表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/81

第六十話 無名の男 その3 津田算長

 紀伊の険しい山道を超えて根来寺ねごろでらに至ると、まるで異界にでも迷い込んだかと思うほどの、豪奢な堂塔伽藍の数々が立ち並んでいた。


 異様なのは、街並みばかりではない。

 道々にたむろする男たち、その風体までも異様であった。


 長く垂らした髪を後ろにまとめて編んで垂らし、法衣の下に具足を身に着けている。その中の多くが、今まさに戦に出ようとするもの、そして戦から帰ってきたものたちである。


 各地の紛争に鉄砲一式を担いで参戦し、外貨を稼いで帰ってくる。

 根来の行人たちは、そうして日々を暮らしているのである。

 ここ根来寺は、傭兵たちの街であり、砦であった。


「もし、津田つだ監物けんもつ殿はいずこにおられるか?」


 男が、行人のひとりにそう声をかけた。

 行人は立ち止まり、じろりと男の姿を見ると、ひどい紀州なまりで言った。


「てきゃあぞこの人よ?」


「は、敵? 敵ではござらぬ、津田監物殿はいずこにおられるかと……」


 男が困惑しながら重ねて問うと、行人は笑って言った。


「おもしゃいね。あんたぁぞこから来たんて聞いちゃあるよ」


 ザ・ダ・ラの音が入れ替わるのは紀州弁の特徴である。

 男はしばらく面食らっていたが、行人と会話するうち、たちまち要領をつかみ、紀州人の言葉を即座に解するようになった。


「なるほど、杉ノ坊におられるのだな。感謝いたす」


 話してみると、行人たちは風体こそ怪しいものの、性格は軒並み陽気で楽天的であり、明らかな他国者の男に対しても、さほどの警戒感を抱かず接するようであった。


 行人たちが言う「杉ノ坊」は、根来寺に数ある僧院のひとつで、津田監物算長(かずなが)が率いる行人たちの住まうところであるらしい。

 杉ノ坊に近づくにつれ、鉄砲を担いだ行人たちの数はおびただしくなり、この狭い土地に集積された火力の異常さに、男は恐怖すら感じた。


 杉ノ坊で来意を告げると、男は人気の少ない僧房に通される。

 そこかしこに火薬のにおいが満ちており、今もどこかから鉄砲で狙われているのではないか、突然頭を撃ち抜かれるのではないかと不安になる。


 緊張に身を固めながら待っていると、小僧がひとり来て、こう告げた。


「監物殿はいま忙しくお会いできぬゆえ、二、三日ご逗留めされよ」


 そうして、有無をいわさず宿坊に案内される。

 事情の説明などはほとんどない。

 従うほかなかった。




 それから、三日が経った。

 三日間、拘束こそされなかったものの、周囲に常に監視の目が光っていることが、男にもわかった。


 そして三日目の昼過ぎ。

 小僧が男を呼びに来た。


「妻木三郎殿、監物殿がお会いになる。こちらへお越しを」


 そうして、人気のない僧房に案内される。

 男は腹をくくって待った。


 しばらくして、緊張に身を固める男の前に、大柄な行人が現れた。


 絹の法衣をぞんざいに着崩し、肩に鉄砲を担いでいる。

 四十半ばほどであろうか、無精ひげに白髪が交じっているが、その肉体は戦場で鍛えられたものらしく、独特の熱を放っていた。


 行人は微笑を浮かべながら、男の前に坐した。


「待たしてしもて、悪かったね。こらえてな。わえが津田監物じょ」


 声が、明るく、ゆるい。

 これが、種子島まで乗り込んで鉄砲を買い付け、日本で最初の鉄砲部隊をつくり上げたと言われる、津田算長なのだろうか。


 男は平伏して名乗る。


「妻木三郎にございまする。此度は高名な津田監物殿の部隊に加えていただきたく、鉄砲持参で罷り越した次第にございまする」


 名乗りを聞いて、算長は笑った。


「あっはは、芝居はもうええよ。調べさしてもろたのし」


 男の背筋に冷たいものが走る。

 三日間、津田算長が現れなかったのは、身元を調べるためだったのであろう。

 早くも間者であることがばれてしまったのか。


「しかしね、わからんかった。てきゃあ何者じょ? おおかた三好の間者やろと思うて調べさしたけど、身元はなんにも掴めへんかったよ」


 言いながら、算長は機嫌よく笑っている。

 間者が入り込もうとしたことに、不快すら感じていないようであった。


 男は、開き直って言う。


「何者でもござらぬ。もとは近江の住人で、傭兵稼業をしておりましたが、いずこの家にも召し抱えてもらえぬ素浪人でござる」


「ほーん。その素浪人が、ぞうしてそんな立派な鉄砲担いで、偽の紹介状までもって、こんな山の奥まで来たのよ?」


 算長の言葉に、詰問するような調子はない。

 興味のおもむくままにただ聞いている。

 そのような印象を受けた。


 男は、腹を決めた。

 そして、すべて洗いざらいぶちまけることにした。


「三好家に仕官すべく、松永殿を訪ねたところ、鉄砲と紹介状を与えるゆえ、根来寺に潜入し、その戦術、戦法、砲術を盗め、さすれば召し抱えると言われ、参った次第にござる」


 その言葉に、算長は盛大に噴き出した。


「ぶっはは! なるほどね、いかにも松永弾正のやりそうなことのし。そいで、鉄砲に興味あるちゅうんは本当け?」


 突然の話題の転換。

 男はここで何をどうつくろっても無意味と、心のままに答えた。


「はい。できうることなら、たしかな師について学びたいと、常々思うておりました」


「おう、たしかな師ならここにおるよ。日本中探しても、わえより鉄砲詳しいもんは一人もおらんのじょ」


 そう言って、また笑う。

 目の前の男が間者として入り込もうとしたことなど、もう忘れてしまったかのようであった。


「よろしいのですか!? 拙者、三好の間者として潜り込もうとした次第にて……」


「てきゃあ、なんでここに来たのよ。兵を率いて戦に勝つ、将軍になるためじゃないんけ?」


「そ、それは勿論のこと!」


「人の地をこれたもち、人の民を分かちてこれやしなうは、必ずく内に其の賢者有ればなり」


 算長は突然、呪文のようにそう言った。

 男はほとんど無意識に、その言葉に応じる。


「『尉繚子うつりょうし』にござるか?」


「ほう!」


 算長はにやりと笑って言う。


「てきゃあ賢そうじゃと見たが、思った通りのし。こんなん知っちょるもん、そうはおらんじょ。根来に行人はあまたおっても、将として人を率いるもんはおらんのし。学侶はあまたおっても、能吏として国を富ませるもんはおらんのし。鉄砲教えちゃるから、てきゃあわえのもとで働くしかええわ。松永弾正なんどより、わえが高う買うちゃる」


 算長はそう言って、また大声で笑った。

 男は、この奇妙な鉄砲師のもとで、働いてみようと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ