プロローグ 「働きすぎ、ダメ。絶対に!」
転生したら、乙女ゲーム世界のAIメイドでした。
ご主人さまは、ちょっと(かなり)ポンコツな悪役令嬢。
一生懸命お仕えしますが、なぜか全部空回り。
しかもお嬢さまが、魔法無効化体質でわたしの最強スキルが効きません!
――こんな主従関係、だいじょうぶですか?
あれ?
なんか、モニターがぐにゃって……ゆがんだ?
目の奥がじん、と痛む。
クラクラする。これ、ダメなやつ? ほんとにヤバいかも……
心臓がバクバクうるさい。息も上手く吸えない。
あ、これ、ダメじゃない? 完全にアウトかも
「と、とにかく横……横にならなきゃ……」
椅子から立ち上がろうとした瞬間――
血だけはまだ座ったままって感じで、すうっと血の気が引いていく。
視界がぐにゃん、ぐにょん、と歪んだ。
にゃる……? なんだその音。思考すら変になってきてる。
次の瞬間、ドサッ、と音がして、私はその場で砕けるみたいに椅子とデスクのあいだに倒れ込んだ。
あー、今日って暑いからって高校の時の体操服とか着てる。もうバカなのわたし下着もヨレヨレだったかも……
いや待て、この状態で確認とかして途中で意識飛んだら、また違う意味でピンチを招きかねないじゃない。
このまま救急搬送とかされたら…… いや、そもそも発見されない可能性の方が高い!?
ひえぇぇ…… 無理…… 恥ずか死ぬか、普通に死ねる。いやまさに今死にそうなんだったわ。
頭が回らなくなってきたよ、指一本すら動かない。
ああ、意識が……
かろうじて倒れた先のデスクトップが視界に入った。
デバッグモードの画面。
そこには作りかけのゲームの悪役令嬢、セシリアが映っている。大胆不敵な笑みを浮かべ、完璧なドレスを身にまとった、あのセシリア。
朧げな視界と遠のきそうな意識の間で、ふいに感情がほつれ溢れ出す。
「悪役……押し付けちゃったな……」
モニターに映るセシリアがゆらゆらと揺れ出した。
わたし、泣いてるんだ……
でもね、可愛くしてあげたんだよ。
「もっと……つくりたかったよ……」
あなたを……
世界を……
静かになった部屋
ディスプレイの中で、セシリアのキャラ絵が不意に消え……
1行だけ文字が打ち出された
> accept……
――――
――荘厳で、どこか古い儀式の響きが、遠くの遠くで聞こえた。神殿で詠唱するような声。
なんの音? 礼拝? 祝詞? まさか怪しい宗教?
え、どこ、ここ、今何時? それよりわたし、生きて……る? 生きてるみたい! まずは、5W1Hの確認? それより、生きてるよろこびに今は感謝ね!
そう思った瞬間だった。
冷たい合成音声なのかモニターに映された文字なのか、聴こえもしないし見えてもいないけどはっきりと意識が認識する。
『マスター名: "セシリア・フォン・アーネスト” 被検体DNA情報、量子固有配列解析開始……』
ザザッと、光の粒が視界の裏側を駆け抜ける。
『解析完了:特権階級コード検出――量子キー:Authority α』
…… ?! 量子キー? 権限? なぜ、ガチSFナレーション?
『適合ギフト選定: TOP PRIVILEGE ACCESSING』
『対象ギフト: AI HUMANOID《LUNARIA》選択』
なにこれ、ハードSFとかわけわかんないんですけどー
もうちょっとファンタジーよりでお願いしたいんですけどー
『量子合成シーケンス開始』
きゃっ!
『全プロトコル、解錠』
意識に流れ込む神聖な儀式の声と、金属的で冷たい電子音が同時に混じり合い、世界とわたしがぐにゃりと折り畳まれていく。
えっ! わたしがって――ちょっと待ってわたしもなのー
イヤァー!!
――――
そこは人が記憶から忘れ去った地。
それでも人の為に稼働し続ける何処ともない場所…… システムのみが自己進化を繰り返し、人の理解を超えても生産を繰り返し続ける…… ファクトリー。
その生産ラインに並ぶ、ひとつの透明なケース。
その内の何もない空間に光の粒が押し寄せ消えていく。
そこに、ひとりの少女がラインオフされれいた。
銀糸の髪、人工的に整えられた完全無欠のシルエット。
瞳には、星のような光の演算パターンが揺れている。
「……起動、確認。」
「AI自立型ヒューマノイド "ルナリア" 起動成功」
「:Ship Out……Bon voyage!」
――――
(モギュ!? なに わたし……)
先程とは違い色々なノイズの混じり合う音が耳から入り視界が開けた。でも視界には光の筋が幾重も流れてるだけ。
手や足の感覚……
生身の体を感じる……
のだけども、ぴ・く・り・とも動かせません!
いや正しくは、動いてはいるんだけど。動かして無いのに動いてる。やだ何これ怖い!
わけのわからないこと言ってるけど、簡単に言うとね。プリーズ ヘルプ ミー! です。
《ファーストコネクト確立。"トウカ"プロセス接続》
脳に直接、合成っぽい声が流れ込む。
(え、ちょ、誰!?)
《私はルナリアの運用AI――プラム・プロセス》
《あなたとシステムのインターフェイスプロセスとして現在稼働中です》
プラムってなんか覚えがあるような……? インターフェイス……稼働中さん?
(コレ、なーに? わたし、今どーなってるの?)
《お答えします あなた“透香"は現在稼働したAI自立型ヒューマノイドに搭載された人格プロトコルのひとつと推測されます》
ははあーん、コレはあれよね。死んだわたしの脳が冷凍保存されてて、未来でアンドロイドで復活のSFシュチュエーションな未来かな。
(ねえプラム……さん、なんでわたし自由に動けないんですか?)
《プラムのみで結構です》
《この躯体「ルナリア」の主人格制御「AIルナリア」は別にありますので、現在あなたの制御下にはありません》
「よろしく、透香」
ヒョッ! 勝手に口が動いた、ちょっと怖い。
ルナリア なんか聞いたことあるような、ないような。
あっ! 思い出したわ。
わたしが制作してた乙女ゲーム『聖女と薔薇の刻証 ~Rose et Sainte~』そのゲームの悪役令嬢セシリアに付き従うメイドAIヒューマノイドの名前だ。
よく覚えてたよ。わたしエライ!
なるほどね、乙女ゲー転生の方だったか。まあ死ぬ時伏線張られてたからね。ここはゲーム脳的に、まずはすんなり受け止める、じゃないとわたしの頭がパンクしそう。
それにしても、中世とSFを組み合わせてオリジナリティを出そうとか、ややこしい設定したらロボの中だとこんなハードSFなのね。
《ロボではなく、当躯体は有機ヒューマノイドです》
(人みたいな作りなの?)
《その認識で大丈夫です》
ふーん、ミサイルとか出ないんだ。なんか残念。
《ポイント: revelare 引渡しポイントへの転送終了》
《マスター「セシリア」確認》
また唐突に展開進めないで、心の準備がまだできてませんよーだ。
ただ「セシリア」と聞いて、最後に目にしたモニターと胸を締め付けた思いがそっと戻ってきた。
視界を流れてた光の筋がゆっくりと消えていく
瞼を閉じようとしているのね。
うわっ!
足にガクンと重力の重み
耳には今度こそ人々のざわめく声が、容赦なく流れ込んできた。
ゆっくりと瞼が上がっていく
その視界に映し出された黒髪の少女。
セシリア!
上目使いにこちらを見る目。
媚びてるんじゃなくて身長差で上目使いになってるだけなんだけどね。




