ⅩⅩⅠ 標なき船出編 中編
第1章。近衛の騎士
第2章。未来の騎士
第1章。近衛の騎士
統計学の講義が終わり、セプティと休憩所で果実水を飲んでいると、
エルナさんとアストリアさんがやってきた。席につくなり、
「エリース聞いた?追加で学院生を募集する試験日決まったわよ。」
いつも思うんだが、エルナさんの情報収集能力は半端ない。男性でも女性でも
彼女の前では口が軽くなる。ほんと、大きな猫をかぶっているエルナさんに
騙される人の多さに呆れる。
今回のは、理事長代理のロンメルさんの情報管理が情けないのが理由かも
しれないけど。
「そうなんですね。」
と、取り敢えず無難な返事をしておく。
「私達も、果実水をもらおうかな、エルナ3人分頼むわ。」
「はい、姉さん。」
ここの親父さんガクさんとおばさんルックスさんは、ラティスがつぶれかけた
屋台から拾ってきた人たちで、水の妖精契約者のガクさんの果実水などの
冷やし具合、火の妖精契約者のルックスさんの香茶など温め具合による、
味加減は絶品で、時間があれば、学院生はここで休むことが多くなった。
ラティスは毎日のように顔だけは出している。
「アストリアさん、フレイアさんは?」
セプティが、当然の質問を投げかける。
「『先にいくよ。』と言ってたんだけどね。あ、きた。」
「ここよ、フレイア。」
アストリアさんが立ち上がり手を振る。学院内はラティスの魔法陣の
影響が濃くて、上級妖精契約者ぐらいでは、精神感応ができない。
【学院の自治と学問の自由】のためなら当然と、代理理事長以下を
納得させている。
それがまた、ラティスの力を際立たせて、いつの間にか、学院の最重要人物と
自他共に認めさせている。
「ごめん、遅くなった。こんなチラシが学院の門の外に置いてあったんで、
取ってきたわ。」
と、フレイアさんが、エルナさんから果実水を受け取りながら、
チラシをみんなに、一枚ずつ渡す。
それは、クリル大公国・ミカル大公国の連名で書かれた、傭兵の募集書だった。
「期間は2年、場所はホウコウ山脈のオリカルクム鉱山の防衛か、
報酬はまあまあね。」
「期間後、両大公国への仕官の可能性があるんだ?!」
とアストリアさんが声を上げる。エルナさんが、チラッとフレイアさんを
盗み見る。
「まあ、1年後の生存確率は、このまえ、エリースが言ってた1割を切って
3分くらいしかないと思うけどね。」
そう言いながらも、フレイアさんは、食い入るように募集書を見ている。
セプティが何かを感じたらしく、おそるおそる声をかける。
「あの~、フレイアさん。私個人としては、例の約束にこだわらず、
将来を見据えて、フレイアさんが進むべき道を、選んでくれたほうが
嬉しいです。」
「じゃ、講義の用意をしないといけませんので。」
セプティは、席を立って講師室の方に駆け出していく。
『リーエ!』
お任せ下さいポーズのリーエが心象に浮かぶ。これで、セプティの守護は
問題ないだろう。
私も、立ち上がろうとしたが、3人の真剣な眼差しを感じて、再び席につく。
「エリース、聞きたい事がある。」
『やはりきたか。』
フレイアさん自身が操る剣のような、厳しい問いかけ。
だれにも気付かれないように、風の音響障壁を周囲に構築する。
「セプティは何者なんだ。それに君やラティスさんはどう絡んでいる。」
『イルムは学内でも同船者を探して欲しいと言っていたけど、私達の行動に
本当に巻き込んでいいの?』
『けど、選択の機会は3人に示す必要がある、これが原因で
友誼がなくなっても。』
湧き上がるいろんな思いを抑えて3人に向き合う。
「フレイアさん、アストリアさん、エルナさん。話してもいいけど、聞いたら
あなた達は自分の命だけではなく、家族の命の保証もなくなるけど、
それでも知りたい!?」
・・・・・・・・
目の前で、エリースという名の燃えるような美少女が、私達3人を見つめている。
ここで、『1日考えさせて。』などと言えば、友の口はオリカルクムよりも
固くなり、再び開く事はないだろう。
私の勘が囁いている、一生に一度あるかないかの、大きな機会が
扉を開けて待っている事を。
そもそも、私とアストリアとエルナの両家にとっては、騎士階級への復位が
亡き父・祖父達も目指した、受け継がれてきた悲願。
だがそんな機会は、なかば、来るはずはないだろうと思っていた。
私個人は、私達の階級から伯爵まで上り詰めた、矛の英雄ギウスの人生に
憧れて、リウスの私塾で剣の腕を磨いたのだが、現実の社会に出てみると、
剣の腕より、〇○○さんのお知り合いの方が余程価値があることに気付かされた。
エリースが話そうとしている事は、両大公国に傭兵として雇われ、
僅かな生存確率とその後の僥倖に人生をかけるより、
私達の夢に答えてくれるかもしれない。
『暗黒の妖精ラティスが、君の人生と交差したとき、君はある妄想に
浸らなかったか?』
今感じる、そうだ、その問いかけをしてくれる誰かを、内心、
心待ちにしていたのだ。
実際沈黙したのは10拍もなかっただろう。
「アストリアとエルナには悪いけど、私はそれを聞きたい。」
と、エリースの瞳を見つめて決断の結果を言葉にする。
「悪くはないわよフレイア。私も聞きたいわ。」
とアストリアは言ってくれた。
「そうですよ、フレイア姉さま、家族の中で誰かが騎士や貴族を目指したら、
家族の命を狙われる可能性は、十二分にありますから。私達のお母様は、
その覚悟はしているはずですわ。」
「きれいごとだけでは、世の中は渡っていけませんし。私も聞きたいです。」
とエルナも同意してくれた。
・・・・・・・・
フレイアは、私の幼なじみ。家が隣同士だったというだけではない、
大乱中お互いの父を亡くし、家が一斉攻撃で破壊され、苦労を共にした
仲でもある。
彼女の明るい爽やかな性格は表面のお飾りでしかない、
その内心は、常に激しくたぎっている。
あの日、矛の英雄ギウス伯爵の事を詳しく知った時から、彼女は変わった。
私には歴史の半ページにすぎなかったが、フレイアは翌日、
『アストリア、私はリウス先生の魔法剣の私塾に通うけど、
アストリアはどうする?』
と私に、満面の笑みで聞いてきた。
それからの彼女の魔力剣への打ち込みぶりは、鬼気迫るものがあった。
それゆえ、私塾では、開塾以来の天才といわれるほどになったが、
フレイアと妹と私に待ち受けていたのは、絶望だった。
まず、お互いに、他国の学院へ留学できるほどのお金は、
どこを探してもなかった。
そう、普通に騎士職以上を目指す道は、あっけなく閉じてしまった。
そのあと、初等学校卒業後以降は、短期の雇われの繰り返しだった。
昨年できた、帝都予備隊でも採用条件が魔法剣・魔法槍の可否だったはずだが、
準騎士扱いとして雇用されたのは、私達が採用試験の際、
地べたに這いつくばらせた者達だった。
他を凌駕する力を持っていながら、私達に与えられたのは、
短期の準騎士補佐扱いの席だった。
それでも、道を切り開く最後の希望を抱いて、再開したアバウト学院に受験。
だけど最終日までに、フレイアは入学金に授業料を用意する事ができなかった。
入学を辞退するのを打ち明けてきた時の、フレイアの、あの乾いた笑いは
忘れられない。
だが、悪鬼のいたずらか、あのような下衆な条件で、フレイアは学院に通う事を
許された。
今、フレイアの目は、魔法剣の私塾に通う事を宣言した時のように、輝きを
取り戻している。
私の心も即決まった。背中を預けられる相手など人生に2人は出てこない
だろうから。
話を飾らない、私自身が、この閉塞した世界を破壊したいから、エリースの話を
聞くわ。
・・・・・・・・
天才と秀才、陽と陰、フレイア姉さまとアストリア姉さんは、
私のずっと憧れの存在だった。
だから私は、小さい頃から常に2人の後を追いかけていた。
爽やかだった2人の顔に影が差してきたのは、いつ頃からだったろうか。
少なくとも、大乱の中で、父とフレイア姉さまのお父さまが亡くなり、
家が半壊した時でさえ、まだ希望の眼差しが多かった気がする。
しかし、大乱後の帝都のありさまは酷かった。殺人・傷害・強盗・窃盗は、
日常の事だったし、女性には、それに加えて強姦の危険が常に付きまとった。
私も、フレイア姉さまとアストリア姉さんも、妖精契約が初級妖精だったら、
剣の腕がなかったら、どうなったかわからない。
戦後4年目にして、やっと表向きは落ち着いてきたが、6世時代と変わらぬ
汚濁が常に変わらず、この都市を覆っている。
3大公国の派遣隊は、本気で秩序を守る気はない。彼らからすれば、私達は、
あの6世の汚政の協力者なのだ。死に絶えて当然というところだろう。
今、帝都と帝国本領で、本当の意味で秩序が存在するのは、
このアバウト学院の中のみ。
おかしい事に、1000年の間、人々に忌み嫌われた存在が、その冥い伝承ゆえに
不可侵の領域をつくっている。
セプティの本来の名前も、エリース達が何をしたいのかも、3人で集まって
何回も話あってみた。
恐らくは、帝国の簒奪でしょう。いいんじゃない、永久に続く国家など
ありえないんだから。
フレイア姉さまとアストリア姉さんが行くところなら、
地の果てまでもついていく。
『さあ、エリース始めて!』
☆☆☆
学院から帰ったら、フレイアさんとアストリアさんとエルナさんが来ていた。
「遅かったわね、アマトにセプティ。ラファイアさんお疲れさま。」
と、いつものように、イルムさんが声をかけてくる。
「いえいえ、ではこれで。」
食堂兼居間から出ていこうとする、ラファイアさん。それをイルムさんが止める。
「ラファイアさんも、いて欲しいんですが。」
「そういう話合いをですか、わかりました。」
ラファイアさんは、キョウショウさんルリさんの横に座る。2人は戦士の顔に
なっている。しかし、ラファイアさんの笑顔は変わらない。
「セプティも義兄ィも座ったら。」
エリースが話しかけてくる。その顔色がいつもと違って青白い。
セプティも、おずおずと椅子に座る。
イルムが、セプティに、優しく話かける。
「セプティ、初めに言っとくけど。あなたがだれなのかを、エリースが、
3人に話している。そして、仲間を1人でも多く必要としている事も。」
「そう、そうなんですか。」
セプティは、唇を噛み締めている。
イルムさんが、セプティから視線を外し、3人に向き直る。
「セプティが、8世になる資格を持っているのは、わかったわ。」
「けど、イルムさんといったかしら、あなたはセプティを使って何を企むの?」
アストリアさんが、珍しく激しい口調でイルムさんにせまる。
「企む?いえ、企みなんかはしない、つくるんですよ。」
「新帝国を!」
時間の流れる音さえ聞こえそうな、しばしの静かな沈黙。
それを破るようにエルナさんが、冷静な切り口でイルムさんに尋ねる。
「イルムさん、旗印としてのセプティと、力の根源のような暗黒の妖精の
ラティスさんがいたとして、この僅かな人数で何ができるというの?」
「ふふふ、イルムさん、我々は、誇大妄想癖をこじらせた野盗の類に思われている
ようね。」
と口を挟むキョウショウさんに、ルリさんが
「キョウショウさん、私も、サニー・サーレス兄弟以外の創派の人達にあって
はじめて、現実の話だと思えたんだ、無理もない。」
と、普通に話している。その変化にぼくは内心驚き、あわせて横顔にカイム先生の
授業の面影を重ねていた。その小さな思いを無視して話は進んでいく。
「今、創派の人達といいましたよね?それは400年前忽然と消えた
あの創派ですか?」
「フレイアさん、その通りです。キョウショウさんは、創派の人々の子孫です。
創派の人々は400年の間、黒い森に結界を張って、潜んでました。
今ある事情から、外の世界に戻ろうとしています。
そこには、キョウショウさんの指揮下動く、500人の戦士がいます。」
「そして、キョショウさんの隣にいるルリさんは、コウニン王国で
伝説と呼ばれた暗殺者。
7世を弑いたのは彼女だと言えば、彼女の力はわかるでしょう。」
「私のことも話さないといけませんね。私はクリルのレオヤヌス大公の元妾、
影で軍師もしてました。大乱時の、クリルの戦略・戦術は私が絵をかいたものが
多いですよ。」
「それに3人とも、最上級妖精契約者で、戦士としての覚悟もあります。」
「待って。話が大きすぎて理解が・・・。」
フレイアさんが、悲鳴をあげる。
「では、少し休みましょうか。セプティさん香茶を人数分お願いできますか。」
「陛下自ら、お入れ頂く香茶は、学院のガクさん程は美味しいとは
思えませんが、そうとう上達なされてますよ。」
いたずらっ子のように、セプティに頼むイルムさん。
先程から身の置き場がない風情だった、セプティが弾かれたように立ち上がる。
ぼくもさり気なく立ち上がり、セプティの手伝いをする。
香茶に焼き菓子が配られる。
香茶のいい匂いが、緊張の空気を少しだけときほぐす。
「キョウショウさん、これは王国もの?」
「イルムさん、普通に帝国産のものだ。ルリさんの、選茶の目利きは凄いよ。」
「香茶に毒を仕込むのは、暗殺者にとって基礎。香茶自体が
全部飲んでくれないような不味いやつじゃ、
どうしようもないから。」
その言葉に、思わず香茶をみつめるキョウショウさんとイルムさん。
相変わらずラファイアさんの笑顔は変わらない。
しかし、3人の冗談?も耳にはいらない様子で考え込むフレイアさん達3人に、
エリース、セプティも無言で香茶を飲んでいる。
しばらくして、3人を代表してフレイアさんが話し出した。
「イルムさん、つまり、500の兵と、あなたの頭脳、ルリさんの技術、
キョウショウさんの指揮、そしてラティスさんの魔力でセプティを旗頭にして
帝国本領を占拠するつもりですか?」
「それもいいですね。勢いがついたら、人は集まってくるものですよ、
先の大乱もそうでした。」
「だが風頼みの戦なんて、愚劣の極みでは。」
アストリアさんが、理性的な考察を、淡々と、隠形の軍師に述べる。
「無論そうです。だがこちらにはあと2枚の手札があります。」
「エリースさん、お願いします。」
エリースが泣き笑いのような表情を浮かべ、ひと言つぶやく。
「リーエ!」
窓際に、激しい緑色の光とともに、緑色の髪、青白い瞳、純白の肌、超絶美貌の
蜃気楼体が現れる。今回はエリースの後ろに隠れようとしない。
「フレイアさん、アストリアさん、エルナさん、
本当は私、超上級妖精契約者 なんだ。
あの妖精は、リーエ。風の超上級妖精。」
リーエさんはその場で、3人に、優雅な一礼をしてみせる。
「・・・・・・・・!?」
3人は、初めて見る、超上級妖精に心を奪われたようで、言葉を発する事が
できないようだった。
「アマトさん、あと、いいですか?」
イルムさん、なぜこちらに話をふる、3人の鋭い視線が痛い。
やはり、ぼくはヘタレだ。
「ラファイアさん、お願いするよ。」
なんとか声がでた。3人の視線がラファイアさんに向かう。
「やっと、出番ですか?けど、ほんとアマトさんは、レアヘタレなんですから。」
「あの性悪な暗黒の妖精と契約してるんですから、アマトさんの
秘められた至上の力の発現したなんて、天が大笑いするような事は
期待してませんけど、心だけでも少し強くなって下さいよ。」
ご高説ごもっとも。あれ3人の顔が土色に変わっている。あ、そうか、何気に
ラティスさんをディスっているのか、ラファイアさん、道理で。
しかし、この世界でラティスさんをディスれるのは、
あなたとエリースぐらいだよね。
・・・・・・・・
ラファイアの全身に、涼しい白金の光背が揺らめく、平々凡々な御者の姿が
消えていき、
白金の髪に白金の瞳、超絶美貌の顔、聖画に描かれる白光の妖精が顕在する。
「「「聖ラファイス様!!?」」」
3人は椅子から、転げ落ちるように跪き、胸の前で、五芒星を描く。
ラファイアの姿に対して、この衝動を抑えるのはむずかしい。
「私は、白光の妖精、ラファイア。ラファイスではありませんよ。」
「そして、私もラティスさんと同じように、アマトさんと妖精契約をしてます。」
「そう、私は、ラファイスに対してもですけど、暗黒の妖精のラティスさんにも、
魔力で負ける気はありません。」
ラファイアは、親愛の情を強烈な笑顔であらわす。
しかし、呆然自失の3人。もう頭で理解できる状態を、超えている。
その最後に、イルムがフレイア達に、真摯に訴えた。
「あなた達に望むのは、最後までセプティさんの側にいてもらう事。
私もルリさんもキョウショウさんも戦の半ばで倒れる可能性が大きいわ。」
「セプティ朝が誕生したら、それを守る者が必要になります。死の間際まで、
アマトさんやエリースさんと共に、セプティさんを支えてくれないかしら。
あの娘が背負うものは、ひとりで耐えるには
巨大すぎるものになるから。」
「あなた達3人が、私達の仲間になって、セプティさんの
近衛の騎士になって欲しい。」
月が地平から顔を出す頃、フレイア、アストリア、エルナは、
セプティと共に進む未来を選んだ。
☆☆☆
ラファイアさんは、リーエさんと光折迷彩を纏って、
早々と夜の警戒行動(お散歩)に出かけている。
やはり、リーエさんはやり慣れない事をして、目一杯だったようだ。
行こう行こうポーズでラファイアさんを無理やり連れだしている。
さっき、ラファイアさんは、気合い全開で、親愛の精神感応をしたらしい。
帰り際、フレイアさん達は、『心が壊れる寸前まで、追い込まれた。』
と言っていた。
入れ替わりに、戻ってきたラティスさんが、
「ラファイアが、気合いを入れて、親愛を示す精神感応を向けたら、
耐えられるのは、レアヘタレのアンタぐらいかもね。」
と、奇妙な褒め方?をしてくれた。
ラティスさんの姿が消えたあと、エリースが、
「場合によっては、3人の口を封じなければと、思っていた。いい結果に終わって
本当に良かった。」
とポツンと、僕に話して、踵を返して部屋から出ていく。
『エリース、ゴメン。義兄貴として、その葛藤に気付いてやれなかった。
義兄貴失格だよね。』
誰もいなくなった部屋に立ち尽くし、僕は激しく後悔していた。
第2章。未来の騎士
1000年近くまえから、帝都には、ある言い伝えが残っている。
いつの日か暗黒の妖精が、契約者オフトレと自身の怨みを晴らすべく、
常闇の世界から蘇り、帝都はおろか帝国の人間を一人残らず、虐殺すると。
では何故、暗黒の妖精はすぐにでも、蘇らないのか?
それは、白光の妖精聖ラファイス様の構築した結界が、この世界と常闇の世界を
隔てているから。
我々は暗黒の妖精の復活を少しでも遅らせないといけない。
そのためには、ひとりひとりの祈りの力で、聖ラファイス様の結界が
綻ばないよう、手伝う必要がある。
言い伝えに基づいて、聖画に描かれる暗黒の妖精は、3つの醜い顔を持ち、
6枚の漆黒の羽、4本の尻尾、8本の腕、強烈な瘴気を漂わせている。
・・・・・・・・
帝都の中央広場には、暗黒の妖精を踏みつける、白光の妖精聖ラファイスの
巨像が鎮座している。歴代の王帝、あの6世でさえ、この像に手をつける事は
できなかった。いわゆる不可侵の聖地である。
今日も、数多くの人がその像の前で、祈りを捧げている。
そのなかに、みすぼらしい身なりの30人程の小さい子供たちがいた。
「ハー兄ちゃん、どんなに祈っても、ラファイス様は私達を助けてくれないよ。」
「ミーはお腹すいた。お腹がすいた。」
「ラファイス様は、暗黒の妖精から逃げたと、角のおっちゃんが言っていたよ。」
「ハー兄ちゃん。ぼくは思うんだ。ぼくたちが暗黒の妖精を退治すれば、
ご褒美に、聖ラファイス様が僕たちを救ってくれるんじゃないかな。」
「そうかもしれない。暗黒の妖精はアバウトの学院にいるらしい。」
「噴水で水だけでも飲んで、学院に行こう。」
「ミー、もう少し頑張れるかい?」
・・・・・・・・
「アマト!あれはなんなのよ?」
5才未満と思われる、みすぼらしい格好の子供たちが、校庭の噴水の前に
陣取っている。手に手に木の枝や、小石を持ち、
『暗黒の妖精出てこい。』
『僕たちと勝負しろ。』
『ラファイス様に代わって退治してやる。』
とか叫んでいる。
それを、窓からのぞき見たラティスが、なぜか、アマトを睨みつけた。
「なんか、清々しい事を言っているじゃありませんか。」
今日は、朝から学院内で暇をつぶし、学長室のソファーに座っているラファイアが
含み笑いをしながらラティスに絡む。
「どうですラティスさん、退治されてあげたら。子供たちが喜びますよ。」
最後は、これほどはないという笑顔になるラファイア。
それを無視して、ラティスは、
「あんな見た事もない子供に恨まれる事なんて、高潔と救済の妖精である私が、
原因であるはずがないじゃない。」
「だとしたら、原因はアマト。あれは、悪たれアマトの保護者出てこい
という事に違いないわ!」
学長室を掃除中のアマトもさすがに抗議する。
「そんな事するわけないじゃないか!」
「ラティスさん、出て行くのが、怖いんですか?」
ラファイアは、楽しくてしょうがないという態度だ。
「んなわけないでしょう。ラファイスの名がでている。あんたも来なさい。」
ラティスは、ラファイアの首筋を掴む、2人の妖精が消えていく。
・・・・・・・・
子供たちの前に、長身、緑黒色の長い髪、雪白の肌、黒い瞳、超絶の美貌の
暗黒の妖精が空間を裂くように現れる。
『チッ、逃げたか。ラファイア!』
ラティスは気を取り直して、子供たちに向かう。
子供たちは、叫ぶ事も忘れ、ポカンとラティスの顔を見つめている。
「さ、来てやったわよ。暗黒の妖精ラティス様に何の用?」
子供たちは、なおも、ラティスの容姿に心を奪われ、押し黙っている。
子供たちのひとりが、おずおずと口を開く。
「あなたが、暗黒の妖精?」
アマトだったら、とうに殴られている態度だが、さすがに子供相手に
それはしない、暗黒の妖精さんである。
「私が、友愛と希望の暗黒の妖精、ラティス、わかった?」
「ハー兄ちゃん、この妖精さんは、女神様じゃないのかな?」
その言葉に、ラティスは、爽やかな笑顔に変わる。
『子供は正直ね。ものの真贋がわかっているじゃない。あのバッタもんの、
白光の妖精じゃ、こうはいかないわよね。』
「で、なんで私がアンタたちと勝負しなけりゃならないの、ハー兄ちゃん。」
「・・・そ れ は・・・。」
ハーが、言いかけた時に、グ~、と音が鳴る。
「ミー。」
「お腹すいたよ、ハー兄ちゃん。う・う・う わぁ~ん~。」
堰を切ったように、子供たちの泣き声が、重なっていく。
「み みんな泣くなよ。ぼくたちは、う・う わぁ~ん~。」
とうとう、最後まで耐えていた、ハーまで泣き出した。
子供たちの泣き声に取り囲まれ、さすがに対応できない、ラティス。
「わかった。わかった。私の負け。だから、だまりなさい。」
ラティスは、子供たち全員を宙に浮かせ、自らも宙に浮き、
滑るように学内を移動し、あるところに連れて行く。
「ガクにルックス、子供たちに何か食べるものと果実水を、支払いはそこにいる
ロンメルがするわ。」
「ひ~。」
カエルを踏み潰したような音が聞こえたが、そんなことには頓着しない、
ラティス様。
房厨から、平々凡々な容姿の御者が、パーニスをのせた皿と
果実水をいれたコップを、配膳車に載せて現れる。
「あら、ラティス様、早かったですね、まだ果実の盛り合わせは、
できてませんわ。」
複雑な表情で、ラファイアを睨みつけるラティス。
ラファイアは気にもせず、次々に、食べ物を、テーブルに並べていく。
子供たちを座らせた椅子は、テーブルの高さに合わせて、浮き上がり、
ピクリとも動かない。
食べ物が並んでも、子供たちは、目に涙をいっぱいに浮かべながらも、
手にとろうとしない。
「あんたら、なんで食べないの?」
誰も答えようとしない。ミーが、パーニスのかぐわしい匂いに耐え兼ねて叫ぶ
「暗黒の妖精から、何かをもらったら、すぐ地の底に落されて、
死ぬまで苦しむんだよ。
そうなったらラファイス様にお願いしても、助けてくれないんだよ。
ミーはそうなりたくないもの。」
ミーの言葉に、何も言えなくなったラティス。
その場をみていた、ラファイアが、余っていたパーニスを手にとり、
「暗黒の妖精のラティスさん。パーニスをもらいますね。」
と、子供たちの前で食べてみせる。
「ミーちゃん、おねえちゃん、暗黒の妖精から、パーニスをもらって
食べちゃった。」
「あれ~、地の底に落ちていかないね。」
子供たちは、目を丸くして、ラファイアを凝視している。
「ミーちゃんが聞いた、暗黒の妖精はどんな姿をしているのかな?」
「3つの怖い顔と、6つの黒い羽根と、8つの・・・・。」
「じゃ、ラティスさんと、別の妖精なんだ。」
「ほんと?」
「ほんとだよ。おねえちゃんも、地の底に落ちてないでしょう。」
まだしばらくパーニスを見つめるミー。ラファイアは、ほんの小さな魔法陣を
手の平の中につくり、ミーの頭にあてる。
ミーは、弾かれたように、パーニスを掴み、口にいれる。
「おいしいよ、おばちゃん。」
その言葉が引き金になり、子供たちは、我先にと、パーニスを口にいれる。
ラファイアも、笑顔を浮かべつつも、ミーの言葉に沈みこんでいた。
☆☆☆
その日は、使用されてない、寝泊まりできる教練所を、子供たちに
解放することになった。昔から帝都に住んでいる、講師達や事務職員達に
話を聞くと、どうやら孤児院の子供達らしい。
食事の用意とかは、ガクとルックスの夫妻が引き受けた。
大乱後、多くの孤児が出ているが、どこも大変らしく、急に孤児院を閉める
事も多い。
この件についてだけは、3大公国も動いて支援金を出しているが、孤児院を開く
ふりをして、支援金を受け取った途端に、大人たちが消える事も多いらしい。
子供たちの話をたよりに、ラファイアと精神感応で話を受けたルリがその場所に
とんだが、やはり、金を受け取ったその日にいなくなったとの話だった。
翌日、ラティスは全職員の前で、アバウト学院付属初等学校を開くことを
宣言。行き場のない全孤児を引き取るようロンメルにお願いした。
泣き顔を通り超して、赤ん坊の顔になっているロンメルの前に、数十枚の
ギルス金貨を投げつけ、必要なものを揃えるよう下命。
同時に、以前使用した紋章入りの掲示板に以下のチラシが貼りだされた。
『 アバウト学院名誉学長ラティス
【おまえたち、みなまで言わせるの!】 』
第21部分をお読みいただき、ありがとうございます。
(補足いたします)
10拍⇒約20秒
オリカルクム⇒魔力剣や魔力槍などをつくるための金属
レアヘタレ⇒信じられないレベルのヘタレ