2.36.49 それを たべるなんて とんでもない
「待ってっ!食べないで!!」
咄嗟に叫ぶ真一。
反射的に口にしたその言葉は、日本語ではなく龍語であった。
「喋ったっ!?」
「喋ったニャミュ〜」
「ムレビトなのにリャンミョニュ《龍の声》が分かるんだ!」
「スゴいニャミュ〜」
2匹のドラゴンは、真一が龍語を話したことに驚いている。
正しくはリャン何とかという言葉のようだ。
初めて聞く単語なのだが、『龍の声』という意味であることが真一には分かった。
異世界言語翻訳機能により、聞き取ると同時に日本語に翻訳された内容が脳内に浮かんでくるのだ。
ちなみに左の首の青角ドラゴンの話す変な語尾はそのまんまである。
けっこうお茶目な翻訳機能さんであった。
ともかくこれなら何とかコミュニケーションをとれそうだ。
平和的に話せば食べるのをやめてくれるかもしれない。
真一が龍語を喋れるというのもポイントが高いだろう。
「それじゃ…
「じゃあモイ、食べちゃって」
だが説得するヒマもなく、真一の言葉が遮られた。
「うんっ!オイ、生き餌の踊り食い好きニャミュっ♪」
「待って待って待って!食べないでぇっ!」
「なんで食べちゃダメなの?」
「オイ、お腹すいたニャミュ〜」
問答無用で真一を食べようとする龍神様。
食べてはいけない理由を真一は必死で考える。
「そうだっ!約束っ!村人には手出ししないって約束でしょっ!?」
そこで思い出したのは、副村長とキルナの会話だった。
古い約束で龍神様は村人に手出しをしないことになっていると、副村長は語っていた。
「そう言えばそんな話、したかも?」
「すっごい昔のことニャミュ〜」
「それでも約束は約束でしょ?龍神様が約束破っていいの?」
「そういえば『母』たちも言ってたね」
「うん、、ムレビトは食べちゃダメなんニャミュ〜」
ムレビト?
村人のことか?
とにかくこれならなんとか説得できそうだ。
真一は本当は村人ではないのだが、龍神様にはそんなこと分からないだろう。
「だったら俺も…
「でもねっ!、、、」
「死体なら食べていいんだよっ!」
「生首だもんね〜」
だが村人は食べちゃダメアピールは通じなかった。
死体ならOKという謎理論によって。
龍神様はどうしても生首の踊り食いをしたいようである。
こうして真一の絶望的な戦いが始まった。
ただし今回の戦いは異世界初の舌戦である。
何としても真一を食べようとする龍神様を、あの手この手で説得しなければならない。
戦闘では絶対に勝てないという確信がある。
つまりこの論戦に負けることは、逃れようのない死を意味するのだ。
「死体じゃないからっ!!よく見て、ただの生首じゃないでしょっ!!」
「ミュイ〜、そうかなぁ?」
「こんなのただの生首ニャミュ〜」
「ぜんぜん違うだろっ!喋ってるから!生きてるからっ!」
「こんなのどう見ても死体だけどなぁ〜」
「オイ、よく分かんないニャミュ〜」
「喋ってる時点で生きてるからっ!喋る生首なんて特別なレアモノだってっ!」
半分涙目になりながら、必死にアピールをする真一。
「そんな特別な生首を食べるなんて、とんでもないっ!!」
「ミュイ〜、そんなにとんでもないかなぁ?」
「とんでもなくないんじゃないかニャミュ〜」
龍神様との命がけのレスバトルを繰り広げる真一。
ここまでいろいろと話をしながらも、それと同時に龍神様の様子を詳しく観察していた。
何か説得材料となる突破口を探して。
まず真一が気になったのは、、、
この龍神様って、たぶんメスだよな?
日本語に翻訳された言葉遣いからして、どうも2匹ともメスっぽい感じである。
だけどそれ以上に、、、
胸というか腹のあたりに膨らみがあり、乳牛っぽい突起状の『アレ』がついていた。
真一はアニメやゲームでたくさんドラゴンを見ていたが、たいてい胸はツルペタだった。
だけどそれはあくまでファンタジーの創作物。
目の前のドラゴンはリアルな生物なのだ。
そりゃドラゴンだって生き物だもの。
メスならおっぱいも乳首もあるに決まってるよね、、、
と、スゴい発見をした真一である。
もっともそんなもの、なんの攻め口にもならない。
他に気になるのはこのドラゴンが、ちょっと身体のバランスが変なことだ。
首から下は普通だが、頭のついている位置に違和感がある。
2つの頭が左右についているが、場所が均等ではないように見えるのだ。
右の頭が内側に寄っていて、左の頭の方が狭そうであり、やたらバランスが悪い。
地球の生き物はたいてい左右対称な形だが、この異世界は違うのかもしれない。
だけど真一にはそれよりも、もっとしっくりくる推測があった。
もしかして、右の赤角ドラゴンの方が『本体』なのかも?
外見的な特徴からしても、左隅に追いやられてる青角ドラゴンは『サブ』の首に見える。
さらにその予想を裏付けるのが、知能レベルの違いだ。
この2匹、同じ龍の首なのにけっこう性格が異なっているみたいなのだ。
右の赤角ドラゴンの方は物知りで頭がいいしっかり者。
だいたい先に話を切り出すのがこっちだ。
そして左の青角は無邪気な食いしん坊のアホの子って感じである。
ゆるーく相づちをうってばかりで、やたら変な語尾をつけている。
ドラゴンたちと論戦を繰り広げながらそこまで観察して、真一は作戦を考える。
まずは論理的に説得できそうな、右の赤角から攻める方が良さそうだ。
こっちの首なら何か1つでも納得できる要素があれば、食べるのを思いとどまってくれそうである。
問題はどういう切り口で説得するかだ。
村人は食べてはいけないという約束は、死体ならOKだと論破されてしまった。
どれだけ生きていると言っても、死体じゃないとは認めてくれない。
そこで真一は切り口を変えて、龍語を喋れるところをアピールすることにした。
「そうだっ!さっき自分でも言ってたでしょ?龍の言葉を喋るなんてスゴいって!君らとお喋りできるのなんて、世界でも俺ぐらいだろ?それを食べるなんてもったいないって!」
「確かにムイはリャンミョニュを喋れるねぇ」
「それってスゴいニャミュ?」
「ミュイ〜、ぜんぜん」
「えっ?」
だが物知りな赤角の龍が、真一の訴えをバッサリ切り捨てる。
なんと龍語を喋れるのは全くアピールにならないようだった。
真一が何故かと驚いていると、赤角が突然予想外のことを聞いてきた。
「ムイって、イセカイのユーシャでしょ?」
「ぅん、、、そう、だけど何で?」
「イセカイのユーシャはみんなリャンミョニュが分かるよ。だからぜんぜんスゴくない」
考えてみれば当然の話だった。
真一が龍語を話せるのは、おそらく『創世神の召喚兵』の称号のおかげだ。
これは全ての転生者が持っていると思われる。
だからみんな龍語を話せてもおかしくないのだ。
そして赤角の言葉により、この世界にはたくさん地球人が来ているのでは?という真一の予想が裏付けられた。
「なーんだ。じゃあ食べよう。すぐに食べるニャミュ〜」
「待って待って!喋るだけじゃないから!生きている生首ってスゴいでしょ!首を切られても生きていけるのなんて、世界で俺だけなんだっ!!」
龍語を喋れるアピールも論破されてしまった真一。
もはや真一が売りにできるのは、『ダメージ最小化』のチートスキルくらいしか残っていなかった。
首を切断されても死なないタフさは、他の誰にも出来ないだろう『特技』である。
それが何のアピールになるのかは自分でも不明だが、それでも必死に訴える真一。
「ミュイ〜、確かにそうだね〜」
「それってスゴいニャミュ?」
「まぁ、スゴいかも」
「じゃあ、食べるのやめとく?」
これはイケるか!?
「ミュイ〜、でもスゴいけど何の意味もないしなぁ。別に要らないんじゃない?」
「うん、そうニャミュ!じゃあやっぱり食べるニャミュ〜」
「待って待って待って!首だけなのに生きてるんだよっ!」
やはり『首だけでも生きてる』なんて、何の役にも立たない特技であった。
自分でも半信半疑な『スゴさ』が、龍神様に通じるはずもなかったのだ。
それでも真一はもはや引くに引けない。
無理やりにでも『最後のアピールポイント』を推しまくるのみ。
必死で知恵を絞り尽くす。
『生きてる生首』がいったい何の役に立つだろう?
そんなのを欲しがるのは誰だ?
デュラハン?
首なし死体?
首を探してる人って誰かいるか???
答えを探して空を見上げる真一。
その視界に、『龍神様の頭部』が映った。
※補足
ドラゴンたちの人称代名詞
オイ:1人称「わたし」
モイ:1.5人称「もう1人のわたし」※お互いに別の首のことをこう呼ぶ
ムイ:2人称「あなた」
ノイ:3人称「あいつ」




