カレーニュ…る姉さん
ハイネケンが追いだされるまで暇だったので、護衛の面々話す。話題は主にハイネケンが起こした騒ぎと忌命の森の件だ。
「…それでもう人の配備は済んだという事か。
「ええ、近隣の騎士団にも要請を出しておきました。緊急と書いておいたので、すぐに飛んでくると思います。」
「とくにあの穴には誰にも立ち入らせるなよ」
「分かっております」
これでひとまずは安心…ということか。
騎士団を動かすのにやっぱシュティーア家以上の家は無いだろう。普通の貴族家ならばこんなにも早く騎士団は動かない。
まあ騎士団を動かす、というよりは自分の手足を動かしているようなものだが。
おや、誰か降りてくる音が。
「ハイネケン」
「メリル様、何話しているんですか?」
早いな、もう追いだされたのか。
「忌命の森の件だ。お前はそんなに急いでどこに行くんだ?」
「これからカレルさんに相応しい菓子を買いに行くのですよ。」
追いだされた上にパシリなったらしい。
しかし菓子…ねぇ。
この街でそんな高級なものを売る店を見かけた覚えは無いが…まあ探せばあるかもな。
お菓子というのは高級な嗜好品であり、平民が易々と買えるものでは無い。こういうあまり大きくない街ではお菓子屋自体無いことも珍しくない。
だがうちが大貴族、お菓子ぐらいは宿にも持ってきているはずだが。つまりハイネケンは宿にお菓子があるのに、あるかも分からない街に探しに行くという事か。哀れな。
「メリル様も一緒にどうです?」
「やめておくよ」
なぜ僕があるかも怪しい菓子屋を探しに行かねばならんのだ。というか主をパシリのお供に誘うんじゃない。
「そうですか…それじゃあ自分はこれで!」
それだけ言うとハイネケンは宿の外へ飛び出していった。
ダウンしたばかりなのに元気だなぁ。変態だから頭と体の構造が普通の人とは違うのかもしれない。
僕が彼を変態と呼ぶにはちゃんと理由がある。
以前、彼は悟りを開いたとか言って僕の部屋に突撃したことがあるのだ。そしてこんな事をのたまった。
「メリル様、私をあなたの専属メイドにしてください!」
──気持ち悪すぎる。
誰がマッスルなおっさんを自分のメイドにする趣味があるというのか。
「気が狂ったかハイネケン。ビールを樽単位で一気飲みさせるぞ」
「…なんでメリル様はいつも私にビール関連の罰を与えるのですか?」
「ビール野郎だからだ」
それ以外に理由などあろうはずが無い。
「…よく意味が分かりませんが。まあ、それはいいんです。僕は考えました」
「あ、そういうのはいいんで」
また碌じゃない考えを聞かされる気がする。
「カレルさんってメイドじゃないですか?」
「聞けや」
いいつってんだろ。
「だから僕もメイドになればいいかなって」
「馬鹿じゃねぇの?」
メイドとは女性の使用人のことだ。
「お前、掃除とか出来んの?ハゲ散らかした傲慢なデブ貴族の世話する自信あるの?」
「メリル様の貴族像ひどくないですか?そりゃあ男の世話するのは気が進みませんけど…」
「掃除だけじゃないぞ。炊事や洗濯やらいくらでも仕事あるし、先輩メイドからもいびりもあるぞ」
「いびりがある前提なんですか!?」
「ああ、ある。主からの理不尽な要求もあるかもしれんぞ」
「ええっ、そんな…メリル様はカレルさんに何をしたんですか!?」
「何もしてねぇよ。何も言ってねぇよ」
「まさか…仕事を与えない事で、自分に価値が無いと理解させるいびり!?」
「変な誤解するな」
「ああ、それで行き場がなくなったカレルさんを僕が…」
「自分だけの妄想世界に閉じ困るなら今すぐ追い出すぞ。用事はそれだけか?」
「はい、これだけです」
こいつをメイドにしろという気持ち悪い要求だけだったらしい。
なんでこんなのが僕の護衛隊長なんだろう…。
「ああ、僕はダメだけど。シオンにお願いしてみろよ、専属メイドにしてくれって」
シオンも同じ苦しみを味わえばいいと思う。
シオンの護衛隊長は文武両道で、とくに武の面に秀でていてシオンの師になっているらしい。僕は師が欲しいわけではないが、もう少しまともな人物が良かった。
「シオン様にそんな要求できる訳ないじゃないですか」
「…僕ならいいのかよ、ビール漬けにするぞ。」
「それにシオン様のメイドって競争率高いじゃないですか。水面下で恐ろしい戦いが始まっているって聞きますよ」
ああ、シオンはイケメンだしね。
シオンの専属メイドになりたいっていう人も少なくないだろう。 数少ない採用枠の争いに血が流れないといいのだが。
「まあ、メリル様は人気ないですよね」
「おい、どういう意味だ。カレルが完璧すぎるから他のメイドがつけ込む余地が無いだけだ」
……たぶん。
自分が避けられている…とはあまり考えたくない。
「おお、なるほど!流石カレルさん!」
「で、本当は何しに来たの?カレルなら今はいないぞ」
まさか本気で自分をメイドにしてくれと言いに来ただけではあるまい。
そもそも護衛隊長に任命されたときは父に光栄ですとか返事していたしな。それを放り出すなんて騎士の風上にも置けない。他愛のない冗談だったんだろう。
──なんてこの瞬間まで僕は思っていた。
「……えっ」
「……えっ!?おい、まさか」
本当にメイドにしてくれと言いに来ただけ…!?
「チェンジ」
「えっ!?」
「護衛隊長チェンジ」
「ちょっ…待ってください!これ以上カレルさんと離れたくありません!」
そういって僕の肩を揺さぶるハイネケン。
「…冗談だよ。半分くらいは」
「ええ、半分は本気!?」
まあ、これでも長い付き合いだ、情はある。それに新しい人と馴染めるかも分からんしな。
下手に優秀過ぎるのがくると、脱走できなくなるし。
「まあ、用が終わったなら帰れよ。ここにはお前の愛しのカレルはいないぞ、残念だったな」
「それが残念じゃないんですよ」
「……えっ」
「ふふふ、この時を待っていました。カレルさんがいなくなるなんて滅多にないですからね」
「…えっ」
「やっと二人きりになれましたね!」
背筋が凍るとはこの事か、怪しい笑みを浮かべながら近寄ってくるハイネケンには目をくれず、僕は警報の魔道具を取り出し、すぐに鳴らす。
「なーんて冗談ですよ!驚かしてくれたお礼…ん、なんだこの警報?まさか、何かあったのか!?」
数秒後、ハイネケンは部屋に飛び込んできた僕の護衛に取り押さえられた。
そして護衛のある隊員の「こんなホモ野郎に隊長は任せておけねぇ」という鶴の一声で下克上の戦いが勃発した。
それ以来、僕は彼を変態と呼んでいる。
さてハイネケンも追い出されたことだし、僕は部屋に戻ろうかな。
残った護衛の面々に別れを告げ、厨房の方へ足を運ぶ。
部屋に戻るついでにお茶でも淹れるつもりだ。ガールズトーク中の部屋に入るための理由作りのためでもある。
もちろん腕前はカレル並…とは言わないが、一般メイドよりは上手く淹れる自信はある。
「カレーニュ…ル姉さん、お茶を入れたよ。」
「…ありがとう。」
部屋に戻ると、いつもと変わらない様子のカレルがいた。ハイネケンと女騎士たちを捌いてなお、まだ仮面は崩れない。
カレルの仮面の強度は僕の予想以上だったということか。
しかしカレーにゅ…ル姉さんと茶化しながら部屋に入室したのに誰も突っ込んでくれないとは。
てっきりアデーレとエルケは騒ぐと思ったのに。
というか彼女達らしく無く静かなような…ん?
二人の方を見ると、二人も僕を見ている。
なんか変な視線な感じだな…まるで急に偉い人が来たみたいな…。
まさか、ね。
「妖か…じゃないカレル姉さん、二人とも元気がないような」
「執務中の貴族の屋敷に突撃かます輩なんて元気じゃないくらいが丁度いいですよ、メリル様」
「…バレた?」
「バラしました」
…なんとカレルは二人に僕の事を話したらしい。
「騒ぎが収まりそうになかったので」
火を消すのにダイナマイトを使うような脳筋技だ。
「刺激が強すぎるんじゃない?」
騎士団にとってシュティーア家は雲の上の存在である。
「これぐらいしないと静かにならなさそうなので」
元気無さそうの二人に近づいてみると、何か様子がおかしい。
ああ、目が明いたまま気絶している。
「カレル、友達が…」
振り返るとカレルはなにも起こっていないように上品にお茶を啜っていた。
「…カレル?」
「味はまだまだの様ですね、メリル様」
友人の事は放置して、僕が淹れたお茶の感想を述べだすカレル。
「あの…」
「そういえば執務の方はまだ終わっていませんよね。早く終わらせたほうがいいですよ、メリル様」
「…はい」
なんかカレルが怖かった。
僕は作戦失敗を心の中で嘆きながら、執務する部屋に戻った。
いずれや…かならず…。
「メリール様、お茶を」
「ああ、どうも」
執務中に丁度喉が渇いたと思うタイミングでカレルがお茶を運んできた。僕の呼び方がおかしいのは先の件のせいだろうか。
僕にお茶を給仕した後、カレルはすぐに部屋を出て行く。
まだ家に帰る準備が終わっていないのだろうか?
あんな騒ぎがあったし無理もないか。
口までコップを運ぶと、強烈な違和感に襲われる。
…ん?カレルが淹れるお茶ってこんなに香りが濃かったけ?
まあ、この地特有の茶葉を使っているのかもしれない、ひとまず飲んでみよう。
「………まっず」
お茶はものすごく苦かった




