7 お外でバーベキューをやりました
まな板の上にラビッタの肉を置いて、包丁を入れていく。
厚みを均等に、繊維を断ち切るように。ステーキ用に切り分けると、断面がきれいな赤みをしていた。鮮度は申し分ない。
「トング」
ぽんっ。
手の上にトングが落ちてきた。受け取りながら、続けて念じる。
「フライパン」
ぽんっ。
コンロの上にフライパンが現れた。永久式のコンロに火を入れると、じわじわとフライパンが熱を帯び始める。
ステーキ2枚を並べた瞬間、じゅうっという音が朝の空気に広がった。
「すごいすごい、貴方様!」
隣で狼くんが前のめりになっている。尻尾が忙しい。
「そこまで褒めなくていいよ」
---
焼いている間に下準備をする。
「皿、2枚。塩、胡椒」
テーブルの上に皿と調味料が揃った。塩を手に取り、肉の表面にまんべんなく振っていく。これは味付けではなく、肉汁を引き出すためだ。塩が表面に触れることで、余分な水分と一緒に臭みも浮き上がってくる。
「キッチンペーパー」
ぽんっ。出てきたので、点線に沿って切り取る。もう一本トングを願い出して、肉をひとつ持ち上げる。そしてもう一方のトングでキッチンペーパーをつかみ、フライパンに溜まった肉汁をさっと拭き取る。
拭き取ったら、肉を裏返して置く。
これが大事なのだ。肉汁は確かに旨みを含んでいるが、臭みも一緒に出てくる。特に焼いた肉を好む動物――犬や猫もそうだが――は、この臭みを敏感に嫌がることがある。嗅覚が鋭いぶん、人間よりもずっと気になるらしい。
今日の相手は狼くんだ。犬とは少し違う気もするが、焼いた肉を所望したからには同じ配慮をしておいて損はない。
2枚ともひっくり返して拭き取りを終えたら、もう一度だけ塩をさっと振る。1回目は臭み取りのため、2回目は味付けのため。役割が違う。
---
火が通ったところで皿に盛り付ける。
仕上げに胡椒を取り上げ、俺の皿にだけ振った。
「ほう。私の方には胡椒は振らないんですね」
狼くんが興味深そうに覗き込んでくる。
「ああ。胡椒は刺激物だから、嗅覚に響くといけないと思って」
「よくご存知ですね」
狼くんは少し目を細めた。
「実は仲間のひとりが以前、胡椒の実を破壊しましてね。嗅覚がまる2日ほど使いものにならなくなったと聞いたことがあるんですよ」
(なんで破壊したんだ)
疑問は飲み込んだ。色々と突っ込むと長くなりそうだったので。
---
俺は狼くんの皿の肉を、さらに食べやすい大きさに切り分けてやった。
「……なんとお優しい方なのでしょう」
狼くんの声が、少し違う色になった。
「大したことじゃないよ。まず食べよう」
「はい。では……」
狼くんが一切れ、口に入れた。
しばらく、何も言わなかった。
「……旨い」
静かな声だった。
「旨い……!!」
今度は違った。目の端に、光るものが見えた。涙だった。本当に、泣いていた。
(涙が出るほど!?)
俺も笑いながら、自分の分を口に運んだ。
……うまい。
本当にうまかった。臭みがなく、肉の甘みがじんわりと広がってくる。うさぎ肉がこんなに美味いものだとは思わなかった。気づいたら俺も目が潤んでいた。
「貴方様も泣いていますよ」
「うるさい」
狼くんがふふっと笑った。俺も笑った。
異世界の朝、玄関先で、狼と向かい合ってうさぎ肉のステーキを食べている。どう考えても普通じゃない状況なのに、不思議と落ち着いていた。
「あの、貴方様」
食べ終えた頃、狼くんが改まった様子で口を開いた。
「わたし、貴方様にお仕えしてもよろしいでしょうか」
尻尾が、ゆっくりと揺れていた。さっきまでの全力ではなく、少し緊張したような、控えめな動きだった。
「そうか」
俺は少し考えてから、答えた。
「仲間、でいいよ。お仕えとか堅苦しいから」
その瞬間、尻尾がまた全力になった。
---




