救出
王子は私に向かって笑うと、スッと立ち上がった。
そのまま私たちを遠巻きに見つめる彼女たちをみる。
「あのさ」
いつもよりも少しだけ低い声で言って、一歩踏み出した。
笑顔だけど、王子からなんだか怒った空気が漂っていて、とても不機嫌なのがわかる。彼女たちにもそれが伝わったのか、彼女たちは一歩後ずさった。
「俺が誰と付き合おうが関係ないよね」
王子の声はその場に響いた。
さっきまであんなに元気だったのに、もう今はみんなが黙っている。少し困ったような、怯えたような顔をして俯いている。
王子は彼女たちをぐるりと見渡した。
「君たちの許可が、必要?」
そう言って私を突き飛ばした子に笑いかけた。
「俺たちが付き合っていることが、君に関係あるの?」
王子はいつも笑顔でいることが多い。
だけど、今日の顔はいつもの笑顔とは比べ物にならないくらい、冷たい。
その冷たい笑顔に、彼女は顔をしかめて王子から目を逸らせた。
「彼女に何かしたら、許さないから」
みんなが息を飲む音がした。
俯いていた顔をあげて、王子と私の顔を順番に見て、信じられないという顔をする。
王子は確認するように全員の顔を見渡して、それからもう一度笑った。
「彼女に、二度とこんなことするな」
王子はもう一度、さっきよりも大きな声で宣言した。
キッパリと。
「次やったら、許さないから」
誰も文句なんて言えないくらい、はっきりと宣言した。
それからすぐに彼女たちは逃げるようにいなくなった。あっという間にいなくなって、その場には王子と、相変わらず倒れ込んだままの私が残された。
私は呆然として、王子の背中を見ていた。
夕日に照らされたその背中は、なんだか光って見えた。
だけど少しして振り返った王子は相変わらずちょっと不機嫌そうな顔で手を伸ばしてきた。
「早く立ちなよ」
手を取るとぐいっと引かれて、よろめきながら立ち上がる。
「あ、ありがとう」
「別に」
王子はそういうと前を向いて一人でスタスタ歩き出した。私のことなんて関係ありませんって感じで歩いて行くから、その後を追っていいものか迷っていると、立ち止まって振り返った。
「帰るよ」
相変わらずそっけなく言って、また歩き出す。
今度こそ、私は走って追いかけた。
******
少し走ってようやく私は王子に追いついた。
「あの、なんであそこにいたのがわかったの?」
王子は返事もしないで歩いていく。言わないといけないことがあるから、私はもう一度王子に声をかけた。
「助けてくれてありがとう」
「あと、昼間もどうしてあそこにいたの?」
返事はない。
「どうして助けてくれたの?」
そう言ったら、ようやく王子が立ち止まった。私も立ち止まると、王子はゆっくりと私を振り返った。
表情は全く見えなかった。
王子はバッグから一冊の教科書を取り出すと、私に差し出した。
「これ、何?」
受け取って中身を見ると、昨日無くなった私の教科書だった。驚いてよくみると、少し汚れているけれど、間違いなく私のものだ。
「これ、どうして……?」
王子は私の顔を見ずに、なんでもないことのように言った。
「図書室の中のゴミ箱にあった」
「どうして」
図書室のゴミ箱なんて誰も見ない。
じゃあ、どうしてそれがわかったの?そう聞く前に王子が先に口を開いた。
「たまたま図書室に行ったら、見つけた」
そう言われた瞬間、私にはわかった。
これはきっと、王子が探してくれたんだ、と。
今日は休み時間の間、姿を見かけなかった。
部活も出ていないみたいだった。
そもそも王子は図書室なんて行くキャラじゃない。
もしかしたら、本当にもしかしたら、王子はこれをさがしてくれたのかもしれない。
そう思うのは都合が良すぎるだろうか。
でも、そうだったらいい。
そんな考えが浮かんで、胸がぎゅっと掴まれたみたいに痛くなった。
なんだか泣きそうになって慌ててそれを飲み込む。
「ありがとう」
小さな声で言ったら、王子は呆れたようにため息をついた。
「だから、たまたま見つけただけだって」
その言い方が王子らしくて笑ってしまった。夕日のせいか顔が赤く見えた。
私は気になっていたことを聞いた。
「でも、いいの?」
「何が?」
「だってみんなの前であんなこと言ったら、私たちがまだ付き合ってると思われちゃうよ。私たち、別れたのに」
そう言ったら、王子は急に思い切り不機嫌な顔になった。
目を細めてジロリと私を睨む。
「何言ってんの?」
「え?」
「俺、良いなんて言ってないよ」
今度は私が戸惑った。そんな私に王子はキッパリと言った。
「俺は別れていいなんて言ってない」
「………え?」
「だから俺たち別れてないけど」
あまりにもキッパリと否定した王子に私は驚いて、頭の中を整理する。
私が別れると言ったけど、
王子は別れていいと言ってない。
だから私たちは別れていない。
まだ、恋人同士。
そういうこと?
私は恐る恐る王子を見た。
「……え、じゃあ」
「俺たちまだ、付き合ってるけど」
「え、でもさっき自分でも……」
王子はさっき私に『もう俺たち付き合ってない』と言っていたのだ。
だけど王子は鼻で笑った。
「そんなの冗談だよ」
「………は?」
「そもそも俺は別れていいなんて言ってない」
そのおかしな理論に私は驚いた。
「え、王子がいいって言わないとダメなの?」
「当然でしょ」
呆れたように言い放って、呆然とする私を置いて王子は歩き出した。
だけど私は思考回路が停止して、しばらく動けなかった。
え、つまり、王子がいいって言わないと私は別れられないわけ?
そう言うこと?
そしてようやく気がついた。
あれは私に助けてと言わせるためにわざとそう言ったのだということを。
とても簡単に自分が騙されたことを悟って、私は思わず小さくうめいた。
王子に、してやられました。
心の中で驚いたり悔しがったりしていると、王子に呼ばれた。
「真依」
「あ…ハイ」
王子が目線でこっちに来いと合図する。つられるように私が王子まで歩いていくと、王子が私に向かって手を差し出した。
「え?」
ナニ?
私が戸惑って固まったままでいると、王子はさらに私に向かって手を差し出した。
「ほら」
それでも意味がわかっていない私に王子は苛立ったように私の手を握った。
そして私の目を見ると、大袈裟なため息をついた。
「恋人らしいこと、するよ」
「え?」
「俺は嫌だけど、真依は漫画みたいなこと、してみたいんでしょ?」
そう言って王子は私の手を引いた。
「真依がしたいって言うなら、してもいいよ」
意味がわからなくて、立ち尽くす私に王子は呆れた顔をした。
「だから、ちゃんと恋人同士っぽいことをしようって言ってるの」
王子は私の手を指を絡めるようにして繋ぐと、私を引っ張って先に歩き出した。
ああ、そうか、とようやく気がついた。
昨日私が話した理想の恋の始まり方を、王子は漫画みたいだと笑っていた。
だけど、私がそれをしたいと思って、王子はそれを叶えてくれようとしているのだと、
私のためにしているのだと、理解した。
私は隣に並びながら、王子の顔を見た。
王子は前を向いていて、綺麗な横顔に夕陽が当たっていた。
いつもの王子に比べたら、驚くほど愛想がない。
みんなにはもっと、キラキラした顔を見せるくせに、
私には不機嫌が通常仕様で、呆れたり、面倒そうな顔をしたり、ため息ついたり、忙しい。
こんな時くらい、みんなの前と同じくらい笑顔を見せてくれてもいいのに、と思って
でも、いろんな王子が見られたから、それでいいかと思ってしまった。
「王子」
「なに?」
「ありがとう」
私が小さな声で言ったら、王子は首を傾げた。
不満そうに眉をしかめる。
「何に対するありがとうなの?教科書?昼間のこと?それとも今のこと?」
私は少しだけ迷って、それから笑って王子を見た。
「全部」
王子は私の顔を見て、驚いたように少しだけ目を見張って、それから笑った。
「なんだよ、それ」
だけど次の瞬間、王子はとてもつまらなさそうに言って、歩き出す。
「たくさん、たくさん、ありがとう」
隣を歩きながらそう言ったら、返事はなかった。
でも、その代わりに、繋がれた手に力がこもって
見上げたら、少しだけ、その顔が満足そうに見えた。




