ⅩⅩⅡ 標なき船出編 後編
第1章。選別
第2章。テムス大公妃ファウス
第3章。ミカル大公国奥宮
第1章。選別
イルムの部屋に集まり、イルム、キョウショウ、ルリの3人は、
近頃帝都で配布されている傭兵募集のチラシを検討している。
そのチラシは、両大公国の紋章で縁取られており、陽光にかざして見れば
〈透かし〉さえ浮かび上がる。両大公国の公式な文書に準ずる
上質な紙が使われている。
「これと、『爵位・騎士位への無条件の復位を認めぬ』という宣言が、
表裏一体ですね。」
「そうですよ、ルリさん。これで帝都及び帝国本領の潜在的な兵士を、
大公国が使える一部を除いて、大半を消去してしまおうとする、
【枯れ草】戦略です。
だからこのような、生き残った者への採用の本気度を感じさせる仕様で、
募集紙を作っています。」
キョウショウとルリが、キリッとした清潔感さえ感じられる服装なのに対し、
イルムは胸元の開いた、丈の短いドレスで、美しい両脚も
惜しげもなく晒している。
『平にて楚だが卑にあらず。』と言われた、隠形の軍師の時代のみを知っている
人が見れば、信じられないくだけようである。
さっきは、黒筆を口に咥え、お尻のほうをボリボリと掻いてたようだが・・・。
キョウショウが、そのイルムを見つめて、質問する。
「で、このいけ好かない手を、考えたのは?」
「クリル時代の私です。帝国本領を大公国に併合する必要性を考えていたので。」
目の前の人物の姿と、その頭脳が生み出した惨美な戦略の格差に、
非常なる違和感を感じながらも、
『これも世の現実かもしれない。』の思いにたどり着いたキョウショウは、
「は~、やはりね。同時にホウコウ山脈で戦の種を蒔いたとか。」
イルムを煽ってみる。
「どんな小国でも立ち上がるような?そこまで悪趣味ではないわ。」
キョウショウのみえみえの挑発をいなし、イルムは立ち上がり、
窓際へ歩いていく。その窓からいつもの景色がみえる。
ただ違うのは、窓の下を、武具を携え、或いは着込んだ、初老、壮年、若者、
ばらばらの年齢の男女が、ある方向へ、クリル大公国の公館がある方向へ、
歩いて行っている事だろうか。
ルリも窓の傍らに立って、下を見ながら呟く。
「圧倒的に男が多いわね。良くて3分の程の生存確率、
仕官が約束されたわけではない。
それが分かってるはずよね。けど何故?」
「凡庸な男は、結局、大きな木の下を望む者が多いから。大きな組織に属せると
それだけで、万々歳。」
イルムが、興味なさげに、ルリに答える。
「周りの人間もそう言うし、組織自体も、そういう暗示をかけるわけだ。」
「そこで、人と同じ成果を出せば、同じ報酬を受けられると、騙されるわけね。」
ルリの大げさな嘆きに、椅子に座ったままのキョウショウが答える。
「本当に組織に必要なのは、組織に属さない道を選ぶ奴だけどね。」
ルリが経験から語る。手に持った容器の中で、氷がカランと小さな音を響かせる。
「どちらにしても、新帝国には縁がなかった、先が読めない者たち。」
となかば憐れむような、キョウショウの言葉に、
『これは強制されたものではない、彼らの自由意思で選んだもの。』
イルムは心の中で、炎に惹きつけられゆく羽虫達に、レクイエムを奏上していた。
・・・・・・
3人3様思いに耽ってる中に、軽く戸が叩かれ、美しい声が響く、
「イルムさん。オルトさんという方が尋ねていらっしゃいましたけど。」
ラファイアが、部屋に入ってくる。
部屋に近づいてきたはずの、ラファイアの気配に、全く気づけなかった、
3人の最上級妖精契約者は、互いの顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「しばらく、時間を下さい。降りてきます。」
と、イルムが自分の姿を思い返し、ラファイアに答える。
「不必要な方なら、いつでも消去しますから。」
ラファイアが、軽やかな笑顔でイルムに言うと、戸を閉めて出ていく。
ルリが、ハッと思い当たった表情でイルムに尋ねる。
「オルトって、あの受けのオルト?」
「他のオルトは個人的には知らないから、その本人でしょう。
巌のオルトとも言われるけど。」
「二つ名を持つ、そいつは?」
キョウショウが、傍らに置いていた剣を引き寄せながら、質問する。
「クリルの子爵よ。防衛戦に力を発揮する守將ね。大乱の時にはノープルの
留守居役をしたため、名は知られてないけど、戦では当たりたくない将ね。」
「私が、ノープルの学院にいたとき、臨時講師として、城塞攻略の戦略を
習ったことがあるわ。いわゆる智将でもあるわね。」
イルムは、脱ぎ捨てていた上着に、手を通しながら答える。
「だったら、私も今後のために、ご尊顔を覚えておいた方がいいかも。
同席させてもらうわよ。」
と、ルリが暗殺を生業とした戦士の匂いを漂わせながらも、平然とした表情で、
イルムに声をかける。
「ルリさんに、お仕事を頼む状況に持っていかないのが、私の腕でしょうが、
では、よろしくお願いします。」
ルリは、イルムの返事を待たずに、身繕いを始めている。
「じゃ、私はラファイアさんが、暴発しないよう、ボードゲームでも
誘おうかしら。」
と、剣をしまいながら、キョウショウが呟く。
「コイントス・ゲームの方がいいかもしれないわ。確かラティスさんに
対して、ラファイアさん、連敗街道、猛進中だからね。」
と、片目をつぶって、イルムが高い声で、軽口を叩いた。
☆☆☆
一人の中肉中背の男が、アマトの姉ユウイが作ったタペストリーの飾りを、
しげしげと、凝視している。帝国のどこにでもあるような上下の平服、
剣は帯刀してないが、隙はない。
オルト子爵と確認した、イルムが先に軽く頭を下げる。
「イルム殿、一瞥いらいですな。ついこのクロスを見いってしまいました。
青の色使いとか本当に素晴らしい。」
オルトは、年の離れた友人に接するように、言葉をかける。
「オルト子爵様、お久しぶりでございます。ご壮健でいらっしゃるようで、
なによりです。」
「お座りになりませんか。クロスの売買の件でいらっしゃたわけでは
ないでしょう。」
「これは、失礼しました。で、そちらの淑女は?」
「私の姉妹同様のもの、お気をなさらずに。」
「なるはど。その方といい、先ほどの方といい、ここには素晴らしい、いや、
恐ろしい方が、何人もいらっしゃるようですな。」
「お誉めの言葉と受け取っておきましょう、オルト子爵様。私はルリと申します。
今後ともよしなに。」
ルリは、洗練された優美なしぐさと上品な笑みをみせる。
「お姉さまもお座りになられたら。」
令嬢ぜんとした態度をとり続けるルリ、これも一片の綻びもない。
和やかに、そして凍てついた雰囲気の中、会話はすすんでいく。
「イルム殿、単刀直入にもうしますと、大公国に戻って欲しい。
ゲトリ準爵一党は、私が帝都派遣の大使の権限で処分します。
今までの功に報い、あなたに男爵位を叙爵するのもお約束いたしましょう。
無論側室の方々にも、暇がだされるはずです。」
「それはレオヤヌス大公が言い出した、お話ですか?」
キョウショウの問いは、核心をえぐる。
「・・・・・・・・。」
少しの沈黙が、否という答えを用意する。
「でしょうね。私は一度死を賜った身、生きながらえて新しい主君を得ました。」
「そうですか・・・。残念です。」
イルムは、ラファイアが用意していた香茶に手を伸ばし、口をつけたあと
ひとり言を言うように話を続ける。
「レオヤヌス公は、病に侵されておられます。【老いる】という病に。」
「ファイスの街で、レリウス大公の若さを感じられた時から、
変わられてしまった。」
「自分が亡くなったら、トリヤヌス大公子では、弟君のピウス侯爵の
補佐を受けても、レリウス大公の相手にならぬと、
残された時間に追われるようになられた。」
「あなたも、帝都大使との名誉と引き換えに、ご自分の領地の一部分を、
大公の親族の者に割譲させられたのでは?」
「・・・・・・・。」
同じように、オルト子爵もひとり言のように、言葉をつま弾く。
「私も恥多き人生を送ってきました。ただあのお方の、兄のような励ましに
何度救われてきたことか・・・。」
オルト子爵の目は、眼前の2人を捉えていない。
「その大公は、もはやどこにも、いらっしゃいません。」
「もし、暁の改新が10年前に行われたのなら、帝国はレオヤヌス大公の手に、
自然と落ちてきたでしょう。あの姿もその手立ても見る事はなかった。」
イルムの言葉で、オルト子爵の心はこの部屋に戻ってくる。
「側近中の側近だった、あなたがおっしゃるのです。間違いないでしょう。
しかし、私もクリルの將としての誇りがあります。」
「・・・今日は有意義な時間を過ごさせていただいた。では、これにて。」
席を立つオルト、ルリが出口まで見送りに向かう。
それを見守り、キョウショウは複雑な表情で、
「惜しいな。」
と人知れず、呟いていた。
第2章。テムス大公妃ファウス
その広き、薄冥い占星の部屋には、目に見えぬ白き炎の嵐が吹きすさび、
部屋の空気を冷やしている。天井で動く天球儀が凍り付いていないのに、
ありありとした違和感がある。
そこに1人の美女が、気だるい雰囲気を纏い、薄い部屋着で入ってきた。
2つの影が長椅子から立ち上がり、背の高い方の影が、彼女に声をかける。
「ファウス・・・。」
テムス大公国で、その呼び方を許される人間は多くない、夫のアウレス4世、
彼女の数少ない親友、そして・・・。
「お待たせ、トゥーリア。なかなかアウレスが離してくれなくて。」
「夫婦仲のいいのは、いいことだわ。」
不意に、部屋の中に、白い光球が浮かぶ。闇が消え、姿がハッキリと見える。
先程声をかけた、どこにでもいるような、侍従の服の女が、
敬語を使うことなく、答える。
ファウスは、凛々しい表情に変わっている。先ほどまでのなまめかしい空気は、
もはやどこにもない。
それを受けて、トゥーリアの姿は蜃気楼のように揺らぎ、本当の姿が現れる。
赤い燃えるような髪、緋色の瞳、純白の肌、超絶の美貌・・・・・・、
水の妖精エメラルア・風の妖精クリスタと並ぶ伝説の妖精が顕現する。
「やはり、この本来の姿に近い方がいいわ。」
「ごめんなさいね、ルービス。あなたがこの世界に再び顕現しているのが
知れたら、大変な事になるから。」
夫アウレス4世にも、しかとは言っていない、ファウスである。
「気にする必要はないわ。私も契約当初は、枠下妖精として、ファウスを騙そうと
思っていたし、その後も長い間眠らせて、もらったりしてるしね。」
「そちらは?」
「私の分身。私の魔力もほぼ復調したし、土の妖精の〇△×□ほどではないけど、
1年くらいなら、分身を維持させることができる。」
どこにでもいるような容姿と、緋色の髪と瞳を持つ少女の外見をした分身体が
ファウスに軽く頭を下げる。
「で、お名前は?」
「決めてない。」
ルービスは面倒くさそうに答える。
「そう、ならツーリアにしましょう。ツーリアよろしくね。」
「ツーリア?ツーリア!ありがとうございます。」
少女の顔に薔薇のような笑顔が浮かぶ。
「しかし。なぜこんな、どんくさい真似をするのよ。400年前の時のように、
一気に片をつけてやろうか、それが早いわ。」
ファウスの顔に、困惑の色が浮かぶ。だからこそ、火の妖精に意図を語る。
「建前から言えば、伝説の火の妖精のあなたや、1000年ぶりの暗黒の妖精が
現れたのなら、他の伝説の妖精が、同時共振して、
この世界に、顕現してないかとの疑い。」
「本音のところでは、帝位継承者や暗黒の妖精契約者が、
テムスに手を出さないというならば、私もアウレスも、
戦いを望まないという事ね。」
「欲がないわね。だが嫌いではないわ。」
「400年前の、私の契約者の男は欲に転び、私は水の妖精エメラルアと
組んでたのにも関わらず、風の妖精リスタル1人に、
相討ちする破目になったから。」
ルービスの美貌が歪む、思い出したくない、過去のようだ。
「では、私は、帝都のアバウト学院に入学して、何をすればよいのでしょうか?」
ツーリアが、無邪気な顔で、尋ねる。
「まずは、帝位継承者と暗黒の妖精契約者が、どれだけの欲を持っているかよね。
次は、テムスにどういう態度をとるかとの予想。恐らくもう、周りの者が
いるかと思うので、彼らの動向もね。」
「2人とも処分してきましょうか?自爆するつもりで接近すれば、暗黒の妖精の
結界があったとしても、力で押し切れると思いますけど。」
「いいえ、無理する必要はないわ。無事に戻ってきて。」
『ツーリアは、私の分身よ。ものを言う人形にすぎないんだけど。』
と、内心で思いながらも、なぜか嬉しいルービス。
『あの400年前の契約者の男に、この優しさがあれば、
新王国を建てれたかもしれない。』
錆びついて、朽ち果て、捨てられた夢である。
「帝都での、物質的な援助は、十分すぎる程に行うわ。護衛はどれだけ必要?」
「ルービス様、護衛ですって!?」
ツーリアは、コロコロと笑う。
「ファウス、ツーリアは私の分身よ。超上級妖精契約者が敵対しても、
しのげると思うわ。」
「ただ、暗黒の妖精が、私の知るアイツだったら・・・。」
顔を曇らせれるルービス、それを見取ってファウスは、
「ツーリア、その時は、なにを差し置いても、テムスに逃げ帰ってきて
いいからね。」
と、ルービスの憂いを察し、心情を吐露する、テムスの大公妃。
「ありがとうございます。では明日にでも、帝都に向かいますね。」
ツーリアも、ルービスとファウスの想いを、見て取ったようだった。
・・・・・・
7日後、公務の合間に、ファウスは午後の香茶をテラスで飲みながら、
過ごしている。
「ファウス、テムスと帝国本領の間の境界の山が一木一草無い状態で
焼き焦げているらしい。」
と、アウレス4世が飛び込んできた。ファウスはトゥーリアの方をちらりと見る。
トゥーリアは、4世に気付かれないよう、目で肯いている。
「帝都への大公国の御者隊や、他の隊商、旅人さん達に被害は?」
「それが不思議な事に、街道は一部を除いて、ほとんど無傷で、今のところ
人への被害はないらしい。」
「でしたら、街道の整備と、植林の準備をお命じになって、あとはテムスの
大公として平然としていてください。」
「うん、そうだな。」
「香茶を飲んでいかれますか?」
「いや、すぐに公務に戻る。」
アウレス4世は、足早にテラスを後にする。
「かわいい人ですね。」
トゥーリアは、柔らかい表情で、ファウスに言葉をかける。
「いいえ、愛しい人よ。何回も側室・愛人・お妾を持つように進言しているけど、
【なしのつぶて】だしね。」
ファウスは、アウレスが出て行った方を、愛し気に見つめている。
「仕掛けたのは、レオヤヌス大公?レリウス大公?それとも・・・?」
「心当たりが多すぎるわ。」
もはや、その程度の事では動じない、ファウスである。
トゥーリアの顔を、厳しい目で見つめながら、あの日の事を思い出していた。
・・・・・・
「ファウス済まぬ。今からでもいい、城塞の外にいる貴族・騎士共の元に
行くがいい。あなたの御父上やお兄上もいらっしゃるようだし。」
「いいえ、行きません。あなたがここで討ち死にすると言うなら
お供します。」
城塞の中に籠っていたのは、アウレス4世の母方の貴族・騎士だけだった。
城塞の外を取り囲んでいる、大多数の貴族たちは王帝6世の命に従わぬ
テムス大公を誅するため集まってきたものだった。
「最後のお祈りをする時間ぐらいありましょう。」
ファウスは、神々の像が安置されている、礼拝の部屋に足を進めて行く。
・・・・・・
ファウスの美貌は、貧乏騎士の娘としては、美しすぎた。
少女の頃になると、誰もがアウレス3世の長男か次男の側室に迎えられるものと
噂していた。
しかしやってきた、アウレス3世の使者は、兄弟の中で、最も卑屈で醜い
と言われた末弟との婚儀の相談だった。
末端の貧乏騎士の家に逆らうという選択肢はなく、結婚への道は
つつがなくすすむ。
驚いたことに、それは側室としてではなく、正室としてのものだったが、
自分の人生を棄てていたファウスにとって、どうでもいい事だった。
『私は美しいお人形、飽きられたら壊される。』
のちのアウレス4世のファウスへ示した愛情はほんとうに、
素晴らしいものではあったが、
ファウスの凍てついた心は、自分がテムス大公妃になる幸運によくしても、
融ける事はなかった。
彼に肌を触られる事、彼と同じ部屋の空気を吸う事、ファウスにとっては
おぞましい地獄であった。
6世から、自分を妾に差し出すよう、命令がきた時、周囲の貴族の説得にも
命を賭しても否と、言い続ける自分の夫を見続けた時、
初めてファウスは人間として、アウレスの妻として、いや女として
永年凍てついた心が融氷した。
・・・・・・
礼拝の部屋で、神々に真摯な祈りを捧げ、それが神々に対する絶望までに
変わった時、彼女の心の裡に、凄まじい力の爆発が起こった。
空間が歪み、そこに、長身、燃えるような赤い髪、純白の肌、圧倒的な力、
緋色の目、超絶の美貌を持つ人外が、目の前に顕現した。
『私の名はルービス、火の妖精。開扉の6妖精の1人と言ってもわからないか。
私の契約者よ、初めましてというべきでしょうね。』
理解の範疇を超えた出来事に、ひたすら震えるファウス。
美貌の人外は軽やかに笑い、
『何が起こっているかは、理解している。外に水の妖精エメラルアが
いるわけでもなさそう。なら塵も残さず、焼き尽くしてやりましょうか?』
震え続けるファウスを、優しい眼差しで見つめながら、美しい妖精は
勇気づけるように語る。
『フフフ・・・ファウス。私の力は、ただ物体を焼き尽くすだけではない。
槍を取り、城塞の壁上へ行きなさい。面白い事を経験させてあげましょう。
今、私達を滅せる者は帝国には、存在しないのだから。』
・・・・・・
城塞の周りには貴族・騎士達が取り囲んでいる。
大手門の前から少し離れた石畳の広場にケガレ伯爵・コビタ伯爵他、
反アウレス4世派の主要貴族、帝国本領からの派遣貴族の一団が
戦後の取り分の話合いをおこなっている。
戦いの勝利は間違いないものと、誰もが酒を片手に各々勝手な事をほざいている。
そこに凄まじい、複数の悲鳴が木霊する。
「何事か!」
大テントの中に、飛び込んできた連絡の騎士に、ケガレ伯爵が吠える。
「敵の騎士の討ち入りです、しかも単騎。」
「馬鹿な事を言うな。」
コビタ伯爵もその騎士を叱りつける。
次の瞬間、魔法障壁、魔力結界を幾重にもはった陣に、
凄まじい白色の炎が襲い狂う。
その、激しいまでに美しい炎の清流は、障壁と結界、大テント、
周りを警護していた、数百人の貴族・騎士達を諸共に焼き尽くした。
熱波の残る中、立ち尽くす20人程の首領貴族の前に、
三国一の美人と言われた美貌の公妃が、
白色の炎を纏わせた双剣を両手で持ち、半身の構えで、
生き残った獲物を睨んでいる。
「ファウス妃!?」
「まさか!?」
『動くなよ 痴れ者めが。』
一歩ずつ足を進めるファウス、遠方から火・水・風・土の攻撃が襲い来るが
白い炎の障壁の前に、何事もないかのように無力化してしまう。
彼らは、蛇に睨まれたカエルの如く、逃げる事もイヤ動くことさえできない。
ファウスが彼らの目前に立った時、彼らは、2つが4つに
切り伏せられていた・・・。
城塞の上空、八方に巨大な正方形が浮かび上がる。
右手の槍に、ケガレ・コビタ元伯爵の首を刺した、美しい死神の姿が映る。
息もできずそれを見つめる包囲軍。
彼らの目に飛び込んできた、伝令の騎士も映る。
「ファウス妃殿下、レオヤヌス大公が、
6世に反旗を翻したよしにございます。」
ざわめきが包囲軍を包む。
それを打ち消すように、美しい天上からの声が、彼らの耳を穿つ。
≪「誇りを忘れた騎士の諸君、私からの最後の言葉だ。よく聞くがいい。
帝国本領からの兵役の強制や、君らの前にいる腐れ貴族の略奪から、
君らを救ったのは誰だ?
我が義理の父アウレス3世陛下と、我が夫アウレス4世陛下ではなかったか。
帝国本領の辺境に3年もの間縛りつけられた兵役を1年に軽減した3世陛下。
飢饉の年、前の年以上の食物の強制徴収をしようとした貴族に
自らの所領・保存食までを差し出し君らを救った4世陛下。
その大恩を忘れ、恥知らずにも、この城を囲むか。
恩を知り、正義を知る、私は、今より単騎で帝都に乗り込み、
6世の愚首を切り落とす。
即、この囲みを解き、道を開けよ。」≫
ファウスの周りに、白く巨大な背光が輝いている。
それは、もはや人の纏える限度を超えていた。
その場に立ち尽くす者達は、ファウスに正義と審判の女神リアラの降臨を
感じざるを得なかった。
・・・しばしの沈黙が戦場を包む。
ファウスが一歩を踏み出したそのとき、
『テムス大公国万歳!!』 『ファウス妃万歳!!』『6世打つべし!』の言葉が
燎原の火の如く戦場を覆う。反対する貴族一党は周りの騎士に切って捨てられ、
ファウスを心配し大手門を出陣してきた、アウレス4世の前に、騎士達は、
我先にと集まり、剣を捧げ忠節を誓った・・・・。
第3章。ミカル大公国奥宮
ミカル大公国の本宮は、名工・名匠たちの作品で埋め尽くされている。
〈陽光の大公〉と言われたレリウス8世は、文化・芸術の振興に光をあてた、
稀代の第一人者であった。彼は過去の名品にさほど、興味を抱かず、
新しく生まれ来る美術・芸術品にこそ、価値を見出した。
その生涯の記録というべき数々のものである。
その華やかで、豪華な本宮の片隅に、奥宮といわれる離れがある。
そこは、きれいに磨かれてはいるが、中にあるのは古ぼけた椅子に、
長机、いくつかの木箱だけ。
その椅子のひとつに、現ミカル大公レリウス9世が、ギム酒を飲みながら
近臣で公国宰相に昇進させたトリハの、報告を受けていた。
「で、コウニン王国のイルガ王は、ギム酒を帝都に届けれなかったわけだ。」
苦々しい顔で、レリウス9世が吐き捨てる。
「は、『販売価格の3倍の違約金を払うので、なにとぞご容赦をいただきたい。』
との文が、参っております。」
「こっちから、頼むときは、連帯保証の掟だなんていいやがって、親父殿が
妾に産ませた、綺麗どころ3人を、人質に取ったくせによ。」
「妹君も、相当の補償金を持たせて、返すといってきております。」
「君なんてつける必要はないぜ、やつらは今、ミカルには戻れないんだから。」
「親父殿もこの点においては、6世に劣らずだったからな、日頃から
『心・体・力を揃えた美しい女性は、神々が我に与えた恩寵である。』
なんて言いやがった、どうしようもない、女たらしだったからな。」
先大公への、容赦なき非難に、さすがに口を開けぬ現宰相。
「たしか、3人とも、アバウト学院に入学しても、
おかしくない年齢だったな。」
「左様でございます。」
トリハも、先大公から話が離れので、どこかホッとした声が出る。
「3人には、暗黒の妖精契約者を誘惑しろと伝えろ、できなけば・・・。」
「お待ち下さい、義妹君に対し、御身を貶める事はお避け下さい。」
「ん?」
「暗殺用の工作員なら、クリル大公国とテムス大公国も王国連合諸国らも、
送り込んでいるでしょう・・・。」
しばらく考え込む、レリウス9世。
「では、『王帝継承者と暗黒の妖精の契約者情報をミカルに送り続け、
卒業後はミカルから去れ。』でいいな。」
「御意!」
「ありがとうよ、あいつらも親父殿の被害者なんだよな。だが現大公としては
逃げていいとは言えねえ。金はそのまま、妹たちに渡してやってくれ。」
「御心中、お察し申し上げます。」
「それと、テムス大公国から密書が届いております。」
「なんと、言ってきている?」
「『当方は、8世の即位を、帝都のみの支配と、司祭の役割としてなら認める。』
だそうです。」
「それだけか?」
「いえ、『我が国とクリル大公国で合意があれば、我が意と違えどそれに従う。』
との事です。」
「アウレス4世らしい、言い分ですな。」
「これは、あのファウスの女虎の考えだろう。ま、俺とレオヤヌスのイヌおやじ
を嚙み争わせたいんだろうよ。」
「漁夫の利でしょうか?」
「今のテムスの国力を考えれば、それは無理筋だろう。なんらかの理由で
時間を稼ぎたいんだろうな。」
「テムスの密偵を増やせ。」
「わかりました。倍の人数を投入しましょう。」
「そう、テムスの事がわかれば、そのまま王国連合へ行かせろ。」
「ホウコウ山脈の件、どうも奴ら三味線を弾いてるように感じる。
今の時期の増兵はおかしくねえか。」
「という事は?」
「戦は避けられないな。ただ、何か隠してる。新兵器か新戦術か、それとも、
戦場になる地自体が、巨大な罠になる仕掛けとかな。」
いつの間にか、日も翳り、宵闇が迫ってきている。
またも沈黙する、レリウス9世。側室の1人が灯りと追加の酒を持ってくるが、
微動だにしない。やがて重い口を開く。
「トリハ!やはり、イルガ王に、違約金で、暗黒の妖精契約者に
ギム酒を送るよう依頼せよ。」
「それは!」
「暗黒の妖精の契約者って、平民だよな。」
「は、アマトという男で、現在アバウト学院で小間使いをしております。」
「で、だ。その暗黒の妖精というのは、白光の妖精ラファイスを
退けたんだよな。」
「と、聞いております。」
「そんな、力をもっている妖精と契約している奴がだ、
そのまま小間使いのまま終わるか?」
「そうですな、私が継承者なら、執政官職を与えて、自分の盾にしましょう。」
「そういうことじゃねえ。継承者は、暗黒の妖精の契約者の屋敷に
庇護されてるんだろう。だったら近い将来、禅譲でも簒奪でもいいが、
自ら王帝の座を狙わないかと言う事だ。」
「十分にあり得るかと。」
「今まで、王帝の地位を狙うのは、王帝の血筋のやつかせいぜい貴族だったよな。」
「だが、平民もその地位を狙えるという前例をつくったら、
この世はどれだけ乱れるんだ。その可能性は排除しなくちゃならねえ。」
「笑うかもしれねが、おれは和平主義者でね。平民が椅子取りゲームに
絡んでくるなんて世は、来らせちゃいけねえ。
それこそ、戦が絶えなくなるし・・・、
それで、今までより、多くの民が死ぬことになる。」
「この男だけは、生かしておいちゃならねえな。
それが今の時代に神々に許され、貴族として生をうけてる、
おれらの高貴なる義務だ。」
第22部分をお読みいただき、ありがとうございます。
(作者からのお願い)
本作品も、令和3年12月末で、100部分まですすんでいます。
当初から勢いだけで、書き進んでいきましたが、だんだんそのエネルギーも
摩耗してきています。
こういう状態ですので、ブックマークをいただけると、励みになります。
作品を続ける、新たなエネルギーとなりますので、
本小説を、今後ものぞきにきてもいいよというのであれば
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