禽獣は旅を委ね往く Ⅵ
翌朝。窓から来る白光が目に刺さり、ベッドから落ちて床で目覚める。
「あぁぁ...朝かぁ...」
少し腰痛めながらもベッドを掴んで起き上がる。
落ちた時、胸を強打したのか、激しい動悸が頭内で騒いでいる、鬱陶しい。
今日は何しようかな、正味、昨日の奴が待ってるかも知れない...そんな事は無いかも知れないが、謎に引っ掛かる。こんな事を考えている時点で既にフラグは勃っているがな。
「とりあえず...」
昨日から着ている外套を脱ぎ、白い襯衣の姿に成る。
「はぁぁぁ...」
外套を掴み煙を出す。煙が当たり外套は煙の様に消える、だが、私の手の中に入っていく、物の数秒で外套は消えた。そうしたら、もう一回、煙を吐く、今度は多く吐き出す。外へ出た、多量の煙は瞬時に別の物に換わる。黒灰白のチェック柄の外套に新しい白襯衣、そして襟締。
之でいいだろう。脱いだ服は手で丸め、そのまま煙に換え、手の中へ。
大丈夫、手だけ煙と同化させている。之は、言わば粘土に余った粘土を足すような作業だ。
準備は出来た。部屋に有る鏡で襟締を整え、準備は万端さ。
「よし、行くか、イデナの部屋に」
部屋の扉を閉め、亦、扉が誘う並木回廊に佇む。
イデナの部屋は向こうの方だ。
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イデナの部屋へ向かう道中、色々と考える。之から何をするか、何処へ行くか...”何を犯すか。”
金は有る、時間も有る。慎重に行こう、”遊戯”は後で来る。
此の国に平和は無い。其れは確実で強靭で、悲哀だ、此処も何時かは戦火に吞み込まれる。
何時かは、今かもしれないな。着実に”革命”は来る、今日も生命は飢える、金で幸福を粛正する、飯で腹を満たす。私は疲弊している、此の世に...
何が正義か、何が悪か、勝利が全てなのか、力こそ正義なのか、弱者を庇い、強者を駆逐するのが正義なのか、血を流す事は罪か、人の為、世の為?そんな事はどうでもいい、正義は都合によって生まれたその場凌ぎに過ぎない。だが、此の世は”結果論”、途中など意味は無い。勝利と言う玉座に座れる者が正義の王で在り、座れぬ者は悪、そんな事は無い、唯一無二では”無い”あくまで一つの玉座、別に奪えばいい。
そんな事が続くから、有象無象の血が流れている。人と人、集団と集団、王と王、国と国。生命体って醜いよね、表は関係と中立者を名乗って置きながら、裏で攻撃をする、卑劣で大人げ無い、惨めだ。
そんな事が続くから、殺人が無罪に成るし、命に格差は出来るし、罪は玩具に成るし、血は水に成るし、命の価値は下がるし、流れる血は増えるし、人間も亜人もみんなみんな、都合で正義と悪を具現化する。
其れは、元々は心の感情なのに...此の世は残酷な御伽噺より残酷で忌々しい世界。
今、こうやって廊下を歩いている。窓からは賑やかな声と人達、だが、其れは一時的で、幻想的だ。
どうしてだろうか、こんなにも、苛立ちを覚えるのは、昔を思い出す。
極貧で自由無く、機械の様な底辺生活。両親も労働で斃れた時、初めてこう思った。
(此の世は惨めで自己中で腐っている、だから、血は”正義”なんだ)
そんな論理で今まで、幾つ手を掛けて来ただろう。歪みに歪んで平らになったこの論理は正しい筈なんだ。理論は完璧な筈なんだ。この世界は罪は人権なんだ、幼少期から典型例と陥った御伽噺を嫌った、王子に王女、勇者に冒険記、何時も極貧者は除け者扱い、人権になる為に、金を持つ餌を貪った、何も悪くないんだ、何も、悪くない、其れが宿命だ。
頭の中の記憶は悪など、1割も満たない、善しか無い。金に溺れ呑まれた偽善者を自らの手で正義を執行しただけだ。私は良い面で言えば、平等主義者さ、男も女も子供も手を掛ける。
立派な正義の元に成る材料に生る。
煙を操る事、其れは幼少期から知っていた。家が工場の近くで黒煙が日によって風に流れ、家に吹いていた。そんな生活を送っていたら、使える様になった。驚く事無かっただから、幼少期から表は労働、裏はうざい生き物を殺した。初めて殺した時の快感は忘れられない記憶だ。眠るように死んだ屍を踏み荒らすのは最高に楽しかった。精神が崩壊寸前だった、そんな事をしていたら、裏方が現れた。裏方は黒く大きな狼の様な見た目をしていた。
逃げて、あの官憲に保護された時も平常を装った。勿論、裏方も落ち着いていた。
私には、生物的なサイクルの様に、特殊なサイクルが有る。平期と乱期、平期は落ち着いた状態で乱期は殺しをする状態、だが、この二期は変則的で奇妙だ。混合したり、片方が長期化する時も有る。
どうして、こんな奇々怪々な事が起きて、私は正義で血を出さすのか。
其れは、その幼少期だ。物語で言うここから始まったと言えばいいだろうか。
それぐらい、奇怪な時だった。今では、曖昧な記憶しか残っていない、酒で流したからな。
だが、もう来る、遊戯が。
此処も何れは濁る、平和と言う水に民の血が混じる。
何とか今日は此処で終わるな。
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並木扉回廊を渡り着く。
イデナの部屋の前、扉の前に佇む、私。
後はノックするのみ。
右手の手の甲を扉に叩き付ける。
ドンドンと言うよりもバコンバコンと言う音の方が近い感じで合った。
「ちょっと待って〜」
扉の先からイデナの返信が聞こえると同時に、服の音が出る。カチャカチャにグチャグチャ的な音がする、着替え中なのだろう。
私は背を壁に付け、待っている。
目を閉じ、腕を組み、片足を動かす。
(退屈だな...)
もし、昨日の女が居たならば、其奴に観光案内みたいな事を頼んでみようかな、伝統的な馬文化の産物にして、馬の獣半人、馬人と書いて、ドラフチェラと言う。チェラは基本的に人を指す、人間や獣人・獣半人等に使う言葉、だから、狼獣半人は狼を指すウルヴに半人、人間を指すチェラを使い、獣は使わない。チェラの前に動物を使う時点で、獣人・獣半人って分かるからね。
獣半人の起源は人間と関係が有る。
祖先と言えど、神話や古来の伝記に載っている、先人達は、元々天に各動物の神が居り、或る日の事、退屈な神達は遊び半分で自らの手を掻き、其処から溢れた朱色の血は、地に棲む動物に掛かった。その時、其の血は動物達に染み、智を授け、四足歩行から二足歩行へ進化した、之が獣人の祖先。またその時代には、ある程度発達した人間達と接触し、共生し始めた。其の共生の産物が獣半人なのだ。
だが、動物神達の血を舐めた動物は全員獣人にはならなかった。一部は強大な力を手に入れ、魔獣や魔族と呼ばれるようになる。乱暴で気性が荒く、危険な存在であった。彼らの一部の者も人間に近づき、魔人を産み出した。魔獣にも理性の在る無い奴は居る、だからこそ、人間と分かり合えた。
昔、図書館で分厚い本に載っていた、生命の神話。
世界の地域の神話を載せた本、之はロヴァノリヤ等を指す泰西の東国由来の神話、ロヴァノリヤ神話の一部だ。
北方の神話には、各動物の神には善と悪的な存在が居て、狼は悪、ヴァナルガントと呼ばれる狼の神と言うより幻獣が居た。別名、悪凶なる神殺しの狼・天隠しの狼と書かれていた。神話上では、神の創造主を喰い殺した狼で体は天を覆う、空を覆うほどの大きさで乱暴で危険。しかし、あらゆる神に命を狙われ、最後は死んだ、その時の血が地に棲む狼達に降り注ぎ、狼の獣人が生まれたなんて伝説もある。
其れが本当...なら、私はヴァナルガントの裔の一人に成る。
そんな事は無いと思うけど。
狼に鹿に熊に馬に犬。多様な動物の血が人間と混じり合い、獣半人が生まれた。
だが、欲深い人間は力の有る獣半人を従え、強制労働をさせた。しかし、叛乱で立場逆転や正当なる復讐をされた、当たり前の事で有る。
そんな事を考えていたら...
ガチャと開く扉、イデナが出てくる。
昨日とは服装の形は変わらぬが、大幅にデザインは変わっていた。
「昨日はありがとね」
「別に構わない」
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会計はすんなりと終わった。
無言で金を支払い、無言で店を出ようとしている。私とイデナ。
謎に気まずい雰囲気が漂っている、解らない。
だが、その雰囲気を壊したのは...
「姉貴ぃぃー!!」
彼奴だった。大きく手と尻尾を振り、こっちを向く。
「よぉ、よお」
「...」
イデナは何と言えぬ顔をしている。だが、少し笑いかけている。
「あの女誰?」
違う笑いの様だった。何だ之は不倫劇みたいな展開になって居る。
「いや、昨日、お世話になった人だよ」
「...本当?」
「いや、だから...」
昨日の事を話した。これなら、納得と言うか理解してくれるだろうか...
「なるほど...だからか、朝から凄く頭が変な感じがする」
「昨日、度数高いウォッカ飲んだからじゃない...」
そんな事を話している矢先。既に...奴は目前に居た。
「姉貴ー!!」
「分かったから黙ってくれ」
「はい!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続




