36 パンケーキを作ろう
家の中に入ると、雨音が屋根を叩く音が心地よく響いていた。
外は本降りになってきている。
畑の苗木たちにはちょうどいい雨だ。
俺はエプロンをつけながら、台所に向かった。
「何か作るのですか?」
メセタが後ろからついてくる。
「パンケーキ」
「パンケーキ!?」
「ホットケーキとは少し違うやつだよ」
「どう違うのですか?」
「作りながら説明するよ」
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材料を揃えていく。
小麦粉、牛乳、溶かしバター、ベーキングパウダー、グラニュー糖。
それぞれを分量通りにボウルへ入れていく。
ホットケーキとパンケーキは、見た目は似ているが中身が違う。
ホットケーキは卵と牛乳と小麦粉のシンプルな構成で、素朴でもちっとした食感が特徴だ。
一方パンケーキはバターを生地に混ぜ込む。
バターが生地全体に行き渡ることで、焼き上がりにほんのりとしたコクと風味が加わる。
シロップやバターを後からかけても美味しいが、生地そのものに風味があるから、何もつけなくても十分に美味しい。
「ベーキングパウダーというのは?」
「生地を膨らませるための粉だよ。これを入れると焼いたときにふわっと軽くなる」
「それが入っているかどうかで食感が変わるんですね」
「そう。ベーキングパウダーなしで焼くと、ずっしりした仕上がりになる。入れることで、空気を含んだ柔らかい生地になるんだ」
ヘラを手に取って、材料をざっくりと混ぜ合わせていく。
グルグルと混ぜ続けるのではなく、底からすくい上げるようにして合わせる。
混ぜすぎるとグルテンが出て、焼き上がりが固くなってしまう。
多少の塊が残っていても、焼けばちゃんと仕上がる。
「少し混ぜるだけでいいんですか?」
「そう。混ぜすぎない方がふんわり仕上がるんだよ。料理って、手をかければいいってわけじゃないんだ」
「ほへえ……奥深い」
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フライパンをコンロに置いて火にかける。
ある程度熱が通ったところで一度火から下ろして、濡れ布巾の上に置いた。
しゅーっという音が立つ。
こうして余分な熱を抜いて温度を均一にすることで、焼きムラが出にくくなる。
コンロに戻して弱めの中火にして、油をさっと引く。
おたまで生地をすくってフライパンの中央に流し込んだ。
じゅうっ。
丸く広がった生地が、ゆっくりと焼けていく。
しばらくすると表面にぷつぷつと小さな気泡が現れ始めた。
一つ、二つ、三つと増えていき、弾けた跡が小さな穴になって残る。
生地の縁が固まってきた。
「そろそろだ」
フライ返しをすっと差し込んで、ひっくり返す。
ふわっと膨らんだ。
裏面が香ばしい焼き色になっている。
バターの甘い香りがキッチンに広がって、メセタの鼻がひくひくと動いた。
「いい匂いがしますね……!」
「もうすぐだよ」
しばらくして、裏面も程よく焼けたのを確認して皿に移す。
次の生地を流し込んで、また同じ工程を繰り返す。
フライパンの状態を保つために、時々濡れ布巾で温度を整えながら焼き続けた。
一枚、二枚、三枚。
焼くたびにキッチンに香りが満ちていく。
バターと牛乳が熱で変化した、甘くて温かい匂い。
雨音と混ざって、なんとも居心地のいい空間になっていた。
全部で八枚焼き上がった。
「よし、完成」
四枚ずつ皿に盛り付けて、テーブルに並べた。
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「これは?」
「パンケーキ」
「昨日のホットケーキとは違うのですか?」
いい着眼点だ。
「違うよ。今回はバターを生地に混ぜ込んでいるから、風味が変わってくる。昨日のホットケーキはバターを上に乗せて溶かして食べたけど、今日のは生地の中にもバターが入ってる」
「そんな細かな違いがあるんですね……勉強になります」
メセタが真剣な顔で頷いた。
このドラマへの食いつきと、料理への学習意欲が同じ顔でくるのが面白い。
「まず一口、食べてみて」
一枚を切り分けて、メセタの前に差し出した。
「あむ……もぐもぐ……」
少しの間があった。
「……ホットケーキの時とは確かに違います。バターのほのかな風味が……生地の中から感じられます。前の時は上にバターを乗せていたから、外から来る感じだったけど……今回は内側から来る感じ」
「そう、そういうこと。よく分かったな」
「食べ比べてみると分かりますね」
メセタが感心したように尻尾を揺らした。
前のホットケーキをちゃんと覚えていて、今回と比較している。
こういうところが、メセタの賢さだ。
俺も自分の分を切り分けてフォークで刺して口に運んだ。
外はほんのりきつね色で、中はふんわりと柔らかい。
噛んだ瞬間にバターの風味がじんわりと広がって、牛乳の優しい甘みが後から包んでくる。
シロップをかけなくても、十分に味が完結していた。
「「美味あ!!」」
また声が揃った。
雨音を背景に、ふたりでパンケーキを食べた。
外は灰色の空だったが、テーブルの上は温かかった。
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食べ終えて、食器をシンクへ運んだ。
洗い物を済ませて、布巾でテーブルを軽く拭く。
ソファに腰を下ろすと、すぐにメセタが隣にやってきた。
「我が君、隣に座っていいですか」
「どうぞ」
メセタがぴたりと寄り添ってくる。
俺は自然に手を伸ばして、頭と背中をゆっくりと撫でた。
メセタが目を細めて、静かに息をついた。
雨音が続いている。
畑の苗木たちにはちょうどいい雨だ。
「もう少ししたら外の様子を見に行こうか」
「はい……でも、もう少しだけここにいてもいいですか」
「いいよ」
ふたりで、雨が上がるのをゆっくりと待った。
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