孤児院
この街に持ってきたものは先に馬車で家の方に送った。
まだ僕らが帰らないのはアスタに別れを告げていないからだ。せめて一言言ってから帰ろうと思う。
さて、アスタはどこにいるのだろう。今日は約束をしていないので、どこにいるか分からない。まずは冒険者ギルドにでも顔を出すか。
冒険者ギルドにたどり着き、見知った顔の受付のお兄さんを見つける。周りを見渡すが、アスタはいない様だった。
「あ、ギルドマスターは上にいますよ」
別にギルドマスターに用は無いのだが、ついでに顔を出しておくか。言われるがままに階段を上がり、もはや見飽きたギルドマスターの部屋の前に行く。
そして相変わらず薄い扉から声が漏れてきた。
「シュティーア家の馬車がもう発ったらしい。やっと肩の荷が下りたわい」
これは…ドウルプダの声かな?
「ああ、全くだよ。こんな小さな街に急にシュティーア家が来るなんて誰が思った事か」
「しかもいつもとんでもないタイミングで現れるときた」
今も聞いているけどな。
「この数日で私はどれほど胃を痛めたことか……」
それについては…なんかすまん。
「儂も同じだ。それにしても小さな街とはひどいな、ギルドマスター」
「おっと悪いな。正しくはまだ小さな街…かな?」
「そうだな。儂はこの街を大きくする」
「立派な野望だ、昔から言っていたね」
「ああ、儂はこの街が好きなんだよ」
「だったらもっとメリル様に取り入った方がいいんじゃないの?」
「シュティーア家の力は大きすぎる。急に街を大きくしても混乱を招くだけだ」
「それだけかい?」
「まだあるさ。貴族の力で大きくなったと言われたくない。儂はこの街自身の力で大きくしたい。お前も同じ意見じゃろ?」
「ギルドマスターとして協力するよ、街長」
「友人としてもか?」
「もちろんさ」
なんかあの場に入りにくいな。アスタは目立つし、他の人に聞けば分かるか。
そう考えてその場を離れようとすると──
「扉の前に誰かいるようだ」
「おお、さすがギルドマスター。年をとってもまだ腕は鈍っておらんな」
「私はまだ君程年を取って無いよ、まだギリギリ30代だ。出迎えてくるよ」
扉が開かれる。
「用事は何だい?……えっ、メリル様!?」
そう言い残してギルドマスターがお腹を押さえて倒れた。
…どうすんだ、これ。
「な、なんじゃ!?どうしたギルドマスター、暗殺者か!?」
そう言って慌てて駆け寄ってくるドウルプダと目線が合う。
あ、ドウルプダもお腹を押さえて倒れた。
倒れた二人は受付のお兄さんに任せておいた。
今回に限って僕は何も悪くないと思う。
扉を開けたのはギルドマスターだし、僕がもう街にいないと勝手に勘違いしたのはあの二人だ。
というか人を見ただけで卒倒するのは失礼だと思う。
まあ彼らも年だし、胃が弱いのかもしれない。
だから、こんどお見舞いに顔を出してやろう。
きっと気絶するほど喜んでくれるに違いない。
アスタの居場所は受付のお兄さんが知っていた。初めから受付の人に聞けばよかったと後悔しながら歩を進める。
アスタは孤児院の方にいるらしい。そういえば何かと気にかけていたような。
アスタは子供が好き…というよりは力ない弱者を気にかけてしまう質なのだろう。ああいうタイプの人を聖人とでも言うのだろうか。
孤児院の場所は街の中心からかなり離れた場所があった。中心から離れるほど寂れた建物が多いと思ったが、孤児院はその中でも飛びぬけている。
ところどころ穴が開いており、壁が壁の機能を果たしていない。
天井にも穴があり、雨が降ったらどうなるか子供でも分かるだろう。
なるほど、アスタがやばいというだけはあるな。これは住居というにはおこがましいものだ。
最低限な生活を送れないことも無いが──これでは安らぐことはできないだろう。
この状況を見過ごしていたのか見逃していたのか知らないが、役人の責任問題に発展させてやると心に決める。
穴が開いた壁に手を触れ、冷たい思考で責任者をどうしてやろうかと考えていると──
「お兄さん、だあれ?」
壁の穴から幼い女の子が顔を出してきた。
孤児院の子供だろうか。
まあ、孤児院から顔を出しているし間違いは無いだろう。
「ああ、アスタって人はいるかい?」
「…もしかしてアスタおじちゃんの事?」
まだそんなに年取っていないのにもうおじちゃん呼ばわりされているのかアスタは。
それともこれくらいの子供から見たら、大人は皆おじちゃんに見えるかもしれない。
「そうそう、アスタおじちゃんいるかい?」
「今はいるよ!」
お、良かった。受付のお兄さんに感謝しないとな。
「そうか、アスタおじちゃんを呼んでくれないか?」
「だめ!」
えっと、なんか断られた。
「…なんでかなー?」
「院長先生が知らない人の言うこと聞いちゃダメって。」
ああ、なるほど。ちゃんと教育が行き届いているようね。
さて、どう説得しようかな。
「君、名前は?」
「人に名前を聞くときは、自分から言わないとダメなんだよ!」
…ああ、うん。
「僕はメリルだよ。怪しくない普通の冒険者さ」
そういえば自分が先に自己紹介するって言うのは中々無い経験だ。
貴族生活の時は相手が大抵自分の事を知っているし、知らなくとも相手から自己紹介を始めていた。貴族の交流会では格が下の者が先に挨拶するのがこの国の習わしだ。
シュティーア家の者に先に自己紹介させるなんて中々出来る事ではない。この娘はきっと将来有望だな。
「私は…言っていいのかな?知らない人に名前教えちゃダメって院長先生が…」
「…僕は名前を言ったし、君のも教えてほしいな」
「分かったー。私はラスだよ!」
「ラスか…いい名前だね!」
こう褒めておくことで親近感とか好感度が上がればいいな。
「今、僕とラスは知らない仲だ。お互い自己紹介もしたし仲良くしようね」
「いいよー」
ふむ、警戒感も薄れてきた感じもするし、もう一押しかな。そういや気づけば遠目にこちらもみている子供が出てきている。
まあ、彼らに用は無い。ラスさえ攻略してアスタを呼んでもらえればそれでいい。
「そうだ、飴をあげよう。甘くておいしいよ」
魔法袋から適当に食べられそうなものを取り出したら飴が出てきた。
こんなぼろい孤児院の食糧事情なんてお察しものだし、甘いものなんて夢の様なごちそうだろう。
これならきっと──釣れる!
「私甘いもの嫌ーい!」
「…そっか」
幼女なんて糖類与えとけば大人しくなると思ったのだが。
「じゃあクッキーなんてどうだ?」
「クッキーもあんまり好きじゃない」
…どうすればいいんだ?
食べ物作戦がダメとなると──おもちゃか?
いや、さすがにそんなもの持っていないし…。
武器の類を渡すわけにもいかないし、なにか子供の気を引けるアイテムは…?
何か、何かないかと魔法袋を漁る。
「あ、干し肉なんてどう?」
言いだしてから気付く。女の子を肉で釣るのは流石に無理か…?
このぐらいの子供はキラキラしたものや甘いものに目がないと聞く。
まあ、甘いもの作戦はダメだったが。
「…お兄さん」
「な、なにかな?」
「仲良くしよ!」
「うん!」
良かったー。肉が当たりだったのか。
肉を渡すとラスはすぐさまムシャムシャ食べ始める。
「よし、それを食べ終ったらアス—「あ!」」
アスタを呼んできてもらおうと再びラスに声をかけようとすると、幼い男の子の叫ぶ声が聞こえる。
男の子の方に顔を向けると、こちらに指をさしてワナワナ震えていた。
なんだ、干し肉がうらやましかったのだろうか?
まあ無尽蔵に入る魔法袋には大量の食糧が入っているので、干し肉ぐらい分けてやってもいい。
「そこの少年、よかったら「ラスが肉に釣られて誘拐されそうになっている‼」……ん?」
「いや、ちが「大変だよ、アスタおじちゃん!」…えっ?」
まあ、なんかうまくいってアスタを呼び出すことに成功した。
とても不名誉な汚名を被せられたが。




