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13. まやかしと真実の間で

第二章 『海賊編』



(幕間)



リヴァイアサンに攫われた時も、一度目にグッセンスタシューンを訪れていた時も、そして、二度目の今も。



シェリはいつだって、迷子の私を探し出してくれる。

見つけて、手を差し伸べて、私が一人ではないことを思い出させてくれる。




好きだから会いに来てくれた、彼も私じゃなきゃ駄目なんだと、そう思いたい気持ちと、そんな風に思うことはもう許されないのだと、心にブレーキをかける自分。



苦しくて、切ない。

海に帰れないことだって分かっている。



でも、彼の手も離せない。



どうかもう少しだけ、この幸福感にまやかされていたい。




------




「シェリ……!」



シェリの首へと手を回すと、彼は私を抱き上げてくれた。



「……リリィ。本当に、会いたくてたまらなかった」



シェリは声を震わせながら、私の肩にその顔をうずめる。



愛おしい。愛してる。ずっと会いたかった。


……でも。



「……シェリ、わ、私」


「分かっている。其方を無理やり連れ戻すために来たわけではない。ちゃんと策があるから安心してくれ」



シェリが仮面を少しだけずらし、私の目尻に溜まった涙を唇でぬぐってくれる。



「リリィ!」

「リリアナ様!」



シェリと共にいた男性二人も、私たちのもとへと駆けて来た。



「もしかして、ユーリ? それに、ナプティムウト様?」



二人の姿を確認した後、シェリは一度、私を地へと降ろした。



「もうっ、リリィ!」



すると今度は、駆け付けたユーリが私をぎゅっと抱きしめてくれる。



「リリィってば、どれだけ僕たちを心配させれば気が済むの?!」


「リリアナ様。一人で何でも抱え込むのは、貴方様の悪い癖ですよ」



ナプティムウトも、私の頭を優しく一撫でしてくれた。



「……ごめんなさい。何も言わずにマーレデアム王国を離れてしまって。


そう言えばお二人とも、地上に上がっていて大丈夫なんですか? 祭典が始まってから随分と時間が経ってるのに」


「シェリのおかげだよ。悔しいけど、今回の計画はシェリなしじゃ成り立たなかったんだ」


「詳しい話は後ほど。今はこの場を収める方が先ですよ」



そうだ。

たった今、シェリはグッセンスタシューンの国王に啖呵たんかを切ってしまったのだ。



「シェリ…… まさかとは思うけど、たった三人でこの王国の相手をするつもりだったの?」


「言っただろう? ちゃんと策はある」


「策? 」




「やっぱてめえらかよ……!」



すると、突然背後から静かなる怒号が聞こえてきた。

私は肩をびくりと揺らしながら、恐る恐る振り返る。



「何の真似だ! 説明しやがれ!」


「貴様か。いたのか」


「いるわ! ここは俺の祖国だぞ!


……くそったれが。堂々と変な術を使いやがって。何なんだあの顔芸は!」



「ギ、ギル。顔芸って……」



私たちの後方に来ていたのはギルだった。

シェリは私を背に隠し、彼の前に立った。



「どけ! リリアナは自分の意思でこの王国を選びやがったんだ」


「半分は海魔となった愛し子ため、もう半分は我々海人族のためだ。


リリィ自身のためでもなければ貴様のためでもない」


「ああ?! なんだとてめ……」



「ひぃぃぃぃぃーーっ!!」



ギルの言葉を遮るように、急に甲高い悲鳴が耳をかすめたため、私は再び肩を吊り上げてしまった。


私たちはその叫び主の方へと一斉に視線を向ける。



「ほ、本物の浮遊に切断……?! それに、て、て、手の平から突然武器なんぞ出しおった……!


そ、其方らは、ば、化け物の類かーー!!」



顔を真っ青にしてこちらを指差していたのは、祭壇前に立つ国王だった。

私は随分と前の方まで来ていたらしく、ここからだと彼の姿がよく見える。



(……ん?)




国王の姿をまじまじと眺め、なんだか違和感を感じる私。


近場で見る彼はもちろん白いのだが、少々不自然な白さである。


それは何故か。

冷や汗をかきすぎた彼の肌は、まるで化粧が剥がれたかのように、所々色ムラのある黄肌へと変化していたからだ。


髪色も真っ白に見えていたが、よくよく目を凝らすと根本が黒い。



「……まさか、白粉おしろいと染髪だったってこと?」



何とも肩の力が抜ける。遠目だと気付けなかった。


祭壇の場所を中央広場の最端に設置し、民たちとあえて距離を取っていたのは、このためだったのか。



魔法、もとい手品だって同じ。

近くで見れば見るほど、その仕掛けが明確になってしまう。



"目の錯覚" そして、"言葉の話術" を使う彼らは王族と呼ぶには相応しくない。

 


"奇術師"


こちらの方がしっくりとくる。



「やはり我が国を脅かすギルも、其方らの仲間だったのか。


おのれ、王国に侵略する化け物ども! 誰か、誰かこの者たちを早く捕らえよ……!」



慌てふためく国王に対し、私の前方にいる男性陣四人がギロリと鋭い視線を向ける。



「黙れ愚王が。 民を騙しまともに統治もせず、100年もの間甘い汁だけを吸っていたのは一体どこのどいつか?


女神一族などと虚言を吐き続けたことも、恥だとは思わんのか!」


「てめえの一族がたったの100年間で、この国を貧国だ後発国だと言われるまでにしやがったんだろうが!


"死に損ないの地" に追いやられた者たちが今までどんなみじめな思いで生きてきたか、どんな悲惨な死に方をしてきたのか。


てめえは国王のくせに何一つ知らねえだろう!」



シェリとギルのその言葉に、グッセンスタシューンの民たちが一斉に国王へと視線を移す。



「な、何を言う! 余の身体には生まれ持っての、愛し子としての紋章が刻まれているのだぞ!」



そう言葉を放つ国王は自身の服をめくり、腹を見せてくる。



「見よ! この三本の爪痕のような紋章こそが愛し子の証なのだ。が王族である証拠なのだ。


神の血を引くが、卑しい愚民どもを導いてやっているのだ!」



「へーえ。てめえが本物の愛し子なら、その民のために一体何をしてくれた? くっだらねえ奇術で惑わすだけか?


それとも、100年前までの先王たちが民のためにのこした財と、その民たちから巻き上げた税で贅沢を尽くすだけか?


てめえはこのグッセンスタシューン王国を "2000年前" のようにしてえのか!!」



ギルは恐れることなく、国王に向け怒りを飛ばす。



(……ギルも、私のことどうこう言えないよ。


だってあなたも、いつもグッセンスタシューンの民のことばかり心配してるもの)



どんな時でも王国民たちのことを思いやるギル。

やはり彼は、グッセンスタシューンの王となるべき人だ。




「……グッセンスタシューンの民らよ。

其方たちは、国王が祈りを唱える姿を見たことはあるか?」



ギルと国王の様子を見ていたシェリが、民たちにそう語りかけた。



民たちは、先程のギルとシェリの言葉に、かなり動揺しているようだった。



「い、祈りって、いつも祭典の時に国王が唱えてるやつか?」


「テティス女神様へのお願い事みたいな、あれ?」


「本当はただの祈りの言葉じゃないってのか?」



民らがそう口々にするのを聞いて、シェリがニヤリと笑う。



「そうか。国王が祈りを唱えてもこの国にも其方らにも、特に何も変化は起きぬようだな」



「……シェリ?」


「リリィ。グッセンスタシューンの民らに、この場で祝福を与えてやれ」


「シェリ、でも……」


「大丈夫だ。俺を信じろ」



シェリが優しく、さとすようにそう言う。



「……分かった」



私は上着のポケットからヒトデ型の髪飾りを取り出し、それを髪へと付ける。


私は一度深呼吸をしてから、その場で両手指を交差させ、お祈りを唱え始めた。



「母なる海女神かいにょしん・テティスよ。其方の愛し子である我の願いを聞き入れ給え」



すると、私の髪はふわりと宙を舞い、うなじにある女神の紋章と髪飾りが光を放ち始める。



「な、なんだ? ギルがいつも連れてた坊主…… って、女だったのか?!」


「あの子にも女神の紋章があるの? しかも、国王がお祈りを唱える時とは違って、美しい光を放ってるわ」


「わあ…… なんだか身体が温かくて気持ちいい」



祝福の光粒たちが、中央広場に集まる人々へと降り注がれていく。そして、次は街の方へ。



「お、おい、市街の方を見てみろ。建物やら道やらがまるで洗浄されてくみたいだ」


「すごい……まさかあの子が、本物の女神の愛し子様なの?」



民らへの祝福と街への浄化が終わる頃には、

皆の視線は私へと集まっていた。



「愛し子様にこんな奇跡が起こせるなんて……。 じゃあ、あの国王はずっと俺たちのことをあざむいてたってことか?」


「国王様の "魔法" が怖かったわ。彼に逆らった人は、身体を宙に浮かされて、そのまま湖や崖に落とされるって。足や手を切断されることもあるって聞いたわ」


「どれもこれも、全部奇術だったっていうのか? なんてインチキな国王なんだ」



「このお嬢さんこそが俺たちの愛し子様だ!

この方にグッセンスタシューンを導いていただくべきだ!」



ついには、民らがそう声にし始める。



(……シェリはああ言ってくれたけど、やっぱり私は、もうこの王国からは離れられないよね)


「てめえ……何が目的だ」



俯いてしまっていた私は、ギルのその言葉に顔を上げた。

ギルは眉間に皺を寄せて、シェリのことを睨め付けている。



「こんなことをすれば、グッセンスタシューンの民らが生涯リリアナを手放さなくなることは、てめえには分かってるはずだ」


「ああ、最もだ。 しかし、お前は一つ考えが抜け落ちているな。


リリィが女神の愛し子であることは、この王国だけでなく、すぐに "他国" にも知れ渡るだろう」


「何……?」



ギルが怪訝そうな表情をすると、ユーリとナプティムウトが額に手を添えて中央広場を見渡した。



「あいつとあいつ…… あ!あの女も他国のスパイだよ」


「あの堂々と広場の最前列にいる男たち数人も、他国の海賊たちだね」



「?! な……!!」



ギルがぎょっとしたように、視界を凝らして二人の指さす方を見やる。



「祭典のために人が中央に集まっているとはいえ、他国の船が入り込む隙をお前たちは与えすぎだ。


実際、我々がこの地へ上がった時も、港は人一人いなかった。

いくら鎖国国家といえど、警備隊すら置いていないとは何事だ。



と、貴様はそれが出来る立場ではなかったな。 この国を追われ "海賊" となっていたのだから」



顳顬から汗を伝わせるギルを見据え、シェリは仮面の下で唇の端を上げる。



「こんな有益な力を持つ乙女が、このグッセンスタシューン王国に据え置かているとどうなるか、貴様なら分かるだろう。


愛し子のことが他国に知れ渡れば、この地が "戦場" と化すのは時間の問題だ」


「……こ、のクソ野郎が……!!」



ギルがシェリの胸ぐらを掴みかかる。



「ギル、止めて!」



私も事の次第がやっと理解出来、慌ててギルの腕をシェリから引き離そうとした。



「てんめえ…… 他国の奴らが紛れ込んでるのを知ってて、わざとこの場でリリアナの祝福を見せやがったな……!」



シェリは、自身の胸ぐらを掴むギルの腕を片手でひねり上げた。



「……っ、この馬鹿力の魚人め……!」


「ふん、貧弱な海賊ごときが。海人騎兵を舐めるなよ」



「止めなさい二人とも」



いがみ合う二人の間に、ナプティムウトが入り込む。



「ギル。一目置かれていたグッセンスタシューン国王の魔法が、実はただの奇術だった。このことはすぐに他国に知れ渡るだろう。


血の気の多い隣国たちがこれを知れば、リリアナ様を奪うためにこの王国は間違いなく攻め込まれる」



「だ、か、ら! リリィが人間には絶対に見つけられない場所に、僕たちが隠してあげるよ」



ユーリがそう言ってにっこりと微笑む。


ギルは深い、深い息を吐き捨てた。



「……海の底。マーレデアム王国かよ……」



「ご明察。 ただ、貴様が戦艦を使って我が国を攻めるなど、馬鹿げたことを言わなければの話だがな。


まあ、一国を治めるようになれば、そんな莫大な金がかかるような愚策は到底実行出来まい。

あの愚王を排した後は、貧国の経済を立て直す方が先だろうからな」



「……この、悪辣あくらつな策士野郎が」


「貴様にだけは言われたくない」



バチバチと火花を散らす二人を交互に見やりながら、私はシェリのマントをくいっと引いた。



「シェリ…… でもそうなったら、グッセンスタシューン王国を建て直すお手伝いが、」


「ギル! 俺たちも手伝うぜ!!」



シェリにそう話したのと同時に、広場にいた民たちが次々と声を上げ始めた。



「ギルは先王たちの資産を使って俺たちの生活を守ってくれてたんだ」


「彼が海賊になったのは、王国の財産を取り戻すためよ。私欲のためなんかじゃないわ」


「ギル、お前がリーダーだ。 俺たちが王になったお前の手伝いを買って出る!」



ギルの周りは、いつの間にか民たちの人集ひとだかりが出来ていた。




私はその様子を、どこかほっとした気持ちで眺めていた。

すると、隣にいるシェリもまた、静かに言葉を紡ぎ出す。



「グッセンスタシューンの全王国民たちが、やっと自ら立ち上がる気になったのだ。


王国を建て直していくのは、これからもこの地に腰を据える、あの者たちに任せればいい。

いや、彼らが自身たちの力で成し得なくてはならないことだ」



そう話すシェリの横顔は、マーレデアム王国の民たちを想う王族のもの。


そして彼と同じ、王国を背負う道を歩み始めたギルに、お手並み拝見といった視線を向けているようにも見えた。



「ねえギル。ぼくたちもお手伝いするよ!」


「ギルがあたしたちの王様になってくれるんでしょ? そしたらもう、おなかが減って誰かが死んじゃうことはなくなる?」



広場にはあの地に暮らす、子供たちの姿もある。



「お前たちまで……」


「ギル。あたし、いつかギルのお仕事をお手伝いしたいって言ってたでしょ?


ギルのお嫁さんになって、あたしも一緒に国を守ってあげる!」



こんなことを言ってのけるのは、初めてあの場所を訪れた時に出会った女の子だ。 幼く見えるが、確か6歳だと言っていた。



「お、おう。ありがとな」


「ぷっ……」



すると、ユーリがこらえきれないと言わんばかりにケラケラと笑い出した。



「はは! 良かったね、ギル。 ものすごくわっかーい婚約者ができて♡」


「……ユリウス、てめえ」


「大丈夫。その子たちが成人する頃には、ギルはまだ40歳にもなっていないだろう?」


「ナプティムウト……人ごとだと思いやがって」


「たかが20ほどの年の差が何だ。我が国王夫妻は150、姉上たちは400歳以上離れているぞ。気にするな」



「てめえら…… 寄ってたかっていけしゃあしゃあと」



もはや私も苦笑いするしかない。

そして私たちは、何かを忘れている気がする。




「愚民ども! 余のことを忘れて話を進めるでないっ!!」



そうだ。

グッセンスタシューン国王のことがすっかり頭から抜け落ちそうになっていた。



国王は、王家や側近の男たちを率い、真っ白の白粉おしろい肌を真っ赤に憤慨させて、こちらへズカズカと向かって来る。


しかも皆の手には、あの奇術の小道具らしき剣たちが握られていた。 



(へ? まさか小道具の剣でシェリたちに挑むつもりなの?)



「お前たちはその赤仮面の男以外丸腰! こちらの方が武器の数も多いぞ!


大人しく余に跪け!!」



尚もこのような発言しか出来ない国王を前に、ギルが分かりやすくため息をつく。



「ほんっとに、最後まで馬鹿な国王だ」



ギルがそう言い終わると共に、彼の背後からシェリたちが飛び出した。


ユーリとナプティムウトの手にも、しっかり長剣が握られている。




「女神の愛し子が守護する王国の、最強戦闘騎兵団。こいつらはそこの、団長と副団長、それに部隊長らだ。


てめえなんぞがかなう相手じゃねえんだよ」



そう冷たく言い放つギル。


私たちの目前には、シェリたちに急所を突かれ泡を吹いて倒れていく、なんとも呆気ない国王たちの最後の姿が在った。





------



リリィがシェリたちの方へと駆けていく。


ギルはそんな彼女を見やり、深紫こきむらさきの眼を細めた。




「……潮時なのは、俺も同じってことか」



視線の先には恋人に優しい笑顔を見せる、愛した女の姿。



「ねえギル、あれってリリアスお兄ちゃんだよね?」


「リリアス兄ちゃんって男にしとくのもったいねーよな。めっちゃ可愛くねーか?」


「ちょっと! リリアスお兄ちゃんは愛し子様だけど、カッコイイ海の男でもあるのよ?」



……しかし、感傷に浸れていたのはほんの一瞬。


再びギルの周りを取り囲んだ子供たちが、今度はリリィならぬ、"リリアス議論" を交わし始めたからだ。   



突然に、何の前触れもなく始まったこちらの話し合い。

子供たちの白熱っぷりに、ギルは思わず声を出して笑ってしまった。



「ぶっ。リリアナの変装はほんとプロ並だな。


……なら俺も、もうしばらくは騙されといてやるか。

突然始まったもんでも、突然終わらせんのは簡単じゃねえしなあ。



あーあ。厄介な感情を知っちまったもんだぜ、全く」




ギルはそう言って少し苦しげに笑いながらも、自身を手招きするリリィのもとへ、ゆっくりと歩いて行った。




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