呼び出し
その日の放課後、私は一人家に帰ろうと教室を出た。
昨日は王子が迎えにきたけど、今日はそんなこともないはずで。
だから私は終わるとすぐにリュックを背負って教室を出た。
だって王子と話したいことなんてないし。
私たち、別れたし。
そもそも、あんなの付き合ったうちになんて入らないと思う。
怒ったまま私は一人で歩いていく。だけど、なんとなく気になって、後ろを振り返った。
だけど、そこには誰もいない。
もしかしたら、本当にもしかしたら、
王子が追いかけてくれるんじゃないかって思ったのだ。
空振りだったけど。
「もう、知らない」
独り言を呟いて、私は大きく息を吐いた。
だけど、前を向いたところで、私は声をかけられた。
「佐藤さん、ちょっといい?」
目の前にいたのは、総勢5人の女子生徒軍団だった。
昨日と同じようにみんな腕を組んで横に並んで私を睨みつけている。
真ん中の人が一歩前に出て私の目の前にきた。
「ちょっと話があるんだけど」
聞かなくても言いたいことはわかる。
ああ、もう本当についてない。
私は思い切りため息をついた。
******
連れてこられたのは、運動部の部室が並ぶ校舎の隅だった。当たり前だけど、人気の少ない場所で、そこで何をされるかは簡単に予想がついてしまった。
漫画や小説じゃないんだけど。
彼女たちは私の目の前に立ちはだかると、思い切り睨みつけた。
真ん中にいるのは、見覚えがある人だった。昨日も声をかけてきた人だ。
きっと、昼間のこともこの人たちがしたんだろうな、と思った。
そう思うと、本当に許せない。
「佐藤さん、五十嵐くんと付き合ってるんだよね?」
またこの話か、と思う。正直うんざりだ。
だけどそれが顔に出てしまった。
「何その顔?」
「調子乗ってない?」
そう言って、一人の子が手で私の肩をドンと押した。思い切り押されたせいで、肩に鈍い痛みが走る。
「いたっつ」
思わず声が出ると、さっとその場の空気が固まった。
「何?それ」
真ん中の子が私の顔を覗き込んだ。その目が鋭く私を見つめる。
「なんであんたみたいな可愛くもない子が」「どこがいいわけ?」
「勘違いしないでよね」
真ん中にいる彼女はまつ毛もばっちり上がっていて、唇も綺麗にピンク色に輝いている。
わかる、わかるよ。
私だって、自分よりあなたの方が可愛いと思う。
なんで私なんかと付き合うなんて言ったんだろう、と思う。
だけど、私は……。
ぼんやりしていると、また肩を突かれた。
さっき痛みを感じた場所が、また痛みを持つ。
「王子と別れなよ」
「今すぐ別れて」
「そうだよ」
もう、別れてます。
そもそも付き合ってるとも言えないです。
そう言えばいいのに、私は言えなかった。
だって、こんなのおかしいし。
二人の恋愛にどうして周りが何かいうのだろう。
彼が王子だからって、そんなの許されるわけない。
「そんなの、おかしくないですか?」
「はああ?」
私の言葉にみんなが殺気だった。全員が囲むように私を見つめる。その視線が刺さってくるみたいだった。
「だって、別に王子が誰と付き合おうと、それは自由で……」
「何それ、調子のってんの?」
かっとなって返事してくる彼女たちを見て私は後悔した。
失敗した……。
適当に返事して誤魔化せば良かった。そうしたらうまくやり過ごせたのに、面倒なことになった。
「絶対、調子乗ってる」
「あ、いや……」
私の制服のブレザーが掴まれてぐいっと力が入る。そのせいで大きく体がぐらつく。反対側の子が、さらに私の体を押したから、バランスを崩して私は思い切り地面に体をぶつけてしまう。
膝を擦りむいたのか、鋭い痛みが走った。
「五十嵐くんに関わらないでよ」
「早く別れなよ」
「どうせあんたなんか五十嵐くんに似合わないんだし」
私は唇を噛み締めた。
転んだ私に上からたくさんの声がぶつけられる。視線が鋭くて、顔を上げられない。
あからさまな悪意に怖い、と思った。
逃げたい、でも逃げられない。
どうしていいかわからなくて、涙が浮かんだ。
気がついたら指が震えて、誤魔化すように手をぎゅっと握りしめた。
助けて。
そんな思いとともに浮かんだのは、一つの顔で。
ここにくるはずもないその顔を、私は急いで頭の中から振り払った。
来るはずもない人間を思い浮かべても、意味がない。
「別れなよ」
もう一度、そんな声が聞こえた。
その時だった。
「何してんの?」
背後からとても冷たい声がした。
振り返ったら、そこにいたのはポケットに手を突っ込んで立っている王子だった。
「あ、い、五十嵐くん」
「あの、これは……」
彼女たちはささっと後ずさって私から距離を取る。反対に王子はゆっくり、とてもゆっくり歩いてきて、私の隣までくると、腰を落とした。
目の前に整った顔があって、だけどその顔は多分とても不機嫌だった。
できればこんなところを見られたくなくて、私は慌てて目をごしごし擦った。
「何してんの?」
王子が女子たちを見ると、みんなが焦ったように表情を変えて笑顔になる。
「いや、うちらと話してて、そしたら佐藤さんが転んじゃって」
「そうそう、だからちょうど起こしてあげようとしてたところ」
ね、そう言って笑いかける彼女たちを見て、王子は皮肉そうに笑った。
「だって、本当?真依」
ふざけて言って、私を見る。
こんな時なのに、1番最初に思ったのは、まだ真依って呼んでくれるんだってことだった。
それがとても嬉しくて、少しの時間なのに懐かしく思った。
王子はそれから小さな声で、私にだけ、言った。
「助けてほしい?」
「え?」
戸惑う私に向かって、もう一度王子は言った。
「真依が助けてって言ったら、助けてもいい」
そこで首を傾げた。
「でも俺たちもう付き合ってないし。どうしようかな」
そのとぼけた顔を見て、私はムッとした。
だって、私はこんなひどい目にあっていて
それは全部…少し私のせいもあるけど、ほぼ王子のせいで
なのに、別れたから付き合ってないって、しんじられる?
「ひどい」
「ひどいのは真依だよ」
私はムッとして王子を睨みつけた。だけど、王子は私を見て片方の口端を歪めた。
「助けてほしい?」
きっと情けない顔をしているだろう私の顔を見て、ニヤリと笑った。
「ねえ、助けてほしい?」
私は少しだけ迷って、それから小さく頷いた。
だけど王子は不満そうに口を尖らせた。
「声に出してくれないとわからない」
一度視線を下げて、それから私をじっと見つめた。
「ちゃんと言葉で言ってよ」
その目が私を覗き込む。
「た…助けて」
悔しいけど、私はそう、言った。
王子はそれでも不満そうに少し考えていたけれど、小さく息を吐いた。
「まあ、いいか。今日のところはその辺で」
そう言って、立ち上がると彼女たちの方を向いた。




