孤児院2
「誘拐だと!?」
そう叫びながらアスタが孤児院から飛び出してくる。
「おいっ、誘拐犯ってのはどいつだ!」
「あいつだ!」
そう言って男の子がまっすぐこちらを——いまだに肉をもしゃもしゃ食べているラスと現実逃避を始めた僕を指す──
「おい、おま…メリル!?何やっているんだ?」
ようやく僕を認識したのか、アスタが警戒を解く。
「……青いお空を眺めていたのさ」
「大丈夫かメリル?」
「…冗談だよ、アスタおじちゃん」
「なんでその呼び名を!?」
おじちゃん呼びはアスタの地雷だったらしい。
「俺はまだ若い!おじちゃん呼びはやめてくれ!」
「でも孤児院でそう呼ばれているんだろ?」
「まったくラスが急にそう呼び出してから、みんな俺をこう呼ぶんだ。困ったもんだぜ!」
「そうなんだアスタおじちゃん」
「…やめてくれメリル。外の人までそう呼び出すと子供達からの呼び方がおじちゃんで固まっちまう」
「分かったよ」
ここまでのやり取りから僕とアスタが知り合いだと察した男の子が申し訳なさそうに近づいてくる。
「ごめんね——」
お、謝罪か。
間違いを犯したからは謝る、人としての礼儀だな。これが出来ない大人がいくらいることやら。孤児院っていうのはもっと荒れた場所だと思っていたが、ここの院長は中々教育熱心のようだ。
そんな事を思いながら少年の次の言葉を待つ。
「誘拐犯みたいなお兄さん」
はったおすぞ、クソガキ。本当に反省しているのだろうか?
「メリルお兄さん、お肉ありがとー」
そういってラスは孤児院に入っていった。干し肉を食べたらもうお前に用は無いとばかりの潔さだ。そのラスの後を男の子が追い、一緒に建物に入っていく。
「ははは、許してやれよメリル」
「…別に怒って無いよ。元気な子供だね、と思っただけさ」
「さっきの男の子はデミグっていうんだが、あの女の子のラスって娘に恋しているんだ」
「ふーん」
「ラスの気を引くは大変だからなぁ、あっさり気が引けたお前に嫉妬しているんだよ」
…あっさりでも無かったが。まさか甘いものダメなんて予想外だし。
「それで今日はどうしたんだ?」
「お別れの挨拶にでも、ってね。今日帰る日だから」
「ああ、言っていたもんな。……メリル、時間あるか?」
「あるけど?」
時間の融通は効く方だ。そもそも僕はいつ帰るかの決定権を持っている、つまり僕の思い通りの時間にこの街を発てるのだ。
「ちょっと孤児院の覗いて行けよ」
「なんで僕が?」
「ほら社会勉強の一環さ、こういうのも知っておけよ、お貴族様?」
…アスタが何をしたいのかよくわからんな。
アスタの案内で孤児院に入ると多くの子供と一人の老人が楽しそうに掃除をしていた。ああやって掃除を遊びの一環だと認識させることで、子供のやる気を出しているのだろう。
大人が一人しかいない上に、経営状況も芳しくないと聞いていたからもっと暗い感じをイメージしていたのだが。
よく見ると小さな子供の隣には必ず大きな子供が付き添っている。
ああやって幼い子の世話を比較的成熟した子供がして、院長の負担を軽減しているのか。
「それでアスタ、これを見せてどうしようって言うんだい?」
アスタはこちらに振り向き、にやりと笑ったと思えば僕の問いには答えず院長の方に進んで行く。
「お、おい。アスタ?」
「おーい爺さん!今日こいつが半日程手伝いたいってさ!」
「はっ!?何言っているんだアスタ?!」
「いいじゃないか、メリル。暇なんだろ?」
「時間あるとは言ったが暇とは言っていない。それになんで僕が子供の世話を?」
「ほら、役人がやらかしたことは上も責任をとらねぇと」
「ここシュティーア家なんだけど」
そういって僕は関係ない事を示すように両手を上げてまいった様なポーズをとる。アスタには僕がシュティーア家のメリルとは別人だということにしているはずだが。
「まあ、いいじゃないか。同じ貴族なんだから」
「良い訳ねーだろ」
どんな理論だよ。
他家の役人がやらかしたことをなぜ別の貴族が責任を取らねばならんのだ。そんなやり取りをしていると前からこの孤児院の院長らしき人物が来る。
「あなたがメリルさん…ですかな?私はこの孤児院の院長バーグハンですじゃ」
「そうだけど」
「おお、あなたに感謝を」
「ん?」
なんだいきなり。
「アスタさんからあなたがこの孤児院に対する横領を暴いたと聞いています」
「ああ、その件か」
暴いたというか…なぜ誰も気づかなかったと思うぐらいの簡単な話だったが。やっぱりちゃんとした教育を受けられない者達は数字に弱いのかもしれない。
「ようやく孤児院をまともな状態に戻せそうでこの老骨も安心しています」
「それは良かったね」
子供の育てるには環境も大事だしな。
「それで…手伝うとの件ですが…」
「いや、あれはアスタが勝手に…」
「…その、お貴族様ですよね?」
「…どういう意味だ?」
たしかに貴族だが。
「その、貴族様が子供の世話など出来るかと…」
なるほど、この院長は僕には子守が出来ないと思っているのか。
なるほど、なるほど。
「いや、子供の世話ぐらい全然余裕さ」
「それは良かったです、半日ほどよろしくお願いしますね」
……なんかうまく乗せられた気がする。
大変恐ろしいことに陥った。
子供の相手ぐらい余裕かと思いきや、警戒してどの子も近寄ってこない。
そりゃあいきなりコミュニティ内にいきなり異分子が現れたら誰だって警戒するものだが…
さて、どうしたものか。
<記憶>でも子供をどう相手にするかの知識は無い。そもそも偏った知識しかないので初めから期待していないが。
頼みの綱のアスタはにやけながらこちらに気が付いていないふりをして、他の子と遊んでいる。
時よりこちらを見て笑っては顔を背けているので分かる、あれは絶対子供慣れしていない僕を笑っている顔だ。
そんな僕を見かねてかラスが近づいてきた。
「ねぇねぇお兄さん」
「…おっ、ラスか。どうしたんだ?」
「困っているんでしょ?」
「…いや、別に」
こういう状態は慣れていないことは無い。シュティーア家と比べてかなり格が低い貴族の茶会に参加したとき、周囲との格との差がありすぎて大人にすら遠巻きに見られたこと思い出す。
うん、大丈夫。結局誰とも話さずにぽつんと座っていただけど大丈夫。
あれを乗り越えた経験があるからこそ、孤独感に強くなれた気がするし。
「助けてあげようか?」
「…助けるって?」
「孤児院の子と仲良くしたいんだよね?」
「まあ、うん」
手伝うと言ってしまった以上、仲良くなれるに越したことはない。
「助けてあげるよ!」
「おお!」
さっきの干し肉の恩だろうか?肉貰っといて結局何もしていないもんな。
いや、もしかしたら干し肉を上げたことで好感度が上がったのかもしれない。それで懐いている僕がボッチ…いや孤高でいることを哀れに思って助けに来てくれたのか。
おにくのちからってすげー!
「はい」
「…ん?」
ラスがこちらに手を差し出している。
これはまさか…
「お兄さんのお肉おいしかった!もう一つくれたら助けてあげるよ!」
「……」
僕は黙って彼女の手の上にもう一枚干し肉を載せた。
またしも僕の目の前で干し肉を食べ始めるリメル。
その姿がちょっとリス見たいで微笑ましい、食べているのは肉だが。
「ごちそうさま、お兄さん」
「うん、それじゃあ…頼むぞ」
もう僕はどうしたらいいか分からないし。
「任せて!」
そういってリメルはデミグの方に駆け寄っていき、何か耳打ちする。
お、デミグの顔が赤くなっている。なんかおもしろいな。
ん?デミグがこっちに近づいてくる。
「おい、あんた」
「…なんだいデミグ?」
「え、なんで俺の名前を!?」
「アスタから聞いた」
「そうか。…ってそれはどうでもいい!」
どうでもいいらしい。
「あんた、俺と仲良くしようぜ!」
……ん?
たしかアスタの話だとデミグは僕に良い感情を持っていなかったようだが。
さっきのラスからの耳打ちが原因か?
子供達と仲良くしようと思ったのが、送られてきたのは僕を誘拐犯扱いしたこいつ一人か。
「仲良くするのはいいけど、さっきラスから何を聞いたんだ?」
「…なんだ急に?ただ誰とでも仲良くできる男の子ってかっこいいなって言っていただけだぞ!」
雰囲気から天然かと思っていたけど──ラスって結構悪女じゃね?
そしてデミグよ…単純しすぎやしないか?
そんな様子じゃ将来悪い女に捕まるぞ。
……あのデルヴィアの様な(もちろんロボットの方じゃない)やばい人間にな。




