102.スペシャルエピソード―カノンの成長譚―I・F―
私は、ごく普通の少女だった。
「貴方の祈りには特別な力があるのよ」
昔からそう言われて育った。
私の周りには常に人がいた。母様、父様、祈り子のみんな。
エリュナ・サンクティアでの暮らしは平和で、日々は穏やかにすぎていった。
十八歳の誕生日。私はいつものように聖樹に向かう。
誰かがやらないといけない。
私はそう強く感じていた。
歴代の聖女の方法は確かに、自らの自由と祈り子達を守ったかもしれない。だけど今ではそんなもの無意味なのではないかと思えてしまうのだ。
母様は今までそうしてきたのだからと救うことを躊躇ったと言った。世界の混乱の責任を負いたくないのだと。
確かに、その気持ちはわかる。
でもゼゼの話を聞いても、祈り子達の様子を見ても、何かが特別に起こってしまうと言うな予感は全くなかった。
それに何より、独りじゃない。
「きっと大丈夫」
静かに祈りを捧げる。毎日、聖樹の元に通った。
『お前は、世界から穢れを消す気かい?』
「うん」
『そうか。まぁ、それも時期なのかもな』
ゼゼは静かに受け入れてくれた。
私は祈った。
世界から穢れが完全に無くなることをただひたすら願う。
そうして一年。
世界から穢れは消えた。
聖樹は枝や実を落とさなくなった。
魔獣は穢れを失い、息絶えた。
でも、世界はそこまで混乱しなかった。
今日も静かに回ってる。
「馬鹿じゃないのかお前」
薄紫色の髪をなびかせて、いきなり罵倒してきたアイツは、私が居る場所を見ると顔を顰めた。
「祈り子から報告が来た。世界から穢れが消えたって」
コイツは腐れ縁の幼なじみだ。
「もう穢れを残したって意味ないじゃない。魔獣も居なくなって、いい事づくしね」
「さすがに魔獣が死滅すれば一般人も聖女の存在に気づくぞ」
「だから?どうなるの?」
「……みんな歓迎するんじゃね?」
「でしょ?祈り子が錯乱するーとか世界が混乱するーとかもう昔の話よ」
ご先祖さまの手記にはこう残されている。
もしご先祖さまの時代に同じ事をしていたら祈り子の自殺者は絶えなかっただろうし、聖女という存在を探し求める民衆で混乱していただろう。
と。でもそんなの数百年前の話だ。
私が聖女だって事も今は祈り子なら誰でも知ってる事実だし。
穢れに対する民衆の理解も深まっている。
長い年月をかけて、祈り子はその在り方を変えた。夜の勤め等というものがあった時代もあったらしいがそんなもの無くなっているし、祈り子は聖樹がないと浄化ができないという事実を公表していた。
発表当時は随分荒れたらしいが、それももう過去の話。
今は、穢れを消しても混乱しないだけの下地が揃っている。
「ロウウェン様。そろそろお時間が」
「分かった」
執事らしき人に呼ばれ、ロウウェンは踵を返す。
「わざわざイーサリオンからありがとうね」
「別に」
唯一寂しいのはあんまり遠出ができなくなった事だろうか。でも、私の魔力量なら隣国位までの範囲なら十分飛んでいける。
最近は魔力を消費せずに遠くまで飛べる魔術陣も出てきたし、行こうと思えばどこでもいける。
これだけ高い魔力に産んでくれた両親に感謝しなければ。
「カノン!こんな所にいた!探したよ」
私は聖樹の枝から飛び降り、声をかけてくれた馴染みの祈り子に駆け寄る。
「相変わらずバチあたりなことしてるね。聖樹に触れるなんて畏れ多くて無理だわ」
「いいじゃん。私が触れてれば聖樹の負担が減るらしいんだもん」
「あー。こら、お祈りしていけー」
真面目な彼女は律儀に聖樹の元を訪れたらお祈りをするという戒律を守っているようだ。
私もお祈りならさっきしたけどと、少し不満に思った。けれど、私の祈りはあればあるだけ良い。
―――いつまでも、この愛おしい時間が続きますように。
祈りは世界に溶けた。
伝承にのこる聖女達はどんな事を祈ってきたのだろう。少し気になったが、きっと、私と同じ願いを世界に溶かしていたのだろう。
すぅっと、澄んだ空気をすいこむ。今日も世界は平和だ。
「カノン!今日ご飯、海老揚げだって」
「ラッキー!」
カノンの成長譚
Inflection Future
少しだけ閑話をあげるつもりではありますが一旦ここで完結とさせていただきます。
カノンちゃんの成長を見守って下さりありがとうございました。




