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祖父の執事

 街から離れて祖父の住んでいる場所に向かう。


自分はもう第一線を離れたことを示すするためか、祖父はなぜか本家の屋敷にも、その近くの離れにも住まずにわざわざ離れた場所に屋敷を建てているのだ。


 家からは特別遠いという訳では無いが、気軽に行ける距離でもないために向かうのはいつも億劫である。自分からわざわざ出向くようなことは無いが。


 アスタに言った通り、どこか弟贔屓な所があるのでシオンは行くのが苦じゃないみたいだが、だったら一人で行ってくれればいいのにといつも思う。


 存在を無視されているわけではないところを見るに、僕への対応は血の直接つながっていないはずの母と祖父はどこか似通う感じがする。


 会話は出来るし、冷たい態度をとられる訳では無いが、あまり意識されていないといった対応だ。




 祖父の住んでいる屋敷に到着すると、長年仕えているらしい老齢な執事が出迎えてくれた。武闘派な祖父にずっと付き従ってきた人らしく年を感じさせない筋肉質な執事だ。


「お久しぶりです、メリル様。ライドゥス様が首を長くしてお待ちになっております」


『シオン』をじゃないのか?と内心突っ込んだ。──口には出さないが。


「弟はもう来たのか?」


「ええ、ちょうどご到着なさったばかりです」


 家から直接来るであろうシオンの方がかかる時間が短いはずなのだが、同じタイミングで到着したところをみるに母が調整したのだろうか?


 弟の一行が乗ってきたらしき馬車の方に目を向けると、ちょうどシオンが出てきてこちらに向かって歩いて来ていた。


「兄上も到着なされたのですね」


「ああ、全くお爺様には困ったものだね。前回も下らない用事だったし、今度はなんの呼び出しだろうか?」


 下らない──のあたりで執事をチラリと観察するがその表情に変化はない。祖父に死ねと言われたら即座に死ねる狂信者の一員らしいし、ちょっとカマをかけてみたが全く動じない。

 

 これでなんか反応してくれたら滞在中は暇しなかったんだがな、年季が違うか。


「下らないなんて言うもんじゃありませんよ。大切な騎士の心得を説いてもらったではありませんか」


「僕はどうやらお爺様とは逆に冒険者よりでね、騎士道とか自己犠牲とかにあまり心が惹かれないのさ。それよりも自由に旅したい」


「ええ……すごく立派だしカッコいいと思いますけど」


 執事は全く動じないし、代わりに弟を動じさせて興じるとするか。この後の事を考えるとこれくらいの「遊び」は許されるべきだと思うし。


 シオンの目をしっかり見て甘言を囁く。


「じゃあシオン──お前が騎士団長の座を継ぐか?」


「ええっ!?騎士団長はシュティーア家当主の証みたいなものですよ、兄上を差し置いてなんて!」


 再びチラリと執事に目を向けると少し目を見張っている。彼にとっても騎士団長の座は特別なようで、急にこの場でその話が出たことに驚いたらしい。少し面白くなってきたな。


「いいんだ僕の事なんか気にしないでも。シオンはどうしたい?」


「いや、僕なんが……」


「想像してみなよ、騎士団長になった自分をさ。立場があればきっとお前が守りたい誰をも守れるぞ。」


「誰をも……」


 一体だれを想像しているのだろうか?


 急に大貴族と恋仲になって嫉妬の目を集めて厳しい立場に立たされている恋人の事か。それとも自分の周りの誰か。もしくは……兄のせいで何度も落ち込むことになったシオン「自身」をか。




「そろそろ行きましょう、メリル様シオン様」


 シオンの思考を打ち切るように会話を静観していた執事が口を出した。


「この場で語るのも良いですが、冷たいお飲み物とライドゥス様がお待ちですよ」


「いいじゃないか、大事な事だよ?シュティーア家の未来どころか国の未来に関わる話だ」


「ええ、理解しております。しかしまだ決めるにはいささか早すぎると思いますが」


「どうかな。……それとも話し合い自体無駄だと考えているとか?」


「……と言いますと?」


「シオンにはその立場は全く相応しくないと思っているんじゃないのか?」


場の全ての空気が凍った……いや、凍ったのはシオンの周辺だけか。


 シオンとその護衛連中の周りの空気はまるで凍てついている様だ。特に護衛隊長なんて執事にじっと目を向けて彼の言葉を待っている。


「僕はそうは思わないがね。……君はどうかな?」


 本心である。


 シオンは優秀な奴だ。努力を厭わずに進み続ける態度に多くの人が惹かれているし、好感が持てる。惜しむらくはその内心が脆いことぐらいか。


 僕に持ってないものだってちゃんと色々持っている。シオンはこれまでも、これから先もハンカチを拾っただけで女の子に泣かれるような経験をする事は無いだろう、僕と違って。


 ……本気で苦い思い出だ。



「執事風情の考えを聞きたいのでしたら、いくらでも語りましょう。……騎士団長はこの国の顔であり、武の頂点。国の武力をすべて束ね、国を守護する大役。それはシュティーア家の最も優秀な者に受け継がれなければいけません」


「そうだね。ずっとそうだったね。……じゃあ話し合い自体は無駄?」


「ええ」


 おお、シオンの護衛隊長が剣呑な雰囲気に。


「お父君はまだ健在ですし、まだまだこれからという方だ。その話は時期尚早かと」


「そうかい」


 今はまだ、という事か。


 無難の返事といった感じだな。シオンが騎士団長の立場に値するかどうかの話は回避したか。


 たぶん追及しても同じ返事しかしてこないし、剣呑な雰囲気だった奴がその雰囲気を霧散させたからもう終わりかな?


「ですが時が来れば考えねばならないと思いますよ、どちらが優秀だとね。ええ、私の考えはシオン様ならいずれその立場に相応しい人物になれると思っています。……メリル様と同じでね」


 訂正、無難では無いな。シオンはお前と対等になれる……そう言った目だ。


 この老齢の執事は咎められない程度に熱い視線をいつも向けてくるシオンの護衛隊長と同じ考えという事か。


「長話が過ぎましたな、お部屋に案内させていただきます。おい、シオン様を案内して差し上げろ、私はメリル様を案内する」


 執事は近くに控えていた部下にこちらにも聞こえるように命令した。……まだ何か話したいことでもあるのだろうか?


 


用意された部屋は違う方向のあるようで、すぐさまシオンの一行と別れることになった。


「シオンのためだったのか、あの発言は?」


「本心でございます。鼓舞する意味も込めましたが」


「シオンは喜んだだろうね、あの言葉」


「失礼ながら──メリル様も、ですな」


「へぇ」


「あなたは弟君……いや、誰かに並んでほしいと思っているのではないですか?誰も隣にいないのはさみしいものです」


「……そうかもね」


「しかし老骨に響くようなお戯れは程々にしていただきたいですな」


「あれくらい余裕だろう?」


「いえいえ、かつての弟子にあんなに睨まれるなんて老骨に響きましたぞ」


 シオンの護衛隊長はこの人の弟子だったらしい。


 あの護衛隊長はかつての師匠をあんな視線で見れるなんてよほどシオンに入れ込んでいるのだな。


「まだ元気そうに見えるけど?まあ、呼びつけられた分は楽しんだ、もう大人しくすることにするさ。……それに主に向けられた鬱憤から主を守るのも執事の仕事だろう?」


「そういうことならいくらでも喜んで」


 そう言った執事の顔は……どこまでも主のためにと狂った様な微笑みだった。


 やっぱ狂信者じゃないか。





「ところでメリル様、そこのハイネケンめも私の弟子ですが、なにか迷惑をかけていないでしょうか?」


 祖父の屋敷についてからいやに静かだったビール野郎はどうやら師匠が怖かっただけらしい。


 急に自分に注意が向いてすこし青い顔して笑っている。


「私は騎士として護衛として立派にやっていますよ師匠!挨拶が遅れたのは業務中だったので平にご容赦を……」


「お前には聞いていない」


 バッサリ切られたハイネケンはがくっと頭を落とした。まるで沙汰を待つ罪人のようだ。


「実力も頭の出来も大いに満足できる弟子ですが、どこか足りないところがありましてな」


 足りてないのは常識かな?ストーカーだし。


「なにかご迷惑かけていないとよろしいのですが……」


 ハイネケンに視線を向けると祈るような視線が返ってきた。


 うまく言い繕ってくれという意味だろうな。


「優秀なやつだよ、実力はあるし。……でもたまにアルコールの匂いがするのが気になるかな」


 そういう時は大抵ビールの刑をくらった後であるが。


「主の前でアルコールの匂いを!?」


「それには重大な理由があるんです!酒におぼれていたわけじゃないです!」


「このたわけめっ!メリル様、気にする事はありません、言いたいことがあるなら全ておっしゃってください、私がこの弟子を「まとも」にしてみせます。」


 カレル狂いの事を話したらハイネケンが殺されそうな勢いだ、可哀そうだし伏せておいてやるか。


 だから僕は執事の質問に対し……困った様な苦笑いを向けるだけに済ませておいた。








 部屋に案内された後、ハイネケンはどこかに連れていかれた。


 無事だといいのだが。


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