長くなる。君の地域からだと、授業時間や乗り換えにもよるが、おそらく七十から八十分ほどだろう。それでも、自宅から通えないわけではない」
先生の指が三つ目のパンフレットへ動いた。
「そしてこれは、全体としては最も強い。工学の課程がより専門的で、実験設備に触れられる機会も多く、企業とのつながりも強い。この大学の卒業生は、大きな企業での選択肢も比較的広がりやすい」
カイトはもう一度キャンパスの写真を見た。
サクライ先生は続けた。「工学以外の選択肢も多い。入学後に方向を変えたいと思った場合でも、動ける余地は大きい」
母もそのパンフレットを見た。「でも、費用は高くなりますよね」
「はい」とサクライ先生は言った。「授業料そのものが極端に違うとは限りません。ただ、大学の近くに住むとなると、総額は高くなります。家賃、食費、光熱費、休みの間に帰省する交通費。通学定期を使っても、普通は自宅から通うほうが一人暮らしより安く済みます」
カイトは三冊のパンフレットを順番に見た。
そう言われると、選択肢は分かりやすかった。
近くて、安定している。
遠いが、まだ家とつながっている。
内容がいちばん良く、柔軟性もあって、将来の仕事にはたぶん有利。でも、離れていて、費用もかかる。
サクライ先生は彼を見た。「君の成績なら、三つ目を最初から外す必要はない。数学と理科はいい。上を目指すなら英語はもう少し必要だが、次の模試でよりはっきり見えてくるだろう。今は費用がかかっても、学科や進路次第では、長い目で見て納得できる選択になる可能性もある」
カイトはうなずいた。
まず近いほうのパンフレットを取り、それから県外のものを取った。近い学校のほうが想像しやすかった。遠いほうは、無視できないくらい良く見えた。
それなら、比べるのは簡単なはずだった。
簡単ではなかった。
「まだ分かりません」と彼は言った。
母が彼のほうを見た。
カイトは二冊とも机の上に置いたままにした。「どれを第一にするか決める前に、もう少し調べたいです」
サクライ先生はうなずいた。「それでいい」
「以前は、学科の質が高いなら県外も考えると言っていたね」
「今も考えます」とカイトは言った。
その答えは、前より少し遅く出た。
いちばん遠いパンフレットに載った建物は、近い学校のどれよりも新しいのだろう。コース一覧にある名前も、卒業後に自分がやりたい仕事に近く見えた。そこへ行けば、あとで選べる道は増えるかもしれない。
でも、絵はキャンパスだけで止まらなかった。
その先まで続いた。寮の部屋か、アパート。授業のあとに食べ物を買うこと。着るものがなくなってから洗濯すること。一日の終わりではなく、休みのときに家に帰ること。
何かあれば、電話すればいい。
それは普通のことだった。そうしている人はいくらでもいる。
ただ、以前より大きく感じただけだった。
旅館での約束は、大学についてのものではなかった。直接には。ユキは、ずっと近くにいてほしいと言ったわけではない。ただ、まだ残っている時間を追い越さないでほしいと言っただけだった。
それでも、パンフレットを見ていると、また戻ってきた。
袖をつかんだ手。いつもの声でいようとして、少しうまくいかなかった声。
サクライ先生は待っていた。
カイトは代わりに真ん中のパンフレットを見た。「通学時間が長いほうも、確認する価値はあると思います」
母がそれを見た。「九十分近くかかるとしても?」
「まだ分からない」とカイトは言った。「実際の経路を確認したい。朝の電車、乗り換え、授業時間。無理があるかもしれない」
「毎日となると、それでもかなり長いわね」
「うん」彼は学科一覧を見下ろした。「でも、家にはいられる」
母はすぐには答えなかった。
サクライ先生が用紙に何かを書いた。「それは大事な違いだね」
カイトは、自分が思っていたよりはっきり言ってしまったことに、少し遅れて気づいた。
彼はパンフレットを少し寄せた。「遠い学校だからという理由だけで、外したくはないです。でも、距離が関係ないみたいにするのも違うと思います」
「いい考え方だ」とサクライ先生は言った。「距離は関係する。費用も関係する。学科の内容も関係する。今日決めることが目的ではない。正直に比べることが目的だ」
カイトはうなずいた。「じゃあ、まずは三種類とも調べたいです。近いところ、通学時間が長いところ、県外のところ」
母はパンフレットを見て、それから彼を見た。「家でちゃんと比べよう」
「うん」
「お父さん、表を作るわね」
「作ったほうがいい」とカイトは言った。「実際、助かる」
サクライ先生がかすかに笑った。「この種類の判断には、役に立つかもしれない」
面談の残りは、入試方式、オープンキャンパスの日程、勉強の重点、奨学金の情報へ移っていった。サクライ先生は、近場の学科を一つか二つ、通学時間の長い学校を一つ、それから遠方の選択肢を一つ、短いリストにしてみるよう勧めた。遠方の学校が、それでもはっきり有利な場合に備えて。
カイトは学校名を書き留めた。
終わりに近づいた頃、サクライ先生が用紙の上から彼を見た。「予備面談のときより、家を出ることに慎重になっているように見えるね」
カイトは止まった。
母は完全には彼のほうを向かなかったが、聞いているのは分かった。
「何が変わるのか、考えました」と彼は言った。
「それは考えていいことだ。ただ、きちんと比べる前に候補を狭めすぎないように」
カイトはうなずいた。「狭めません」
それは本当だった。
避けても役には立たない。パンフレットがよく見えるからという理由だけで動くのも違う。
面談は、サクライ先生が書類をきれいに重ね、持ち帰るようにパンフレットをカイトのほうへ滑らせて終わった。
「カゲツ ユキさんを呼んできてください。君は外で待っていていい」
カイトと母は立ち上がった。
扉を開けると、ユキは廊下のベンチに座っていた。膝の上にフォルダーを置いている。窓から差す午後の光が床に広い帯を作り、彼女の靴の近くの紙の繊維や埃を照らしていた。彼女はすぐに顔を上げた。
カイトは、母が先に話せるように横へ退いた。
「ユキの番」と母が言った。
ユキは立ち上がり、フォルダーを少し強く抱えた。「うん」
サクライ先生が二人の後ろに現れた。「カゲツ ユキさん」
ユキは入口へ向かい、それからカイトのそばで止まった。
「どうだった?」と彼女が聞いた。
「工学系の話」とカイトは言った。「ほとんど」
「だよね」
「いくつか比べる必要がある」
ユキの指がフォルダーを軽く強く握った。最初から見ていなければ、ほかの人には気づかないくらいだった。
「近いところ?」と彼女は聞いた。
「近いところが一つ。通学が長いところが一つ。遠いところが一つ」
すでに部屋へ戻りかけていた母が付け加えた。「家でちゃんと比べることにしたの」
ユキはうなずいた。
カイトはまた彼女のフォルダーに気づいた。プリントはもう外にはみ出していなかったが、中にある見出しの一部はまだ見えた。心理学。大学。
「メモ、十分持ってきたな」と彼は言った。
ユキは下を見て、フォルダーを押さえた。「始めないで」
「始めてない」
「始めかけてた」
「忘れるなって言おうとしただけだ」
「それが始めてる」
サクライ先生はドアのそばで礼儀正しく待っていた。急かしてはいなかったが、会話が長く続くほど遠くにいるわけでもなかった。
ユキはもう一秒だけカイトを見た。
それから面談室に入った。
扉が彼女と母の後ろで閉まった。
カイトは廊下に残った。
教室へ戻ることもできた。文化祭準備はまだ続いているし、サトシはたぶん、いちばん悪いタイミングで見捨てたと言うだろう。入口の看板はまだ曲がっているかもしれない。誰かが、置いてはいけないところに濡れた絵の具を置いている可能性も高い。
彼は階段のほうへ続く廊下を見た。
ここまで来ると、文化祭の音はかすかだった。教室のほうから声が上がったり下がったりし、机を引きずる音や、ときどき遠くまで届きすぎる笑い声が混じっていた。窓の外では、校庭の向こうの校舎の陰に陽が低くなり、ガラスは明るいが暖かくはなかった。
カイトはベンチに座った。
パンフレットはフォルダーの中で膝に触れていた。
彼はいちばん上の一冊を開き、もう一度学科一覧を見た。機械システム。材料。設計。後ろのほうには、小さな文字で通学情報が載っている。あとで確認する電車の路線があり、模試や文化祭の片づけと照らし合わせるオープンキャンパスの日程があった。
そろそろ戻るべきだった。
それでも彼はページをめくり、その場に残った。
面談室の中では、声が聞き取れないくらい小さく動いていた。
カイトはパンフレットをきれいに重ね直し、それから閉じた扉のほうを見て、待った。




