2.49.62 【エピローグ 】病んでいる彼女
「これは貧乏くじを引いたかもしんねぇな」
冒険者パーティ『青の疾風』のバッキャは、森の上に広がるピンク色の空を見上げてため息をつく。
ちょうど通りがかってその独り言を聞き取ったのは、仲間である斥候のグギスだった。
「リーダー?」
「イヤな予感がする」
「マジか、、、リーダーの予感は当たるからなぁ。やっぱ俺たちもキルナさんたちに付いていくべきだったか?」
現在このカリナ村に残っている村人は、わずか20名ほどだけだった。
大多数の村人たちは、ほんのわずかな家財だけを持って既に村から避難している。
シルバーランク冒険者キルナ率いる『最前線』も一緒だ。
一方でバッキャがリーダーを務める『青の疾風』の面々は、まだ村に残っていた。
事態が急変したのは一昨日の夕方のことだった。
龍神様とかいうドラゴンに捧げ物を届けに行ったキルナたちが、とんでもない知らせを持ち帰ってきたのだ。
なんでも現在森の奥には、龍神すら逃げ出す何かがいるらしい。
そしてすぐに逃げろと龍神から忠告されたそうだ。
あまりにも馬鹿馬鹿しい話だった。
信じられないことだらけである。
龍神が人間の言葉を喋った?
ドラゴンが話すわけないだろっ!
ドラゴンが家畜のピュンパと友だち?
エサの間違いじゃないのか!?
村の少女も友だちで、龍巫女になった?
そもそも龍巫女って何だよっ!?
とてもじゃないが信じられる話ではなかった。
これがそのへんの村人の言葉なら、バッキャは戯言と笑い飛ばしただろう。
だけどはるか格上の冒険者パーティ『最前線』の全員が同じ証言をしたとなると、話は変わってくる。
並外れた危機察知能力でここまで生き延びてきたバッキャからすれば、今すぐ裸足で逃げ出したいところだった。
だがキルナたちの話を信じられなかったのは、バッキャだけではない。
多くの村人たちも半信半疑だった。
一昨日の夜は遅くまで、村中の人間が集まって議論することになった。
そして話は最後までまとまらなかったのである。
結局村人たちは3つのグループに分かれることになった。
まず龍神を信じて村を捨て、別の場所で生きて行くことにしたグループ。
龍巫女の少女の一家と、長老衆のうち捧げ物に同行した1人を含む6家族ほどだ。
捧げ物を持って行って龍神と話した連中のほとんどがこのグループである。
『絶命の森』を出て平野部で、新しい村をゼロから作り上げるそうだ。
次に念のため村から避難し、安全な場所でしばらく様子を見るグループ。
村長や長老衆3人を始めとする、多くの村人がこちらである。
行き先は『絶命の森』の外縁部にある、以前から交流のあった村だ。
このあたりの森が落ち着くまで滞在させてもらえるよう、交渉するつもりだという。
そして戯言と切り捨て、村に残るグループ。
長老衆の残り2人を含む5家族である。
最初の2グループは途中までは同じ方向なので、一緒になって昨日の朝早くに村を出ていった。
だがモンスターだらけのこの森を進むのは、極めて危険な道中である。
森の外に向かうにしても、龍神のナワバリから離れると一気に危険度が跳ね上がる。
当然ながら護衛が必要であった。
キルナたち『最前線』の5人は、元々そろそろ潮時かと考えていたらしい。
そこでこの機会に護衛をこなすと同時に、村を出ていくことに決めたそうだ。
そしてバッキャたち『青の疾風』の6人もついて行くつもりだった。
だがそこで村に残る長老たちが、どちらかに残ってくれと言い出したのだ。
当然キルナは拒否し、バッキャも断るつもりだった。
どれだけ金を積まれてもこんな危険な場所に残るなどごめんだ。
そもそもこの村には『リル《価値》』が普及していないので、バッキャたちに護衛料を払うことができない。
だが『青の疾風』のメンバーのうち2人が残りたいと言い出したのだ。
彼らはそれぞれ、村に残る長老衆2人の家の娘と恋仲にあったのだ。
恋人を残して自分だけ逃げる訳にはいかないと。
ならば恋人だけ連れて逃げろとバッキャは言ったのだが、娘たちは家族を置いてはいけないそうだ。
残れば死ぬことになるのに愚かなことである。
結局バッキャたちは仲間の2人を見捨てるか、パーティ全員で残るかの2択を迫られた。
他の3人が真っ先に折れ、そして最後はバッキャも折れざるを得なかった。
リーダーとはいえ『青の疾風』は、バッキャの命令に全員が黙って従うようなやり方をしていないのだ。
ギリギリまで粘って、本当にヤバくなったら自分たちだけでも逃げ出せばいい。
バッキャは最悪それで何とかなると思っていた。
実際に今の今まで、危険な気配など全く感じなかった。
まだ様子見する時間は残っていると甘く見ていたのである。
っ!!
だが、一瞬にして状況は全てひっくり返った。
さっきまではイヤな予感がするくらいだったが、一気に濃密な死の匂いが立ち込めてきた。
とてつもない悪寒がする。
最初の直感を信じておくべきだった。
もっと強くパーティメンバーを説得するべきだった。
何なら1人ででも逃げておくべきだった。
いや、まだ手遅れと決まったわけじゃない。
「グギス、今すぐ逃げるぞっ!」
「リーダー!?」
グギスに声をかけると、バッキャはすぐさま村の門へと走り出した。
「撤退の赤笛を早くっ!逃げながら合流する」
斥候役のグギスは、いくつか笛を持っている。
パーティの仲間だけに通じる、決められた合図だ。
赤笛の意味は『全滅の危機。各自バラバラに即時撤退。自分の命だけを考えろ』である。
「村人たちは?」
「諦めろっ!」
バッキャの容赦ない言葉とただならぬ様子に、グギスもようやく事態の深刻さに気付いたようだ。
すぐさまバッキャの後を追って走り出した。
腰の袋から赤笛を取り出し、思いっきり吹く。
一方門までたどり着いたバッキャは、立っていた村人を押しのけるようにして門を開ける。
「バッキャさんっ!?」
「俺は逃げる。死にたくなきゃ、ついて来い」
戸惑う村人にそれ以上声をかけるつもりなどないバッキャだった。
開いた門からすぐさま外に走り出そうとする。
だが、そのバッキャの足が止まった。
「あら、お急ぎかしら?」
門のすぐ外には1人の女がいた。
それは傷だらけの女だった。
元は儚い感じの美人だったのだろう面影がある。
だが病的なほどに黒ずんだ目の下のクマや、不気味に歪んだ表情で台無しになっていた。
何より顔や腕が血まみれで、服もボロボロだった。
「アンタ、モンスターにやられたのか?」
バッキャの後ろからグギスが女に声をかける。
だがそれが見当外れなことを、バッキャは直感していた。
この女が、森の異変の元凶だっ!
それほど強そうには見えないし、強者の纏う気配もない。
腰に差した短剣らしきもの以外は、武器らしきものも持っていない。
森で怪我しているところを見れば、冒険者ではなく一般人だと判断するのが普通である。
だがそれでもおぞましいほどの死臭の漂う、不気味すぎる女だ。
そして元は美人だっただろうその顔立ちは、ここらの人間とは少し顔立ちが異なる。
その理由は女の腕を見れば一目瞭然だった。
傷だらけで血の滴るその手には、指が5本あったのである。
コイツ、異世界勇者だっ!
リューイン《創世神》が魔王を倒すために召喚した異世界人の勇者は、こちらの人間とは少し顔つきが異なり、何より指が5本ある。
誰でも知っていることだ。
そして異世界勇者は特別な能力をいくつか持っている。
言語習得能力、自分の力を数値化して見る能力。
そして何より個人個人が持つ特殊能力である。
異世界勇者は上のランクになると、相手の力すら数値化して見ることができるらしい。
だけどそんな力などなくても、バッキャの直感が告げていた。
この女の特殊能力は、何か禍々しくてヤバいものだと。
戦闘能力自体は恐らく、アイアンか、せいぜいカッパーランクくらい。
ニッケルランクのバッキャが恐れるような相手ではない。
けれどもこの女の持つ特殊能力がもたらす死の匂いは、プラチナランクをも超え、幻獣種にすら届くレベルであった。
同じく幻獣種ランクの龍神が逃げ出したのは、この女が呼び込む『何か』のせいに違いないっ!
「なぁ、怪我してんなら…
「グギスっ!喋るな!」
呑気に話しかけるグギスを制止するバッキャ。
その声はもはや悲鳴混じりだった。
経験の浅いグギスでは、この女の表面的な強さくらいしか見抜けなかったのだろう。
モンスターに睨まれた小動物のように、震えて固まるバッキャ。
その姿を見て怪しい笑みを浮かべた女は、ようやく口を開いた。
「あらあら、そんなに震えてどうしたの?」
「リーダー、、、?」
バッキャの身震いする姿を見て、グギスもようやくただならぬ気配に気付く。
「まるで化け物でも見ているようじゃない?気に入らないわね」
「ひぃっ」
その悲鳴は果たして2人のどちらが上げたものか?
「まぁ、いいわ。あなたたちのような小物に用は無いの。わたしが探してるのは龍神とかいうトカゲよ。龍神を崇める村というのはここでいいのかしら?」
「あ、あぁ、そうだ。だけど、、、龍神は出ていったぞ。とっくに逃げ出したんだ」
バッキャが恐る恐る答える。
目の前の死神をなるべく刺激しないように。
「あらそうなの?残念だわ。小ざかしいトカゲね」
「りゅ、龍神に何の用なんだ?」
「もちろんブチ殺すに決まってるじゃない」
「ひぃぃっ!」
女から湧き上がる殺気に、さすがのバッキャもたまらず悲鳴を上げる。
「人間であるわたしが化け物扱いされるのにぃ、人間に崇められる化け物がいるなんて!そんなの許せるわけないじゃないぃっ!」
ヒステリックに甲高い声で女が叫ぶ。
明らかに精神を病んでいることが分かる。
底知れぬ闇を感じさせる、たまらなく不安な声だ。
1人叫び散らしていた女だったが、その鋭い眼光がバッキャを捉える。
「そういえばあなたもわたしを化け物扱いするのね?」
「殺さないでぇっ!!」
たまらず尻もちをついて泣き叫んだのは、後ろに立っていただけのグギスだった。
完全に心が折れているようだ。
だが経験豊富なバッキャは辛うじて踏ん張り、気丈に言い返す。
「ア、アンタ勇者だろ?魔王を相手にしないでっ!ひ、人に手を出すのかっ?」
「そうね、わたしは勇者よ。でも魔王を倒す前にトカゲをブチ殺して『レベル』を上げるのなんて普通のことでしょ?その巻き添えで死ぬゴミクズのことなんて知らないわ」
女がバッキャのことを同じ人間として見ていないのは明らかだった。
勇者はクズだらけという話は有名だが、その中でも飛び抜けて危険な相手のようだ。
この女はほんの気まぐれで、何のためらいもなくバッキャたちの命を刈り取るだろう。
残る村人たち全員とともに。
戦おうという気力など欠片たりとも湧いてこない。
バッキャは死の宣告を待つかのように、ただただ立ち尽くす。
だが女は突然興味を無くしたかのように振り返ると、村から去るようにゆっくり歩き出した。
「リーダー!」
「何があったんだ?」
そのときパーティの仲間たちの叫び声が、はるか後ろから聞こえてきた。
赤笛に従って逃げ出さずに、わざわざバッキャのところに集まってきたのだ。
馬鹿めっ!と叱りたい気持ちと、ありがたいっ!という温かい気持ちがごちゃ混ぜになる。
だが今のバッキャには、後ろの仲間へと振り返る余裕はなかった。
去っていく女の背から目を離すことなく、恐る恐る声をかける。
「み、見逃してくれるのか?」
「わたしだって気に食わないゴミクズをいちいち殺して回るほどヒマじゃないの。それに、、、」
背を向けたままそこまで声にしたところで、女が不意に足を止める。
そして首だけで振り返り、ゾッとするように微笑んで、、、
おぞましいハスキーな声で告げた。
「どっちみちあなたたちぃ、みぃんな死ぬものぉっ」
ドゴォオンッ!!!
その宣告の最後と重なるように、バッキャの背後で超重量の落下音が響きわたる。
地面が大きく揺れ、バッキャの心臓を軋ませる。
グチャッ!
同時に何かがペチャンコに潰されたような音が聞こえてきた。
ちょうどバッキャの仲間たちのいたあたりからだ。
彼らの声は、、、もう、聞こえない。
「ギャアアァァッ!!」
隣りから、後ろを振り返ったグギスの絶叫が聞こえる。
どんな光景が繰り広げられているか、バッキャには見なくても分かる。
長年苦楽を共にした仲間たちの顔が脳裏に浮かぶ。
それでも、いや、だからこそ、バッキャは振り返ってしまった。
そして『絶望』を目にする。
「ダクザギャッデスっ!!」
死の権化たる幻獣種の名前を口ずさむ。
バッキャが人生の最期にできたことは、ただそれだけであった。
第2章 『首だけ勇者と異世界ヒロイン』 完
次回 第3章 『腹ペコドラゴンと異世界セレブ』
これにて第2章は完結となります。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
毎日更新はひとまずここまでとさせていただきます。
第3章では2人のヒロインたちと合体した真一が、冒険の旅に出て異世界の街を訪れます。
しばらくは異世界カルチャーを満喫する日常回?が繰り広げられるかと思いきや、世間知らずの腹ペコドラゴンたちがとんでもないトラブルを次々と巻き起こし、、、
というお話です。
それほどお待たせせずに再開しようとは思ってますので、ぜひ今後もお付き合いください。
ここまでのお話で面白かった!続きが気になる!と思ってくださった方は、評価・ブックマークにて応援いただけると嬉しいです。




