老メイドと賢い庶民
「エレオノールさん、お久しぶりでございます!」
「久しぶりだね、ジュスティーヌ」
久しぶりに会った老メイドのエレオノールと庶民の女ジュスティーヌは、ともに挨拶を交わした。
「元気にしていたか?」
「エレオノールさん、前にも言ったでしょう?アタシは頑丈だけが取り柄の女ですから。いつだって元気だけはございますよ」
ジュスティーヌがアッハッハと豪快に笑った。
彼女が働く居酒屋のバックヤード。
エレオノールとジュスティーヌは、2人して木箱に腰かけて、お互いの近況を報告し合った。
「そりゃよかったわ」
そういえばそんなことを言っていたな、などとジュスティーヌの過去の発言を思い出しながら、エレオノールは纏めた髪から垂れた後れ毛を直した。
「今日はどうなすったんです?また何ぞや困りごとでございますか?ジュリエットお嬢さまに何かありましたか?」
もはや勝手知ったる仲であるからか、ジュスティーヌは無遠慮にタバコを吸い始めた。
こんなところも相変わらずだな、とエレオノールは深い感慨に耽った。
「違う」
「じゃあ、いったい何の用事があってこちらに?」
ジュスティーヌが鼻と口から煙を吐き出しながら、あれこれ聞いてくる。
当然であろう。
突然職場にやってきて、「この後、話したいことがある」と言ってきたのは、エレオノールの方なのだ。
「ジュリエットお嬢様が結婚されることになった」
「おお!そりゃよござんす!!どれ、スイカでもお贈りしましょうか?アレはなかなか腐らないし、種がたくさん入っているので、子宝に恵まれるってんで、たいへん縁起がよろしいそうですよ!!」
ジュスティーヌが、大げさなくらいに喜んでみせた
──このオーバーリアクションに加えて、やたらとベラベラ話す……この女、ほんとに何ひとつ変わってないな……
エレオノールの中で懐かしい気持ちと呆れる気持ちが、ない混ぜになった。
「それでそれで?アタシは何をすりゃあいいんです?マルグリットお嬢さまみたいに、婚約破棄の手伝いをすれば良いのですか?」
ジュスティーヌがまた煙を吐く。
「違う」
「じゃあ何です?婚約者の男に近寄る女を追っ払うとか?」
「ジュリエットお嬢様がな、結婚式に参列参列して欲しいそうだ」
「誰にです?ひょっとしてお父さまと?和解したいのですか?その手伝いをしろということでございますか?」
エレオノールはまたしても呆れた。
同時に、影武者を任せていた時期、この女の突飛な発想に、ときどきついていけないときがあったことを思い出した。
「お前にだよ。お嬢様はな、お前には本当に感謝しているから、参列してもらうついでに、いろいろと贈りたいそうだ」
「やだなあ。アタシみたいな下賤の女がお貴族のジュリエットお嬢さまの結婚式に参列なんざ、恥かかせるだけでございますよ」
ジュスティーヌはタバコを持っていない方の手を、顔の前でブンブン振った。
「ジュリエットお嬢様は、明確にはもう貴族じゃない。構わないだろう?キレイなドレスを貸してやるし、豪華な屋敷でご馳走づくしだ」
「うーん…」
「そもそも、お前の頭の中には貴族の礼儀作法がひととおり入っているだろう?恥などかかせることもあるまい」
言い淀むジュスティーヌに対して、エレオノールは畳みかけてみせた。
「いやあ、もう忘れましたよお。あんなの、今のアタシには必要のないものでございます」
「ではもう一度、みっちり叩き込んでやろうか?」
「うわあ、それはカンベン!ウソです、ウソでございますよ!ちゃんと覚えておりますって!!」
ジュスティーヌがあわてふためいた反動で、口にこもっていた煙が出てきた。
「では参加してくれるな?」
ニヤリと笑ったエレオノールの顔を見て、ジュスティーヌは「謀ったな!」と確信した。
この女の術中にハマったことは何度もある。
老獪というのか、エレオノールはなかなか食えない女なのだ。
「仕方ありませんねえ、参加しますよ。スイカを持って参りますね」
「いや、何も持って来なくていい。来てくれるだけでいいそうだ」
観念したジュスティーヌを見たエレオノールはふふふ、と笑った。
「そうですかい」
「しかしまあ、お前も変わった女だね。貴族の礼儀作法が身に付けば、それなり大きなお屋敷で召使いができて、今より良い暮らしができるのに…」
「あんなものがいい暮らしなもんですかい?座り方ひとつでアレコレ言われる暮らしが?」
言われてエレオノールは、座り方が下品だと再三にわたって注意したことを思い出した。
ジュスティーヌは足癖が悪く、今もガニ股で木箱に座ってタバコをふかしている。
「貴族の暮らしも悪くないけど、アタシにはこれが性に合ってるんですよ、エレオノールさん。もう仕事の休憩終わるんで、そろそろ失礼しますね」
ジュスティーヌは携帯灰皿にタバコの吸い殻を入れると、よいしょと立ち上がった。
「うん。突然の訪問、申し訳なかったね。近いうちにまた来るから、そのときに結婚式の日取りを教える。だから、必ず来るんだよ」
続いて、エレオノールも立ち上がる。
「わかっておりますよ、じゃ、失礼します」
つっけんどんな返事をして、ジュスティーヌはその場を去っていった。
──その気になれば、何にでもなれるだろうに……とことん変わった女だな
王族も騙す演技力といい、侯爵令嬢に婚約破棄計画を持ちかける大胆さといい、それを終えればさっさと居酒屋の女に戻る潔さといい、ジュスティーヌの才には、本当に驚かされたものだ。
しかし、ことさら驚いたのは、その自由な様だった。
ジュスティーヌは貴族の召使いや、演技力を活かしての役者稼業での出世より、自由な庶民であることを強く望んだ。
こういったところが掴めなくて、それでいて彼女の魅力なのだろう、とエレオノールは密かに実感していた。